加藤諦三のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ2012年5冊目。
239頁。
三省堂神保町店で購入。
本書は“外化”がキーワードであると思う。
本書を読み私は、自分自身に対する不平不満を、他者へと転嫁して表現してしまうことが、外化であると考えた。
そしてその外化を、自分自身も日常的に、そして無意識的に行ってるということに気付かされ、反省させられた。
自分に内在する本心を知ることは、自分自身ですら困難を極める。
それは時に、嫌悪すべき対象と正面から対峙するということであり、トラウマと化した過去を振り返るということであるからだ。
しかしその自分自身の本心が、本書でいうところの“現実”であり、偽らざる自分の抱える様々な問題の根源なのだ。
であるならば、やはり二人称や三人称を用いて問題を口にするのではなく、まず一人称で自分自身の本心を語ることをしなければ、イライラをしずめることはできないのだと感じた。
≪本文引用≫
p.44
この女性は自分の心の中の不安を、娘を通して感じているだけである。つまり外化である。
「何かが心配な時は、常に、自分が回避している中心的な事実があるのです」
その女性は、娘の将来ということで相談しているが、そうではない。娘の将来が不安で心配なのではなく、「私の将来が不安で心配」なのである。
p.53
「彼は魔法の救助を必要としている。その必要性から相手に魔法の力を付与してしまう」
外化しているということは現実と接していないということであるから、次第に現実を生きる能力を失う。
p.61
頑張ること、努力すること、そのこと自体が間違っているのではない。間違っているのはギアーの位置である。ハンドルの向きである。
p.72
自分の本当の感情から逃げない。
それが唯一の自我の確立の方法である。
p.76
あやまちを犯したことで人生が崩壊するのではなく、あやまちを正当化することで人生が崩壊する。
p.99
他人の長所を認識できる人は、他人の邪悪な点も見逃さない。
外化をする人は他人の長所にも短所にも気がつかない。現実と接していないのだから当たり前かもしれないが、質の悪い人も、質のよい人も見分けられない。目の前の相手から自分が舐められていることに気がつかない。
p.151
そもそも「理想の自分」と「実際の自分」の乖離が起きたのは、小さい頃養育者がその人に無理な、非現実的なほど高い期待をかけたからである。
p.162
世の中には、人は劣等感から自殺すると考えている人も多いようであるが、人は劣等感からは自殺しない。人は優越感から自殺する。
自己蔑視を積極的に外化するということは、劣等感から優越感に逃げているということである。
p.195
子どもを自分のイライラのはけ口にしている母親は子どもが嘘をついたことを責めているのだが、嘘をついたことが叱責のしんの原因ではない。これは叱責の口実であって、その根本原因は母親の心の中の不満である。
p.196
子どもを責める親は嘘をついたときに嘘をついたという事実に重点を置きがちであるが、なぜ嘘をついたかという動機を考えない。
p.222
パラタクシス的歪曲といわれるものも一種の外化である。パラタクシス的歪曲とは、今二人があるテーマで言い争っているが、二人が言い争っている本当の原因は違ったところにあるということである。
何となく生きていて不愉快である。
それで夫婦が買い物に行って「どちらを買うか」で揉めている。
しかし揉めている本当の原因は「どちらを買うか」ではない。
もともと両者の持っている不愉快さが、「どちらを買うか」という「どうでもいいこと」を通して表現されてきたのである。つまり外化の心理過程である。 -
Posted by ブクログ
「妬み」について、終始ひたすら書かれている本。
「妬み」についてだけ、ここまでしつこく書かれていることにまず驚き。
「妬み」という表現はインパクトが強いが、書かれている内容は、人間ならばほとんどの人が持っている・感じたことのある感情だと思う。
自分と照らし合わせて考えてみても、どれもこれもよく当てはまる。
周囲にもこのようなことで悩んでいる人は非常に多い。
筆者はとにかく「他人の価値があがることは自分の価値とは関係ない」「他人と自分を比べるな」といったことを何度も強調している。
ここまで言われると、くだらない悩みに費やす時間を減らそうと、意識して考えるようになる。 -
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小さいころにやるべきことをやらずに五歳児の子どものまま社会的責任を持って生活しなければいけない人々について。
今の自分に非常に当てはまることが多い。
原因…
小さいころしたくないことを強制的にやらされてきた。
したいことをしてきてない
症状…
初めて挫折したときに生きる気力をなくす。
自分で考え自分で行動できないで対処能力に欠けている。
自分を信じることが出来ない。
真面目で憎しみを持っている。
人から好意を得るために真面目に生きている
自己実現が出来ていない
協調性がない
言うことは正しいが多数はになれない、人望がない、→憎しみがあるから
威張っているだけで周囲にやってもらう
自分の話をすると喜ぶ、
自分の人生に困難がないと思っている
与えることが出来るまでに成熟してない人
人を愛することが出来ない
自分が何者かを理解できていない
これから…
責任を取る強さと人を愛する能力が持つ
自分が相手を理解する。
アイデンティーを持つ
間違った選択をしても自分で選択することが大切。
今自分のしていることが十年後どうなっているかを考える
今日一日をきちんと生きる趣味を持つ
孤独を覚悟する
自分の愚かさを反省する
自分にマイナスな人からはなれる
人生を楽しんでる人の生活を見習う
自信を持つ
自分を支えられるような自我を持つ
人にないものを考えるのではなく自分にあるものを考える
過去の自分にとらわれ続けて今の自分を犠牲にしない
自分に目的を持つ。 -
Posted by ブクログ
人間観関係について知りたくて読書。
今の自分には響く内容だった。著者の主観たっぷりの文章なので、一般の人が書いたらエッセーと扱われそうだが、社会心理学者の著者が書くと心理学の本として扱われるのだと思う。
ずるい人には心の痛みがない。人ではないくらいに痛快に断言している。そして、ずるい人、だます人、悪人、自己中心的な人はどこにも存在するので、いない社会を望むことは現実的ではないし、それ自体がストレスとなる。
人を利用し、騙す人、自己中心的な人、ナルシストなどを神経症者と説明している。人格障害者とどう違うのか気になる。
そんな神経症者は自我が未発達であるとも説明している。自分自身へ目を向けることを避け、自分には非がなく、他人や相手に原因がある。相手に非があると考える方が楽な人生であり、永遠に悪口を言い続け、憎しみから乗り越えられない人生となる。
憎しみにとらわれることはエネルギーの浪費である。
では、どうすればそんな神経症者から被害を受けずにすむかと後半から読み取る。
・自分が変わる。
・心の中で断ち切る。
・観察力を磨き早く認識する。
・関心を持たない。相手を変えようと欲を持たない。
・「なぜ?」と怒りや憎む自分の心を考えてみる。
・神経症者と対比させて周りの友人、知人へ感謝する。
・今の自分の状況、環境を見直し感謝する。
・神経症者と同じことをしない。反面教師として反省材料とする。
・現実的な距離を置く。
再読する予定の本。
読書時間:約45分 -
Posted by ブクログ
心について知りたくて読書。
レビューを見ると賛否評論のようである。タイトルが誤解を生んでいるのかもと思う。
過去の経験から憎しみを生み、それが心の病や歪みを生じさせている。今は過去からの延長、過ぎ去った過去ではなく、今も継続中なのである。
惨め病なる用語が英語にはあるらしい。自分がどれだけ惨めであるを誇示することで生きていく人たちのことだそうだ。不幸になるために不幸を探しているような、不満だらけの人生、だけど、それがその人のキャラクターであり、住む世界なのだと思う。
人は目に見える体の障害には優しくできるが、目に見えない脳の障害には優しくすることができない。
自分にとって大切なことは、よく相手を観察し、いち早くどんな世界の人なのか判断し、現実的な距離を置くことだと思う。
まずは自分の状態を認識し、相手には共感してあげることから始まる。
読書時間:約50分 -
Posted by ブクログ
ネタバレ《内容》
「うつになりやすい人」の続編。
前著よりメッセージ性が強い。
恐らくこういった類の本には共感される人とされない人が真っ二つに分かれると思う。
自分に自信が持てない人にはとりあえず一読してみると元気付けられる場合が多いのではないかと感じる。
『・・・・・弱い人が戦って強くなったときには、その人の人生は素晴らしいものになっている。
搾取されている弱い人は、やさしい人が多い。やさしい人が強くなったときには、だれよりも人生の豊かさを味わえる人になっている。
はじめから強くて、恵まれた人間環境で生きてきた人よりも、はるかに豊かな感情になっている。洗練された豊穣な人生が待っている。
それだけのものを味わうためには、それだけに苦しみや不安を乗り越えなければならない。
乗り越えた苦難の量だけ豊かな人生になる。』
《感想》
自分がどのような人間であるにせよ、
自分も身近な人も皆、
豊かな人生を送れたらいいなと思う。