中山元のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
人間はなぜ互いに憎しみ合ったり、嫉妬しあったりするのだろう。なぜ不平等は生まれたのだろう。そういう骨太な問いに、18世紀を代表する知性が正面から取り組んだ傑作。とても感動した。
この問題を考える上で、ホッブズやロックらの先輩思想家がそうであるように、ルソーもまた社会が成立する前の「自然状態」を考える(ちなみに、なぜ彼らがそろって実際の歴史の探究ではなく理論的に過去を遡及するのか不思議だったが、そういう戦略をとらざるをえない理由が解説に書いてあった)。そして、ルソーはホッブズやロックの「自然状態」について、それらはすでに社会が成立した後の観念を反映させてしまったものだと批判しつつ、彼独自の人類の起源を探究していく。そして次にそこから、どのようにして「社会」が成立し、現在のような不平等に至るのかを説明するのだ。
まさに壮大な思考実験。人間性の本質は何か、私たちはどうしてこのようにふるまうのか、それを考え抜いた思考の軌跡がこの一冊だと言っていい。そして、ルソーが辿りついた結論はよく言われる「自然に帰れ」ではない。僕はこの本で初めてルソーの思想を知って驚いたのだが、ルソーはそんな復古主義的なことは全然言っていない。「わたしのような人間にとっては、あれこれの情念のおかげで、もはや原初の単純な暮らしぶりをすることは永久にかなわないことだ」(p225)といい、「美徳を学び、次にこれを実践する」ことを通じて、人間を高めていくことを決意する。おそらくこの決意が、次の『社会契約論』につながっていくのだろう(執筆時点で未読)。
また、もう一つ強く僕の印象に残ったのが、ルソーが自然状態の原理の一つとして「憐れみの情」をあげていることだった。これは、アダム・スミスが『道徳感情論』で同感能力を人間の基礎に据えたのと似ている。もちろんルソーはそう主張するだけの根拠もあげるのだが、僕はどうしてもそこに人間性に対するルソーの期待のようなものを読み取ってしまう。彼は、不平等な現実社会を見ても、決してあきらめていない。まして「自然に帰れ」などの復古主義を唱えてもいない。人間の現実を見つめながら、それでも希望を失わず、よりよき社会を構想した思想家なのだ。そして実際、彼の思想がフランス革命とアメリカ独立革命を用意していく。それが僕たちの社会へとつながっていくのである。現実社会の中で生きる者として、僕はもっと、こういう思想家の文章を読まねばならないと思う。 -
Posted by ブクログ
ポスト資本主義の世界はどうなるのか考えたいシリーズ。古今東西の正義論(と言っても、なぜか欧米の思想家がほとんど)の要点をまとめたもの。古くは古代ギリシア、プラトンやアリストテレスから始まり、最近はマイケル・サンデルやハーバーマスまで、過去の思想家たちが「正義」をどう捉えていたのかを網羅的に知ることができるし、著者の批評が入っていないので、それぞれの主張をそのまま知ることができる。2000年前の正義は「智慧や勇気、節制を旨とする個人による調和を図ること」、それが「公共体の公共善を目指す」ものとなって組織や国全体のことを考えるようになる。そして「神の意志を体現し、神の法に従うこと」となって、村社会や国という枠組みを超えて共通の価値観となるが、対立の火種ともなる。近代の法律の整備などによって「法に従うこと=法律が正義の根拠」となるが、王の専制や独裁などによる不正義も見られ、社会契約による革命も正義とされる時代に。そして、サンデルは、「良い生とは何か」「共通善とは何か」を市民が公共の場で議論し続けるプロセスそのものだと主張。これには「特定の価値観を公共領域に持ち込むのは多元的社会において危険」という批判も。正義とか善の意味や解釈、定義って、時代の経過に伴って「進化」したり「よくわかるように定義される」ものではなく、多くを含んで変化していくものだと実感。この一冊で概観できるのはとても良い。
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人類は技術とともにあった。ベルクソンが言うように、たしかにある意味で人間の本質はホモ・ファーベルでもあろう。(私見では、人間が発明した最高の道具は言語である。そして、この言語も、その他人間が作り上げてきたさまざまな技術も、人間に限りない恵みと、それに勝るとも劣らぬ禍いをもたらしてきた)
この本は技術をめぐって哲学者、思想家がどのような思索をめぐらしてきたのかを、プラトンからハラリまで、広く渉猟してそのエッセンスをまとめたものである。
広大な視野と、それぞれの論者のエッセンスを端的に要約するその力量はこの著者ならではといえる。通史のため、掘り下げ方に深みが足りないのは、書物の性格上やむをえないだろう。
個人的には、かつて読んだことのあるハイデガーの技術論とイリッチの現代文明批判をあらためて紐解きたくなった。彼らの批判の眼差しの射程は、やはり他の論者をはるかに圧倒しているということを確かめることができたのが、私にとってはこの読書の収穫のひとつである。
特に最終章のAIが人類にもたらす功績と厄災については、アメリカ人のレイ・カーツワイルの能天気さは仕方がないとして、ニック・ボストロムもユヴァル・ノア・ハラリもこの程度の考察しかできないのかと、むしろ唖然とした。
あらためて、自分の頭で考えなければならないテーマであることを、思い知らされたという意味でも、役に立った。
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昔受験時に倫理で学んだ以来のフロイト、超自我とか懐かしい。
多少読みづらいなと思いつつも各論を読み切ったところで、訳者の中元氏の解説が一冊分通して丁寧にされていて、論文内容をよりきっちり理解するという目的であればその解説の方が有用だろう。
フロイトの主張をしっかり読み解けていたかどうかの答え合わせをした感じだ。
同性愛をまるで治すべき症状のように表現する部分に、時代の違いを感じて驚きつつも、その論の導入と後半では、結局同性愛は分析しこそすれ治すものでも治せるものでもないと述べていて、「だよね」となった。
なおその点への言及は、巻末の出版社からの注記でも明確に述べられている。
フロイトの論のベースにある、幼児期の親との関係性が以降の心理に影響するという概念は、私の興味の強い、ボウルビィから始まり岡田尊司氏が広げている愛着論に繋がっている。
エディプスコンプレックスや性愛をすべての症状に紐づけようとする試みはまだ粗く、当時の信仰、慣習、限られた知見などの中でけもの道を切り開いていった空気感を感じられてよい。
リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』のような遺伝生物学や自然淘汰による心理への影響という視点が抜けているため、今となってはそのまま使えないが、人と人との関係性という、社会学的視点に立つと問題を紐解くヒントが多くあって有用そうだ。
特に「性愛生活が多くの人によって貶められることについて」の論およびそこから発展する「『文化的な』性道徳と現代人の神経質症」が示している、社会において人が倫理的・文化的に生きるということが、本能を押さえつけることによって様々な神経症という副作用を及ぼすことは、現代でもほぼそのまま敷衍できよう。
日本においてはキリスト教の影響が極めて小さいし、他の信仰や慣習から来る貞節への圧力は現代では弱い。
しかし表現におけるコンプライアンスやフェミニズムへの配慮であるとか、より広範に法律や人権という部分にまできっちり対応すると、多かれ少なかれ性欲の抑圧は避けられない。
とりわけ結婚後の制約は大きく、これが翻って幸福度の低下に与える影響は少なくないはずだ。
ルールや慣習による社会の安定と、その犠牲となる隠れがちな個の苦しみという関係性は功利主義にもつながって来てテーマがデカい。
思想を学んでしまうと自身の幸福追求を矮小化してしまいそうだ。
これをフロイトだったら果たして「文化的貢献へ昇華する努力をしたまえ」というか、「神経症を発する前にガス抜きせよ」というか。
あくまで観察者に立つフロイトが主観的にはどのように感じるか、若かりし頃の彼に会えるのならば尋ねたいものである。 -
Posted by ブクログ
働くとは何か。
これだけ労働に時間を費やしているのに、それが何なのかと問われるとなかなか難しい。
本書では、労働についての思想を古代から現代まで、西洋哲学の系譜を辿るものだ。
通して読むと、労働というものの立ち位置が時代や社会状況に応じてかなり変わっていくことに驚かされる。こんなに考え方や価値観が変わるのか!という驚きを与えてくれる。
最後はAIの登場により労働がさらに変化するであろう端緒を紹介して終わる。AIは、恐らく今までにない大きな変化をもたらすだろう。それは誰にも分からない。ただ、過去の思想の流転を把握していれば、「あー、近世の労働観の大転換の、変化軸が違うヤツかなー?」ぐらいに鷹揚に構えられるようになる。かもしれない。
来たるAIによる大失業時代に向けた精神安定剤として、ぜひ。(失業はする) -
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なんとか入門書と本書の半分近くを占める解説を読んで、一巻を読み終えた。それでもわかってない箇所がたくさんある。
様々な入門書を読んで思ったこととして、これは訳が悪いわけではなく、カントがあまりにも前提を省いて色々なことを書いているのが原因であると判断した。
以下、自身のメモ。
大まかに本書は、アプリオリな総合判断はどのようにして可能か?という問いに答える試みであることや、当時の経験論vs合理論が問いの背景にあることはわかる。
また、人間の認識には、感性と悟性(知性)が必要であることもわかる。そして、本書では、感性を用いて直観するためには、時間と空間が前提として人間に備わっているという話が出てくるものの、これが本当にややこしい。本筋ではないとわかっているものの、本当かよ?と思う。
あと空間について議論する際の、ニュートンやライプニッツ、はたまた神学に関する背景知識の欠如があるため、何となくしかわからない。空間は物自体に付与されているのか、物自体の間の相互作用なのか、はたまたカントのいうように感性における条件なのか、どれが正しいのか判断できない。
とりあえず理解できない箇所はあるものの、次に進みながら考えたい。 -
Posted by ブクログ
働くようになり、経験が積まれ、研修などで啓蒙が進んでいくと、仕事に求めているものと、そこから得ているものに複数の合い入れない要素を感じるようになった。
ライフラインを維持するために賃金を獲得すること、自己実現や人の役に立ちたいという欲求に応えること、嫌なことや辛いことでもやらなければならないことなど。その中で感じる、そもそも働くとは何なのだろうか?という問いを探るために手に取った本。
アンナハレントによる労働、仕事、活動という分類と、それらが現代においては混ざりあっており、ほぼ全ての人間の営みが労働になりつつあることが指摘されている。ここを知るだけでも、労働観に対する解像度を上げることもできると思う。
資本主義的な現代の労働観を出て、労働史を哲学思想の観点から俯瞰し、自身の毎日の営みにおける労働観を再構築するのに役に立つと思う。