中山元のレビュー一覧

  • 純粋理性批判 4

    Posted by ブクログ

    狭義の「理性」の領域へと話題は移り、いよいよこの著作の核心部分に入っていゆく。
    この巻で非常に興味深いのは<わたし>なるものについての考察である。この<わたし>は、人格とも「こころ」とも異なる、単なる「思考の主体」である。その上でカントはデカルトを論駁し、「我思う、故に我あり」という命題の論理的破綻を指摘、心身二元論をも批判する。
    だがカントの思考をたどってゆくと、「他者」なるものの確かさが危うくなる箇所がある。
    あの頑迷で尊大で、愚かな中島義道を独我論に導いたと思われる一節も見られる。
    「[思考する存在という]対象は、このわたしの自己意識を他の物に<移す>ことによって成立したにすぎない。」(

    0
    2012年03月05日
  • 純粋理性批判 3

    Posted by ブクログ

    この巻の前半に出てくる「図式」(シェーマ)という概念は、なかなか面白いと思った。
    その後に続く思索は、そろそろ難しくなってきており、厳密なあまり退屈を感じないでもない。
    「アプリオリ/アポステリオリ」という区別や、「感性/知性/理性」といった区分に関しては、当時のカントにとっては重大だったかもしれないが、現代の私たちにとっては、そんなに緻密に区別できるものでもないし、そうすることにさほどの意味も見いだせない。
    やはりカントもまた、時代の「言語」の内側にいて、別の言語空間から眺めると必然性・絶対性を欠いた思考遊戯をやっているように見えてしまう。
    「物自体」は人間には知り得ないし、感性をとおして対

    0
    2012年03月03日
  • 純粋理性批判 2

    Posted by ブクログ

     前巻で「感性」を扱ったので、この巻からテーマは「知性」(悟性)。
    「判断表」「カテゴリー表」なるものが出てくる。これらが「完全なもの」とはまったく思えないのだが、その後に続く思考が素晴らしい。
    「[現象において観察される]諸法則は、こうした現象そのもののうちに存在しているわけではない。たんに知性をそなえて[観察して]いる主体にたいして存在しているのであり、これらの現象はこの主体のうちに宿っているだけなのである。」(P.170)
     こうしたカントの認識論は、まっすぐ20世紀のメルロ=ポンティまでつながっていくものであり、実に重要である。
    「わたしたちは、いつかわたしたちの認識のうちに登場する可

    0
    2012年02月25日
  • 純粋理性批判 1

    Posted by ブクログ

    岩波文庫版で相当昔読んだカント、再読しようと思っていたら、岩波版の訳は誤訳だらけと誰かさん(というか、中島義道)が言っていたので、やむを得ず新訳文庫でそろえ直すことにした。
    こちらの訳者中山元さんは、私もこれまでいろんな翻訳を読んできたし、信頼している方だ。なるほど読みやすいが、「悟性」が「知性」になっていたり、昔の翻訳とはいろいろに変わっていて、ちょっと戸惑ってしまうかもしれない。
    岩波文庫では全3巻に収まっていた『純粋理性批判』が光文社古典新訳文庫ではいきなり全7巻になってしまったのは、活字が大きいのと、各巻に1冊の3分の1強くらいの分量の「解説」を入れたからだ。
    この「解説」は、きっと初

    0
    2012年02月17日
  • 社会契約論/ジュネーヴ草稿

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    東浩紀さんの『一般意志2.0』を読んだ後、そのベースとなった本書を読んだ。当時は「一般意志」を実現できる情報インフラが整備されていなかったから、「一般意志」とは、あくまでひとつの思考実験に過ぎなかった。だけど、現代はSNSやTWITTERなど市井の人の声を拡散・収集するツールが揃いつつあるので、やる気になれば特殊意志(個人の自分勝手な意志)を吸い上げ全体意思(特殊意志の全部集めたもの)を可視化することはすぐできるし、また社会契約に基づく共同体の意志としての「一般意志」を表出させるのも、(いくつかハードルはありそうだけど)可能性はありそう。民主主義のあり方が根本的に代わるかもしれない今こそ読む価

    0
    2012年02月10日
  • 幻想の未来/文化への不満

    Posted by ブクログ

    本書からは1930年の『文化への不満』をピックアップした。文化•宗教論シリーズは、個人分析理論を社会集団にあてはめて汎用性を試したものだが、論述は様々に広がってゆき、フロイト思想の総体が見えてくる。
    また、各論的に、幸福論、ストレス学、美学、恋愛論、人格論などが内包されてもいて、リアリスト•フロイトの洞察には感嘆するばかり。近代の超克の人間的側面はすべてここから始まったと言いたくなる。
    エロスとタナトスの衝突が文化の本質という定義を、さらに考え続けなければならない。

    0
    2011年12月30日
  • 社会契約論/ジュネーヴ草稿

    Posted by ブクログ

    契約論の、おそらくは現代もっとも読みなおす必要と価値のある著作。ぜひまた原典で味わってみたい。訳はすらすら読みやすい。ひっかかりがなく読めることで、重大なモチーフがその重みを減じてしまっているのではないのかとも思ったりはするのだが。

    0
    2011年11月17日
  • プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神

    Posted by ブクログ

    「生活が厳しいものとなったのは」競争に負けずに更に冨を増やそうとする人々が、消費するのではなく、利益を増やすことを望んだからであり、昔ながらの生活様式を守ろうとする人々は、節約しなければならなくなったからである。

    自己確信を獲得するための優れた手段として、職業労働に休み無く従事することが教え込まれたのである。

    カルヴァン派>常に、自分が選ばれているか、それとも神に見捨てられているかという二者択一の問いの前に立ちながら、みずからを絶えず吟味しつづけることで、救いを作り出す。

    規律>世俗的な職業労働についての思想においても採用

    「人はどのようにして自己を知りうるだろうか。観察によってではな

    0
    2011年08月01日
  • プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神

    Posted by ブクログ

    『社会学の道はウェバーに通ず』という言葉があるか知らないが(いや、ないよ)、社会学に興味があるならば必読書なんだと思う。というか、面白いから単純におすすめできます。プロテスタントの人たちの考え方が近代の勤労精神と非常に相性がいいんだよね、っていうことを教えてくれます。

    0
    2011年07月09日
  • 道徳の系譜学

    Posted by ブクログ

    読み物としては、善悪の彼岸のほうが面白かった。テンポも良かったし、語り口にキレがある。とはいえ、ルサンチマンやニヒリズムといったニーチェ用語に生で接することができて嬉しい。どこまでも冷徹な目で世界を眺める様子はさすが。
    論文形式といえど、結局はニーチェ節が満載で、敵対者に対して恐ろしいほどの語彙力であらん限りの悪口雑言を尽くすさまは、つい笑ってしまった。
    結論を小出しにしつつコネコネ、ネチネチと語る語り口で、途中でちょっと飽きた。でも解説が秀逸で、結論を一息で語ってくれる。

    0
    2011年06月10日
  • 永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編

    Posted by ブクログ

    『啓蒙とは何か』。フリードリヒ大王(啓蒙専制君主と言われる)時代1784年に書かれた短い論文。フリードリヒ大王は国王に服従することを条件として議論の自由を許し、啓蒙主義的改革を実行したプロイセン国王である。カントによるこの文章は、啓蒙を「人間が、みずから招いた未成年の状態から抜け出ること」と定義し時代の空気を論じた文章ではないかと、私には感じられた。

    0
    2011年08月14日
  • 永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編

    Posted by ブクログ

    カントの入門書としてはお勧めです。
    ③批判書がちょっと…という方にもこの本であればカント思想のエッセンスを味わうことが出来ると思います。

    0
    2012年04月15日
  • 純粋理性批判 1

    Posted by ブクログ

    解説が豊富。訳も定訳に拘らず、大変わかりやすくなっている。それでも難解なのは仕様だし、書中の感想は省く。

    0
    2011年02月08日
  • プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神

    Posted by ブクログ

    ウェーバーの本を面白いと思ったことは実はなかった。しかし、中山元訳の手にかかると面白い読み物になってしまう。ウェーバーのキッパリとした物言いにも現実感があり、人柄までもが伝わって来そうだ。

    0
    2011年01月30日
  • プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神

    Posted by ブクログ

    近代資本主義を支える心理的原動力となったものは何だったのか?その答えの一つとしてヴェーバーはプロテスタンティズムの禁欲的精神があったと考えた。禁欲とは修行僧にみられるような絶食・座禅といった修行ではなく目的のために他の欲望を一切拝するというものである。そういった精神はルターの提示した天職義務の教義と融合しつつ発展していき、こうしたカルヴァニズムが社会に浸透していった結果、意図せずして産業経営合理的な資本主義を発展させることになった。非常に逆説的ではあるが、近代資本主義というのは、マモニズムへの嫌悪、すなわち、金儲けすることを目的とした重商主義的精神からは決して生まれる事はなかったのだと、そう

    0
    2010年11月05日
  • 純粋理性批判 1

    Posted by ブクログ

    カントは天野貞祐訳で読んでそういうものかと思っていたので、この大胆な翻訳には関心もし感動もした。毀誉褒貶はあるだろうが、翻訳に新しい時代を切り開いたのだと私は感じている。

    0
    2010年10月28日
  • 社会契約論/ジュネーヴ草稿

    Posted by ブクログ

    自然状態から社会状態へ移行し、利己心を持ってしまった人間たち。そこから、社会の成員全員の自由と正義が守られる理想政体を作ることは可能なのか? 前著の『人間不平等起源論』を受けて、この『社会契約論』ではその可能性が探られる。前著に引き続く壮大な思考実験だが、国家の規模や風土に応じて望ましい政体の幅を持つなど、現実を見据えた議論でもある。

    さて、ここで理想政体を作るための鍵概念となるのが、「全員の、全権譲渡による社会契約」であり、「一般意志」(一個の精神的存在としての政体の意志)に基づいた徹底的な人民主権だ。高校の公民レベルの知識しかない僕には、これまでこの「一般意志」がひどく全体主義的なものに

    0
    2010年10月17日
  • 永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編

    Posted by ブクログ

    個々の人間がいかにして国際的な連帯を築くことが可能なのか。この本に治められた一連の著作を通じて、カントの政治哲学と歴史哲学を一望することができる。「啓蒙」の持つ可能性に絶対的信頼を寄せているあたりに時代の雰囲気も感じるのだが、カントが決して楽観的に「永遠平和」を唱えているのではなく、人間性がかかえる「非社交的な社交性」を冷徹に見つめ、それを与えた「自然」によって人間達が国際的な連帯へと導かれていくと考えるロジックが面白かった。中山元の解説にも大いに助けられ、カント入門には良い一冊。カントってとても真摯に人間の限界と可能性を見つめ、現実に向き合い、その改良を目指した思想家なのだと好感を持った。

    0
    2010年10月03日
  • 永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編

    Posted by ブクログ

    第一に読みやすさを意図した本になっていて看板に偽りなしといったところ。「感性」に対して「悟性」(本書では「理性」)とか、基本概念をおさえておけばすいすい読め、その整理も、訳者が訳注でしてくれているので言うことないです。より深く正確な理解は、たくさん読んでからでもいいかなと思える。

    0
    2010年05月11日
  • 社会契約論/ジュネーヴ草稿

    Posted by ブクログ

    東浩紀さんの連載「一般意思2.0」と併読。主権と国家、統治と権力、そして立法と民意。現代のわたしたちが当然のものとして受け取っている社会のありかたにも源流があり、またルソーがこの本を著したときと同様に、ありうべき社会のありさまを構想することが私たちにもできると知ることに、この本をいま読む価値はある。

    0
    2010年12月15日