社会契約論/ジュネーヴ草稿

社会契約論/ジュネーヴ草稿

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「ぼくたちはルソーの語る意味での主権者なのだろうか、それともルソーが嘲笑したように、選挙のあいだだけ自由になり、そのあとは唯々諾々として鎖につながれている奴隷のような国民なのだろうか」(訳者あとがき)。自由とは、平等とは、そして民主主義ってなんだろう? フランス革命を導き、世界史を動かした歴史的著作の画期的新訳。本邦初訳の「ジュネーヴ草稿」も収録。

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社会契約論/ジュネーヴ草稿 のユーザーレビュー

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感情タグBEST3

    Posted by ブクログ

    ・学校の教科書で名前程度は知ってましたが読んだことはありませんでした。今回「世界を動かした一冊」というフレーズにしびれ読んでみることにしました。もっと読みづらいかと思ってましたが新訳のおかげか意外とスラスラいけました。でも内容は難しく、一般意思などわかるようでわからないもどかしさを感じました。今度は「人間不平等起源論」を読んでみたくなりました。

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    2022年04月12日

    Posted by ブクログ

    1762年ルソー50歳の時に出版。
    2019年の現在から約250年前に刊行された本だ。

    当時、フランスは王政による封建制度だったが、人民に主権があるとしてこの『社会契約論』を打ち出した。


    が、
    即刻発禁処分となりルソーも迫害を受けて国外逃亡する。
    そして、ルソーは祖国の地を踏むことなく没する。

    1778年のことだ。
    それから11年後の1789年にフランスで革命が起こる。

    ルイ16世はギロチン処刑、マリーアントワネットも車で引き回しの後処刑される。



    そして、
    1794年革命政府により
    祖国フランスへ墓地が移されて、
    ヴォルテールの墓地の横で眠る。


    その革命の思想のルーツとなった本であり、
    世界を変えた本の1冊。


    ルソー著、『社会契約論』。

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    2019年03月26日

    Posted by ブクログ

    主題:人間をあるがままの姿において捉え、考えられるかぎりで最善の法律を定めようとした場合に、市民の世界において、正当で確実な統治の規則というものがありうるのか。

    社会構築の唯一の原理としての「合意」
     ルソーはまず、「社会」というものがいかにして成立したのかを考察する。なぜなら、ルソーにとって「社会」とは人間にとって自明ではないからである。古代ギリシア哲学 と異なり、ルソーは人間の「自然状態」を想定する。自然状態こそ、人間にとって「自然な」状態であり、社会を構築するのはある種「特殊」なのである。自然状態では、誰もが独立して生きており、他者と恒常的な関係を結ぶことはない。そこでは、「彼が気にいり、しかも手に入れることができるものなら何でも自分のものにすることのできる無制限の権利(P50)」がある。このように、ルソーにおける自然状態は肯定的に描かれる。ではいかにして「社会」は発生したのであろうか。この問いに対し、ルソーは二つの側面から説明する。一つ目は、なぜ社会を構築する必要が生じたのかという側面。二つ目は、どのような手法によって構築されたのかという側面である。第一の側面では、ルソーは「環境の変化」から説明する。なんらかの偶発的な環境の変化により原始状態を存続することができなくなるのである。「人類は生き方を変えなければ、滅びることになる(P38)」。このようにして「共同」の必要性が生まれた。第二の側面では、まさに「社会契約」から説明する。ルソーによれば、自然に社会が生じることはない。そこには構成員の「合意」もしくは「契約」がなければならないのである。その社会を構築する最も初めにかわされる契約を「社会契約」と呼ぶ。社会契約は、必ず全員一致である必要がある。その契約の内容は、「社会のすべての構成員は、みずからと、みずからのすべての権利を、共同体の全体に譲渡する(P40)」というものである。こうして社会が発生する。社会状態では、社会的自由、所有権、道徳的な自由といった、自然状態には存在していなかった様々なものを獲得できる。

    最高原理としての「一般意志」
     社会契約によって社会を設立したことは既述したとおりである。社会契約は市民に平等を確立する。なぜなら、平等な契約でなければ、合意は成立しないからである。社会契約によって、市民は「すべて同じ条件で約束しあい、すべての市民が同じ権利を享受する(P72)」のである。その結果生まれるのが、個人の意思の集合体である共同体の意志、すなわち「一般意志」である。共同体の主権者はこの一般意志であり、市民は一般意志に絶対にした絶対に従わなければならない。一般意志は最高の原理であり、政府も一般意志の召使いに過ぎないのである。だから、「主権者はこの権力を思いのままに制限し、変更し、とりもどすことができる(P120)」のである。

    理想の国家に関する考察
     以上のようにして、社会が「社会契約」によって設立されたこと、そのような社会における最高原理が「一般意志」であることが示された。では、本書の主題である理想の国家に関してルソーはどのように考えているのであろうか。大きく二つを提示している。
     一つ目は「素朴な国家」である。前提として、ルソーによれば「一般意志」は常に存在するものである。しかしながら、衰退した国家では、一般意志よりも特殊意志が優先される。特殊意志とは、共通の利害とは異なる自己の利害に関する意思のことである。したがって、特殊意志の影響力が弱く、一般意志が優先される国家こそ、ルソーの理想であるはずだ。そのような国家をルソーは「素朴な国家」と呼ぶ。素朴な国家とは、農民たちが樫の木の下に集まって国事を決め、いつも賢明に振る舞っているような国家である。そこでは、多数の人間が結びついて一体になっていると感じている。このとき、「共同体を維持し、市民全体の幸福を高めようとするただ一つの意志しかない(P206)」のである。
     二つ目は、ローマである。ルソーはローマを「地上でもっとも自由で、もっとも強力だったローマの国民(P223)」と評している。そして、ローマの統治の方法を探究するのである。ローマの統治における重要な制度は「民会」である。そこには三つの条件があった。①民会を招集した団体または行政官が、招集に必要な権限を持っていること。②集会が法律で認められた日に開催されること。③占いで吉とでることである。他に、選挙の方法や、監察制度、宗教に関してもローマの制度を探究していくのである。
     以上のようにして、ルソーは一般意志が主権者であり続ける理想の国家像として二つを提示したのである。

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    2014年12月07日

    Posted by ブクログ

    新訳でかなり分かりやすくなっているのかもしれませんが、かなり理解が難しい文章でした。それでも日本国憲法の基礎にもなっている人民主権の基本的な考え方は理解できたと思います。特定の統治者に権利を委譲するのではなく、国家に委譲しつつも各国民がその主権の一部であるという、話の抽象度の高さが難しさの理由の一つでしょう。

    主権は国民にあり、政府は国民の意思を実行するために雇われているにすぎないという、教科書でも習うような当たり前なことです。でも選挙のたびに無力感を感じ続けてふと忘れがちになることを、18世紀の人の声で再確認させられるというのが面白いです。

    国民全員の利益を追求する一般意志と、統治者の私利私欲による個別意思は完全に一致することはなく、それによって国家は必然的に衰退するというルソーの指摘が、今の日本に完全に当てはまっていることに感心してしまいました。その解決策が本書では明確に提示されていないところを見ると、日本は滅びるしかないのかと心が沈みます。

    0
    2022年12月31日

    Posted by ブクログ

    『社会契約論』と巻末の解説を読んだ。ルソーの言う「一般意志」というのが、昔からどうもうまくイメージできなくてもやもやとしていたのだが、これを読んでやっとわかった。やはり解説本を何冊も読むより原典(訳本ではあるが)にあたる方が早いなと思った。「一般意志」についてルソーはかなり丁寧に繰り返し書いてます。「一般意志」は立法を行うのであり、執行権に関わるものではない、ということ、また、一般意志とは、自分よりも全体を優先するということではなく、それぞれの成員が他人にも納得できるような自分の都合を出し合う中で形成されるものであるということがわかっただけでも収穫でした。

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    2015年10月15日

    Posted by ブクログ

    「エミール」「告白」「新エロイーズ」など様々な著作のあるルソーの著書。

    難しい。

    これは購入してじっくり読み込む部類の古書です。

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    2013年12月13日

    Posted by ブクログ

    初めて読みました。いや、なるほど!ということも多く、これからも勉強していきたいと思いましたが、結構コワい感じもしました。一般意志の構築のために、「われわれのすべての人格とすべての力を」差し出さなくてはならない、ことになるんでしょうかね。。

    0
    2013年01月06日

    Posted by ブクログ

    説明不要のルソーの名著「社会契約論」。社会契約論のプレ版ともいうべき「ジュネーブ草稿」も収録。

    ジュネーブ草稿にあるように、著作の主題は、統治の原則と市民法の規則について論じている。そこには、当時のルソーが、新たな社会体を創造しようという、意欲が満ちあふれている。

    ルソーは、世の中が自然状態から社会状態に移行するための、新たな胎動を「社会契約論」によって創造しようとしたのであろう。
    それは、本文中の「自然状態から社会状態社会状態に移行すると、人間のうちにきわめて大きな変化が発生することになる」という一文から察することができる。

    では、本書で述べられている本旨は何か。
    統治の原則は国民の共通の善を目指すことであり、
    市民法の規則は、契約によって結ばれなければならないということである。

    統治の原則である、共通の善を導く方法として、ルソーは「一般意思」という概念を提示した。
    一般意思とは、国家の構成員の異なった利害のうちに、すべての構成員の利害が一致する共通の要素のことであると、ルソーは説く。
    一般意思が存在するからこそ、人間社会は成立するのであり、逆に一般意思が存在しなければ、いかなる社会も成立することができないといったように、人間社会を成立させるための前提条件として提示している。
    ルソーは一般意思を「国家の全ての構成員の不変の意思」と綴る。
    大事なことは、この一般意思に適切に問いかけることだという。
    「一般意思に対象をありのままに眺めさせること、場合によってはあるべき姿で眺めさせることであり、一般意思が探し求めている正しい道を示す事、個別意思の誘惑から守り、みずからの場所と時間をしっかりと認識させ、目の前にあるわかりやすい利益の魅力と、遠く離れて隠れている危険を秤にかけて示すことである」
    という一文から、国家の構成員に自立した判断を期待する姿勢が垣間みられる。

    しかし、ルソーは人間の理性を、諸手を挙げて信じきっているわけではない。それは、次の一文からも察せられる
    「先見の明のない大衆が自分たちの必要なものが何であるかを理解しているのはごく稀な事であり、自分たちがそもそも何を求めているのかも知らない事が多い」
    この矛盾について、ルソーは次の言葉で説明する「一般意思は常に正しいのだが、この意思を導く判断がつねに啓蒙されたものとは限らない」
    一般意思が正しく機能するためには、啓蒙された国家の構成員というのが前提になるのである。
    国家の構成員が正しく啓蒙される道筋として、導き手が必要であるのだと言う。国家の構成員が自らの意思を理性にしたがわせるように強制しなければならならず、啓蒙によって徳を高めて社会体の知性と意思が一致するようすべきであると説く。

    国家の構成員を啓蒙するための方法として、法による社会規範にその答えを求めた。
    では、一般意思を正しく機能させるための、社会規範となる法の正義は、何を基盤につくるべきか?
    ルソーがその答えを求めたのが神である。
    「人間に法を与えるのは神々でなければならないだろう」という一文にそれが表れており、「全ての正義は神に由来する。神だけがその源泉」とい一文にも正義に関するルソーの思想的背景が伺える。
    そして古の建国時代(ユダヤの法とイスラムの法)を例に挙げ「人間の思慮分別に訴えても動かす事ができない人々を神の権威に頼って動かした」と説き、絆を永続的なものとするのは、(神の)叡智だけであると結論づけた。

    つまり、導き手である神の意思に沿って立法し、国家の構成員を啓蒙する。それによって社会全体の知性が向上したときこそ、国家の構成員から導きだされた一般意思こそが正しく機能されるということである。

    ルソーが議論の余地のない原則として提示する、
    「国家というものは、共通の善を目指して設立されたものであり、国家の力をその目的にしたがって導くことができるのは、一般意思だけ」
    という、国歌論についても社会全体の知性が向上する土壌があってはじめて可能になることを示唆しているのではないかと考えられる。

    さらにルソーは、
    「一般意思によって実現される共通の善が受け入れられるためには、国家の構成員にとって相互的なものでなければならない」
    と説く。
    相互的とは、国家の構成員の法の下の平等を指すと同時に、国家の構成員同士の間で相互的な契約によって成立することを指す。
    この国家の構成員同士の相互的な関係を維持するための方法としてルソーが掲げたのが「社会契約」である。

    国家の構成員と、それぞれの個人の間で結ばれる相互の契約によって国家を統合し、社会を成立させるという論理こそがこの著作の最も革新てきな部分ではなかろうか。

    王制や貴族制の下では、王と個人の結びつきによって権利と義務の保証がなされていたが、社会契約により主権者である人民はみずからと契約を交わすと同時に、国民であるそれぞれの個人とも契約をとり交わすことになる。
    この契約によって統一された国家は、人民の共同の自我とその生命と意思を受け取る。国家の構成員としての人民は、主権に参加する市民と法律に従う国民という二つの性質を担う。
    ルソーは王制による支配と契約により成立した社会との違いを次の言葉で簡潔に説明している。
    「自分に義務を負う事と自分がその一部を構成する全体に対して義務を追うことは大きな違いがある」

    国家の構成員が社会契約によって獲得したものは、社会的な自由を約束された自由権と所有しているすべてのものに対する所有権である。
    この権利は国民全体によって尊重されると同時に一般意思によって制約を受ける。これこそが、国家の構成員の相互関係によって成立した新秩序である。

    ここでは、社会契約によって契約者ごとの特殊な人格の集まりから、社会的で集団的な一つの団体をつくりだすという新たな国家統治の原則をルソーは示している。人民にとって、受動的な意味での「国家」が存在するとともに、自らが能動的な意味での「主権者」となる国家。

    ルソーはそれを「主権国家」と名付けた。

    主権国家における国家の防衛について、ルソーは国家の構成員の能動的な行動の正当性を以下の言葉で綴る。
    「個人は国家に生命を捧げたが、この生命は国家によってつねに保護されている。個人は国家を防衛するためには生命を危険にさらすが、これは国家に与えられたものを国家に返すだけのことではないだろうか」

    社会的秩序を重んじるルソーは「主権国家」における、犯罪に対する考え方も、非常に厳しい。
    「社会的な権利を侵害する悪人は、すべてその犯罪のために、祖国への反逆者となり、裏切り者となる。法を犯すことによって、祖国の一員であることをやめたのであり、祖国に戦争を仕掛けたのであるから、どちらか一方が滅びるまで続く」という理論展開とともに、死刑に対しても明確な言葉でそれを綴っている。
    「罪のあるものを殺す時は、市民を殺すのではなく敵を殺すのである。
    罪人を裁判にかけて判決を下すという行為は、罪人が社会契約に違反したことを証明し、もはや国家の一員ではないと宣言することなのだ」

    この社会契約における、国家の統合と社会秩序の確立により、ルソーは国家の構成員の道徳的価値と行動における変化に期待を込めて以下の言葉で綴っている。
    「それまで人間は本能的な欲動によって行動していたが、これからは正義に基づいて行動することになる。人間の行動にそれまで欠けていた道徳性が与えられる。
    人間は欲望ではなく、権利に基づいて行動するようになる。
    自分の好みに耳を傾ける前に自分の理性に問わねばならないことを知る。
    自然状態において享受していた様々な利益を失うが、その代わりにもっとも大きな利益を手にするようになる」

    人間が社会契約によって失った、自然状態のもとで享受していた無制限の自由と権利。これは、その人の力によって左右されるだけのものであり、力による占有か先に占有した者に認められる所有であった。
    社会契約によって、一般意思による制限を受けるものの、体力や才能にでは不平等でありうる個人が、取り決めと権利によってすべて平等となる。
    また、平等の権利を理論的には国家の構成員相互によって保証され、実質的には国家によって保護されることによる、自力救済を前提としない安定した社会生活を享受できることになるのである。

    社会契約論におけるルソーの主張は以上であるが、例外的な事態に陥った時の対処法についてもルソーは解決策を提示している。
    「政府が危険に陥った場合は、政府の一人又は二人に政府のすべての力を集中させる。
    この場合は法律の権威に手を加えることなく執行の形式を変えるだけにとどめる。危険が極めて深刻であり、祖国を防衛するためには法律という装置が障害物になるためには最高の指導者一人を任命し、その者にすべての法律を沈黙させ、主権をしばらく停止させる。
    このような場合にも一般意思が存在すること、そして人民が何より目指すのが国家の滅亡を防ぐことであるのは疑問の余地がない」

    ここで重要なのは、ルソーの主張は国家の存続が最優先事項であるということである。一般意思を尊重しつつも、国家の存続が第一で、法及び主権については国家という形の下に存在するべきものということになる。

    感想としては、「社会契約論」、国民国家誕生の契機となった歴史的な書であるということが理解できた。
    ルソーは王制や貴族制に変わる新しい国家の統治方法を提示するとともに、自論の弱点も知り尽くしていたと思う。
    それは人民に対する期待と懐疑が交互に記された文章から察せられる。
    この一貫しない人民に対する姿勢が、読者を混乱させるのかもしれないが、ルソーの政治思想をよく表しているともいえる。
    分かりやすい例としては、「暫定的独裁」を肯定した文章によく表れていると思う。
    それは、社会契約・一般意思といった新しい秩序を構成する様々な理論展開を行いつつも、自論の弱点と葛藤する思想家の背中が垣間みられるようでもある。

    このルソーの体現者が、ヒットラーなのではないかと読書中考えたりした。
    秩序による国家の統合と一般意思による自由と権利の保障と、社会的集団による国家的興隆。
    そして民意を背景に、独裁を手に入れた。

    「政府は主権者ではなく、主権者である人民の召使いにすぎない」
    「人民が首長に服従する行為は社会契約には含まれない」
    以上のルソーの考えを大きく逸脱するものの、独裁までのプロセスは社会契約論との共通性を感じたりはした。

    0
    2012年07月14日

    Posted by ブクログ

    近代国家観の基礎。
    ただ、ホッブズ-ロック-ルソーという、
    社会契約論の三大古典として並べると、
    やはりルソーは、研究者気質の書き方ができない性質の人であることから、
    一般意志を始めとして、重要な概念の捉え方に難儀する。

    殺人者に対する処刑や、徴兵の記述は、
    原理論としてはそうなることも仕方ないと今の立場からは思うが、
    本人も気付いて記しているように、著者自身、大変困惑している。

    いくつかの注意点を挟みながら、
    今と照らし合わせながら読めれば面白く感じるかな、と。
    (この中山訳は、読みやすさを考慮してかの意訳が多く、原文や岩波や中公などの別翻訳版と比較して読まれることが望ましい)


    不平等起源論→ジュネーブ草稿→社会契約論
    この流れの中で読むとルソー本人の意図が良くわかるかも。
    社会契約論は、自然状態から社会状態への転換が早足でわかりにくいから。

    0
    2012年04月22日

    Posted by ブクログ

    契約論の、おそらくは現代もっとも読みなおす必要と価値のある著作。ぜひまた原典で味わってみたい。訳はすらすら読みやすい。ひっかかりがなく読めることで、重大なモチーフがその重みを減じてしまっているのではないのかとも思ったりはするのだが。

    0
    2011年11月17日

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