配信予定・最新刊

作品一覧

  • 役名殺人鬼 1【タテヨミ】
    無料あり

    役名殺人鬼【タテヨミ】

    少年・青年マンガ

    -
    全29巻0~96円 (税込)
    新星俳優・柊木優弥は、“殺人鬼”の役作りにのめり込むあまり、気づけば恋人の首を締め上げていた。 自らの"殺人衝動"に思い悩みながらも、柊木はますます“役”に没入していく。 ある夜、稽古終わりにチンピラに絡まれ暴行を受けた瞬間、“殺人鬼”に人格を乗っ取られ、 気付けば、男たちは血の海に沈んでいた。 「去りましょう、ここから」 隠ぺいを提案するマネージャー・桐生。しかし彼らの前に、真実を見抜く刑事が立ちはだかる。 柊木は果たして「役者」として生き続けられるのか?それとも──。 俳優×サスペンス×心理戦。 “役”に飲まれた柊木の行き着く先とは──。 【クレジット】 カント(原作・脚本)井上あけび(ネーム)イマサダ(線画)TEM(背景・着彩・仕上げ) 井波ハトコ(背景)GATOON(着彩・仕上げ)仮家來未・古館里奈・新倉拓馬 / Plott(プロデュース・ディレクション)

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  • プロレゴーメナ

    プロレゴーメナ

    ビジネス・実用

    5.0
    1巻1,210円 (税込)
    『純粋理性批判』への無理解や曲解に対して書かれた本書は,『純粋理性批判』の詳細な解説書にして,学問としての形而上学のための序論(プロレゴーメナ)でもある.カント理解に必読の一冊.巻末資料として,本書執筆のきっかけとなったガルヴェ/フェーダー「ゲッティンゲン書評」を掲載.各節梗概も付す.新訳.

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  • 純粋理性批判(まんがで読破)
    値引きあり

    まんがで読破

    少年・青年マンガ

    4.0
    1巻48円 (税込)
    ※本書はTeamバンミカスより配信されていた『純粋理性批判(まんがで読破)』と漫画内容に変更はございません。ご購入の際はご注意ください。 科学に限界はあるのか? 私たちは何を知ることができるのか? 魂の不滅・神の存在を証明できるのか? 18世紀ヨーロッパ・科学と理性の時代。哲学者イマヌエル・カントは、当時台頭しはじめていたイギリス経験論によって破壊された形而上学を再興するため、人間の理性をめぐる思索をはじめる。「コペルニクス的転回」「物自体」「定言命法」など、カントの批判哲学が示された三批判書『純粋理性批判』『実践理性批判』『判断力批判』を漫画でわかりやすく紹介します。 まんがで読破シリーズ 第62巻
  • 道徳形而上学の基礎づけ

    道徳形而上学の基礎づけ

    ビジネス・実用

    4.5
    1巻858円 (税込)
    「君の行為の格律が君の意志を通じて普遍的な自然法則になるかのように,行為せよ.」カント哲学の導入にして近代倫理の基本書.人間の道徳性や善悪,正義と意志,義務と自由,人格と尊厳,共同体と規則などを考える上で必須の手引きである.訳語を精査し,初学者の読解から学術引用までを考慮した新訳.

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  • 人倫の形而上学 第一部 法論の形而上学的原理

    人倫の形而上学

    ビジネス・実用

    -
    1~2巻1,276~1,430円 (税込)
    カントが約三十年構想し続け,最晩年ついに刊行された,実践哲学の〈主著〉と見るべき大著.「自由」の「体系」をめぐって,とくに第一部にあたる本書では行為の「適法性」を主題とする.「法論への序論」では「法とはなにか」という根本問題を提示,私法と公法の二部から成る本論へと展開する.新訳による初めての文庫化.

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  • 判断力批判(上)

    判断力批判

    ビジネス・実用

    -
    1~2巻1,540円 (税込)
    知性と理性のはたらきについて自然の認識の可能性を示した『純粋理性批判』。人間の道徳的なあり方の可能性を示し、道徳哲学の根幹を構築した『実践理性批判』。カントはこの二つの領域を媒介する能力として判断力を提起する。上巻は美と崇高さを考察し、美的な判断力について論じる。
  • 純粋理性批判
    完結

    純粋理性批判

    少年・青年マンガ

    4.0
    全1巻968円 (税込)
    「恋とはなんだ?」「人間とはなんだ?」「”わかる”とはどういうことなんだ?」 哲学徒のぶち当たる壁に光を与え続ける永遠の名著「純粋理性批判」をまんが化。原著は認識論に”コペルニクス的転回”をもたらし、現在でも大きな影響を与え続けている。難解なことでも有名なこの書をアンドロイドと人間の恋を通して学べる格好の入門書にしました。認識論とは? そして恋とは何か? がちょっぴり分かる本です。 目次 プロローグ 第一章 感性と悟性 第二章 モノ自体と現象ーコペルニクス的転回ー 第三章 理性 エピローグ
  • 実践理性批判1

    実践理性批判

    ビジネス・実用

    5.0
    1~2巻1,276~1,298円 (税込)
    「人間が真の意味で自分を自由であると認識できるのは道徳法則があるからであり、また自由が存在しなければ道徳的な法則をみいだすことはできなかった。」本書は、思弁的な理性を批判した『純粋理性批判』につづくカントの第二批判書であり、倫理学史上、最も重要な古典である。
  • ワイド版世界の大思想 第1期〈1〉プラトン

    ワイド版世界の大思想

    ビジネス・実用

    -
    1~42巻3,300円 (税込)
    ヨーロッパ哲学が誕生してすでに二十数世紀、その間生まれた幾多の作品のなかでも、面白さの点で「対話篇」(国家)は抜群である。そこには知識学や存在学や人間学に関する現代的思索の帰りゆく故郷がある。「国家」の完訳の他、ソクラテスの精神を如実に伝える代表二作を収録。 〈収録タイトル〉 国家/ソクラテスの弁明/クリトン ※この電子書籍は、オンデマンド本「ワイド版世界の大思想」を底本としております。
  • プロレゴーメナ 人倫の形而上学の基礎づけ

    プロレゴーメナ 人倫の形而上学の基礎づけ

    ビジネス・実用

    3.0
    1巻2,420円 (税込)
    没後二百年余り、いまこの「世界市民的見地」に立つ哲学者の思想が見直されている。 代表作『純粋理性批判』の根本思想を、簡潔に分かりやすく説明しようとした『プロレゴーメナ』他を収録。
  • 純粋理性批判 1

    純粋理性批判

    ビジネス・実用

    4.4
    1~7巻990~1,188円 (税込)
    もう入門書はいらない! カントは従来の形而上学が陥った独断的なやり方を批判し、人間のもつ理性の可能性とその限界をみさだめる。空間とは何か、時間とは何か、認識はどのようにして成り立つのかを明らかにする。古代以来の哲学の難問を解決しようとした意欲的な試みを再現する! 難解とされる多くの用語を、ごく一般的な用語に置き換えて分かりやすさを徹底した画期的な新訳(全7巻)。詳細な解説つき。
  • 永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編

    永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編

    ビジネス・実用

    4.1
    1巻1,298円 (税込)
    カントが普通の言葉で語り始めた! 本書で繰り返し説くのは、自分の頭で考えることの困難と重要性。「永遠平和のために」は常備軍の廃止、国際連合の設立を唱え、「啓蒙とは何か」は、他人の意見をあたかも自分のもののように思いこむ弊害を指摘している。他に「世界市民という視点からみた普遍史の理念」「人類の歴史の憶測的な起源」「万物の終焉」を収録。現在でも輝きを失わないカントの現実的な問題意識に貫かれた論文集。
  • 道徳形而上学の基礎づけ

    道徳形而上学の基礎づけ

    ビジネス・実用

    4.8
    1巻1,364円 (税込)
    「君は、みずからの人格と他のすべての人格のうちに存在する人間性を、いつでも、同時に目的として使用しなければならず、いかなる場合にもたんに手段として使用してはならない」。多くの実例をあげて善と悪、義務、人格、自由と道徳性について考察し、経験的な根拠に依拠しない純粋な道徳の原理を探求。きわめて現代的であり、いまこそ読まれるべき書。詳細な解説付きのスタイルで完全読解へ導く“中山カント”第3弾!
  • 永遠平和のために

    永遠平和のために

    ビジネス・実用

    3.9
    1巻693円 (税込)
    世界の恒久的平和はいかにしてもたらされるべきか。カントは、常備軍の全廃・諸国家の民主化・国際連合の創設など具体的提起を行ない、さらに人類の最高善=永遠平和の実現が決して空論にとどまらぬ根拠を明らかにして、人間ひとりひとりに平和への努力を厳粛に義務づける。あらためて熟読されるべき平和論の古典。

ユーザーレビュー

  • 永遠平和のために

    Posted by ブクログ

    終戦の日にちなんで、読んでみた。
    戦争はすべての人が道徳的にならないと無くならない、地球上すべての人が互いを尊重しえる世界はまだまだ来そうに無いなと思う。ページ数は少なくても、考えさせられる事がたくさんあった。
    また、再読したい。

    0
    2026年08月15日
  • 実践理性批判2

    Posted by ブクログ

     これは一般的に道徳と道徳批判についての哲学書ということで終わる場合が多いけど、紛れもなく宗教批判まで射程に入れている、宗教批判の哲学の本です。聖典に書いてあるんだ何が悪い!と言って殺人すら神の命令として正当化する宗教があった場合、私達はそれは困るんだけどどう反論していいか分からない。そんなときこの本が確実に役に立つと思います。これは宗教の狂信や思い上がりを挫く。そして私は宗教の特権的思い上がりは、特権的な人種が存在するという人種差別と同じ危険性をもつ差別だと思っています。しかし人種差別は悪いものだとは認識されてても、宗教的な差別は許容されてるように思える。

     全人類が共通に持つ道徳法則の命令、どうして持っているのかどうやって持っているのか分からない、この世に超常現象があるとするならこれのみ。そしてこの道徳法則から宗教が生まれるという(164ページ)。逆に言うと根っこが道徳でないならそれはニセモノの宗教ということです。他宗教の人間を迫害したり、他宗教の施設を燃やしたり、他宗教の祭りやイベントを妨害したり、他宗教の人間を殺害したりするようならそれは宗教ではないということになります。どれだけ宗教だと言い張っても法治国家では許されることはない。最高善である神が法律違反になるような行為を命令することなんかないし、人間同士の争いなど望んでいない、ましてや宗教という自分自身に関することで他の人間に迷惑かけたり傷つけたりすることなど言語道断で許さないでしょう。『純粋理性批判』にこのような記述があります。

    石川文康訳
    B646「物質と、そもそも世界に属するものは、最大の経験的統一としての必然的存在者の理念にふさわしくないということであり、そのような存在者は世界の外部に設定されなければならない」
    「その場合、あたかも必然的存在者がいないかのように、われわれは世界の現象とその現実存在を、つねに安心して、他の現象から導出することができる」

    B589「必然的存在者はまったく感覚界の系列の外部に(世界外の存在者として)、そしてまったく仮想的に考えられなければならない」
    「このようにしてのみ、必然的存在者がそれ自身、偶然性とあらゆる現象の依存性の法則に従うことは、防止されうる」

     カントといえばコペルニクス的転回が有名ですが、これもそうです。とてつもない革命的なことを言っています。これ要するにどの宗教にも神の言葉を記述したものとして聖典があると思いますが、その物資的な本や文字を見たり内容を聞かされたりすることは全く全知全能の神にふさわしくないと言っているのです。この聖典は神の言葉でうちの宗教だけが本物なんだと主張することは誰でもできる。しかし、例えば日本人の私には別の地域の言語も文字も理解できません。どれだけその地域の聖典と神の言葉がすごいと言われても全く理解できない。これがおかしい。神は全知全能なのになぜ特定地域の特定の人達にしか理解できない言葉と文字で自身の言葉を伝えたのでしょうか。なぜ普遍的なはずの神が一部の地域の人達だけに自分の言葉を伝えるというえこひいきをするのでしょうか。それは神の無能力を示しているのではないでしょうか。仮にその地域の人達が絶滅したら神の言葉が消滅してしまう恐れがあるのに。本というこれまた消失可能な物資的媒体に頼るのもおかしい。本当に普遍的なら全人類が理解できる言葉と文字によって全人類に自分の命令を伝えるものだと思いますけど、世の中そうはなっていない。神は自身の言葉を伝えるのに感性的な手段はとっていないということです。全知全能の神なら全人類に一律に命令を見たり聞いたりでない別の手段で与え、なおかつ人間が神の操り人形にならないという絶妙の配慮するでしょう。また神は常に全人類の心を永遠に認識しているということになります。でないとこの命令は不可能です。これが道徳法則ということになります。聖典を崇拝する気持ちは分かるけど、残念ながらそれらは100%人間が作成したものです。これは確定してます。上記の通り神に相応しくないのだから。神が本当に感性的な方法で言葉を授けたなどあってはならないのです。そんなことがあったら科学など成り立たなくなるし、それは紙とインクを神だと思って崇拝してるだけの真の偶像崇拝で、不信仰です。たとえ強大な権威として神の言葉が伝わっていても、私達はそれを本当に神の言葉として崇拝して実行していいのかどうかまず己の道徳法則に照らして吟味する必要がある。福音書の聖者イエスでさえ、私達が彼を聖者と認める前に、道徳的完全性についての私達の理想と比較されなければならないと述べられています『人倫の形而上学の基礎付け』。神は私達の外部ではなく内部にいます。となると、どれだけうちの宗教だけが本物だと言い張ってもそんな特別扱いなどありえないと分かる。神はこの世界の私達とは違った方法で存在しているのであり、それについての崇拝と祈りはある意味みな平等に無と言える。うちの宗教だけが神の言葉を保存しているなんてのは思い上がりであり、うちらだけが神と現実に接続することができるなんてのは理性の力を超えた狂信です。人類は全員等しく心の中で神と繋がっています。神を外部の書物などに求め、その文言を一字一句神聖視し、たとえ道徳的にもとる内容でも信じることが神への崇拝だと思ってるならとんでもない思い違いです。自分だけが神の声を聴くことが出来る、神を見ることが出来るというのもただのうぬぼれです。本当に神を見たり声を聴いたりできるなら、全人類が神を見られて、全人類が神の声を聴けないとおかしい。

     尊敬の念を道徳法則に抱き、尊敬という感情はこの神=道徳法則をまるで具現化させてるような人間に私達が抱く感情です。そしてこの道徳法則が極まってくると神聖さを帯び恥じます。しかし人間は神聖さの完全体にこの世でなることができない。なぜなら道徳法則は人間の私利私欲・報酬への期待を問答無用で断つからです。これでは幸福にはならない、しかし神聖さの完全体とは道徳と幸福が一致した状態なので、肉の体を失い魂だけになって天国でさらなる道徳の修行をする必要に迫られます。ここで天国とか地獄とかがあると意欲できるわけです。どうやってあるのか分からないけれど、とにかくあることは分かるから、人間の方から天国を要請する。そして理性は道徳法則により最高善を目指せと問答無用で言ってくる。ということは最高善の存在者が存在してないとおかしい。どこにどうやって存在してるのかは分からないけどとにかくそういう存在がいることだけは分かる。そこで人間の方が神を要請する。これらのことは人間の意志が誰からも縛られていない自由だからこそ自分で考えられるのです。人間は自らの意志を感性界に縛られることなく叡智界の法則に従って規定することができる。もし自由がなかったら人間は獣のように行動していたでしょう。ここに人間は自由という原因性を要請する。神や魂など超越的であったものは思弁的理性がアンチノミーに陥ったのに対し、実践的な理性では客体が現存することが必然的となったのでした。ここから分かることは、ある宗教者が毎日神に何度も祈って、複雑な宗教の規則を守ってれば天国へ行けて贅沢ができると思っているだけで、他の人間に対して横柄だったり傲慢だったりするのと、全然宗教的ではない人が道徳にもとる行為は止めようと誓い他人に対しても高潔な生き方をしていた場合、天国へ行くのは後者の人であると分かるのです。他のたとえでは、異教の祭りを敵視して参加しない人と、異教の祭りに参加して異教徒と仲良くしてる人どちらが天国へ行くか、これも後者だと分かるでしょう。神は祭りの違いなどでいちいち怒らない。異教の祭りを神のために妨害してやるなんて考えてる人は論外、地獄行き確定です。

     ここからは本書の内容とは全然関係ないのですが、言っておきたい。このカントがドイツ観念論哲学としてヘーゲル達と同一のジャンルに分類されてるのが残念でなりません。はっきり言ってカントとヘーゲルは全然違います。カントは形而上学の思い上がりと暴走を止めようとした。ヘーゲルは矛盾こそが世界を動かす力として矛盾を許容し、シルクハットから生きたウサギを取り出すがごとき、文字通りなんでもありにしてしまった。アンチノミーのように、神だの魂だの超越論的な題材は何とでも言えるから、本人の好きなように因果関係を設定できる。カントはそういう何の苦労もかけず大きな発見を導出する神託まがいの哲学を批判したわけですが、そのヘーゲルがカントの名声を利用してのし上がっていったというのが真相です。このような哲学をカントは『哲学における最近の高慢な口調』で批判しています。またカントはどれだけ偉い権威だろうと批判の対象になると後の独裁者と呼ばれるような人を批判しました。一方ヘーゲルは権力者に媚びて、あらゆる批判を回避しその時の政権が最善となる独裁を正当化するような同一哲学を展開。これがマルクスを経て自由に牙をむき世界に災いをもたらすことになります。この点でも対照的です。カントがヘーゲルの始祖みたいな扱いになっている、これだけが残念です。

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    2026年08月12日
  • 永遠平和のために

    Posted by ブクログ

    戦争を防ぎ恒久的な平和を実現する条件を論じる。国家間の協力が大事。平和条約という名の一時休戦条約とならないために。短いけど内容は濃く、平和とは何かを深く考えさせられる

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    2026年07月12日
  • 実践理性批判2

    Posted by ブクログ

    第一部 純粋実践理性の原理論
    第一編 純粋実践理性の分析論
    第三章 純粋実践理性の動機について
    純粋実践理性の分析論の批判的な解明
    第二編 純粋実践理性の弁証論
    第一章 純粋実践理性一般の弁証論について
    第二章 最高善の概念の規定における純粋理性の弁証論について
    第二部 純粋実践理性の方法論
    結論
    解説(中山 元)
    年譜
    訳者あとがき

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    2026年07月09日
  • 実践理性批判1

    Posted by ブクログ

    序
    序論 実践理性批判の理念について
    第一部 純粋実践理性の原理論
    第一編 純粋実践理性の分析論
    第一章 純粋実践理性の原則について
    第二章 純粋実践理性の対象の概念について / 純粋な実践的判断力の範型について
    解説

    0
    2026年07月07日

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