中山元のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
1762年ルソー50歳の時に出版。
2019年の現在から約250年前に刊行された本だ。
当時、フランスは王政による封建制度だったが、人民に主権があるとしてこの『社会契約論』を打ち出した。
が、
即刻発禁処分となりルソーも迫害を受けて国外逃亡する。
そして、ルソーは祖国の地を踏むことなく没する。
1778年のことだ。
それから11年後の1789年にフランスで革命が起こる。
ルイ16世はギロチン処刑、マリーアントワネットも車で引き回しの後処刑される。
そして、
1794年革命政府により
祖国フランスへ墓地が移されて、
ヴォルテールの墓地の横で眠る。
その革命の思想のルーツとなっ -
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ルソー著『人間不平等起源論』
1755年に刊行され、7年後に刊行される『社会契約論』の元になる思想のエッセンスといえる書。
1789年から始まりルイ16世が処刑され99年に終結したフランス革命の思想の元となったといえるルソーの書。
ルソーは、教育学や恋愛小説や自伝など様々なタイプの書を世に出しているが、このルソーの政治哲学の刮目すべき点は、
それまでの政治哲学のホッブズやロックなどが提唱した人間の自然状態への考察を、それは現代を生きる人間による枠組みから見た状態であり、結局は原始状態に遡って見極めることは誰もできなかったと喝破し、さらに遡って人間の自然状態から論考を進めて、その上で人間の -
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ネタバレ人は欲望を満たすために社会を形成したが、その社会によって人は欲望を抑制されることとなった。社会における善は、自己肯定から辛抱強さへとその価値観を奴隷により逆転された。良心は自分の自由な本能を外ではなく内に向けざるを得なくなり、疚しい良心、として成長した。その良心は、禁欲的な生に高い価値があると解釈し体現する司牧者によって点検される。学問もまた価値を生み出す権力を必要とし、自らは価値を創造することが出来ないため、禁欲的な理想を求めるものである。禁欲的な理想の果実たる、真理の価値を問い直そう、というのがニーチェの主張だ。
神に罪を被せたギリシアと神に罰を背負わせたキリスト教との対比が興味深かった。 -
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ネタバレニーチェ以前の哲学を批判し、あるべき哲学者像を呈示した書。哲学の理論とはその創始者の自己認識であり、道徳的な意図を持って成長したものだと言う。道徳には主人の道徳と奴隷の道徳との2種ある。以前の哲学者が依った道徳は後者であった。真理への意志とは力の意志なのだから前者に依って哲学すべし、というのがニーチェの主張である。後者の道徳の欺瞞性は我々も無意識的にでも勘付いているはずだ。例えば例えば「いい人、なんだけどね・・・。」などと評する時だ。その台詞にはニーチェが指摘した善と愚の接近がある。なお、本書は寄り道が多い。稲妻に撃たれるようなものもあれば、女性やユダヤ人に対する読むに耐えないものまで。そんな
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ニーチェは初読。新訳かつ、原文では自明であろうが訳すと何を指しているかわかりにくくなる箇所は本文中で補足されているので読みやすい。用語や人物の注は巻末にまとめて。もう少し解説が欲しいところもあったが、1冊の文庫にまとめるのであればこれくらいが限度か。
序盤はニーチェの姿勢をわかっていなかった為、本音なのか皮肉で言っているのか掴めないまま読み進めたが、アフォリズムという断章を積み重ねる形式で記述されているが故、個々の内容の意を汲むのはそれ程難しくはなかった。ただ後書きにあるように断章間を紡いで真意を読み取ることまでできたかは甚だ怪しい。
上辺のみの理解で感想を語ることになるが、選民的貴族主義 -
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カントの晩年の著作を集めたもの。
カントの中では、短くてわかりやすい。
抽象化された一言一言は、現代の諸問題、例えばイスラム国とかトランプさんとか、イギリスのEU離脱とか、そういったものも痛烈に批判しているようにも感じる。
学ぶことがなぜ必要か?
戦争はなぜ起きるのか?
反社会的思想はなぜ必要なのか?
道徳だけではなぜ平和にならないのか?
国家とはなにか?
そんな問いに、明確に答えてくれていて、気持ちが良い。
人間は、矛盾した存在だからこそ、進歩してきた。
それをきちんと認めた上で、より高い次元に哲学的に考察することが必要なのではないか。 -
Posted by ブクログ
三批判書を「自由」を軸に読み解くことも新鮮であったが、自分にとっては9章の宗教論が一番、読み応えがあった。そりゃここまで、人間を隷属化しているキリスト教に鋭く切り込めば、当時のキリスト教から睨まれるわ。
・人間が自由でなければ道徳は存在することができない。自由は道徳的な法則の存在根拠。人間が自由であることを認識しうるのは、人間が道徳的法則にしたがって行動しうるという事実によって。その意味で、道徳的な法則は自由の認識根拠。
・カントの戒め:独特の義勇兵のように思い上がる人々と道徳的な狂信に陥る人々。
・カントは美というものがそれを感受する人間の側にあるものであること、社会の共通感覚が人間に美と -
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主題:人間をあるがままの姿において捉え、考えられるかぎりで最善の法律を定めようとした場合に、市民の世界において、正当で確実な統治の規則というものがありうるのか。
社会構築の唯一の原理としての「合意」
ルソーはまず、「社会」というものがいかにして成立したのかを考察する。なぜなら、ルソーにとって「社会」とは人間にとって自明ではないからである。古代ギリシア哲学 と異なり、ルソーは人間の「自然状態」を想定する。自然状態こそ、人間にとって「自然な」状態であり、社会を構築するのはある種「特殊」なのである。自然状態では、誰もが独立して生きており、他者と恒常的な関係を結ぶことはない。そこでは、「彼が気にい -
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なにかするときにどうしてそうするのか。どのようなしくみによってそうすることを判断するのか。簡単に言えばそんなことが書いてある本です。
行動原理は経験主義に非ず道徳によるということを言っておられます。
最初何言ってんのと思うようなことも1ミリも疑問を残さず解消してくれるのがすごいです。純理を読んでいればそんなに難しさは感じないけれど、必ず純理を読んでから読みましょう。
ていうかカント読んでから「哲学」にくくられる分野の読物をカント以外読めなくなってしまった。咀嚼に時間がかかるようになっているというか、思考の道を放置しすぎてて荒れ地になっちゃってる感じがしないでもない。それが唯一の害。しかしその他 -
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文句なしの名著。
前半で、ルターがべルーフという言葉を職業として使い始めたというくだりは、一体何がいいたいのだろうと思っていた。
しかし後半に入り、そうした土台も含めてプロテスタンティズム(ここでは代表としてピューリタニズム)が現代の資本主義の精神を形成していく過程では、その鮮やかすぎる分析に敬服するばかりであった。
そして、現代(当時はまだ20世紀初頭だが)になるにつれ、その宗教性が薄れたり、富の蓄積による誘惑の増加といった矛盾が現れるにつれて顕在化してくる問題についても適確に見通している。
その忠告が帯にもある、「精神のない専門家、魂のない享楽的な人間。この無にひとしい人は、自分が人間性 -