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日経BPクラシックス 第7弾
世界の名著の新訳シリーズ「日経BPクラシックス」。
仕事に没頭することが「天命」であり、神に選ばれた証であるとするプロテスタンティズムの「職業倫理」が、資本主義の「精神」へと転化し、近代資本主義を生み出していく歴史のダイナミズムを論証した社会科学の古典。
わが国では戦後を代表する大塚久雄、丸山真男ら多くの知識人に影響を与えた。岩波文庫から大塚久雄訳がでているが、その訳には批判も多い。本書はウェーバー翻訳史上の画期的な訳といえる。
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Posted by ブクログ
文句なしの名著。
前半で、ルターがべルーフという言葉を職業として使い始めたというくだりは、一体何がいいたいのだろうと思っていた。
しかし後半に入り、そうした土台も含めてプロテスタンティズム(ここでは代表としてピューリタニズム)が現代の資本主義の精神を形成していく過程では、その鮮やかすぎる分析に敬服するばかりであった。
そして、現代(当時はまだ20世紀初頭だが)になるにつれ、その宗教性が薄れたり、富の蓄積による誘惑の増加といった矛盾が現れるにつれて顕在化してくる問題についても適確に見通している。
その忠告が帯にもある、「精神のない専門家、魂のない享楽的な人間。この無にひとしい人は、自分が人間性のかつてない最高の段階に到達したのだと、自惚れるだろう」という締めの言葉につながっている。
いずれにせよ、自分の性格や信条との共感も含めて、自分が今まで読んだ本の中で間違いなくトップ3に入る名著であった。
Posted by ブクログ
古典、さらには宗教とベースとなる知識に自信がないので敬遠していましたが、大変読みやすかった。最近の下手な経済読本より分かり易いと思った。
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技術、商業の教育を受けた人にプロテスタント的な性格の人が多いという著者の素朴な発見から本書はスタートする。
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資本主義において生産性を向上するため古来から出来高性が導入されてきた。しかしこれは生産量の向上につながらず実際には低下した。人は従来の方法で生活を維持することを望むのである。逆に賃金を下げても、生産量の質・量とも低下する。結局、労働のモチベーションは金銭にあらず、仕事を人間の絶対的な自己目的、天職と意識することに依るのであるが、この意識付けはある特定の宗教からくるのである。
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カルヴィニズムの禁欲性が生活の合理化、労働の合理化につながったというのが、かなり単純化した結論。キリスト教について基礎知識が無い読者はこのあたりで混乱すると思いますが、ようはルター派、カルヴィニズムを主に扱い、その中でカルヴィニズムの禁欲的な価値感が資本主義の発展に寄与したと理解してよいと思います。
Posted by ブクログ
社会学を専攻されていた皆様はご存知の「プロ倫」が、日経BPで復刊!
岩○文庫版よりも確実に読みやすくなっていると思います。
「近代の資本主義の精神を構成する本質的な要素の1つ、そして単にそれだけでなく近代の文化そのものを構成する本質的な要素の一つは、『天職』という観念を土台とした合理的な生活態度であるが、この態度は『キリスト教的な禁欲』から生まれたものだ。」
と本人が要約しているように、神の恩寵を求め、神に与えられたとされる職業を「天職」とし、神に報いるために、人々は疑うこともなく、合理的に禁欲的に働き、生活する。このプロテスタンティズムが資本主義の精神を作り上げたという仮説をウェーバーは打ち立て、カルヴァニズムやピューリタニズムなど多角的な視点から、禁欲の精神と資本主義の精神の関係を分析する。
資本主義は、その高度なシステム化のために、「『少数の』プロテスタントから発生した禁欲的精神を土台としている」という事実に立ち返り、根底に存在するはずである人間性の本質を追求する作業を放棄させてしまった。そんな社会の行く末について、ウェーバーは以下の様な痛烈な「予言」を残している。
「精神のない専門家、魂のない享楽的な人間。この無に等しい人は、自分がかつてない最高の段階に到達したのだと、自惚れるだろう。」
かつてゲーテも模索した、人間性の本質。
少なくとも私が生きている間に、この資本主義をベースとした社会が抜本的に変わることはないと思いますが、自分の思想や行動の理由は、常に考え続けてみたいものです。
Posted by ブクログ
昔、岩波文庫で読もうとして、あまりに難しさ(?)にまいって、ざっと斜め読みすることになったが、資本主義ってなんだろうと改めて考えるにあたって、再チャレンジ。
中山元さんの訳文は、圧倒的に読みやすくて、なんかやっと議論についていくことができる感じがした。
一方、この本の面倒さ、読みにくさの一つは、本文以上に膨大な注釈の存在で、これを読もうとするともともとの議論の流れがわかりにくくなることから来ている。それはもともと原著がそうなっているので、仕方がないのだが、この本をしっかり理解するためには、まずは本文を通読して、次に注も読みながら、再読、再再読する必要がある気がした。
また、キリスト教に詳しくない私にとっては、カトリックとプロテスタントの違いもあまりわかっていないところで、プロテスタントのなかのルター主義、カルバン主義、ピューリタンなどの関係もわからないし、さらにその下の宗派の違いになると頭がボーとしてくるというのも難しさの要因である。
まあ、要するにマルクス的な経済というか、生産様式として下部構造が社会の仕組みや文化などの上部構造を規定するというアイディアへのアンチテーゼとして、宗教の違いが経済に影響を与えるという話しです。
でもそんなことは、この本を読む必要もなく、資本主義に関する本を読めば、どこにでも書いてあること。
この本を実際に読んでみると、ウェーバーの議論は、単純に、マルクスの図式をひっくり返すというものではなく、わりと複雑である、という印象をうけた。
この複雑性に付き合って、なんだかよくわからないと行きつ戻りつすることに、この本を読む意味があるのかなと思った。
Posted by ブクログ
「ところで労働はそれ以上のものである。何よりも、神が人間の生活の自己目的として定められたものなのだ。」
カトリックやピューリタン、そしてプロテスタント等様々なキリスト教派の観点から「労働」を考察した本。
なぜ、という原因の部分から深い洞察が見受けられる。
日経BPの本は翻訳が程良く読みやすいが、それでもやはり内容を理解するのは骨が折れる。
禁欲に生きようと自律してきた当時の人々とは違い、現代では禁欲的に生きなければならない。それが分業による専門性の追求であり、そのためには何かを捨てて生きなければならない。そうすることで、富は増大し、それを他者へ使うことで、神の偉大さをより多くの人に伝えることができるので、これから先もファウスト博士のように、すべてに対する知を求めることはできないだろう。
しかし、現在では、多くのことを経験し、それらをつなぎ合わせることから新しいアイディアが生まれていることを考えると、専門分野は一つではなく、複数求めたほうがいいと思われ、すべての分野に対するスペシャリストが理想となってしまう。それはファウスト博士が求めたものだ。結局、何を放棄するべきか選ぶのは難しいが、選ばなければ、仕事として中途半端な専門性になってしまう。
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