黒原敏行のレビュー一覧
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1992年発表 、コーマック・ マッカーシー著。1949年のアメリカ。愛する牧場が売られてしまうことを知った主人公が親友ロリンズとともに馬でメキシコに越境。二人は辿り着いた牧場で馬達と幸せな時間を過ごすが、越境中に出会った少年の起こした事件がきっかけで刑務所にぶち込まれるはめになる。そこからの脱出は主人公にとって恋人とのつらい別れを意味していた。そして訪れる物語のクライマックス、主人公の暴力。読点を極力省いた息の長い文章、鉤括弧を使わない独特な文体。
とにかく馬達の描写が美しい。彼らの息遣いが聞こえてくるかのようだ。この小説は主人公と彼の選ぶ運命の象徴としての馬(メキシコへの越境もその象徴と言える)、その二者間の物語という気がする。様々な暴力に見舞われ、時には誰かの死を横目に、どこまでも移動し続ける(移動せざるを得ない)少年達。「すべての美しい馬」とは、そういう少年達のことを指しているのではないだろうか。
個人的に少しうれしかったのは、著者の小説として私が先に読んでいた「血と暴力の国」の殺人者シュガーのコイントス(相手が当てたら殺さない、外したら殺す)についての詳細が書かれていたこと。職人がコインを鋳造した時点で決まる運命。この哲学的な考察を語るシーンは非常に興味深い。 -
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国境三部作の完結編。
1作目『すべての美しい馬』の主人公ジョン・グレイディと2作目『越境』の主人公ビリーとが共演する。
物語は、二人が同じ牧場に勤めているところから始まる。気のいいオーナーの元、多くのカウボーイ仲間に囲まれて、ジョン・グレイディもビリーも平穏な生活を手に入れたかと思わせる。
しかし、彼らも仲間もどこか落ち着かない。本作でも三部作を通して描かれてきたテーマ、失われつつある西部がモチーフだからだ。彼ら自身、自分たちの生活はもう時代遅れになりつつあり長くは続かないだろうことを知っている。そこから生まれる何とも言えない悲哀が全体に漂っている。
話の本筋は、ジョン・グレイディが惚れた女のために、ナイフでの決闘を挑み、命を落とすという、それ自身ある意味大時代的な筋書きである。
徹頭徹尾、彼は前時代の人間であったのだ。
主人公たちの生活は失われる運命にあった。三部作を通して共通していたのは、その哀愁を、全く大衆迎合的にではなく描ききっているところであり、個人的にはそこがこの三部作の魅力であるように思う。 -
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国境三部作の2作目。
本作もアメリカ西部に住む少年が、メキシコへと越境し、数々の苦難の冒険を経験するという粗筋である。
が、こちらは『すべての美しい馬』以上に強烈な喪失の物語である。
主人公ビリーの3度にわたる越境が描かれるが、そのたびに近しいものを失っていく。失われていくものを何とか取り戻そうとしても、全ては逆効果、予めそう決まっていたかのように失っていく。
主人公の喪失の物語の合間に3つの挿話があるが、それも全て主人公の運命を示唆し、主人公の孤独を強調するかために配置されているのは明白である。
しかし、何故か陰鬱な雰囲気、悲しげな雰囲気はない。全ては淡々と進んでいく。
西部のカウボーイという、失われし時代、失われていった人種、失われた社会を象徴しているのかな、とも思うが、もっと宗教的なテーマなのかもしれない。 -
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面白かったかどうかと言われれば微妙な気がしますが、興味深く、羨ましい社会だなと思いながら読んでいました。無駄なしがらみに縛られない、要らぬ煩いを忘れられるなんて、なんと羨ましい。これのどこがディストピアなんでしょう、ユートピアの間違いでは?
未来記が読者の興味を引くのは予言が成就する可能性を感じる時のみ、との記述が1931年時点及び15年後の作者の前書きにあります。2026年現在、すばらしい新世界の技術は(こういったディストピア物語に珍しく)あまり現実にはなっていません。せいぜい文化大革命とカンボジア政権くらいでしょうか。残念なことに未だに子供は母親の胎内から生まれてくるし、家族愛は据え置きで、社会は不安が募るばかり、生活はちっとも楽にはならない、老化もすればスパゲティシンドロームで無駄に延命をさせられるまるで真逆の社会が完成しています。
文明人から見た新世界は素晴らしく、ジョンから見た新世界は文明も存在しない世界のようです。猿は文明人なのかジョンなのか、気が狂っているのはバーナード達文明人なのか、未開の地から来たジョンなのか、とても極端なのです。しかし、現在先端の文明社会を生きる日本人の私としては、この文明社会は羨ましいと思います。なぜ子どもを産むことを推奨されねばならないのか、そんなに日本人を増やしたいならフラスコレビーの研究をしろと。私が欲しいのは自由であって、せんたくのじゆうとたのしみであって、子育てだの結婚だのそれことこの社会のように1人の男や子供に縛られたくないのです。
ですが、本が読めないというのは辛い、本は読ませて欲しいです。 -
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「夜は若く、彼も若かったが、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった。」
この詩的な書き出しから始まる、古典的なミステリーの傑作。
妻殺しの嫌疑をかけられた主人公の死刑執行前に無実を信じる友人が捜査に奮闘する。
アリバイ成立のため、事件当日主人公とバーに同席していた女性を探すが、なかなか見つからない...
80年ほど前の作品であるからか、警察の捜査がざるすぎるだろとツッコミたい部分もあったが、そんな時代背景を越えて、引き込む魅力がある。
ハードボイルドでありながら、随所に情感豊かな描写が光り、ニューヨークの夜の湿った空気感や、死刑執行までのタイムリミットまでの焦燥感、絶望感の描写が秀逸だった。 -
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一昨年のブッカー賞最終候補が今年邦訳刊行?アン・マイクルズ/抱擁
戦場から生還した写真家の撮る肖像に死者が写る。見えない記憶や愛が百年・四世代にわたり紡がれる物語。
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時系列があちこちジャンプする。
話の流れがつかみにくいかもしれないけれど、そもそも人の記憶自体が時系列通りに整理されているわけじゃないのだ、と気づきます。
思い出の品や匂いなど、ふとしたきっかけで断片的に、そして唐突に蘇ってくるもの。そうした不規則な動きを表現しているのかもしれない。
詩人の著者らしく静謐なイメージ描写で、死を断絶ではなく「生者に寄り添う気配」として描く優しさ・美しさを感じました。
タイトルの「抱擁(Held)」が各所に登場するのは、「わたしたちは皆、亡き人への愛や見えない記憶に抱きしめられ(Held)て生きている」というメッセージかな。
著者の死生観が好きだなと思える読書体験でした。 -
Posted by ブクログ
NYタイムズ紙が選ぶ「21世紀のベスト100冊」よりコーマック・マッカーシー/ザ・ロード
運命の日からしばらく、灰に覆われ日が差さなくなった世界を行く主人公と幼い息子。「善き者」であろうとお互いを鼓舞しつつ、南を目指し荒野を歩き続ける。
世界崩壊の当日やXX年後の物語は多くあるけれど、数年後の死にゆくさまを描いているのは稀有かもしれない。
描写が悲しくも細やか。冷えきった世界で漠然と南を目指すのは、まだ生きたいと願う動物としての本能かな。徹底して削ぎ落とされた冷徹な文体で、終末世界の残酷さを容赦なく突きつけます。
そんな絶望の底にいるからこそ、父と子の間に通い合う無償の愛がいっそう尊い。「火を運ぶんだ」という、祈りにも似た言葉が深く、極限状態での人間の尊厳を問い直されたようでした。