黒原敏行のレビュー一覧
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タイトルはシャギー・ベインだけど、本当の主人公はシャギーの母アグネス。
貧しい肉体労働者の一人娘として生まれたアグネスは、歯並びは悪かったが、エリザベス・テーラー似の美人でスタイルも良く、言葉遣いもきれいで、ファッションセンスもあった。ハンサムではないが誠実で真面目な男と結婚。二児をもうける。
ここまでなら、まあ普通の良い人生。
だけど人間は愚か。そんな平凡で退屈な毎日に嫌気が差し、性的な匂いをプンプンさせるタクシー運転手シャグと子連れで駆け落ちしてしまう。
が、こいつが浮気、DVをするろくでなし。ここから彼女の転落が始まってしまう。この運転手との間に生まれたのがシャギー。
シャグに捨てられアルコール依存症が悪化、どこまでも落ちていき、第一子の娘は結婚することでこの家庭を出ていくが、残された長男リークと次男シャギーはこの母と運命を共にせざるを得ない。
ここが本当に辛い。頼るべき親が男と酒のことしか考えられないため、いつもお腹をすかせ、学校にも行かず、進学もできず、母が飲んで死ぬんじゃないかと不安でいっぱい。
しかもマッチョな価値観が支配する寂れた炭鉱町でシャギーは「普通の男の子」ではない。「オカマ」「おねえ」と呼ばれるような、なよなよした男の子だ。本人も自覚しており、何とか「普通の男の子」になれないかと努力を続ける。サッカーに興味は全くないのにサッカー選手や試合の記録を暗記したり、「普通の男の子」の歩き方を練習したり。
多様性を認められるって豊かさの証なんだな、と。貧しくて、肉体的強さが男の価値である社会は、そうでない男に存在価値を認めない。(女も男に魅力のある女が価値ある女である。)障害があったり、肉体は丈夫でもホモセクシャルだったりする者も同様に排除されるだろう。
だからアグネスがもてるのも、ある意味「女である」ことの価値だけしか認められていないから。そして、その価値がすごく高かったから、価値が下がったと感じてアルコールに救いを求めたのである。
ただ、この母を、息子たちはあきれ、諦めながらも、見捨てない。
それは母が本当は子ども達を愛していることがちゃんと伝わっているから。そしておしゃれで美人で本来は朗らかな母が大好きだから。
祖父ウリーが死ぬとき、べろんべろんに酔っ払って登場するシーン、初めて断酒に成功していたのに、禁を破ってしまうシーンは忘れられない。
読んでいて、これは映画になるなと思った。シャギー役は演技力が必要。アグネス役は美貌と演技力を兼ね備えた40代の女優ならやりたい役だと思う。
荒れ果てたグラスゴーの貧民街の団地も目に浮かぶ。
映像化可能という点で、小説として満点とは個人的にはいかないが、しかし、いい小説だと思う。
アグネスへの哀惜、狂おしいほどの母への愛が伝わってくる。
巻末の解説にはアグネスはギリギリ毒親ではないと書いてあったが、毒親だと思う。
しかし、完璧な人間も完璧な親も存在しない。
毒親ではあったが、子どもへの愛情を疑わせなかったという点で立派だった。
リークもシャギーもたとえどんなに成功しても社会の底辺で生きる人々を他人とは思えないだろう。たとえアルコールや薬物の依存症であっても、体を売って生きているとしても、それには相応の理由があるのだと、理解できる。
毒親だし、客観的に見ればろくでもない女だった。
しかし、彼女の命はこの小説で輝いている。それだけでも素晴らしいと思える。 -
Posted by ブクログ
1980年代の英国グラスゴー。
アグネスは新しく生まれ変わるため
家族と共に炭鉱町へ移り住む。
しかし、元夫に見捨てられアルコールが手放せなくなる。
息子・シャギーには愛情を注ぐが生活は困窮していく。
(あー、アグネス、また失敗をしちゃうのかな?
どうか、アルコールではなく子供たちに目を向けて)
そう思わずにはいられない。
読んでいて辛いことばかりなのに
なぜか、この親子を応援したくなる。
訳者・黒原敏行さんあとがきより
P607
〈作者のスチュアートは、この作品は労働者階級の声、スコットランド人の声、女性と子供の声、同性愛者の声という、少数派の人々の”多様な声”を響かせることができているのではないかとの自負を語っている〉
なんだか、涙が出てくる。
すごい作品を読ませてもらい幸せな時間だった。 -
購入済み
面白かった
クリスティこそ人間心理のプロフェッショナルだな、
というのが感想です。
フィクションのはずなのに
登場人物がみな現実に存在する人物のように感じます。
人間は怖い。 -
Posted by ブクログ
ネタバレミステリーの古典でどんでん返しの結末、それだけでも興味津々ですが、 J・ディーヴァーのリンカーン・ライムシリーズの面白さを知った私が本作を手にするのはもはや必然だったように思います。
エドガー・アラン・ポーのモルグ街の殺人から始まった推理小説の歴史。
本作も不朽の名作であることは読めばわかります。
主人公は株式ブローカーのスコット(職業は本作では全く重要ではありません)。
妻となんとか離婚をしようとしていたスコット、それまでとは手法を変え食事と劇場に妻を誘う。
直前になって行かないと言い出す妻と激しい言い合いの末に家を飛び出したスコットは何気に立ち寄ったバーで不思議な帽子をかぶった女性と出会い、妻と訪れるはずだった食事と劇場にその女性を誘う。
出会ったバーで再度酒を飲み、何事もなく女性と別れ、家に帰り着くと警官が。
スコットが外出している間に妻が絞殺されており、スコットは殺人容疑で勾留されてしまう。
妻の死亡時刻にはバーにいたと言うスコット。
彼がその時間にバーにいたことが証明できればスコットの無実は証明される。
しかし、バー、レストラン、タクシー、劇場の関係者はスコットは1人だったと証言し、彼は電気椅子による死刑を宣告される。
スコットに残された時間はわずか。
彼の無実を証明できる唯一の存在、"幻の女“はどこに消えたのか?
スコットは"幻の女“探しを親友であるジョンに依頼する。
友の為、ジョンは"幻の女“を探し始め、手がかりを掴むごとに情報源となった人々が次々に不審な死をとげます。
スコットが処刑されるまさに当日、ジョンはついに"幻の女“に辿り着く。
ジョンと時を同じく、スコットの無実を証明しようと走り回っていたのが、彼の若い恋人(愛人)キャロル。
裁判でのスコットの発言からもしかしたら彼は真実を語っているのかもと疑念を持ち始めた刑事バージェス。
三者三様で追い詰めた"幻の女“。
そこで明かされた驚愕の真実。
もはや古典とも言われる本作ですが、全く古さを感じることなく読み終えました。
説明
内容紹介
創立70周年記念作品 不朽の名作、ついに新訳版で登場!
けんか別れした妻が殺された。そのとき、夫は街で出会った奇妙な帽子の女と過ごしていた。唯一の証人は彼女だけ……今はどこに?(解説:池上冬樹)
内容(「BOOK」データベースより)
妻と喧嘩し、あてもなく街をさまよっていた男は、風変りな帽子をかぶった見ず知らずの女に出会う。彼は気晴らしにその女を誘って食事をし、劇場でショーを観て、酒を飲んで別れた。その後、帰宅した男を待っていたのは、絞殺された妻の死体と刑事たちだった!迫りくる死刑執行の時。彼のアリバイを証明するたった一人の目撃者“幻の女”はいったいどこにいるのか?最新訳で贈るサスペンスの不朽の名作。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
アイリッシュ,ウイリアム
1903年12月4日ニューヨークに生まれ、1968年9月25日ニューヨークのホテルに死す。コーネル・ウールリッチやジョージ・ハプリィ名義でも作品を発表
黒原/敏行
1957年生、東京大学法学部卒、英米文学翻訳家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) -
Posted by ブクログ
下山事件は中学生の時、松本清張の「日本の黒い霧」になぜかハマってしまい、戦後日本のドロドロの原形質に触れた気がして、ずっと心の底に沈殿している謎でした。時々、この事件、出版物として目の前に現れるのですが、なぜか積読のままに放置してしまっています。例えば柴田哲孝「下山事件」もその一冊。「日本の黒い霧」のインパクトが凄かったからかな…そんな中、あるTV番組でで直木賞を取った佐藤究が超おススメしていたので、「テスカポリトカ」よりも先に読んでしまいました。たぶん、真相解明の本ではなく、フィクションだったので気易かったのかもしれません。でも、1949年、1964年、1989年、つまり事件発生、一回目の東京オリンピック、昭和天皇崩御、昭和の歴史の特異点で蘇る下山事件は、戦後日本の奥底を流れる誰も見ることのできない地下底流と化している気がします。その闇への好奇心はまったくリアルタイムでもなんでもない自分の深層にも入り込んでいる気がして、それが怖くなりました。本書に描かれる下山事件に関わった人々のモヤモヤ感への共鳴が、ちょっとだけ起こってしまいました。この小説をデイヴィッド・ピースという英国人が書いていることにも驚愕。出口のない気持ち悪さが、ノワールと言われるジャンルなのであると思いますが、訳者のあとがきで語られる日本文学や歴史上の人物、さらには自著も巻き込んだ気持ちいいまでの緻密な構成…この作者の只者でなさ感にさらにびっくり。今回、初めての作家ですが、これは本書を完結編とする三部作の第一作「TOKYO YEAR ZERO」第二作「占領都市」にも遡らなくちゃいけない、と思いました。また積読?
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国鉄三大事件のひとつ、初代国鉄総裁の下山定則の轢断死体が発見されたが他殺説、自殺説まみえて解決に至らなかった下山事件を扱った小説。
なのだが、昭和の東京で起きた事件を扱った三部作の最後ということは知らず、最後から読むことになってしまった。
三章構成になっている。
第一章の語り手はGHQの情報将校により、事件前、事件発生、そして事件後が語られる。
そして第二章の語り手は元刑事の探偵、下山事件を追っていた作家の行方を追い、事件から20年後の東京が語られる。
第三章は下山事件発生当時に対日工作のため来日し、現在は翻訳家のアメリカ人が、昭和天皇崩御の昭和の終わりとともに下山事件の真相にたどり着く。
二段組でページ数450弱。
気合い入れて読まなきゃ終わらないのに、まぁ文体が重苦しい。
繰り返しの描写表現からは、東京の昭和という時代と事件の重苦しさが伝わってくるが、頭に入ってこない。
特に第三章は、何が何やら。。。
下山事件を題材にしているが、各章の語り手たちには下山事件を通して、更に二重三重の事件構造が重なっているから、話がややこしくなってくる。
下山事件そのものよりも、昭和という時代の重厚感を感じる一冊だった。
古い町並みを残すロンドンやパリ、アメリカンドリームと近代が共存するニューヨーク。
世界の大都市と比較して、東京には一貫性のある街がない。
明治維新、関東大震災、太平洋戦争、高度経済成長、そのたびにスクラップビルドを繰り返してきた東京。
層が折り重なった歴史は可視化されず、ふとその片鱗を街にのぞかせる。
本書の最終章が昭和天皇の崩御で締めくくられるのは、昭和の終わりの象徴に他ならない。 -
Posted by ブクログ
GHQ占領下の1949年に国鉄総裁であった下山定則が失踪し、礫死体で見つかり未だに未解決の下山事件。数万人規模のリストラを目前に控えて労組などから脅迫されていたことから、そうした心労が苦になっての自殺説、共産党などによる他殺説、ひいては”反共主義”を日本でも広げるためにGHQが起こした陰謀論的な他殺説まで、この事件は昭和史に残るミステリーの1つとなっている。
そんな下山事件を題材に、日本に在住する英国人作家が英語で描いた犯罪ノワールとも呼ぶべき小説が本作である。事件が起こった1949年から、昭和天皇が崩御する1989年まで、幾つかの時代を舞台としながら、その死は自殺だったのか、他殺だったのすれば首謀者は誰なのかを実在の人物たちを作品内で動かしていきながら暴いていく。
著者が日本人ではないということだからだろうか、占領下の日本や、昭和天皇の崩御などについても、一切の感傷を挟むことなく極めてドライに描かれており、その雰囲気が犯罪ノワールである本作には非常にフィットしている。日本人の作家であればこうはならなかっただろうし、まるで東京という既知の街が見知らぬところであるかのように見えてくるのも面白い。
本書は趣向は違えど、ノワール小説という点で趣味を同じくする『テスカトリポカ』で直木賞を受賞した佐藤究が絶賛していたことから手に取った。犯罪文学、ミステリーなどが好きな人であれば間違いなく楽しめる驚愕の一冊。 -
Posted by ブクログ
リーナ・グローヴ、ジョー・クリスマス、ゲイル・ハイタワーの3名を中心に物語が展開してゆく。物語は全体としては当時の黒人差別問題も相俟って、暗く陰気な感じで覆われているが、リーナにはどこか明るい雰囲気も漂う。ルーカス・バーチを追い求めて歩き続けてきたという導入部も、行動じたいはけっしてポジティヴなものとはいえないが、いっぽうで心の片隅に希望を抱いているからこそ、あてどのない旅を続けることができるのである。また、リーナは最終的に出産し、「人間ってほんとにあちこち行けるものなのね。」というセリフで締められる。さしづめ「希望」の物語である――というのは早計で、じつは希望なんてないような気もする。いっぽうでクリスマスは、幼少期からして孤児院に捨てられ、養父に虐待されて育ち、成長すると養父を殴り倒し、また情交相手の女性を切り殺す。その後逃亡を図ったすえに射殺されてしまう。リーナが「希望」の物語なら、クリスマスは「破滅」の物語――というのもやはり違っていて、クリスマスは最初から最後まで徹頭徹尾クリスマスでしかなく、そこには希望も破滅もない。クリスマスがクリスマスの人生を歩んでいるだけである。こうなるとハイタワーの物語が示している内容も単純で、あくまでもありのままのハイタワーを描いたものでしかない。三者三様に見える人生は、その実単にあらかじめ定められた方向に進んでゆくだけである。こういった人生を描くことで、当時のアメリカ南部に漂う独特の閉塞感を表現しているのだと思う。
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Posted by ブクログ
著者がイラク戦争から復員後、PTSDとなり、銀行その他の強盗による服役中に書いたという本書。冒頭、主人公はクスリを買うお金欲しさに強盗を働いている。話は遡り、主人公がクスリのせいで大学を中退し陸軍に入隊、数ヶ月の訓練後イラクへ派遣、一年後復員するも、次第に薬物中毒となり、やがて銀行強盗に手を染めていく…これ、私小説やん!と思うのだが、著者によると『フィクションであり、実際に起こった事は1つもない』のだそう。主人公のクズっぷりは相当だが、死が日常にある戦場で見たものや、クスリに依存していく様子は、とんでもなく惹きつけられた。
著者は今月、仮出所するとのこと。