世界は広い。そう感じさせる作家がまた一人登場。何と、ミステリにのめり込むあまり、高校生時代に習作なのだろうが長編小説を二作ほど書き上げた挙句、大学時代に、シリーズもののミステリを三作も出版させたというのがベン・サンダース。しかも聞いたことも読んだこともないけれど、この人はニュージーランドの作家だ。
なのに『アメリカン・ブラッド』という、アメリカの小説で世界デビュー。こうして日本でも翻訳されているのだが、作者の生年月日を考えると26歳で書き上げた作品ということになる。驚きの才能としか言いようがない。
荒削りというのが日本の二十代作家の印象なのだが、世界戦を挑む作家だけあって、むしろ緻密。新鮮で若い感性がもたらす瑞々しい文章を、骨太のストーリーと、大人のキャラクターたちの上に被せてゆくのは並の努力ではなかったろう。
大人たちと言えども、まともな社会に生きる者たちではなく暗黒街の人々の会話を、若い作家がよくここまでシニカルに描けたものだ。小説で難しいのは登場人物たちの会話だとぼくは常々思うのだが、それがハードボイルドの分野ともなると、描写よりもさらに重要視されるのが、後世にまで伝わるほどに気の利いたセリフ回しやへらず口、と来ている。そうしたセリフによる脚本力のような力も、この青年作家は十分に持っているところが凄い。
陳腐で型にはまったシーンの累積に陥りがちな若さが、書くという訓練を経て既に出版界に評価されたのだろう、だからこそ作者は本書を書くためにアメリカを訪れ、コーマック・マッカーシーやコーエン兄弟の好きそうなアルバカーキからサンタフェに至る道程を取材したのだろう。
地平の砂漠と人間の悪意という砂漠の中を、血と心を持った熱血主人公が走り回る展開は魅力的である。殺し屋、やくざども、警察の三つ巴の攻防の中、隠密捜査の果てに証人保護プログラムを与えられている主人公マーシャルがジョーカーとして動き回り、銃撃のシーンを作り上げる。基本的には小気味よいノンストップ・アクションである。
ワーナーでの映画化も決定しているそうなので、作家よりも映画の方が早歩きしてゆく可能性もある。早買いが好きなマニアの方には垂涎ものの一冊が出たとこっそりお伝えしておきたい。