文庫版の裏表紙に書かれている本書のあらすじは、下記の通りだ。
【引用】
西暦2540年。人間の工場生産と条件付け教育、フリーセックスの奨励、快楽薬の配給によって、人類は不満と無縁の安定社会を築いていた。だが、時代の異端児たちと未開社会から来たジョンは、世界に疑問を抱き始め・・・・驚くべき洞察力で描
...続きを読むかれた、ディストピア小説の決定版。
【引用終わり】
本書の初版の発行は、1932年であり、なんと約90年前のことだ。ディストピアはユートピアの反対語であり、反理想郷とか、暗黒社会とかと訳されるようだ。
ディストピア小説と表現されているが、この物語に描かれている社会は、ある意味ではユートピア社会だ。人類は、階級化され、その階級内で不満を持たないように、生まれる前から条件付けをされる。それはおおよそ成功しており、この社会で暮らす人々は、全く不満を持たない。
一方で、「不満を持たない」ということと「幸福である」ということは異なる。この世界で人々が不満を持たないのは、実際の生活条件に対して不満を持たないように条件付けられている、プログラミングされているからであり、そこには、主体性というものはない。与えられた条件の中でのみ不満がないのであって、そこから外れようとすることは想定されていない。すなわち、人間に自主性を期待しないし、実際にこの世界で暮らす人は自主性・主体性を持たない。ただ難しいのは、「自主性・主体性を持たない」ということに、この世界の人間は気がつかないということである。そもそも自主性とか主体性という概念を持たないように生まれ、育てられる訳であり、そのような考えを持ちようがないのだ。
そういう意味で、この世界は、「現在の我々の目から見れば」ディストピアなのであるが、では、我々自身の世界は全く違う目で見るとどうなのか、ということを考えさせる内容の小説になっている。