オルダス・ハクスリーのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
かなり面白かった。新世界住みたい。
「幸福か自由か」という点だけでなく、「人間にとって、苦痛を生みうる複雑さそのものに価値があるのか」というところも考えさせられて楽しいですね。
新世界は、苦痛を減らし、欲望や価値観まであらかじめ条件づけ、本人がそれに疑問を持たないように作られている。ここまで露骨じゃないにしても、階級社会も条件づけも現実にあるものだし、それなら外的環境まで一貫して整えて、ソーマまでくれる新世界の方がよほど親切。
下層階級も適切に管理され、管理されていることに疑問もなく、自分の役割を好んでいるなら十分幸せそう。「問いを持たなくていい・意味を探さなくていい・役割を外から与えられる」という状態にはかなり惹かれる。
特に面白かったのは、ジョンの感情がどこまでジョン自身のものなのか、というところ。
ジョンはシェイクスピアの言葉によって自分の感情を理解している。言葉はすでにある感情を説明するだけではなく、その感情を形づくり、増幅する。その言葉を知らなければ、その感情を同じ形では知らなかったのではないか。
これは新世界の条件づけともそれほど遠くない。新世界の住民は睡眠学習によって価値観を与えられ、ジョンはシェイクスピアによって感情や価値観を与えられている。どこまでが本人の意思なのか、そもそも外的なものから影響されない「本人の意思」などあるのか。
文学は言葉を増やし、感情に名前を与え、苦痛や満たされない欲望に意味まで与えてしまう。ジョンなんて可哀想に、題材がシェイクスピアだったもんだから、女性は純潔、さもなくば娼婦の二択になってしまうし、自分の中に芽生えた小さな感情を、巨大な悲劇サイズで解釈してしまう。
思うに、シェイクスピアだけだったのが良くない。ジョンに渡すもの選べるなら、ジェイン・オースティンあたりから初めて、チェーホフを与えて、ドン・キホーテとか投与しつつ、仏教説話とか混ぜとけばどうかな、と思う。
まあとにかく、ストロベリーアイスクリームソーマを飲み、触感映画を観て暮らしたい。それに尽きる。 -
Posted by ブクログ
今ある価値観は全て、社会や周囲から与えられた「条件づけ」なのかもしれない
もしかしたら、人は顔や性格が少し違うだけで、それぞれにちょうどいい餌を与えられて、日本や社会、世界という大きな仕組みの中で上手に飼われているとしたらその制度を考えた人がすごい
一方で、今の自分の生活は、自由と管理の「良いとこ取り」をした結果なのかもしれないと考えると、今の生活を以前より肯定的に捉えられる気がする
そして読み終えてから、この本を昔にも読んでいたことに気づき、とても驚いた
プラトンは「魂は生まれる前に真理を知っており、学習とはそれを思い出すことである(想起説)」と語っていた。読み終えた瞬間、「ああ、そういうことか」と思った(たぶん全然違う) -
Posted by ブクログ
ネタバレディストピア小説に挑戦中で、これはジョージ・オーウェル『1984年』の次、2冊目に選んだもの。
『1984年』よりも古いのに、西暦2540年を描いているから?今の社会と比べる感覚で読めるのが良かった。コミカルでおもしろくて不気味!
家族、老い、苦痛、忍耐がない世界。「母親」が卑猥な意味になる世界(なぜなら人は母体ではなく瓶で作られるから。妊娠と出産は卑猥でグロテスクなものとされる)
「条件づけ」や「睡眠学習」によって管理下で育つ人々は、恋愛や特定の人への執着はせずフリーセックスを楽しむ。新しい清潔なものだけを好む。出自や身分に不満を抱かない。死を重大なことと捉えない。達成感や感動を機械的に獲得できるよう、娯楽のシステムが整備されている。
現代的な、特に都心部の、気楽さと心地よさが極端に振れると実現しそうな世界にぞわぞわしながら読み終えました。 -
Posted by ブクログ
再読。ユートピアとディストピアの違いは何かを考えさせられる。時代はフォードが大量生産を始めた頃を始めとするフォード紀の後の世界。その世界では瓶で子供が生殖され、人間同士が生殖行為によって子供を作るなど野蛮な原始人のような行為とみなされている。
さらに洗脳教育および階級付け、ソーマといった快楽を得る薬物の存在。かなり前の小説であるものの、ユートピアを実現するための手段を、用意周到に練って考えられていることに驚く。
上記の技術自体、倫理的な観点を考えなければ実現可能であると想定されるし、倫理など世論でいくらでも変わる。例えば、少子化がこのまま進み続けて子供を人間が持つことへの意味がなくなってきたら、本小説のように瓶詰めで人工生殖が普通になるかもしれない。
それの何が悪いのか?と言われた時、悪いとは言い切れないところに面白さがある。SFの良いところは、こうした既存の善悪を取っ払い、空想の世界を考えるところにあるなと改めて感じた。
-
Posted by ブクログ
ネタバレこの物語のなかで起きていることに困惑したり嫌悪したりするのは、わたしはわたしで現実世界で条件づけ教育を受けているからだろうかと悩まされた。こうするのが正しくて道徳的だと信じ込まされているだけであって、違った理想が掲げられていればそちらを不思議に思ったりはしないはずだ。
終盤のムスタファ・モンドとジョンの会話が面白くて素晴らしかった。ジョンはジョンでいくらか偏った考えを持っていて、それ故にふたりのどちらにも共感できないのだけれど、どんな意図での言動なのかがわかりスッキリした。
麻薬がなければ新世界でもやっていけないのならまったく安定していないし、生まれる前から遺伝子を捜査されて階級が決められていることや、生まれたあとも洗脳を繰り返し、ひとりと深い関係にならないような仕組みになっていることや、発展のためにとにかく消費が求められることなど、受け入れがたい点が多い。
でも過去の戦争によって人々の意識が変わり、幸福な世界を望んだというならもうそれには反対できないと思った。現実に起きている戦争が頭にチラついてくるし、ジョンの攻撃性の高さを見ていると、これくらい管理されないと人間は争いをやめないような気がしてくるのだ。ジョンのラストは悲劇だった。 -
Posted by ブクログ
登場人物の台詞に時折ぐさっとくることがあるはず。そのくらい現代にも示唆的な小説だった。
シェイクスピアの引用も面白い。そして切ない。
作者は1946年のあとがきで、われわれが権力を分散し、応用科学を人間を手段として使うためではなく、自由な諸個人からなる社会をつくるために利用する道を選ばないとすれば、取りうる選択肢は軍事優先主義もしくはそれがエスカレートした世界、もしくはここに書かれたようなユートピアの2つしかないだろうと言っている。偶然にも前者も未だ現実的であることを思い知らされている現状が世界で起きており、考え込んでしまった。
--
2026年3月20日追記
・ポパー『開かれた社会とその敵』を読んでいたら、この本が引用されていることに気がついた。「人間が人間であるかぎり(つまり、『すばらしい新世界』が現実のものとならないかぎり)絶対的にして制約されることのない政治権力など存在しえない。」(カール・ポパー『開かれた社会とその敵 第1巻プラトンの呪縛(下)』21頁)
・そして、改めてこの『すばらしい新世界』のあとがきに目を移すと、私が2022年3月に憂いた「軍事優先主義もしくはそれがエスカレートした世界」だけでなく、応用科学技術によって人間が支配されたユートピアの選択肢までも起こり得る(起こりつつあるのかもしれない)世界が具体的に見えるようになっており、現状に絶望的な気持ちになった。同時にこれは、私たちが意思を持って「自由な諸個人からなる社会をつくるために応用科学を利用する道」をつくっていく必要性と、この本の先見の明および価値を示しているともいえる。 -
Posted by ブクログ
⚫︎感想
快適、娯楽、薬、不満がなく設計された世界は、人間が生きる上で本当に幸福といえるのか。
簡単に「快」が得られ、「不快」が回避される世界は、
苦しみ、愛、嫉妬、孤独がない
「不幸になる自由」は本当に不要なのか?
人が生きる上で、「揺れ」は必須である。
享受している幸福に気づくのは、
対極の不幸の存在を知っているからだ。
人間から “揺れ” を消し、
幸福だけ残って、
それは本当に人間なのか?
現代の生活に浸透している
ショート動画、快適アルゴリズム、消費、即時快楽…
それらは「すばらしい新世界」の1ページになり得る。
⚫︎本概要より
『一九八四年』と並ぶ、ディストピア小説の歴史的名作
すべてを破壊した“九年戦争”の終結後、暴力を排除し、共生・個性・安定をスローガンとする清潔で文明的な世界が形成された。人間は受精卵の段階から選別され、5つの階級に分けられて徹底的に管理・区別されていた。あらゆる問題は消え、幸福が実現されたこの美しい世界で、孤独をかこっていた青年バーナードは、休暇で出かけた保護区で野人ジョンに出会う。 -
Posted by ブクログ
すべてが「良い」とされ、誰もが「幸福」である状態を維持するために社会全体が作り込まれた世界の異常さを描いた小説。人々は階級ごとに分けられ、生まれた瞬間からその階級を幸福だと感じるよう教育される。家族という概念は下品なものとされ、人は人工的に生み出される。どの階級になるかも操作され、人口比率は厳密に保たれる。死はあっても老いはなく、性行為は恥じらいなく行う習慣とされる。悩みがあれば「ソーマ」という錠剤を飲めばよく、それで精神は安定する。だから表面的には誰も悩まず、社会は安定している。
悩みや不安が排除された世界では、宗教や神話、芸術は必要ないものと扱われる。科学も統制の範囲から外れないよう制限される。新しいものが善とされるのも同じ理由で、消費を進めることが社会の安定につながると考えられているからだ。
物語の中盤で「新世界」の外から来た「野蛮人」が登場する。彼が世界統制官にこの社会の異常さを訴える場面が印象に残った。
「快適さなんて欲しくないです。欲しいのは神です。詩です。本物の危険です。自由です。美徳です。そして罪悪です」「要するにきみは」とムスタファ・モンド(世界統制官)は言う。「不幸になる権利を要求しているわけだ」
このやり取りを読んだとき、『世界99』の一節を思い出した。「かわいそうなことは、素晴らしいですよね。僕、たぶん、将来、それって娯楽になると思うんです。」
書かれた時代は全く異なるが、全体主義的な幸福の形や階級制度など、両作品には通じるところが多いと感じた。 -
Posted by ブクログ
瓶詰めの科学的に調整を施す人間培養、その調整によって格付けされた人間社会、あらゆる快楽を叶えることで欲望や不満、絶望を排除したユートピア。人間の最大の欲求は信頼関係のある人付き合い、と定義する人がいるが、それさえ叶えることのできるユートピアは果たしてディストピアなのか。かなり極端な世界ではあるが、今自分が置かれている自由はとても幸福なことであると実感する。もし自分に苦難が降り掛かったとき、本当に「ソーマ」を拒絶出来るかは怪しいとは思います。16章、17章のジョンと世界統制官との論戦は興味深いが、個人的にはやや宗教的思想に偏るジョンにも賛同できないところがある。
そして衝撃のラスト。自分への鞭打ちさえなければ穏やかな生活を営むことができそうだが。