ジョージ・オーウェルのレビュー一覧
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『1984年』のジョージ・オーウェルの随筆および書簡集とあったので読んでみた。
これを読むと、ごくありふれた生活感情の持ち主だったことがわかる。紅茶の淹れ方のこだわりや、ビール大好きなところなど、何だか微笑ましくさえ感じられる。だからこそ、『1984年』や『動物農場』がこの人によって書かれたのだということに意味を感じる。当たり前の生活感情を持った一個人だからこそ、当たり前でない「何か」が生活の中に忍び込んでくることにアンテナを立てられたのかもしれないということ。そして、当たり前の生活感情と非凡な表現能力は乖離しないものなのだということ。当たり前に暮らしながら、当たり前でない何かを残せることに、 -
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ジャック・ロンドンと違い、著者はイギリス人=ヨーロッパ人であること、そして、必要に迫られて貧乏暮らしをしたことなど、貧しさが他人事ではない印象。
そして面白いのは、母国については批判的なのに、パリに対しては友人のような気安さがある。
「金が人間を労働から解放してくれるように、貧乏は人間を常識的な行動基準から解放してくれる」
そして、考えないようになっていく。
本当の貧乏の中で、革命は生まれないのではないかという気づきが新鮮だった。
そういう意味で、今の日本は全体的に貧しいと思う。誰も自分で考えず、誰かが考えてくれるのを待ち、それが気に入らないと「批判」する。
そんな仕組みの中で、埋もれな -
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Posted by ブクログ
ネタバレついにジョージ・オーウェルの1984を読んだ。いや、厳密には読んでいないが、森泉岳土による漫画版「オーウェルの一九八四年」を読んだ(オーウェルの、と付くところが良い)。
救いがないとは聞いていたが、本当に。
でも何より救いがないのは、読み終わったときに「ああ良かった、怖い話は終わった、"あんなんとは無縁の"現実へ戻ろう」と心から思えないところだ。
あとは備忘メモ。(ネタバレもあり)
・舞台はロンドン、ただしイギリスではなく「オセアニア」という国。オセアニアを率いるイングソック党の党首ビッグブラザー(BB)がすべてを監視し、好ましくない兆候があれば「思想警察」に連 -
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オーウェル、鋭いっ!
と言いたい場面が多々あった。
『スポーツ精神』では、スポーツとは本来的に競争であって銃撃戦のない戦争と変わりないとバッサリ言い切られる。オリンピックに浮かれる日本に水を差されているみたいだがその通りかもしれない。韓国とこんな風になっている時にオリンピックをすることにいささか恐怖を覚えた。
「サッカー場での清く健康的な対抗意識や、国民を統一するためにオリンピックが果たす多大な役割について戯言を言うよりも、現代のスポーツ崇拝がどのように、そしてなぜ、起こったのかを問うてみることの方が有益だろう。」
なぜかというと、スポーツは
「自分自身をより巨大な権力の単位と同一化して全てを -
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ネタバレ動物たちが反乱をおこして人間を追い払う。
そして独立した「動物農場」はどのような共同体になっていくのか?
1945年に出版された作品で、
ソビエト連邦の真実をあぶりだしたようなおとぎ話だということです。
以下、ネタバレありです。
人間に完全に支配されている動物たちの蜂起は、
はじめ平等と平和という理念のためでしたが、
反乱が成功してからはちょっとずつ変容していく。
知識階級が牛耳るようになっていくのが
悪い方向へ行く徴候なのだけれど、
外敵がいるから知識階級が指示をだしたり計画を練る立場に
ならざるをえないんですよね。
そして、知識層の「ぶた」たちには公共心が薄いところが、
他の動物たちに -
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Animal Farm(1945年、英)
共産主義を批判した寓意小説。動物農場はソビエト社会主義共和国連邦のアレゴリーである。メージャーじいさんはレーニン、ナポレオンはスターリン、スノーボールはトロツキーをモデルとしている。ユートピアを目指していたはずの農園が史上最悪のディストピアへと変貌していく逆説は、人類が忘れてはならない歴史の教訓だ。
しかし、これを読んで「共産主義怖すぎ」と他人事のように言っていられるほど、世界は単純ではない。作品は1944年2月に脱稿していたにも関わらず、その発表は翌年8月17日まで待たねばならなかったという事実がある。日本のポツダム宣言受諾から2日後、米ソの冷戦時 -
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