ジョージ・オーウェルのレビュー一覧
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『屋根裏部屋の一つには、仮装舞踏会で履くようなアメリカ向けのけばけばしい靴を作っている、ブルガリア人の学生がいた。この学生は六時から十二時までベッドの上にすわりこんで十二足の靴をつくり、三十五フラン稼いだ。そして、あとの時間はソルボンヌの講義に出るのだった』
ジョージ・オーウェルといえば「1984」で、全体主義を揶揄するディストピア小説ということになるのだろうけれど、近未来として描かれたその年は既に過去の時となり、危惧されていた第三次世界大戦も起こらず、現実の世の中はオーウェルが極端に描いて見せた世界とは異なっている。しかしそこに描かれた人々の暮らしは、実のところ絵空事ではなく、少しだけ見方を変えれば直ぐにでも現実味を帯びて迫ってくるもの。それどころか、1930年代に紀行文として書かれたこの「パリ・ロンドン放浪記」で炙り出された貧困層の生活からは、世間という大きな機構の中にがんじがらめに絡め捕られてマトリックスの中で生きるしかない仕組みが透けて見えて来る。
興味深いのは労働党の、煎じ詰めれば社会主義の、支持者であったオーウェルが、そのイデオロギーが容易に行きつく先であろう全体主義を否定していること。オーウェルがどのような社会主義の善良なる世界を夢想していたかは理解していないけれど、本書の中で吐露される社会観は、既存の社会制度の歪を凶弾しより良い仕組みがあるのではないかと問い掛けているように読める(例えば、何故イギリスでは放浪者が放浪し続けなければならないのかを問うくだり、など)。ただし、本書はそのような提言が主題ではなく、優れたルポルタージュ文学作品として認識されているようだ。
確かに、公務員の職を辞して執筆活動に専念するため自ら不自由な暮らしに飛び込んでいったとは言え、行き着いた貧困の境遇について自己憐憫の泣き言を書き連ねることはない。むしろ貧乏生活を分かち合う人々との交流を楽しんでいるような(特にパリ編は、まるでほら吹き男爵の冒険譚のような)雰囲気すら感じさせる文章は読んでいて楽しい。もちろん、きらびやかな表舞台の裏側で人々が目を逸らしたくなるようなおぞましい、だがそこで生きる人々にとっては当たり前過ぎる現実の世界が存在することもきっちり描いていて、その意味では後年「1984」のような社会の歪をディストピアとして描き出すような作家の視点は既にあったのだとも言えるのかも知れない。
パリの市井にどっぷりと浸かって生活していたとはいえ、やはりフランスがどこまでも異国であったのとは異なり、イギリスへ戻ってからの放浪生活の描写には社会的な矛盾に対する憤りのようなニュアンスが所々で顔を出す。野に在ってもジェントルマンとして社会的責任を感じるよう育ったパブリックスクール出身者の矜持のようなものが疼くのだろうか。翻訳者はその部分は「無くもがな」とするけれど、むしろその部分が肝心なようにも思うのだが。
『物乞いの暮らしと、世間的に体裁のいい生活を送っている無数の人びとのそれとのあいだには、何ら「本質的な」相違などありはしない。物乞いは働かないと言っても、では、「働く」とはどういうことなのか? 土工はつるはしを振るって働く。会計士は計算をして働く。物乞いは晴雨にかかわらず戸外に立ち、静脈瘤や気管支炎になりながら働いているのだ』 -
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『1984年』、『動物農場』と、政治思想を前面に押し出した作品を書いた著者が、どのような旅の記録をまとめるのかと身構えつつ読んでみたけれど、これは面白い……。
いえ、面白いと言ってはいけないのかも。
パリとロンドンでの浮浪者生活を描いたものなのだから。
パリでは道端で人が死んでも驚かないほど無気力な窮乏生活を送り、皿洗いの仕事を得る。
食堂の裏側のおぞましいほどに不潔で、ちょっとおかしな話を読み、外食はしたくないと思わせられた。
英国では仕事が得られず各種の収容所を巡る。
その実体験を通じて、浮浪者は特別な存在でないと論じる箇所は説得力があった。
他のルポルタージュも読んでみたい。 -
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オーウェルといえば1984や動物農場などの作品のイメージが強いけれど、このエッセイを読んで彼に対する印象が大きく変わった。特に1章の食事や日常生活に関する内容がとても面白い。電車の中で笑いをこらえてしまうようなところさえあった。筆者が言うには、おいしい紅茶を入れるには11点もの譲れない条件があるらしいし、理想のパブの条件をすべて満たすパブは実在しないらしい。
私がこの本をこれだけ面白く読めたのは、日本語訳がまた実に良いものだったからというのもあると思う。たいていの翻訳ものは、読んでいて何を言っているかわからなかったり、ジョークが通じなくなっていたり、「本当に原文でこんなこと言ってるのか?」と思えるようなところがあったりするものだけれど、この本についてはそういう点が全くなく、終始とてもリズム良く楽しく読むことができた。一見とても真面目そうな雰囲気の文体なのに、実はものすごく面白いことを言っていたりして、そのギャップで余計に笑わされた。翻訳されることによって作品がより良いものになるという好例!
個人的には「クリスマスの食事」がとても面白くて、笑いたい気分のときに何度も読み返している。 -
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『Hommage to Catalonia』の訳本は複数社から出版されているが、一部が省かれた版も多数存在するので、原語の内容を溢さず読みたい人には、本書をお勧めする。
未だかつて、こんなにじっくりたっぷり読み込んだ本は無い…。大学のゼミで取り上げる題材だったから、という理由なのだけれど、そもそもは原語で読んでいて、途中あまりに複雑で心折れそうになり、論文書くうえでは母語で読まないことには先に進めず、何度も読み返しては線を引いて付箋貼っての繰り返し。
オーウェルの生い立ちや思想とか理想というものは彼の著作を読むほどによく理解出来ると思うが、この作品は、ある意味、彼の人生のクライマックスのようなものではないかと思う。
イギリスの「上層中流階級の下の方」に生まれた著者がどのような青少年期を過ごし、やがてスペイン内戦に従軍記者として赴くことになったのは何故か。そこで彼は何を見たのか。従軍記者として赴いたハズが、自身が銃を握ることとなったのは何故か。
理想と現実の間でオーウェルが感じたことは何だったか。その後彼の心はどこへ向かっていったか。
ルポルタージュと言っても決して堅苦しくなく読み易い方だと思う。世界が第二次大戦へと向かっていく直前の激動の時代、欧州で何が起きていたのか、その一端を内部から知ることが出来る貴重な書。 -
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あまり期待せずに読み始めたら面白くて止まらなくなった。オーウェルの観察眼と表現力が光る。翻訳も素晴らしい。
パリ編もロンドン編もおもしろいが、特筆すべきだと感じたのはP232〜234で、オーウェルが自ら経験した窮乏生活から学んだ「物乞いの社会的地位」について述べている部分が感慨深い。
それに続く、ロンドンのスラングと罵詈雑言について、また「零落した人間」についてなど、終盤にさしかかったところからの記述が深い。
そして、ここで出てくる『暇つぶしの才覚』という表現がタイムリーだった。この本を読んだのがちょうどコロナ騒ぎの真っ只中で、自粛生活がつらい、暇でしょうがない、などという世間の話題をよく聞いたが、そういう人々は本書でいうところの『暇つぶしの才覚もないまま』大人になってしまったのだろう…などと思ったり。
それに比して、巣ごもりを満喫できる我々読書好きは『暇つぶしの才覚』があるということかしら。。
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これは本当の話。信じられないかも知れないが「国民英雄」の圧政粛清の時代には、かつての「建国の元勲」が次々と「祖国への裏切り・反革命勢力との内通」を公開自白したのち処刑されていったのだ。あまりにあからさまなので「(連合国の一角を)悪し様に言うのは好ましくない」として出版は拒否された。一応「ナポレオン」はスターリンであり、「養成した9匹の猛犬」はゲーペーウー、「スノーボール」はトロツキー。
誠実なインテリとして、メディア・リテラシー&記録の偽造・改竄されないことを訴えているようだが、一般大衆はそれほど物覚えが良くないし(記憶を頼りに権力に逆らうほど)正直でもない。
(本書のテーマ=スターリンによる’36〜38大量粛清を日本の教科書も緘黙)’37年に着想し’44年2月に脱稿したが、刊行する出版社はなかなか見つからず戦後となり、アメリカ版は46夏となりフランス語版はさらに遅れ「ナポレオン」を「カエサル」としてはと提案されてオーウェルは激怒したというあ。’47年、ドイツにあったウクライナ難民キャンプでウクライナ語版が頒布され別に序文が書かれた「ソ連には口出ししないが。社会主義者の矜持として、現状についてはきちんと伝えないと」現物は残っていないが英語に訳し戻したものが巻末付録。
(’36年結婚の直後スペイン内戦が勃発。対フランコ救国戦線に義勇兵として参加した体験は『カタロニア讃歌』にまとめられている)P178この戦争の初期、外国人は全般に、政府を支持する様々な政党同士の内部闘争には気がついていなかった。いくつかの偶然のおかげで、私が参加したのは多くの外国人の属する国際旅団ではなく、POUM民兵、つまりスペインのトロツキストたちの派閥だった。だから1937年半ば、共産主義者たちがスペイン政府を(すくなくとも部分的には)掌握し、トロツキスト狩りを開始したときには、二人とも{夫婦共}被害者側になっていた。一度も逮捕されず、生きてスペインを出られたのは本当に運がよかった。友人たちの多くは射殺され、そうでない人々は長い懲役を受けたり、あっさり姿を消したりした。スペインでのこうした人間狩りは、ソ連での大粛清とほぼ並行して行われていおり、いわばそれを補うものとなっていた。スペインでもロシアでも、糾弾の中身(つまりはファシストとの共謀)は同じで、そうした罪状はどう見てもウソだったと考えている。こうしたことをすべて体験できたのは、貴重な具体的教訓だった。民主国での啓蒙された人々の意見を、全体主義的なプロパガンダがどれほど簡単にコントロールできてしまうかを教えてくれたのだ。スペインでのこうした人間狩りは、ソ連での大粛清とほぼ並行して行われており、いわばそれを補うものとなっていた。スペインでもロシアでも、糾弾の中身(つまりはファシストとの共謀)は同じで、そうした罪状はどう見てもウソだったと考えている。こうしたことをすべて体験できたのは、貴重な具体的教訓だった。民主国での啓蒙された人々の意見を、全体主義的なプロパガンダがどれほど簡単にコントロールできてしまうかを教えてくれたのだ。妻も私も罪のない人々が単に異端の疑いをかけられただけで投獄されるのを見てきた。それなのにイギリスに帰ってみると、陰謀説が横行している。
結末で、支配階級の豚はニンゲンと晩餐会を開きカードゲームして、窓の外から見る動物たちにはニンゲンと見分けがつかなくなる。丁度、ナルニア国物語の最後で、アスランがライオンと見えなくなることの裏返しのように。 -
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オーウェルの突撃ルポ、デビュー作。1927年から3年間、パリ貧民街とロンドンのホームレス界にどっぷり浸かって取材。やはり性来の裕福さがポジティブな行動と考え方を生んでいる感はあり、よくある王子さまが身分を隠して庶民の中で生活をして学んだり、社長の息子が平社員として素性を隠して研修するという、ベタな物語を実際に行ったルポルタージュ。面白がってはあかんのかもしれませんが、単純に面白いです。だいたいにしてオーウェルがええとこの子なだけに、目が曇ってなくて、好奇心と探究心があるというか、面白がっているところが文章にも現れていて、読んでいるほうもワクワクします。