朝倉かすみのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
第175回直木賞受賞作ということで読んだ。
テーマは人間(特に女性重視か)の生き方について。
生まれ持った個性も生まれた後に紐付いた個性も含め
ひとりひとりの身体的・肉体的・性的・知的・精神的個性についての世間の捉え方と本人の捉え方、近親者の捉え方について‥とテーマは非常に深く重い。
読後は考えさせられることが多かった。
直木賞受賞作品だけあり 読み応えが十分にある。
ひらがな表記が多く
ゆっくりと読ませる印象がある。
性的搾取される場面が多いが
読みどころは それでも「生きる」ところにあるのだと思う。
その「生きる」の中で
どう自分を捉えるか
良い部分もありつつ
不幸な部分も 辛い部分も 荒んだ部分も含めて
どう自分を「善し」と受け入れられるか
できることなら他人を「善し」と包み込めるかが
「けんぐゎい」のテーマになっているのだと感じた。
「けんぐゎい」に封じ込めない生き方の選択肢を大切にしたいとも感じた。
◯『「〜あたし思うんだけど、一生ってきっと籤引きの連続なのよ。双六にたとえる人が多いけど、あたしは断然籤引きのほうが人生の本質をとらえてると思うわ。籤引きに始まり籤引きに終わる。それがひとの一生なの。なんなら生まれる前からよ。そこからもう始まってるの。〜」』
(本文より:ほの のセリフ)
◯「酷いぶつぶつを持たない者には、いや、引け目のない者には理解しがたいかもしれないが、引け目は拡張するのである。時間をかけてじわじわ拡がり、あれもこれも引け目のせいになってしまう。
ああ。
なんとも言えない申し訳なさがあるのだった。どうにも申し訳ないのだ。なににたいしてなのか、どこに向かってなのかは分からない。ただ、申し訳ないのだ。醜い痘痕であることへの申し訳なさでもあるし、それを含めて、このふゆという者それじしんを
貫く、なんとも言えない申し訳なさがあった。このふゆという者が、ほかのだれでもないこのあたしであるということを詫びたいような。あたしがあたしでごめんなさいというような。」
(本文より)
◯「あたしのここには、とまず胸元に手をあてたもにである。〜中略〜
そこにウニ坊ってのが棲んでんだ。
〜中略〜
ふゆ、ふゆ、ってあたしを呼んで、あたしの全部を「善し」とした。あたしのなかに潜んでる、あたしが見ない振りをしていたり、気づかなかったりしていた真白と真黒の両方ともまるごと「善し」と笑いながら諾(うべな)ってくれたんだ。寄り添ってもくれたし、導こうともしてくれた。なにしろあの仔は、あたしのツノなんだから。あたしの、えいえんのちからなんだからね。
〈ふゆは善しだよ〉
そのとき、あの仔の声がふゆの耳のなかでよみがえった。」
(本文より)
ここは泣いた。
「ふゆは善しだよ」
これがどんなに生きる力になるだろう。
これがどんなに 今を死なない選択をさせてくれるだろう。
私も今の自分に「善しだよ」と言ってやろうと思う。
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Posted by ブクログ
著者のインタビューで「実はラストから書き始めた。単行本化するにあたって時系列に書き直した」とあって納得するものがありました。
前半はエログロ的で途中で断念しかけたのですが、後半は生命の賛歌に視点が移り、その差異を感じていたからです。
けんぐぁい、という意味はあまりにも侮辱的で、はじかれた女たちの傷みが胸を締めつけます。同時に今もなお、人が人を見る時に、“けんぐぁい”的な尺度が宿っている現実に気付きます。
作者は桐野夏生さんの『OUT』に影響を受けたとあり、文体を覆う血生臭ささにそれを感じました。
作者の朝倉さんの作品は15年前に『田村はまだか』を読みましたが、その印象と今回の作風とあまりにも違うので、この15年間に朝倉さんに何があったのか、そちらに興味を持ちました。
※Audibleで。
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2026年第175回 直木賞受賞作 -
Posted by ブクログ
十代の少女二人が描いた、叶うはずも無い夢はある物の偶然な発見により、現実化へと突き進む
嘘を重ねることへの罪悪感も無く、互いの自己表現出来る場を見つけたことで、自信や知恵を身に着けて行く様は、サクセスストーリーのようにも思えるが、現実は甘くない
大金を得ることで二人の計画に綻びが出始める
小賢しいようでいて、やはり子供、一人は恋人に助けを求め、一人は飲酒に逃げる
この子達どうなるの?と、ハラハラしながらも一気に読み進めた
現実にはもっと大事になるだろうが、お話しはそれぞれの着地点を見つけ前に進もうとしていた
ミステリーでも無く、青春小説でもない不思議な物語だった -
Posted by ブクログ
直木賞作家となった朝倉さんの 少女をめぐる謎めいた短編集
「留守番」
雑誌Mei(冥)2014 掲載 初めて名前を聞いた雑誌です。 女のコのためのこわ~い文芸誌としてKADOKAWAで少しでてたみたい。
始まりから終わりまで 謎めいた短編。
主人公は少女っぽいんだけど それさえも定かではなくなる。でも結局なんだかんだかわからないm(_ _)m
「カワラケ」
ウェブサイト ダヴィンチニュース 2015
歴史ある女系の家系の小学生の少女。
謎めいた「カワラケ」という事象を体質的に受け継ぐ。そのための忌み屋への籠り。
どこかにありそうでいて、ラストの冷ややかさが斬新。
「あたしたちは無敵」
ダヴィンチニュース 2015掲載
村田さんの丸の内魔法少女ミラクリーナ の小学生少女迷走版みたいな。
奇譚系は好みですが、あんまり続いて来ると レビューしようがないですわ
「おもいで」
ぼんぼん時計で タイムスリップする小学生女子と思いきや。これも ダヴィンチニュース2015掲載。
このあたりの文章は おしゃまな小学生女子に受けるんじゃないかな。ラストは厳しめだけど。
「へっちゃらイーナちゃん」
へっちゃらではなくなった父子家庭から 逃げ出す少女達。イーナちゃんに乗って。
昭和前期の父親像って、こんな感じが多いかも。
星一徹氏と磯野波平さんのミックスみたいな。
少女たちが置かれた厳しめの現実を、不思議系の奇譚にして描く5編。
私は 好きですわ。
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Posted by ブクログ
再読。札幌、ススキノのスナックで、同窓会帰り、四十歳、五人の男女が田村を待っている。田村は、男をとっかえひっかえするろくでなしの母親のもとに生まれ、いつもお下がりのジャージを来、遠足のとき、お弁当のおかずを持たせてもらえないような貧しい暮らしをしていたが、頭はよく、かけっこも早く、しかし目立たず、性格は潔癖というか、ざっくりいうと「ロンリー」というのが、五人の評。「小六でロンリーをやられたら、近づきにくいよ」そんな田村だったが、ある時、クラスの問題児だった女子を、声を荒げて叱咤する。「どうせ死ぬから、今、生きてるんじゃないのか」その女子と田村は結婚し、子供をもうけている。その田村を、待っているのである。
五人、そしてスナックのマスターの抱える事情が、連作短編として語られる。その多くは色恋沙汰で、なんというか、どこにでもあるような人間模様で、だけどそれが、田村の存在でつながっている。人間って、こうして生きてるんだよなと、思わせられる。
まったく覚えてなかったけれど、併録されていた「おまえ、井上鏡子だろう」も、衝撃的でよかった。人物像や出来事は、どちらも、まあまあ、ベタな感じである。けれど、ふだんは見落としている奇跡のようなものを、見せてくれる。いい小説だった。