朝倉かすみのレビュー一覧
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何というか、「濃い」小説だった。
中盤までは、とにかくしんどい。とんでもないサイコパス、テラトフィリア、モラハラ、DV男に、好き放題虐げられ、頼みのシスターフッドも弱すぎる展開に、さすがの直木賞でも読むのをやめようか、との思いがチラと胸を過る。
後半、主人公が生きる道を見つけて邁進していく段になって、やっと何か明るくひらけていく感覚があった。が、やはり生と死そのものをあつかうテーマだからか、重苦しさは変わらなかったけれど……。
前半頼りなく感じられたシスターフッドが復活したのは良かった。昔読んだ桐野夏生の『OUT』をちょっと思い出した。 -
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直木賞作家となった朝倉さんの 少女をめぐる謎めいた短編集
「留守番」
雑誌Mei(冥)2014 掲載 初めて名前を聞いた雑誌です。 女のコのためのこわ~い文芸誌としてKADOKAWAで少しでてたみたい。
始まりから終わりまで 謎めいた短編。
主人公は少女っぽいんだけど それさえも定かではなくなる。でも結局なんだかんだかわからないm(_ _)m
「カワラケ」
ウェブサイト ダヴィンチニュース 2015
歴史ある女系の家系の小学生の少女。
謎めいた「カワラケ」という事象を体質的に受け継ぐ。そのための忌み屋への籠り。
どこかにありそうでいて、ラストの冷ややかさが斬新。
「あたしたちは無敵」
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再読。札幌、ススキノのスナックで、同窓会帰り、四十歳、五人の男女が田村を待っている。田村は、男をとっかえひっかえするろくでなしの母親のもとに生まれ、いつもお下がりのジャージを来、遠足のとき、お弁当のおかずを持たせてもらえないような貧しい暮らしをしていたが、頭はよく、かけっこも早く、しかし目立たず、性格は潔癖というか、ざっくりいうと「ロンリー」というのが、五人の評。「小六でロンリーをやられたら、近づきにくいよ」そんな田村だったが、ある時、クラスの問題児だった女子を、声を荒げて叱咤する。「どうせ死ぬから、今、生きてるんじゃないのか」その女子と田村は結婚し、子供をもうけている。その田村を、待っている
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ネタバレ6つの短編からなる小説。
表題のとおり、熟年を過ぎて老いを感じてきた頃の男女の日常を描いたまさに『たそがれどき』の話だ。
表題の『たそがれどきに見つけたもの』は、高校の同級生同士で結婚した女性が、フェイスブックで久しぶりに会った女友達に会い、自分の結婚相手を教えたらすごくびっくりされたという話。
またこの短編で印象に残るのが、「人生を80年とし、4で割る。 20歳までが春、40歳までが夏、60歳までが秋、それ以降は冬…』という一節だ。物語の女性は50歳なので『私は、ちょうど秋の真ん中にいる。』と書いてあるが、読者の自分は冬なんだなぁ…とあらためて思った。
『王子と温泉』という話では、真面目 -
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ネタバレ3点台前半
・学生時代、恋心を抱き合いながら結ばれなかった青砥健奨と須藤葉子が、50歳になり偶然再会。互いに紆余曲折の人生を経て独り身、金銭的にも裕福ではないながらも、少しずつ友情の枠をはみ出して心近づいていく2人。
・そんな中で須藤は大腸癌を患い、人工肛門装着を余儀なくされるなど生活が大きく変わる。目一杯支えたいと願う青砥に対し、須藤は全てを頼ることをよしとせず、ゆっくりと手探りするような2人の闘病生活は続いていく。
・手術、抗がん剤治療を終えた最初の検診を終えた日、青砥は須藤に「一緒にならないか」と思いを伝える。しかし須藤はそれを受けず、さらにはもう会わないと伝える。青砥はなんとか1年後に -
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ネタバレ『平場の月』を上梓した朝倉かすみさんの短編。
表紙絵が懐かしい…小学校の作文とかに、先生がこんなスタンプ押したりしていたなあ…
何かしらに頑張っている人を応援するような話かな…タイトルから想像したこんな内容とはちょっと違う。
7編の短編集なのだが、それぞれ登場人物は何の関連性もない。
『森のような大きな生き物』では、オリンピックに登場した前髪をカラーゴムでゆわえた小柄の女の子選手…これは誰のことか想像つくだろうが、さまざまなスポーツに登場する人気のある女子選手を応援する普通人の話。この話だけが、タイトルに合っている。
「地元裁判」…その小さな町だけのルールがあり、それを守れない家族が排除 -
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びっくりした。想像してた短編集と全然違った。
全然違って、想像より面白かった。
「頑張るあなたに届けたい、勝手に応援短編集」と帯にあったので、例えば友人だったり子どもだったり、アイドルだったりを応援する人達が主役の、爽やかな物語たちなんだろうなと思っていた。
物語の幕開け『森のような、大きな生き物』でまず、「誰かを応援すること」で元気を貰えることは確かだし、自分の心の支えにもなるし、自分も頑張ろうと思える、尊い行為であると同時に、他人の人生を消費する行為であることや、垣間見える暴力性、身勝手さをも暴いている。私たちは誰かを応援するとき、往々にしてその誰かに勝手に期待をして、そこから外れた言動を