朝倉かすみのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレデビュー作『コマドリさんのこと』を含む短編集。
表題作は31歳の主人公が、24歳の恋人が単身赴任中の稚内を突然訪ねる。
彼が自然消滅を狙っているかも、もしかしたらもう別の子と付き合っているのでは、というもやもやした気持ちを抱えて。
来たはいいものの郵便受けに置手紙を放り込むだけでチャイムも押さず電話もしない。
稚内の人々とささやかな交流があり、最後はやりたくなかった「みっともない」ことをする。
みっともなくても好きだから、というストレートな姿がいい。
『コマドリさんのこと』はコマドリさんのキャラクタに疲れた。
終わりはよかったけど、展開が行ったり戻ったりでぐるぐるしていてちょっとだるい。
『春季カタル』は婚約者の家から帰る途中に行きずりの男と寝てしまうなんだかファンタジーみたいな雰囲気。
でもこの作品には、朝倉さんの作品に頻出する「どう考えても最悪な男」を王子様だと信じる女像が色濃く出ている。
好きだなと思ったのは40代独身の同僚2人の間で上手く立ち回る主人公を描いた『一番下の妹』と、13年間付き合った恋人と別れそうな主人公が旧い友人と温泉に行く『一入』
この短編集は割と前向きになれる気がする。
いや、「みっともなくてもいっか」と開き直れるそんな感じ。 -
Posted by ブクログ
なんだか、言葉の選び方がとってもツボに来る!とて
わくわくしながら読み進めました。
話が進むにつれて、その言葉の新鮮味はうすれていったのですが…(なじんだ?)
キャラクターも、なんか好きでした。
こういう、ちょっと変わった子が私の周りにもっといればいいのに。
姉妹、変わってますよね。
地味そうでいてそうでもなくて、
目立って変人でもないけどいたら「あっ、おもしろい人だ」って
友だちになりに行っちゃいます。私なら。
家族のあたたかさが後半ちょっとだけじわっとでてきた。
恋愛の話は、八人めの男がなかなか活躍しなくて
ようやく最後結ばれた(性的な意味で)。
でも望んだ結末です。
いまいち先の見通しが立たないような人ばかりが登場するけど、
そんなのが今の気分です。
日本全体もそうなのかしらね。ゆるっと今を生きている、と。
さて、この人の次の作品をサーチしましょ(わくわく)
※解説もまずまずよかった。 -
Posted by ブクログ
「……大丈夫だよ」
鳩子は答えた。大丈夫ということばは、大丈夫ではない状況のときに用いられるものかもしれない。
「なら、いいけどさ」
塔子は「そうだよ、大丈夫だよ」というのをあきらかに躊躇っていた。大丈夫の「だ」をいうところからして逡巡しているのが見てとれた。「ほんとうに大丈夫?」と、訊ねるのも遠慮しているようだ。鳩子を見ずに薄い腰をのっつそっつしている。
「大丈夫だって」
鳩子は笑って「大丈夫」を上乗せした。ころもの厚い海老天の絵が浮かぶ。
朝倉かすみはなにげない状況や心情の描写で使用される語彙が独特で面白い。しかも「独特」なのを狙った感じはせず、自然に頭に入ってくる。だから物語の筋とは関係なく、どこを読んでも面白い。 -
Posted by ブクログ
著者のインタビューで「実はラストから書き始めた。単行本化するにあたって時系列に書き直した」とあって納得するものがありました。
前半はエログロ的で途中で断念しかけたのですが、後半は生命の賛歌に視点が移り、その差異を感じていたからです。
けんぐぁい、という意味はあまりにも侮辱的で、はじかれた女たちの傷みが胸を締めつけます。同時に今もなお、人が人を見る時に、“けんぐぁい”的な尺度が宿っている現実に気付きます。
作者は桐野夏生さんの『OUT』に影響を受けたとあり、文体を覆う血生臭ささにそれを感じました。
作者の朝倉さんの作品は15年前に『田村はまだか』を読みましたが、その印象と今回の作風とあまりにも違うので、この15年間に朝倉さんに何があったのか、そちらに興味を持ちました。
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2026年第175回 直木賞受賞作 -
Posted by ブクログ
ネタバレ『けんぐゎい』は、江戸時代を舞台に、社会の「圏外」に追いやられた人たちが、自分たちなりの居場所を作っていく物語だと感じた。
主人公のふゆは、顔の痘痕によって「普通の女性」として扱われにくく、容姿だけで人生の選択肢を狭められていく。その残酷さが、この作品の出発点になっている。一方で、ふゆは産医のおこまさまと出会い、「産む・産まない」を女性自身が選ぶという考え方や、生き方そのものを学んでいく。
印象的だったのは、「圏外」にいる者同士の連帯が、必ずしも美しいだけではないことだ。ふゆやつるは宗三郎から深く傷つけられ、最終的に仲間と彼を殺す。気持ちは理解できても、殺すことが本当に解決だったのか、仲間意識が強くなることで一線を越えてしまう怖さも感じた。
また、ウニコールはふゆを正しく導く存在ではなく、迷った時に内なる声を示す存在に見える。つまり「迷いがない=正しい」ではない。ちかが自ら子どもを産むことを選びながら命を落としたことも含め、自分で選んだからといって、必ず思い通りの結果や正しい結果になるわけではない、という厳しさが作品全体に流れている。
最後に双子を、一人は多田家、一人はふゆたちの共同体で育てる結末も印象的だった。同じ血を持つ二人が、異なる価値観の中でどう育つのか。一方で、自分の人生を他人に決められることに苦しんできたふゆたちが、今度は子どもの人生を決めてしまう矛盾も残る。
「普通」から外れた人を普通に戻すのではなく、外れたままどう生きるのか。そして自由、連帯、正しさは本当に一致するのか。読み終えたあとも答えが残らないからこそ、考え続けたくなる作品だった。 -
Posted by ブクログ
男女の差、身分•貧富の差、気量良し悪しの差、生まれた時からのくじ引きの考え方をするほのの語りと、主人公ふゆの生き様が最期まで関係してくる。物語の前半と後半で、ふゆの人格が異なる。読むのが辛いシーンも多いけど、虐げられた女性たちを救う勧善懲悪ストーリーともいえる。いかなる理由や働きかけや脅しがあろうと、女は産まされてはならぬ。それと同じく、産めないことがあってはならぬ。修行のあと、その扶け(たすけ)を生涯の仕事にしていくふゆが、自らの人生を選んだというより選ばされた連続だったとふりかえりながらも初めにいのちありき、という信念をもって天職を全うしていく。産前産後に携わる人にも読んでみてほしい。
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Posted by ブクログ
朝倉さんは「よむよむかたる」に続いて2冊目。
擬音を含むオノマトペや古語のような表現が多いこともあり読みにくいうえに、内容が重く暗いのでなかなか読み進めが難しかった。
酷い痘痕が残った主人公のふゆ、と逆上(のぼせ)で奇矯な振舞をする器量良しの妹りよ。痘痕でふゆを蔑む母。ふゆの利発さから預かってくれた寺子屋の師匠だが、ここに来た養子が非道い人。嫁を取ったのに、性癖が異常で嫁を含めて「けんぐゎい(圏外)」の者を手籠めにする始末。手当たり次第に手籠めにしていく。ふゆが妊娠すると金で堕ろさせようとさせる。ここまでの内容があまりにも酷すぎたかも知れない。
産婦人科の女医さんが神のような人。10年と期間を区切って、ふゆの修行が始まる。修行が終わった頃、全てを譲って女医が亡くなる。ふゆは理想とする人々を集め、大きな病院施設と生活の場を作っていく。再度現れた養子の師匠。凄絶な最後が恐ろしい。
ふゆの理想郷は順調に運営されているようで、続きが読みたいような、そうでも無いような複雑な終わり方だった。
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Posted by ブクログ
醜いアバタ顔の女性が、男性からひどいことをされるものの、女医と出会い 彼女の人生は大きく変わっていく という あらすじから、人生が アップダウンする話かと 思いきや 全く違いました。
いや、そうなんだけど、これは、物語を楽しむ話ではなかった。ストーリーにワクワクするひとには向かない本です。
人間の本質について。
独白がひたすら続く。歪んだ性癖の宗三郎の頭の中、勝ち誇るほのに対するふゆの嫉妬心、などなど。
あっさり書くとコレだが、言葉を連ねて連ねて、例えもいれて連ねられると、自分が彼らと一体化してきたような、脳を揺さぶられてぐわんぐわんするような、奇妙な感じになってきました。
赤裸々に、こうまで語られる小説って、あんまりないのでは。好き嫌いが別れるとこだと思います。
少し腐った臭いが漂う感じとでもいうか。生理中のナプキン突きつけてくるというか。なまなましいんです。生と性が押し寄せてきます。
人生を決めるものはなにか。
くじ引きか。サイコロか。
物語の終盤になると、自分の人生を振り返って、アレコレとありがたい気持ちになりました。
けんぐわい。
病気で見た目がアカン女、力持ちで体格もいいけど、ちょっとオツムが弱い女、目がキョドキョドとてんでに動く女。
いわば社会的弱者は『外側の人間』で『世間並にしてやる』ために、と、宗三郎は言ってヤルのだが、このシスターフッドの小説を読み終わってから振りかえると、立場の弱い女性を圏外(世間並から弾く)として扱うおっさん、おるよなー。
弾かれた主人公が、あたしはあたしだと、血みどろになりながら立ち上がっていくことに、すごく励まされました。
私も、自分のなかのウニコーンを見つけたい。
そんでもって、世間並って、なんなんだ。チクショーめ!