朝倉かすみのレビュー一覧
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ネタバレ私は同時に何冊かの本を並行して読んだりするのだけど、気が付いたら長い間放っておきっぱなしになってしまう本がある。
この「好かれようとしない」もそんな一冊で、それというのも最初の方は、肌触り?はいい、というか、読んでて特に嫌な感じはないけど特にドキドキもしない展開だったから。
それが昨日、そういえばアレ途中だったなと、ふっと思った。
(貫井徳郎の「殺人症候群」という重い話を読んだ直後だったせいもあるかも)
そうしたら、なにこれ、おもしろい!
「あれこれ思うは人の心、ふっと思うは神の心」
なんだそうな。
エジプト旅行から帰ったらスーツケースの鍵が開かないことに気が付いた25歳、二宮風吹は、 -
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うーん、レビューが難しい。
こういう日常生活の中のちょっとした感情のほころびみたいな話は実は苦手であんまり読まない系統の話。
だから、短編集のはじめのほうは、うーんという感じで読み飛ばしていたんだけど、コマドリさんのことに若干捕まる。
なんの変哲も特徴もない普通であり続けた女性のこれまでの人生の話なんだけど、普通であり続けることへのこだわりというかプライドというか思い入れが感じられます。
そうか、際立って特徴がない人もこういう思いの中で、個性?とこだわり?をもって毎日生きているのかという発見がありました。
そう思って、他の作品を読み返してみると、なかなか面白い。
春季カタルあたりは秀逸。
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ネタバレデビュー作『コマドリさんのこと』を含む短編集。
表題作は31歳の主人公が、24歳の恋人が単身赴任中の稚内を突然訪ねる。
彼が自然消滅を狙っているかも、もしかしたらもう別の子と付き合っているのでは、というもやもやした気持ちを抱えて。
来たはいいものの郵便受けに置手紙を放り込むだけでチャイムも押さず電話もしない。
稚内の人々とささやかな交流があり、最後はやりたくなかった「みっともない」ことをする。
みっともなくても好きだから、というストレートな姿がいい。
『コマドリさんのこと』はコマドリさんのキャラクタに疲れた。
終わりはよかったけど、展開が行ったり戻ったりでぐるぐるしていてちょ -
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なんだか、言葉の選び方がとってもツボに来る!とて
わくわくしながら読み進めました。
話が進むにつれて、その言葉の新鮮味はうすれていったのですが…(なじんだ?)
キャラクターも、なんか好きでした。
こういう、ちょっと変わった子が私の周りにもっといればいいのに。
姉妹、変わってますよね。
地味そうでいてそうでもなくて、
目立って変人でもないけどいたら「あっ、おもしろい人だ」って
友だちになりに行っちゃいます。私なら。
家族のあたたかさが後半ちょっとだけじわっとでてきた。
恋愛の話は、八人めの男がなかなか活躍しなくて
ようやく最後結ばれた(性的な意味で)。
でも望んだ結末です。
いまいち先の見通 -
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「……大丈夫だよ」
鳩子は答えた。大丈夫ということばは、大丈夫ではない状況のときに用いられるものかもしれない。
「なら、いいけどさ」
塔子は「そうだよ、大丈夫だよ」というのをあきらかに躊躇っていた。大丈夫の「だ」をいうところからして逡巡しているのが見てとれた。「ほんとうに大丈夫?」と、訊ねるのも遠慮しているようだ。鳩子を見ずに薄い腰をのっつそっつしている。
「大丈夫だって」
鳩子は笑って「大丈夫」を上乗せした。ころもの厚い海老天の絵が浮かぶ。
朝倉かすみはなにげない状況や心情の描写で使用される語彙が独特で面白い。しかも「独特」なのを狙った感じはせず、自然に頭に入って -
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78歳から92歳の読書会に参加することになった、
28歳・安田のやっくん。
読書会の名まえは、坂の途中で本を読む会。
朗読から始まるのが、なんかいいなーと。
メンバーに聴かせるために練習してきて、
メンバーはそれを味わうように傾聴する。
みんなで受け止める雰囲気が生まれている感じ、ほっこりする。
課題本の「だれも知らない小さな国」は、子どもたち向けのお話だけど、
メンバーたちに語らせると、
死が差し迫ったお話になる。
人生経験豊かすぎる解釈だなーとこちらも興味深い。
朝倉かすみさん、初読みでしたがワードセンスがツボにはまる。
「リアルでピュアでトゥルーなフェイス」
「わたしの怪しさをか -
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後半、青砥が、あの時どうしたら良かったのか、相手がどういうふうに思っていたのか、とぐるぐると考えながら時を過ごす描写がリアルだった。
悩んでいる間に現実は着々とすすんでいる。そういうことって、よくある事だけど人は悩んでしまう。
青砥の目線から描かれているが、須藤はもっと切なかったのではないかと思う。本当は青砥の申し出を受け入れたい、生きたいと。でも叶わないことがわかっている。自分がいままでの人生であんな悪いことをした、だからこういう辛いことになった、と他人から見ればそんなわけないと思える発言も、無理やりにでもそう思わなければ「なんで私がこんな事に?」って、もう崩れてしまうような絶望感だったん