朝倉かすみのレビュー一覧
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直木賞受賞、朝倉かすみさんの本。受賞作ではなく、少し前の本を読んでみた。朝倉さんの本では「田村はまだか」という、こちらもやはり高校の同級生の交流を描いた本が面白かったが、今回も同様にとても良かった。昔好きだった人との再会を経て良い仲になるのはよくある話だが、この本では二人は離婚歴があり家庭を崩壊させた経験がある。両親の不倫や離婚、親の介護、自分自身の病気とも向き合いながら、なんとかその日を生きている。高校時代のキラキラした、瑞々しい時代がまるで幻のよう。そんな50代の心のひだの奥まで、もっというと、そのひだに溜まった垢のようなパサパサしたつまらない感情みたいなものがこれでもかと描かれている。そんなパサパサしたものでも大事で妙に共感できることが多い。こういう描き方ができるってすごい才能だし、受賞作のけんぐあいは全く異なる背景なので読んでみようと思いました。
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超高齢者(平均年齢85歳!)の読書会の物語。
最初は、すぐ気分を害して怒鳴りつけたり、空気の読めない発言をしたり、何度も思い違いの混じった同じ話を繰り返したりする老人たちに、冷やかな、そして自分もいずれそうなるのかと怖いような気持ちで読んでいた。語り手である喫茶店店長(ちょっと自意識強めの28歳)の視点に共感しながら読み進めた。
でも、仲間と本を読み語るときだけは、自分らしい、1番いい自分でいられる、そんな場所が彼らにとっては読書会なのだ。わかる。と思った。
読書会って、そうだよね!
老いへの怖さは、本人達が1番感じている。理性を失い、身体の自由を失っていくことを恐れながら、その気持ちを冗談交じりに言ってみては明るく笑って、月1回の集まりを楽しみに生きている。そこには心温まる、というだけでない切実さを感じた。
歳をとることが、ちょっとだけ怖くなくなったかも。本当の自分でいられる仲間さえいれば。 -
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中年という枠も後半に差し掛かっている今、老後をどのように過ごすのかは、私にとってかなり関心の高いテーマだ。正直、健康に楽しく老後を過ごせるイメージはあまりなく、自分の気力や体力があるうちに、自分で人生をたたみたいとすら思っている。
そんな老後観を持つ私にとって、本作で描かれる、人生の最終盤で楽しく集まる老人たちの存在は、とても明るく、素敵な営みに見えた。
彼らを見つめる若年層もとても優しい人たちだし、心理描写もすっと腹に落ちてくるような言葉が多く、深く共感しながら楽しめた。私にとっては、シリアスになりがちなテーマをコミカルに、そして温かくまとめた素敵な一冊であった。 -
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安田松生(やすだ まつお)28歳、小説家(いちおう)。新人賞をとって、1年後に単行本を上梓したものの、ある出来事がきっかけで小説を書くことが怖くなってしまった。今の仕事は、叔母の美智留(みちる)から引き継いだ『喫茶シトロン』の雇われ店長。
美智留がとりわけ心を砕いて安田に託したのは、月に一回例会が開かれる、「坂の途中で本を読む会」という、老人ばかりの読書会だった。
読書会の老人たちは、とても個性的。歳をとると「濃く」なるらしい。
安田は心の中で愛称をつけた(増田夫妻は例外)
・『会長』大槻克巳(おおつき かつみ)88歳。元人気アナウンサーだったので、常に自分に注目を集めたい。誰かがその場の空気を支配したりすると不機嫌になる。
・『シルバニア』三田桃子(みた ももこ)86歳。元、中学の先生。みんなが騒いでいる時にシビアな一言を発する。良くも悪くも空気が変わる。
・『マンマ』加藤竜子(かとう たつこ)82歳。彫り深くハスキーボイス。イタリアのマンマっぽい、ってこと?
・『蝶ネクタイ』佐竹均(さたけ)86歳。元中学校の先生。お堅い。いい人だけど少しつまらない系?
・『まちゃえさん』増田正枝(ますだ まさえ)92歳。最年長。「明典(あきのり)」という息子のことを繰り返し話す。妄想も入っている。
・『シンちゃん』増田晋平(ますだ しんぺい)78歳。正枝の夫。付き添いで入会。いい人だと思う。
読書会のテーマ本は、佐藤さとるの『だれも知らない小さな国』
本の読み方は人それぞれだが、老人たちの頭の中は常にお迎えが近いことで一杯らしく、本の中に出てくる得体の知れないものを、「おみとり(看取り)さん」や死神に結びつけてしまう。どうしてそっちの方向に曲がるの?という方向に曲がるのである。
そして、「読む会」は今年20周年を迎え、記念事業として、これまでの歩みをつづった自叙伝のような冊子の発行と、公の場での「公開読書会」を計画している。比較的しっかりしている蝶ネクタイとシンちゃんは、自由すぎる老人たちを二人だけで引っ張っていくには不安があり、安田に協力を仰いだ。というか、全面的な協力というか、事実的に丸投げというか。
「有る程の 菊抛げ入れよ 棺の中(あるほどの きくなげいれよ かんのなか)」という夏目漱石の俳句を会長が引用した。
読みの会のような活動をして人生を楽しく過ごすことは、自分の棺桶に自分で花を投げ入れるようなものかもしれない。道を間違えず、ちゃんと冥土に行けるようにと。
とても刺さるくだりだった。
自分もこれから、自分の棺桶の中に少しづつ花を投げ入れていこうと思った。いつか、花いっぱいの棺の中に横たわれるように。
今書いているレビューも、その一本の花になるのだろう。
安田は読書会に参加するうち、自分の中によみがえる面影を感じるようになる。