朝倉かすみのレビュー一覧
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ネタバレ独特の言葉遣い、独特の文体、とっつきやすいわけではないけれどいつの世でも変わらないといってもいい女の苦しみを容赦なく描き出した一作。
産みたいのに産めない、産みたくないのに産まされる、産んでも産まなくても辛い。
そしてこの主人公に苦しみを与える男のクズっぷりったらもう歯ぎしりしたくなる憎らしさ。生まれや育ちや見てくれがいい分余計に気持ち悪い。
こんなやつ、どうにかなっちまえばいいのにと思いつつ読んでいったら…まぁそうなるでしょうねという、一片の同情の余地もなく。でもスカッともしない。ちょっと桐野夏生さんの「OUT」を久々に思い出しちゃいました。
本作、好き嫌いがくっきり分かれるでしょうね。あと多分、だめだ読めないって人も老若男女問わずいそう。
ほのも嫌な女。だけど、自分の恵まれっぷりに全然気づかずお気楽にグイグイ人を傷つけたり、あるいは自分の恵まれっぷりを十二分に自覚して知らないふりを装ってグイグイと人を傷つけたりする人なんか今でも結構おられると思います。
まぁ、この人も幸せとはいい難い人生でしたね。というか本作を読んでいたら幸せ、などという言葉が随分と遠く感じられる読み心地です。
あたしたちって、ほんとみんな、生まれて来たから、生きてるだけ。ただそれだけの者どもなの(p123)
でもこの嫌な女が言ったこの言葉はホントにそうだなぁと。
人の立場や思いなんて考えてもみない人もたくさんいるだろうなぁ。
りよという人も独特のつかみどころのない人だったなぁ。でも嫌いじゃない。本作の中では一番もがいて行動した人という感じがして。
全然楽しい話ではないんだけれども、でも暗くもない。最後の一文を読み終えたら、女の人生サバイバルって言葉が浮かびました。
朝倉さんすごい作品で直木賞取られたなぁ。ものすごく勉強されたと受賞後のコメントでおっしゃってましたが、巻末の参考文献見ただけでも「すごく大変だったんだろうなぁ」としみじみ。
まごうことなき新境地だと思います。時代物、今後も楽しみにしたいですね。
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井上さん、まどろっこしいことしないで、正面から行きましょう。
私も、いつでも会って話せると思っていた93歳のばあちゃんに、会えないままお別れしそうになった経験がありますから。
後悔先に立たず、です。
タイム・イズ・マネー。
歳月人を待たず。
川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
諸行無常、世は移ろう。
生者必滅。
そんなお話でした。
しかし、超高齢者になっても、月に一度の読書会があるなんて、うらやましい。
この本を読み始めるまで、私はずっと『よむよむかるた』だと思い込んでいました。その名残がなかなか拭えません。
子供と高齢者のハートフルな「かるた物語」だと思って、なんとなくストーリー考えていたことがちょっと可笑しい。 -
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『平場の月』
1. 物語の概要:中学以来の不意な再会
物語は、50代半ばを迎えた男女が病院の廊下で偶然再会するところから始まる。
中学時代の同級生であった青砥と須藤。互いに人生の波に揉まれ、傷を負いながら生きてきたふたりが、五十を迎えた春に再び巡り会う。
華やかな恋愛ドラマのような劇的な出会いではない。どこにでもある地方都市の日常、いわゆる「平場」の中で、静かにふたりの時間が再び動き出す。
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2. 物語の展開:不器用なふたりが重ねる、ささやかな時間
再会を果たしたふたりは、居酒屋で酒を酌み交わし、たわいない愚痴や過去を語り合いながら少しずつ距離を縮めていく。
しかし、若き日のような奔放な恋にはならない。互いに「相手に迷惑をかけたくない」という思いが強すぎるあまり、踏み込みきれないもどかしさを抱えている。
そんな中、須藤の身体を病魔が蝕んでいることが判明する。
病室で迎える誕生日、ささやかな贈り物を渡す青砥と、それを受け取る須藤。闘病という過酷な現実を前にしながらも、ふたりは互いを慈しみ、静かな絆を深めていく。
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3. キーワードと考察:不器用さと「神様」の不在
本書を貫く最大のキーワードは、「痛いほどの不器用さ」と「平場(日常)の切なさ」である。
大人の恋愛でありながら、ふたりの振る舞いは驚くほど不器用だ。甘えきることも、相手に自分の人生を背負わせることも拒み、ただそっと寄り添おうとする。その姿は尊くもあり、どこか切なく胸を締め付ける。
劇的な奇跡が起きるわけでもなく、残酷な現実は容赦なくふたりを追い詰めていく。
「神様は、いたのかな……」と思わず呟きたくなるような展開の中で描かれるのは、特別ではない「どこにでもある月(平場の月)」の下で生きる人間の、ささやかで確かな営みなのだ。
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4. 印象的なテーマと考察:迷惑をかけたくないという愛
大人の恋において、「愛する」ということは時に「何もしないこと」「踏み込みすぎないこと」と同義になることがある。
須藤が抱える「迷惑をかけたくない」という頑なな想いは、一見すると頑固で孤独な拒絶に見えるかもしれない。しかしそれこそが、青砥に対する最大級の思いやりであり、彼女なりの愛の形だったのではないだろうか。
奇跡のような救いは訪れない。
それでも、互いを想い合った時間そのものが、残酷な日常を照らす唯一の光となっていく。
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5. 読み終えて
『平場の月』を読み終えた後、心に残るのは深い寂しさと、それに寄り添うような静かな温もりだ。
神様が奇跡を起こしてくれなくても、誰もが通り過ぎる「平場」の日常において、ひとときのぬくもりを分け合えた記憶は消えない。
不器用で、切なくて、それでも生き抜いたふたりの姿は、夜空にぽっかりと浮かぶ平凡な月のように、読者の胸を静かに照らし続ける。 -
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青砥健将と須藤葉子は中学同級生。街で偶然再会する。そして須藤が亡くなったことを青砥が知る。冒頭に提示されるショッキングなシーンから、2人が徐々に近づいていったり、戸惑ったり、慰めたり、もたれ掛かったり、と時間が過ぎていく。どこにでもいそうな、ちょっと頼り無いけど、誠実な青砥のその心が、台詞が、そのままに表されていて、なんか応援しながら読んでいた。須藤の具合はどうなんだろう、俺にできることはなんだよ、俺をもっと頼っていいんだよ、なんて久しく思わなかった感情が少し自分の中にもあるのかとも感じた。しばらく青砥は須藤とあえないこととなり、そうした時でも何とか姿を見たいと行動するが。最終章の前にもう一度最初の場面を読み返した。
完全に青砥の気持ちで読んでいたと思う。だから青砥と同じように涙は抑えた。それでも心の中では泣いていたのかも。割と感傷的でない書き方が良かった。癌を患うってそういうことかとも思う。いろいろと考えながら読んだ。何といっても登場する人たちの言葉が良かった。飾らない、普通だけど、深いセリフが多かった。 -
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『けんぐゎい』を読んだので、ついでに読もうと購入したのだが、内容が非常に重い中年のラブストーリー。サクサクとはいかずに時間が掛かってしまった。
始まりから、相手の女性の死亡が同級生の女性から聞かされるという内容。その後の展開の重さに読み進めが遅くなっていく。
中学時代に告白して振られた青砥。偶然に病院で出会った二人は既に50歳という年齢。出会った場所も最後を想像させる。徐々に親密度を増す二人。平場という平凡な場所に居たはずなのに、二人の人生は強烈なものだった。支え合うように生きていく二人なのに、彼女に癌が見つかる。一気に燃え上がる青砥。最悪なタイミングでのプロポーズ。拒絶された先の冒頭の死亡の知らせ。途中から最後まで暗転が続いたままだった。
読み終えた後に感想を書こうと調べたら、昨年度に映画化されていたことに気づく。本の名前を知っていたのはこのせいだったんですね。 -
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ネタバレ著作初読みです
文体、密度、とても読みやすく
一気読みでした
50歳の男女、中学の同級生が
それぞれ一度は故郷を離れて
結婚も離婚も経験し
地元で再会する
再会からほんの一年ほどの間に
お互いがお互いの中に深く深く根をはる
やがて病魔がしのびより
これは悲恋なのか
避けられない終わりであるなら
もっと甘えて良いのではないか
一緒に居ても良いのではないか
残される方はこれでは悲しみから抜け出せないのではないか とか
一方ではこれ以上甘えられないとか
わからなくもなく
とにかくもっと一緒にいようよ
だってそうしたいんでしょ?
わからんでもないんだけど
と伝えに行きたい
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高齢者達の課題本輪読朗読型読書会のお話
最年長92歳、最年少78歳、平均年齢85歳の超高齢読書サークル「坂の途中で本を読む会」
・会長(大槻克巳):この会の発足から会長を務める。八十八歳
・シルバニア(三田桃子):副会長。元中学校の先生。八十六歳
・マンマ(加藤竜子):会計。八十二歳
・蝶ネクタイ(佐竹均):元中学校の先生。シルバニアとは同僚だったことがある。八十六歳
・まちゃえさん(増田正枝):会の最高齢。九十二歳。「明典」という息子がいる
・シンちゃん(増田晋平):まちゃえさんの夫。付き添いで入会。七十八歳
伯母のやっていた喫茶店を引き継ぎ、読書会の世話をする事になった安田
小説を出版したが、今は書けなくなっている
そんな、老人六人と若者一人の読書会
コロナ禍を経て3年ぶりに再開した会の課題作は、佐藤さとる『だれも知らない小さな国』
このシリーズは有川ひろが佐藤さとるさんが存命な時点で続きを書いていたりする
私はまだ読んだことないのだけど、興味はある
老人たちの間で噂される「おみとりさん」
助かる見込みのない患者の元に現れて安らかな死をもたらしてくれるという
そんな存在をコロボックル物語の作中のキャラに重ね合わせて解釈していく
「坂の途中で本を読む会」
言葉の印象から、上り坂を思い浮かべたけど
後半で、下り坂である旨の発言があって、確かにと納得した
果たして、私は今上り坂だろうか?下り坂だろうか?
年齢的にはまだまだ安田の方に近いのだけど
精神的には老人たちに近い気もする
私が参加しているいくつかの読書会でも、老人や高齢者と言っても差つかえないような方も何人かいる
そんな人達の特徴とも、この登場人物達のキャラ造形に共通点を感じるところがいくつかある
もしかしたら、私もいずれそうなってしまうのかもね
死の影は作中でそこかしこに散りばめられている
でも、そんな死が順当にやってくるとは限らない
こんな老人たちではあるけれども、ある意味で羨ましさを感じる
私ももっと年をとっても、いそいそと読書会に出かけている気がする
こんな読書会があったら生きる気力の一つに成りえるかもね
朗読という行為がもたらす効果
黙読とは違う、朗読者の想いなども感じてしまいそう
今は読書もオーディブル対応の書籍も増えて、音声で聴くという選択肢も選べるようになった
黙読と朗読の視聴は違った読書体験になる気がする
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本を読み、人生を語る。
人が生のままの姿になり言葉が溢れだす。
そんな幸福な時間をぎゅっと閉じ込めたい、という願いが込められた物語です。
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小樽の古民家カフェ「喫茶シトロン」には今日も老人たちが集まる。
月に一度の読書会〈坂の途中で本を読む会〉は今年で20年目を迎える。
最年長92歳、最年少78歳、平均年齢85歳の超高齢読書サークル。
それぞれに人の話を聞かないから予定は決まらないし、連絡は一度だけで伝わることもない。
持病の一つや二つは当たり前で、毎月集まれていることが奇跡的でもある。
なぜ老人たちは読書会を目指すのか。
読みが語りを生み、語りが人生を照らし出す。
幸福な時間が溢れだす、傑作読書会小説。
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Posted by ブクログ
ネタバレ色々あって、人生が後半にさしかかった大人の恋愛。
恋愛の物語ではあるが、それだけではない。ハッピーエンドで終わらない。最初から、青砥くんの相手の須藤さんが亡くなったことが描かれるからだ。
離婚、親の介護、都会から地元へUターン、お金、仕事、ままらない人生を生きている。
そもそも再会は病院の検査がきっかけ。リアリティがあり過ぎる。
丁寧な心情やリアリティのある日常が描かれるが、何か乾いた、ドライな空気感を読み進めるうちに感じる。
須藤さんの入院、治療、求め合う気持ちとすれ違う思い。もどかしく感じるし、不器用にも感じるが、ふと我にかえると、そもそも人はそんなに器用ではないのだ。
一日一日、青砥くんや須藤さんのように人は丹念に生きていくのだ、楽しいことも、悲しいことも、辛いことも、喜びも悲しみ、さまざまなことに向き合いながら。
単なるラブストリーではなく、深みのある物語だった。