朝倉かすみのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
どうしてこんなに朝倉かすみは…。
解説が、この短編集に収録された作品の主人公たちをうまくまとめていた。
“〈名前のイメージと自分の容姿とのずれなど承知していると表明したほうがらくになれる〉と考える内海さんをはじめ、かつては美少女だったのに〈一世を風靡した子役の成れの果て〉のような大人になってしまった「どう考えても火夫」の〈わたし〉、美人と言われた経験がないのは〈気がつくひとがいなかったからだ〉とずっと思ってきた「いつぞや、中華飯店で」の朔子、心延えがよくないと自分を叱ってきた両親から、あっさりした目鼻立ちと短い顎を受け継いだ「ちがいますか」の〈わたし〉。”
とにかく、自分の思っている自分と世間が見る自分との相違について、これでもかこれでもかと容赦なくたたきつけてくるのである。
それが、まるで自分のことを書かれているようでものすごく痛いのに、目を離すことができない。
そんな自分の姿までが書かれているようで。
何とか折り合いをつけてかさぶたまでにもってきた過去の自分の心の痛みを、またあらためてじくじくとさせてみるような感じ。
じゃあ、あの頃の私はどうすればイタイ思いをしないですんだのか。
今考えてもイタイ奴とイタクナイ奴との分岐点がわからない。
そんななか、特別ではないけれど、なんだかほこほことめっけもんみたいなぬくもりがいいなと思った「やっこさんがいっぱい」が好き。
“ちょっとは自分をいいめにあわせてやりたい”と思うふうちゃんが好き。
そんな日常だってなんかいいではないかと思う -
Posted by ブクログ
豊﨑由美の書評を読んで、何が心に引っ掛かったのかは忘れたけれど、名前だけは忘れずにずっと気にしていた本を、やっと読んだ。
うん。やっぱり読みたかった本だ。
主人公はどれも30~40代の独身女性で、結婚をするかしないか、職場の位置関係(お局さまとの関係)で悩んでいたりするのだけれど、そういう表面的な部分ではなく、内側の形がすごく私に似ていると思ったのだ。
後ろ指を指されまいと善を身体じゅうに巻きつけて鎧にしているところ、こちらから頭を下げるなんてというプライド、誰かわかってくれる人がいるはずだという受け身で傲慢な自信。
いや、これ、私だわ。
特に、北海道新聞文学賞を受賞した「コマドリさんのこと」のコマドリさんは、まさしく若かりし頃の私だと言える。
痛いなあ。
なんでこんなに私にフィットする人物を作ることができるのだ?と、著者略歴を見たら、学校の先輩でした。
学校にいた時期は被ってはいないけれど、誤差の範囲でほぼ同世代。
同じ街並みを歩き、同じような体験をしてきたのかしらと思ったり。
それでも近親憎悪で二度と見たくないと思うのではなく、イタイな~と思いつつわかるわかると読み進められたのは、文章に遊びがあるから。
その遊び加減も実に好みで。
肩をすくめるだけの燃費の少ないお辞儀 とか
浴場は、浴場の「場」の字が泣くぜといいたい狭さだった とか
普段、そういうことあるよね、と見逃していることを、いちいち拾い上げているのに煩雑ではないそのバランスの心地よさ。
作品の配置順もよいと思う。
最初の「肝、焼ける」も最後の「一入」も、ハッピーになれることを私は祈るよ。
そして、これからも彼女の本を読んでいこうと思った。 -
Posted by ブクログ
『田村はまだか』の朝倉かすみさんの、短編5作を含む処女単行本。表題作の「肝、焼ける」とは激しいじれったさを表す北海道方言。31歳の真穂子は、遠距離恋愛になってしまった24歳の彼・御堂くんのいる稚内の気持ちを確かめたくて、唐突に彼のいる稚内に訪ねてきてしまう。ところがいきなり行ってもすぐに会えるわけではなく、彼の部屋のポストに「電話下さい」とか突っ込んではうろうろ、また手紙いれてはうろうろを繰り返す。 「肝、焼ける」と言ったのは真穂子ではなく、彼女を轢いてしまいそうになったトラック運転手が言った言葉だが、もちろん彼女自身にもこの言葉が反芻されていくわけで。いろんな種類の「じれったさ」が錯綜しているこの作品の魅力は、最後のひと言にきゅっと凝縮されている。チャーミングな作品だと思う。
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Posted by ブクログ
「田村はまだか」で魅了され、以来、ずっと追いかけている、札幌在住の朝倉さんの近著。なんだか、抱きしめたくなるような小説です。
朝倉さんは端正な文章を書く作家ではなく、どこか素人っぽさを残しているのが持ち味でしょう。肩の力がいい感じで抜けていて、読む方も構えずに、朝倉さんが拵えた物語の世界に没入できます。
「抱きしめたくなるような」感慨を持ったのは、登場人物たちが、とても身近に感じられるから。主人公の清茂はもちろん、直、素子、光一郎、その他大勢。
いずれも、どこにでもいるような普通の人々ですが、それぞれに秘密、というほど大げさではありませんが、心にやっかいなものを抱えています。
その心の中のやっかいなものは、恐らく、誰でも多かれ少なかれ抱えている種類のもの。
それを朝倉さんは、丁寧に丁寧に、借り物ではない自分の言葉で描写していきます。その手際が実に見事です。
本作の舞台は「葬儀」。登場人物それぞれが故人(清茂)を偲び、偲びながら自分の歩んできた人生を振り返ります。「ああ、分かる分かる」と何度も共感しながら読み耽りました。
私も何度か葬儀に出たことがあります。久々に顔を合わせる親戚たちは、みんな表面上は概ね平然としていますが、彼ら彼女らも心にやっかいなものを抱えながら、折り合いをつけたり、もがき苦しんだりして生活を送っているのだということに思い至りました。
人間って愛おしい。そう思わせる小説でした。いいなぁ、朝倉かすみさんは。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ私は同時に何冊かの本を並行して読んだりするのだけど、気が付いたら長い間放っておきっぱなしになってしまう本がある。
この「好かれようとしない」もそんな一冊で、それというのも最初の方は、肌触り?はいい、というか、読んでて特に嫌な感じはないけど特にドキドキもしない展開だったから。
それが昨日、そういえばアレ途中だったなと、ふっと思った。
(貫井徳郎の「殺人症候群」という重い話を読んだ直後だったせいもあるかも)
そうしたら、なにこれ、おもしろい!
「あれこれ思うは人の心、ふっと思うは神の心」
なんだそうな。
エジプト旅行から帰ったらスーツケースの鍵が開かないことに気が付いた25歳、二宮風吹は、大家の紹介でやってきた鍵屋にひとめぼれしてしまう。
最初のグダグダな風吹に自分を重ねて、「そうそう、そんなことあるよねー」なんて若干上から目線でみてたのに、あれよあれよという間に鍵屋に近づいていくもんだから、最後は尊敬。
「あなたに用がある」の章の風吹はとてもかっこいい。
言葉のセンスがいいな、と思う。
小説として、話の深みや盛り上がりが重要な人には物足りないかもしれないけど。
あとがきで杉江松恋さんが挙げた三つの魅力のうちの一つに納得した。
「プロットの省略がしばしば行われ、その箇所では発想の飛躍が楽しめる。行間を読む魅力。」 -
Posted by ブクログ
うーん、レビューが難しい。
こういう日常生活の中のちょっとした感情のほころびみたいな話は実は苦手であんまり読まない系統の話。
だから、短編集のはじめのほうは、うーんという感じで読み飛ばしていたんだけど、コマドリさんのことに若干捕まる。
なんの変哲も特徴もない普通であり続けた女性のこれまでの人生の話なんだけど、普通であり続けることへのこだわりというかプライドというか思い入れが感じられます。
そうか、際立って特徴がない人もこういう思いの中で、個性?とこだわり?をもって毎日生きているのかという発見がありました。
そう思って、他の作品を読み返してみると、なかなか面白い。
春季カタルあたりは秀逸。
日常のほころびと日常への回帰がうまく描かれている。
こういう風にやさしく無理なく、日常のループから抜け、また戻れば、強いあわせなふつうの日常生活を送れるんだという感じ。