岡田尊司のレビュー一覧
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ネタバレ愛着回避型な人が会社や組織の歯車としてピッタリ、だから今後は回避型の人が増え、社会の多数派になるかも!と言う予想。
著者はこの予想を元に、ユヴァルノアハラリの「ホモ・デウス」を補完する形で本書を書いているようだ。サピエンスの次の種が愛着回避型を備えていると云う。
しかし、著者の進化に関する理解には少々怪しいところがあったりするため、論理が飛躍している感がある。
また、本書内の脱愛着を起こした回避型人類は「愛着を求めること」を辞めただけで、「愛着による報酬」を得る先天的能力は失っていないようだ。個人的にはそんな種が成功するとは思えない。
愛着によるオキシトシン系の幸福無くしては人生を無価値に感じるのは仕方なく、またいかなる形でも次世代を作る事はないと思う。 -
Posted by ブクログ
境界性パーソナリティ障害、摂食障害、ADHDは不安定な愛着の場合発症リスクが上がる。虐待を受けると脳構造自体に異変をきたし、ADHDと同様の症状が出やすくなる。
大人のADHDは遺伝的要因より養育環境によるものが大きい!片付けができないは発達障害より愛着障害を疑え!
→これまでの定説を覆す内容。たしかに実感として親子関係が不安定な子ほどADHDの傾向がある気がする。本書にも書かれていたようにADHDだから親が育てづらく関係不調になるというのもあるだろうが、それだけではないのかも。
14歳頃を境に同じADHDの症状でも遺伝要因の関与が低下し、環境要因の関与が強まる。
→たしかに高学年〜中学生で衝動性がおさまらなかったり、反抗挑戦症のような症状がある子は虐待環境だったり、愛着に問題があったりするな。
生物学的にヒトが幸せを感じるには
①エンドルフィン(脳内麻薬):お腹いっぱい食べたり、性的な興奮など生理的な満足からくるもの。
②ドーパミン(報酬系):困難な目的を達成した時に得られる物質。麻薬やアルコールなどで短絡的にドーパミンを放出させる方法もある。
③オキシトシン:愛着から得られるもの。愛するものと触れ合う安らぎのような幸せ。
の3つしかない。愛着障害からオキシトシン系を得られなかった人は過食やセックス依存で紛らわすかアルコールや薬物依存などでドーパミンを出して代償的な満足を得るしかない。
→なるほど、確かに愛着障害からくる依存症多いのかもと感じた。 -
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父親はなんのために必要なのか。
子にとって父親とは「外界から子どものもとにやってくる最初の他者」だそうだ。
それにはとても納得した。
思い返すと、自分の家庭は父親は仕事一辺倒だったタイプで、高校生になるくらいまで自分の人生に父の存在を感じたことはほとんど無かった。
しかし、これを読んで自分の性格の形成には父親、そして家庭環境が大きく影響しているという事を実感した。
■特に印象的だった箇所
・父の不在によって、わがままになったり善悪の判断が曖昧になったりする。
・父を尊敬できるかどうかは、母が父(夫)を尊敬できているかによる
・子は無意識に父を男の理想像としてしまうところがある
・子は、特に男の子にとって父は行動モデルであし、社会への適応の仕方を知らず知らずに教えてくれる導き手でもある
・父は家庭では無様な姿をさらしていても、社会で働く緊張感を携えて家庭に戻ってくる。子供は知らず知らず、父親が運んでくる外の風から学ぶ。
・結局、子供には父も母も必要。
小さい頃、父が会社の同僚や部下を連れて我が家でよく飲み会を開いていた。今思うと、父には仕事仲間がいて、慕われていたんだなと無意識に感じ取っていたんだと思う。親としての父は正直なところあまり尊敬できる存在ではなかったが、仕事をしている父はかっこよく写っていた。なんとなく今でも父に認められたいという気持ちは自分にあるのはそれが影響しているのだろう。
自分はどんな父親になれるのだろうか。 -
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「母という病」境界パーソナリティ障害や摂食障害、うつや不安障害、さまざまな依存症に母親との不安定な愛着が関わっているという話。
陣痛や授乳に大量に分泌されるオキシトシン。オキシトシンにより愛着やスキンシップが心地よく感じ
、不安を鎮める。幼い頃に愛情深く世話をされた子どもはオキシトシンの受容体が多い。
どんな母親でも子どもは愛情を求める。満たされない思いを抱えたままだと他者に癒しを求めてしまったり依存症になりやすい。
最終章では克服する方法も書かれている。まず気がつくこと。可能なら甘え直すこと。母親と一旦離れること。等だ。
母親に愛されたいという子どもの欲求はとても大きいのだなと感じた。生き方に悩む全ての人にお勧めしたい本だと思う。 -
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「愛するがゆえに、その愛が裏切られたり拒否されたりすると、それが憎さに変わるという心理メカニズムは、誰にでも見られるものである。」
「深刻な愛情飢餓を抱えた人では、愛情や関心が少しでも脅かされることに敏感で、親しい間柄になるほど、二面性のある行動に出てしまいやすい」
自傷行為
「自分を罰し、痛めつけたから、もう少し生きていてもいい」
過食「食べるという行為は、母乳を貪り吸った乳児の時代においては単なる摂食行動ではなく、愛情と安心を与えられる行為でもあった。」
万引き 浪費「そうした直接的に愛情をもらう行為の代替行為として大きな位置を占めるようになるのが、物を与えられたり、買ってもらったりする行為である。」
「自分を愛してくれる親という存在を、しっかりと心の中に取り込むことのできた人は、自分の心を支える確かなものをもつことができる。」
自己愛の発達ライン 誇大自己 親のイマーゴ
密室化した家族
「かつては、祖父母や叔父叔母、近所の人などの立場の違う多様な人々が子どもたちを取り囲み、違った角度から相手になってくれていた状況と比べると、非常に単純化した。」
「その結果、社会的体験が質・量とともに貧弱になった。他人とともに過ごす機会が減るだけでなく、対人関係の質が、単純化された。その中で、つながりが異様に強まることになったのが、親と子の関係である。親子関係が濃密で、逃げ場のないものになった。」
過保護すぎる環境
・少子化による過保護な養育
・科学技術の進歩による環境の操作
・環境の方を自分に合わせるのが当たり前になる
・メールやネットで以前より気が短くなる。すぐに欲求を満たすことが習慣になると、ちょっと待つということが、ひどく苦痛になる。
強迫性パーソナリティ
依存性パーソナリティ
「アンビバレントな考えが湧き起こりがちである。いいことだけを強調すると、心の中に反対の考えが生じたり、期待が裏切られたりしたときに、反動が強く現れてしまいやすい。」
事実と推測を一緒くたにしてしまう
↓
決めつける言い回しを使わない
事実確認→理由、気持ちを聞く→推測→語らせる
「きっかけ」の方を問題だと思ってしまい、「本当の問題」にはなかなか目が向かないのである。
・きっかけになった出来事
・あなたは、それをどう受け止めたか
・あなたは、それにどう反応したか
・後で冷静になったとき、考えたこと
・その後、どうなったか
解離性健忘 スプリット 部分対象関連 妄想・分裂ポジション 投影性同一視 パラドキシカル パラタクシス的(並行的) 二分法 ダブルバインド
臨界期 アノミー 愛情剥奪 不認証体験 チアリーディング戦略 「聞く」テクニック映し返し セルフモニタリング効果 認知療法
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自分と他人は違う。自分の考えが相手にとって最良だとは限らない。自分の基準や考え方で相手を評価したり批判したりしても、それはあくまでも自分にしか通用しない。何故なら人は一人一人育った環境も違えば、見てきたもの聞いてきたもの触れてきたもの全てが自分(あなた)とは異なるからだ。
それは自分の子供に対しても勿論当てはまる。自分の親と、自分の子供にとっての親は違う。だから自分を育てた親が言ったことが自分の子供に通用するかと言えば、そんな事は無いはずである。それを理解せずに、自分がこうした方が良いという考えを子供や他人に押し付ければ当然違和感が生まれるはずだ。まず理解しなければならないのは、当たり前だが、自分の考えや基準は自分にしか通用しないという事だ。
近年増加傾向にある引きこもりやニートが社会問題化し、私の身近にもその様な状況に苦しむ人々がいる。どうにかして状況を打破しようと、時には厳しく指摘したり、好きな事をやらせてみたり凡ゆる手を尽くしてみるが、それでも状況は中々改善されない。最近私もそういった相談を受け、本人を目の前にどの様に対応すべきか悩んだ経験を持つ。特に悪いことに手を染める事もなく、幼い頃はよく話し、よく遊びどこにでも居る普通の子だった。勿論今でも街でばったり会ったなら何処にでも居る普通の子だし、寧ろ容姿もよく背も高く俗に言うモテるタイプだ。だがとうに20歳を過ぎ、学校に行くでもなく、また働きにも出れず母親の元で暮らしている。私には正直どの様に対応してあげたら良いかがわからなかった。じきに自分から何かするまで待ってあげるのが正解なのか、それとも現状を厳しく指摘して無理にでも尻を叩くのか分からない。そんな状況でも暫く一緒に過ごし話をする事で少しずつ当人の事を理解できる様になった。きっと恐らく、本書に記載される様に自分への諦めや、失敗への恐怖、期待に添えなかった時の更なる失望が本人の動きを止めてしまっているのでは無いかと感じる。それすらも当たっているかは分からない。ただ一緒に過ごし当人にしっかり向き合えばやがては答えが見つかるかもしれないという期待は膨らんだ。話せば普通の子であり、きっと第一歩が踏み出せないだけだと思う。ならこのまま向き合いながら、いろいろ話をして(聞いてみて)本人の中に何かきっかけが出来れば良いのでは無いかと思う。考えすぎだよ、誰でも失敗ばかりだし、恥ずかしいことなど何も無い。本当はそう言ってあげたいが、私は待つことにした。
世の中には多くこうした状況があるのは、私のごく身近にも、会社でする会話の中からも感じ取れる。皆悩んでいるだけで、はじめの一歩が怖いだけ。人それぞれきっかけは違えど立ち上がる日は来る。自分たちが彼ら彼女らを動かそうとするなら、自分から気づける様に優しく近くで見守る必要があると感じる。理解せずに自分を押し付けても恐らくは変えられない変わらない。そして我々が個々に持っている考え方や物差しでは他人は評価出来ない事を十分理解して相対する事が必要だと感じる。
間違いないのは、親が子を心配する気持ちだけだ。いつかは親もいなくなる。大半は親が先だろう。だから子供に1人でも生きていける力を持ってほしいと願う気持ちはどの様な親でも必ず持っている。いつか親の気持ちに応えたいと自らが動き出せるタイミングが来るに違いない。親が子を思う気持ちと子が生きたいと願いその為に動き出した時に本当の親子になれる気がしてならない。
そしてその様な状況を生み出す1つの要因として、情報過多な時代にも問題はあると感じる。大量に入ってくる情報には過剰に人を恐怖に怯えさえ、踏み出す事を躊躇させる様な話に溢れている。その逆にどう頑張っても到達が容易ではない、半ば運任せの成功体験も多い。簡単に堕ちるどん底から、天国まで見せられて夢に溺れてしまう人もいるだろう。現実世界は誰もが人間関係に悩み、恥をかき、無駄とも思える程の汗をかき、頭痛に苛まれ、落ち込む。それが普通だし逃れられない現実世界だ。そしていつでもリセットできやり直しもきく。失敗は進歩の母だから何度でも失敗すればいい。リアルな自分でリアルに味わってみる事が自分を確立する糧となる。スマートに行き交うサラリーマン達も家では1人で悩んでいる。酒を飲んで忘れようとする。現実は泥臭いものだという事を教えてあげたい。
本書は様々なパターンを例示し、それ毎に適切な対応に近づくヒントをくれる。参考にしながら、苦しい状況に悩む人たちに少しでも救いになればと思う。 -
Posted by ブクログ
前半を読んでいるうちは、「科学的ではない」お話だなぁ、と感じるところが多かった。
母親との愛着ばかりに何故か着目し、父親、あるいはその他の周囲の人との関係に関する話、分析が全く出てこないところなどは、その姿勢の偏りだけで、この内容を読み進める価値がないのではないか、と思ったほどだった。
しかし、実のところ、自分自身も、直感的には著者と同種の感覚を持っていたこともあり、読み進めたところ、共感する部分が多く、読後感としては、そのとおりと腑に落ちるものだった。
P99前後の「例えば、幸福になるという一事をとってみても、生物学的な仕組みを超えることはできない。」というあたり、正にそのとおりと思う。
自然に設計された、与えられた肉体で生きていく以上、感覚、幸せの源はロジックや正義では説明できない、与えられた肉体、頭脳が勝手に感じるものでしかないはず。
だから、その法則を理解し、それを前提として、上手にコントロール可能なことがらをコントロールしていくことが、幸せにつながる、ということだと思う。
例えば、ポリコレに沿うことは、多くの人の幸せにはつながらないのではないか、と思う。
昨今、喧しいポリコレが鬱陶しいが、その鬱陶しさを中和する良著でした。 -
Posted by ブクログ
もともとアスペルガーっぽいねとは言われていたけれど、先日、妻の働く保育園での自閉症の子の花椅子を聞き、あまりに自分の小さい頃と同じで驚き、この本を手に取りました。
生きづらさは常に感じているので、薄々わかってはいましたが、かなり自分に当てはまるところが多い。特に人間関係の部分や、同じことをずっとやってられるところは全くそのもの。
人には、「この前言ってたことと違いますよ」とか、「ルール決めたのはそっちなのになぜ守らないんですか」とかすぐ言ってしまうのだけど、すぐ偉そうだとかうるさいとか言われてしまう。純粋に疑問に感じたから聞いているだけなのに、どっちがおかしいんでしょう?いつもミッシェルの「世界の終わり」の冒頭が頭をよぎる。
奥さんにもこの本の話をしたら、「私がすごく我慢してるのわかるでしょ」と、こっちが何も感じず迷惑をかけているだけのように返されたので、現在絶賛凹み中です。