あらすじ
「恥をかくのが怖くてチャレンジできない」「人に嫌われてると思い込む」これらは回避性パーソナリティー障害の特徴である。自尊心が傷つくことへの強烈な不安・心配ゆえに「何もできない人」が、能動的な日々を過ごすためのヒントとは。
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Posted by ブクログ
「自分が何をやりたいのか分からない」「特にやりたいこともない」
目先の楽しみや気晴らしに没頭してしまう状態のとき、決めることから逃げているということが多い。
自分で決められないのに誰かに頼ることもできない。
本音を言ったり、内面をさらけ出したりすることを避けようとする。
(これは日本人全般に当てはまりそうだが)
自分をさらけ出せないのには、回避性の人に特徴的な強い恥の感情も関係しているp57
拒絶される恐れがないと確信できないと他者と関わりを持てない。
(俺自信の人間関係のデータが少なすぎて分からん。だが、実際患いがちの友しかいないし、なんというか……仲良くなれるという謎の確信を持った相手としか関わらないな。
健常者恐怖はなんとなくあるな……)
「何か困っていることや不安なことはないですか」などと尋ねても、「何もない」「ふつう」という答えが返ってくるのが関の山かもしれない。p70
(まともに考えることは諦めてるよな。不安から逃げてるんかな?)
人との関わりを自分からは求めない
今の自分からは、自分でも別人のように思えるp108
応答性の原理p124
高度な自己防衛の方法……視野や思考を狭窄させること。
不快な現実を忘れるために、関心や思考を狭める。
自分を夢中にさせてくれるものを求める。p129
(過去に何もするべき状態がなければ俺は頑張れるんじゃないかと思ったが……回避性の性質をそれなりに理解してたみたいだな。逃げたくならなければいいと。)
傷ついた気持ちに恥ずかしさの気持ちが結びつくことで、厄介なコンプレックスを形成してしまう。p138
仕事のことをただ指摘されただけなのだが、全人格を否定されたような気持ちになってしまう。
回避性パーソナリティ障害の人は、親や家族から、アラさがしをされたり、からかいをうけたりして、常に否定的な評価にさらされてきたが、同時に、親や家族との間には比較的強い結びつきがあり、ある程度、心を開くことができるし、頼っている面もあるとする。p142
慢性外傷症候群としての回避性
幼い頃から受験などの強いプレッシャー下にいることが子供の頃から主体的な意欲や興味を形成せず、挑戦に対する恐怖が大きくなりチャレンジを避けようとするのではないかという指摘。
衝突し反発するよりも、諦め、従うことを選ぶ。
自己卑下と欲の乏しさ。p159
主体性に欠ける
(人生に対する当事者意識が薄い、と俺はずっと考えていた……)
体験の画一化と失われる主体性p176
回避性の人は、念を押されると、言質をとられるのを嫌い、できるだけあいまいな言い方ですり抜けようとする。
(友人からの誘いとかこういう返ししてるな。)
回避性の人を動かしている最大のモーメントは、不安である
一度抱いた思いにしがみ続けることになるということがある。恋愛においても現状維持を好む。
片思いの方が気楽?p213(その通りなのかも)
守られているときは、その存在がなければ、一日も生きていけないというような気がするのだが、実際にその守りがなくなると、逆に元気になるということも……
(ギリギリにならないとやり始めない……窮地に陥らないとやり始めない性質はたしかに俺にある。)
回復への道
理想や期待よりも、目の前の機会に乗ってみる
身近に訪れる小さなチャレンジを、思い切ってやってみる。
小さな変化を起こしてみる
やろうかな、やらないでおこうかと、迷うことがあったとき、やる方にしてみる。
迷ったらやる。p277
Posted by ブクログ
昔からネガティブな性格で、何事にも勇気がもてず、「なぜ自分はこうなんだろう?」と思い悩むことが多かったが、「回避性パーソナリティ障害」だったのか、多分。幸いにも、今まで流れでなんとかなってきたが、一つボタンを掛け違えていたら、引きこもりとか、どうなっていたか分からない。他人と比較したり、体裁ばかりこだわる自分を変え、本当に自分に合った生き方を見つけたい
Posted by ブクログ
この生きづらさはなんなんだろうと思って、ネットで検索しているうちに回避性パーソナリティが引っかかって、この本を読んでみようと思った。
書いてること全部為になるなと思って、マーカー引きまくった。
回避性パーソナリティっぽい偉人の話や、岡田先生の元にきた患者さんの話を通して、前向きな気持ちになることが出来た。
仕事仲間や家族、恋人が回避性パーソナリティだと思われる方に向けての項目もあるので、気になった方は読んでみてほしい。
Posted by ブクログ
何しても生きるのがめんどくさくてタイトルで読んでみた。
知らず知らずのうちに自分も色んなところで回避しようと動いてるときが多いことに気がつけた。
めんどくささはまだあるし人生が大きく変わることはないけど、最後の「自分の人生を生きようと決意すること。そして、一歩だけ踏み出してみること。それだけでいいのだ」という言葉はなんだか心に沁みた。
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各云う私は軽度の回避性パーソナリティ障害である。
自分と同じ様に生きるのがめんどくさいと考える人達がいると知って驚いた。自分をいつもどのように表現すればよいかと考えていだが、この本に解があった。
Posted by ブクログ
【要約】
生きるのがめんどくさいの正体が「回避性パーソナリティ」であること。回避性パーソナリティは幼少期の親に関わり方によって形成される。
また親の育て方のみならず環境によっても形成される。近年は人々が個人主義化されたことによって回避型が増加した。
回避性パーソナリティをもし治すのであれば「人に自分のことを自己開示する」「誘われたら応じてみる」などのアクションで少しずつ改善することができる。
【感想】
自分は自分から人を誘えず、友人も少なく、一時期人付き合いを避けるために自営業をしていた。なので著書に書かれていることがとてもしっくりきた。
個人主義社会がオキシトシン受容体に減少が起こり回避性が強まっているというのがとても印象的。自分の時間を大切にすることが幸せに繋がると思っていたが、実際のところそんなことはなく、もう少し人の誘いに乗ってみるなどしてみた方が幸福に近づくのかもしれない。
また親の「そんな職業稼げないから辞めろ」というセリフで主体性が奪われた結果、回避性が強まった事例が載っているがこれと同じことが実際にも自分に合った。
自分が子供を持った時は、気をつける必要性を感じた。
Posted by ブクログ
自分に自信がなく、人から批判されたり恥をかいたりするのが怖くて、社会や人を避けてしまう・・・・・・。 それが回避性パーソナリティの特徴だ。 「会社に行きたくない」「恋愛をしたくない」といったように、昨今若者を中心とした現代人に増えているパーソナリティ障害でもある。 彼らにとって人生とは、喜びよりも苦痛に満ちている。 こうした特徴を見て、思わず「自分のこと?」と思った人も大丈夫。 面倒くささや無気力な状態を脱し、自由に生きるための方法を提案。
【次の質問に四つ以上あてはまれば、あなたも回避性パーソナリティ障害かも?】
□営業や接客、電話応対やスピーチが苦手
□恥をかくのが怖くて、自分をさらけ出せない □失敗を恐れて、新しいチャレンジを避ける
□好意を感じても、自分からはアプローチしない □人に悪く思われていないか、いつも気にしている
□自分に自信がなくて、親しくなるのをためらう □人といても楽しさよりも居心地の悪さを感じる
自分に自信がなく、どうせ他人は自分を否定する必要としないという思いが強い。
人と交流するにも、相手の評価に気を使い過ぎて気疲れしてしまう。相手を失望させることが怖くて、相手に期待されることがめんどくさい。
自分への自信のなさから、人からバカにされたり否定されることや拒否されることを恐れて、親密な関係になることや新しいことに挑戦することや仕事などで責任が増すことを避けたり、人に助けを求めることが難しかったり自己主張することにブレーキをかけたりすることで社会生活に支障をきたすパーソナリティ障害を、回避性パーソナリティ障害という。
愛情深い世話が不足していたり、過保護や過干渉の家庭では、回避性パーソナリティに育ちやすい。
回避性パーソナリティの人を上司が使いこなすには、居心地の良い仕事環境を整え、本人の主体性を大事にし、いつでも相談にのれるように上司が側にいて安心させ、プレッシャーや負担を下げるようにすること、負担を増やすにも相手の意思を尊重しながら徐々に増やすこと。
他にも、回避性パーソナリティ障害の人の適性に合う職業や交際の心得など、回避性パーソナリティ障害の当事者や家族や支援者や上司に必須の回避性パーソナリティ障害の入門書。
Posted by ブクログ
この本の存在を知ってから実際に買って読むまでに2.3年かかった気がする。
理由は少しめんどくさかったから。
だけど読んでみて、今自分を理解するためのバイブルになってるかもしれない。
何度も読み直してる。
Posted by ブクログ
伸ばし伸ばしにしてようやく読めた本。実は面倒くさがりな人や逃げ体質な人は回避性なのではないか。また著名人にも回避性の人がいるというのと、カウンセリングを受けに来た患者がどのように一歩を踏み出せたかに気付きがあった。読んでよかった。
Posted by ブクログ
岡田尊司さんの本は、普通に読み物として面白くて好きです。
お仕事関係で精神的な障害について学びたくて手に取りますが、興味深く読んでいます。
もっと深めたい、もっと知りたいと思っています。
対処法がなかなか難しいなと思うけれども、どのような心理でそういった行動、理論が働くのか?を学ぶのは大切なことだと思います。
Posted by ブクログ
もしかたら自分は回避性パーソナリティなのではないかと思い購入して読ませていただきました。
読み進めていくと、本当に一つ一つの特徴や回避性になる原因などが自分に当てはまっていてびっくりしています。
どうして自分がこんなにも生き辛さを感じていたのかがはっきりしたことにより気持ちが楽になりました。
回避性パーソナリティは遺伝子的要因が6割ほどで養育過程にも原因がある場合が多いそうです。しかし、養育過程によりその遺伝子的要因も覆すことができるとのことでした。成長していく過程で母親に愛情をあまり与えてもらえなかったり、与えられたとしてもそれが無条件の愛ではなかったり、愛情を十分に与えていると親自身は思っていても、本人の意志とは異なるものを強制したり干渉したりしてしまっているケースが多く、それが原因になっているとのことです。自分の意志を塞ぎこむことを強いられ続けることによって自分の意志を表現することができなくなり、自分の殻に閉じこもり、自分の意志を伝えてもどうせ受け入れてもらえないという心理から回避性になってしまう。
これらのことも全て自分に当てはまっていてびっくりしました。しかし、生育過程により回避性パーソナリティの土台が出来上がってしまったとしても、一生このまま生き辛さを感じながら生き続けなければならないかというとそうでもないのです。親などから干渉されず、自分の人生を「自分で」選択するようになり、自分の人生の主人公が自分になったとき、生まれ変われるということです。いままでならめんどくさい、傷つきたくないといった理由で避けていたことにも、少しずつチャレンジしていく。そしてちいさな成功体験を重ねていく。そうすることによって自分評価はあがり、ありのままの自分を表現できるようになる。チャレンジすることが楽しくなってくる。たった一度きりの人生他人の人生を生きてはもったいないと改めて感じさせられたので、僕は生まれ変われります。
Posted by ブクログ
生きづらいと感じる人の特徴、そうなった原因などについて医学的にどのように分析されているかを解説したうえで、そこから脱却して少しでも生きやすくなるための方法を提案する。
本書はタイトルの通り「回避性パーソナリティ障害」として医学的に分類される症状について主に扱っているが、実は同じように「生きるのが面倒くさい」と感じる人の中には、他に「恐れ・回避型愛着スタイル」「シゾイドパーソナリティ障害」というものがあるらしい。ちょっとややこしい。
「回避性パーソナリティ」とは人の世の煩わしさから逃れたいという願望を持ち、現実の課題を避けようとする傾向のことで、人とのかかわり自体は楽しい面もあるが気後れや不安の方を強く感じてしまう。レベルは人それぞれで障害とまでは言えず、何とか日常生活を送れる人もいる。
「恐れ・回避型愛着スタイル」は別の分類軸で、親密な関係を求めず、人と気持ちを共有することに関心が乏しい人のことである。愛情不足の生育環境に起因することが多い。
「シゾイドパーソナリティ障害」は、対人関係をもつことに喜びや関心が少なく、孤独なライフスタイルを好むタイプのことである。
それぞれ特徴や原因が詳細に記載されているので自分がどれに当てはまるのか見当がつけやすいと思う。
そんな感じで、あるあるー、分かるー、という感じで読み進められる。文章が論理的で誠実で、しかも難解ではないので、とても理解しやすい。
回避性パーソナリティも含めて世の中にはいろんな人がいるわけで、みんながそのまま自然に生きやすくなるといいんですけどね。
Posted by ブクログ
自分と他人は違う。自分の考えが相手にとって最良だとは限らない。自分の基準や考え方で相手を評価したり批判したりしても、それはあくまでも自分にしか通用しない。何故なら人は一人一人育った環境も違えば、見てきたもの聞いてきたもの触れてきたもの全てが自分(あなた)とは異なるからだ。
それは自分の子供に対しても勿論当てはまる。自分の親と、自分の子供にとっての親は違う。だから自分を育てた親が言ったことが自分の子供に通用するかと言えば、そんな事は無いはずである。それを理解せずに、自分がこうした方が良いという考えを子供や他人に押し付ければ当然違和感が生まれるはずだ。まず理解しなければならないのは、当たり前だが、自分の考えや基準は自分にしか通用しないという事だ。
近年増加傾向にある引きこもりやニートが社会問題化し、私の身近にもその様な状況に苦しむ人々がいる。どうにかして状況を打破しようと、時には厳しく指摘したり、好きな事をやらせてみたり凡ゆる手を尽くしてみるが、それでも状況は中々改善されない。最近私もそういった相談を受け、本人を目の前にどの様に対応すべきか悩んだ経験を持つ。特に悪いことに手を染める事もなく、幼い頃はよく話し、よく遊びどこにでも居る普通の子だった。勿論今でも街でばったり会ったなら何処にでも居る普通の子だし、寧ろ容姿もよく背も高く俗に言うモテるタイプだ。だがとうに20歳を過ぎ、学校に行くでもなく、また働きにも出れず母親の元で暮らしている。私には正直どの様に対応してあげたら良いかがわからなかった。じきに自分から何かするまで待ってあげるのが正解なのか、それとも現状を厳しく指摘して無理にでも尻を叩くのか分からない。そんな状況でも暫く一緒に過ごし話をする事で少しずつ当人の事を理解できる様になった。きっと恐らく、本書に記載される様に自分への諦めや、失敗への恐怖、期待に添えなかった時の更なる失望が本人の動きを止めてしまっているのでは無いかと感じる。それすらも当たっているかは分からない。ただ一緒に過ごし当人にしっかり向き合えばやがては答えが見つかるかもしれないという期待は膨らんだ。話せば普通の子であり、きっと第一歩が踏み出せないだけだと思う。ならこのまま向き合いながら、いろいろ話をして(聞いてみて)本人の中に何かきっかけが出来れば良いのでは無いかと思う。考えすぎだよ、誰でも失敗ばかりだし、恥ずかしいことなど何も無い。本当はそう言ってあげたいが、私は待つことにした。
世の中には多くこうした状況があるのは、私のごく身近にも、会社でする会話の中からも感じ取れる。皆悩んでいるだけで、はじめの一歩が怖いだけ。人それぞれきっかけは違えど立ち上がる日は来る。自分たちが彼ら彼女らを動かそうとするなら、自分から気づける様に優しく近くで見守る必要があると感じる。理解せずに自分を押し付けても恐らくは変えられない変わらない。そして我々が個々に持っている考え方や物差しでは他人は評価出来ない事を十分理解して相対する事が必要だと感じる。
間違いないのは、親が子を心配する気持ちだけだ。いつかは親もいなくなる。大半は親が先だろう。だから子供に1人でも生きていける力を持ってほしいと願う気持ちはどの様な親でも必ず持っている。いつか親の気持ちに応えたいと自らが動き出せるタイミングが来るに違いない。親が子を思う気持ちと子が生きたいと願いその為に動き出した時に本当の親子になれる気がしてならない。
そしてその様な状況を生み出す1つの要因として、情報過多な時代にも問題はあると感じる。大量に入ってくる情報には過剰に人を恐怖に怯えさえ、踏み出す事を躊躇させる様な話に溢れている。その逆にどう頑張っても到達が容易ではない、半ば運任せの成功体験も多い。簡単に堕ちるどん底から、天国まで見せられて夢に溺れてしまう人もいるだろう。現実世界は誰もが人間関係に悩み、恥をかき、無駄とも思える程の汗をかき、頭痛に苛まれ、落ち込む。それが普通だし逃れられない現実世界だ。そしていつでもリセットできやり直しもきく。失敗は進歩の母だから何度でも失敗すればいい。リアルな自分でリアルに味わってみる事が自分を確立する糧となる。スマートに行き交うサラリーマン達も家では1人で悩んでいる。酒を飲んで忘れようとする。現実は泥臭いものだという事を教えてあげたい。
本書は様々なパターンを例示し、それ毎に適切な対応に近づくヒントをくれる。参考にしながら、苦しい状況に悩む人たちに少しでも救いになればと思う。
Posted by ブクログ
押さえつけられて育ち、自分が出せなくなってしまった人の分析。著者は医師でそんな人たちの人生が変わっていく様子を描いているのだが、本来の自分を取り戻して戸惑いつつも生き直す人たちのレポは読んでいてさわやかにな気持ちになる。
回避性の人が性的なものが苦手なのは、自分の存在を恥ずかしいものと思っていてさらけ出せないためだという。面倒くささもあるらしい。
星新一も回避性の人で、星製薬の重役を受け継いだときは苦しみでしかなかったが、のちの作家生活で開花した話は興味深かった。
Posted by ブクログ
求めてもどうにもならないと悟ったがゆえに求めるのをあきらめることが執着を立つこと。本当に悲しい選択。求めないことを満たされていると勘違いすることはやめてもらいたい。好きで求めなくなったのではない。求めても答えてくれないから求めるのをあきらめただけ。>とても的確だと思う。西行はいい。家族はかなわん。ほんとに。こういういうのあるよねえ。いや、回避性の話じゃないんだけど。
安全基地になれというが、親のほうも定型発達とは限らなくてそれでも何とかやっていたりするからねえ。
困った。
Posted by ブクログ
読めば読むほど妻のことを書いてると感じる。ちゃんと名前がある症状だとわかってちょっと嬉しくなった。この本で書かれてあるような回避性パーソナリティの特徴について、本人も自覚はあるようなのだが、わかっていてもどうしようもないらしい。本人がこの人格とうまく付き合っていくためには、また配偶者としてそんな妻とうまく向き合っていくためには、といったことが知りたかったのだが、その辺は薄かったかな。著者の他の本も読んでまた勉強したい。
Posted by ブクログ
回避型愛着スタイルと回避性パーソナリティ障害は別物であることを知れたのが一番よかった。どちらかと言えば、恐れ・回避型が該当するようで、スキゾイドの方が回避型に近いらしい。
パーソナリティ障害は、個人的に境界例や自己愛などB群のイメージが強いが、A群やC群も見落とさないようにしなければならない。自閉症や社交不安症にも本文中で言及されていたが、見誤ると対応も変わってくるので、それら複数の可能性を頭の片隅に置いておきたい。
Posted by ブクログ
このけがある人はビンビン響くと思います。
周りを気にしすぎて自分のしたい事をしないのは勿体し、生きづらさを呼び込む。それに気付くのは周りからの指摘でなく本人で、周りはいかにサポートするか。
匿名
ほぼ合ってる
何事にも面倒くさく、やる気がない。物心がついた頃からそうで、感情表現も乏しく、対人関係は見るも無惨。学生時代はまだ良かったが、社会に出るとともに良くなるどころかひどくなり、会社も飛び出すようにやめてしまった。
外に出るのも億劫になり引きこもるようになってこの本を読んだ。
社会に出たら良くなるってこと以外は、ほぼ当たってて自分はそういう障害を持っているんだと納得できる内容だった。
納得はしても、今まで蓄積された劣等感やゴミクズのような自尊心を、どうにかできるものでもないのだけれど。
ただ、生まれ育った環境によるものもあるらしく、自分だけの責任で生きずらいわけじゃないのだと分かっただけでもいいか。
親にも責任があるんだと思えるだけ、周りからダメ人間だと責められているような思いも多少は薄くなる気がする。
Posted by ブクログ
生きるのに消極的な人にお薦めです。
私は希死念慮(ぼんやりとした自殺願望)があり、週に何度か楽に死ねたらなって考えが浮かんでました。
まだ読んだばかりなので、希死念慮がなくなったわけではありませんが、似た気持ちのの人がかなりいるっていう事と治らない訳じゃないとわかったので、少し希望が持てました。
Posted by ブクログ
『生きるのが面倒くさい人』というほどではないのだが、手に取ってみたら自分にかなり当てはまる部分が記載されていた。
幼少期の家庭環境により形成され、恥や批判を極度に恐れて行動出来なくなるという部分は正に自分のことだった。
比較的最近はこういう傾向が治まってきたと思っていたのだが、未だに強い劣等感や自己評価の低さ、自分を肯定出来ない部分が残っている。
それに対して何故? などとは思ったこともなかったのだが、偶然手にした本著で自分が”回避性パーソナリティ障害”だと知った。
治し方にはやはり肯定されるような行動を伴うようで、それがなかなか出来ないのだよな、と。
怯えとか恥以上に自分の場合は打ちのめされることが多くて、行動しても無駄に終わることが多い。
愚痴っぽくなってしまったが、それでも自分の行動や思考の癖が回避性パーソナリティ障害という特徴から起きているものだと知ることが出来たことは、また違う行動を起こすきっかけにもなり得るのではないか、と思った。
Posted by ブクログ
自分のことが書かれているのかと思うほど当てはまっていて怖いくらいだった。
もっと改善方法?具体的にどうすればいいかを多く書いといて欲しかった。
Posted by ブクログ
・幼い頃、愛情や世話が不足した環境で育つと、オキシトシン受容体の発達が悪くなってしまう。すると、どうなるか。人と交わることや子どもを育てることでは喜びが得られず、もっと直接的に側坐核を刺激するような物質や行為にのめり込みやすい。それが、ギャンブルや薬物、食べることや買い物への依存を生む。そうすることでしか、生きる喜びを味わえないからだ。幼い頃、愛情不足を味わった人で、依存症や過食症のリスクが増すのは、そうした理由によると考えられる。
・自己愛性が強まった状態では、現実が意のままにならないとき、すべてのことが無意味で、面倒に思えて、せっかくの能力や才能を生かすこともなく、無為に暮らす場合もある。求めるレベルが高すぎるため、手近なところで自分をほどほどに生かすということでは満足できない。華々しいこと以外は、面倒くさく感じてしまうのだ。
・自分が理想とすることにこだわり、何か違う気がすると、違和感の方にばかり目を向けてしまい、結局動かないというのが、回避のサイクルに陥ったときのパターンだ。そこから、抜け出せるときというのは、とりあえずできることをやってみよう、来た話に乗っかってみようとしたときで、道草に思えることも試してみると、そこから思いがけない可能性が開けてくる。
・回避性の人は、やろうかやるまいか悩んだとき、いつもやらない方に逃げてきたことが多い。それで、チャンスが全部逃げてしまっている。そこを、やってみる方に変えるだけで、人生は着実に変わり始める。小さな変化が、やがて大きな奔流に変わっていくこともある。
・迷ったらやる。小さいことを一つやってみる。それを実践するだけで、人生は変わり始めるだろう。
Posted by ブクログ
自分の特徴と当てはまることが上手に言語化されている部分があり、自分がどういう経緯でどんな気持ちになっているのか認識しやすくなり、気持ちよかった。
回避性と回避型が途中でごっちゃになりやすかった。実際、そこがあいまいになりつつあるらしいのだけれど。
濃淡があるとはいえ、回避性の項目は多くの人に当てはまるだろうなと思う。
けっこうな回避性でも上手く生きていくことができるだろうか、複数の実例はあがっていたが、運もあるし大変だっただろう。
Posted by ブクログ
生きるのが面倒くさいので、読んでみました。
ざっくり言うと回避性パーソナリティ障害という症状があり、対人関係が強いストレスになって、引きこもったりしてしまうという内容。
親のかまわれず愛情を感じられなかったり、ダメ出しばかりされると引きこもりになったり、人を信用できなくなってしまうらしいです。
親の影響は強いと思うけれど、生まれ持った性質などもあるので色々と難しい。 子育てや人間が成長するのって色々大変なんだな~と思いました。
引きこもりの人がカウンセリングを受けて回復し、徐々に社会に出ていくエピソードの部分はとても清々しい気持ちになりました。 1人でも多くの人が自分にそれなりに自信を持って生きて行けたらいいなと思う。
自分がなんで面倒くさいのかについては何とも言えないのですが、この本を読んで人の心の事が少しわかった気がしました。
Posted by ブクログ
タイトルに呼ばれた気がして読み始めましたが、割と当てはまるを超えて、ほぼ当てはまるのは初めての経験でした。
冒頭の筆者自身の過去話に共感する人は一読の価値ありかと思います。
人間関係や些細であっても何かしらの決断への回避行動、それに伴うひきこもりの例などが多く紹介されており、読んでいる途中「わかる」の連発で、なるほど自分は回避性パーソナリティ障害だったのかと勝手に自己診断したくなるほどでした。
とはいっても、家族のいる家にいたくない一心で立派に卒業と就職を果たした自分には、なんちゃら障害といわれるより、「障害」と「なんとなく生きづらい」の間に余白が欲しくなります。
名前が付くと免罪符みたいで楽なのですが、追い詰めて考えないためにも、色々抱えててもまぁいいじゃない、みたいな鷹揚さを自分に許したくなります。
Posted by ブクログ
面倒くさがりの私が読むべき本!?
本を読み出すと何もしたくなくなる…メシタキ、ソウジ、ネバナラヌコト…。
回避性…初めて聞いた言葉だった。素人にはちょっとこんがらがるところもあるが、最後の方は具体例もあり分かりやすかった。
筆者の岡田さんは現在メンタルクリニックを開業してらっしゃるが、ご本人も回避性で、大学を卒業するのに10年かかったと書いていた。
世間では多様性、多様性とやたらと聞くが、教育界は相変わらず画一化されたままの印象。そこに大きな歪みがうまれ結局犠牲になるのは子どもなのである。
回避性の人には読書好きも多いらしい…納得2019.6.30
Posted by ブクログ
読みながら何度も頷きかける。
学生時代までの自分が思い出される。
変に完璧主義だけど器用にこなせるわけではなく
傷つくのが怖いくせにプライドが高く
失敗して恥をかきたくない。
個人的には一人暮らしや仕事という
どうしようもない状態に持っていけたことが
抜け出せつつあるきっかけだなと思う。
愛着は乳児期や子ども時代の土台が大事。
Posted by ブクログ
回避性パーソナリティと特徴について詳細が書かれていた。
自分にも当てはまる部分があったため、納得しながら読み進めていたが、解決策としては結局行動し、自信をつけるしかないと感じた。
Posted by ブクログ
当てはまりそうで、そうでないようで、といった気持ちで読んでいたので、ぼんやりとした気持ちで着地してしまった。ただやはり何事も「自分で決める」ということが肝心だと再認識出来た。
Posted by ブクログ
・私は、大学生の頃がこの「生きるのが面倒くさい」の気分のピークだったと思う。まあ今もうっすら無くはないのだが、「生きるのが」というほど人生全般に絶望しているわけではない。
・ではなぜ今この本を手に取ったかというと、自身の交友関係と社交性の貧弱さに絶望し始めていたからである。
最近、プライベートの人間関係の維持・構築への消極性に拍車が掛かっているように感じている。
この気分の打破のとっかかりとして、回避性パーソナリティへの理解を深めようかと考えた次第。
・前半は回避性パーソナリティの解説が中心で、まさに自分に当てはまると思いながら読み進めていた。読んだ限りでは、回避型愛着スタイルおよび恐れ・回避型愛着スタイルの気もあるように感じた。
養育者との間で適切な愛着が育まれないと発現しやすいとのことだが、これは所謂毒親に限るものではないようである。私の場合、母親が口出しは多いのに共感的な反応に欠ける人であり、このケースに当てはまるものだと思われた。それなりに愛情を掛け育ててくれた人で、毒親ではない(と私自身信じている)が、しかし物心ついた頃には既に、何かを相談する相手として適切な人だとは思えなかったのも事実である。褒めるよりも満点を取れないことを咎められ、何かと自身の選択や悩み・心身の不調の訴えは否定され(またそもそも相談したところで一方的に言いたいことを言われ彼女がスッキリするよう付き合わされるなど建設的な会話となることも稀であり)、自身の嗜好や思考・行動については後から父親や家庭外の人間へ恥を伴う否定的なニュアンスで伝えられ、思えば、いつということはない頃から、この人には自分の心の柔らかいところ・弱みを見せてはいけないのだと思うように(またどこか、見せても仕方がないと思うようにも)なっていた。
恐らくは、その心持ちが私の今日のあらゆる人間関係に向き合う姿勢のベースになっている。そういう発見があった。
・後半は、では具体的にどうすれば良いかということが書いてある。が、引きこもりの人がどうやって社会復帰を実現していったかということに主眼が置かれ、豊かな人間関係の構築に向けた積極性を取り戻すヒントには少し遠いように感じた。前半にはそのようなテーマの要素があったので、後半のテーマにも是非入れておいて頂けたらよかったのにと残念に思う。
人間関係の構築には、他の人には見えているのに私には見えないルールのようなものがあって、それが私を少し息苦しくさせているのではないかと感じている。誰か、そのルールを私にも教えてほしい。見えない空気を必死に読み見えない選択肢から適切だと思われる言動を選ぶ瞬発的な試みの繰り返し、そしてそれを上手くこなせない自分を後から繰り返し責めながら、他者の反応をネガティブフィードバックの強化として受け止める、そんな毎日にはほとほと疲れてしまうのです。