中島京子のレビュー一覧
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うらはぐさという植物が風知草と同じだと
この作品のレビューを読んで知った。
わたしは風知草という言葉だけを知っていて、
(亡くなった母が書を習っていて、額縁に入れられたこの風知草という言葉をしょっちゅう見ていた)
これがどんな植物であるとか、
花言葉がなんなのか、とかは全く知らなかったけれど、
うらはぐさと風知草がつながった時、
あ、これは読まねば!と感じて手に取った。
それはさておき、ほんわかとした表紙と共に、
中身もびっくりするようなショッキングな出来事は全く起こらず、東京西部の架空の町、うらはぐさに住む人々のコロナ明けの日々のあれこれが描かれたこの作品。
年の初めに読むのにちょうどよい
力の抜けた読み心地と読後感だった。
架空の町とはいえ、日本のどこか、
どこにでもありそうなその雰囲気がなんだか懐かしく、
幼い頃に住んでいた場所を思い出させ、
優しい気持ちになれた。
もう長いことマンション暮らしだけど、
一戸建て、しかもこんな感じの年月を経た家や庭、
いいなぁ〜、と思った。
物語のラストも
このうらはぐさの花言葉にふさわしい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ木原音瀬先生のお話を目当てに購入したので、お目当ての話だけ読んでもいいかと思って最初から順番に読み始めましたが、全部読んでしまいました。
全部読んだあとに思ったことは、やっぱり木原音瀬先生は癖が強い。笑 男性が妊娠できる世界という設定はおもしろかったし、男性も苦しんでほしいと思ってしまいます。
お気に入りは白い結婚の「ダーリンは女装家」、「いつか、二人で。」
今年は黒い結婚寄りの、暗めのお話を読むことが多かったので、白い結婚で心が洗われました。ハッピーエンドもいいですね。
ダーリン〜
15歳の時に大好きだった人と結婚するなんて素敵。男であり女でもある旦那さん、いいですね。認知症になったお母さんが「結婚はいいものよ」と言ってくる場面が沁みました。
いつか、〜
老後の夫婦が旅行に行く話だと思って読み始めたら、まさかの死んだ後に一緒に天国に向かうお話だったとは。これもとてもロマンチックでした。山あり谷ありの人生だったけど、お互いが大好きのまま、一緒に天国に行けるなんて…借金取りが来て鬱病になる以外は本当に羨ましい人生だなと。(借金取りが来るのはさすがにこわすぎる。)幸せな気持ちになりました。 -
Posted by ブクログ
読書中から、今自分が住んでいる場所、土地、風土に愛着が湧いてきた。
都会や便利、お洒落という文脈の中にはない土地「うらはぐさ」。
そこで育まれる人たちの生活が伝わってくる。
少し昔ぽさ、昭和の香りも残しつつ、現在の生活が日々僅かに変化しながら過ぎていく。
『こういうのは、あれだろうか。
「残るものは形を変えて残っていく」、その「形」だろうか。』(p193)
誰かに、何かのきっかけで自分が経験した「大したことない話」をすると驚かれたり、重宝がられたりした経験があると思う。
他人から見ればドラマチックだったりする。
「うらはぐさ風土記」でも度々、ちょっとしたエピソードを読んでいて、へぇーと思ったり驚いたりした。
普通の人との茶飲み話が、1番面白かったりする。
「五 狼男と冬」ではぎゅっと心臓が掴まれた。
普通の人の中に起きていた、唯ならぬこと。
時代が進んだ今だからこそ、理解され消化されるであろうこと。
あ、これが「カタルシス」か、と思った。
(※ webより→カタルシスとは、哲学や心理学における「精神の浄化」のこと。 無意識の内に抑圧されている、過去の苦痛や恐怖、罪悪感をともなう体験、そのときの感情などを、言葉で外に出すことによって、不安や不快感などを浄化することを指します。)
道路拡張計画では、変化をどう受け入れる否かという場面が出てくる。
伝統芸能をみていても思うこと、変化や革新があるからこそ継続されている。
人間は今いる時点、場所が心地よければ変化を嫌う。けれどそれでは自分も社会が進まないということもわかっている。
住んでいる場所の愛着は保ちつつ、ちょっとの変化を受け入れる。
変わることもいいじゃないか、と背中をそっと押してくれる本でもある。
(p202)
「テセウスの船」と呼べると思う?」「全部のパーツが入れ替わっても?」
「すっかり新しいものになってしまっても」
マーシーはしばらく眼鏡を押さえて考えていて、それから大きく息を吐いた。
「感情的には呼べると思います」
「感情的に?」
「はい。みんながそれを「テセウスの船』だと思っていて、テセウスが船に乗ってどんな旅をしたかも語り継がれていて、それを大事にしたいという感情が継承されているなら」「ほほう。なるほど。傾聴すべき意見だな」 -
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花村茜(はなむら あかね)43歳。実家を出て二十数年。
去年の暮れに70歳手前で急逝した一人暮らしの父親・桃蔵(ももぞう)が買って経営していたアパート『花桃館』
兄は都心のマンションを相続、お前はアパート、と押し付けられた。
折しも会社から肩たたきに遭っていたため、退職してアパートに住み、大家をやる決心をした。
「へんな人ばっかり。へんなことばっかり起こる」(お墓の近くだしね)
でも、気がつくと好きになっていた。花桃館も、大家の仕事も。
「行かず後家」などという古くさいレッテルを貼られ(変換できなかったよ、MacBook)、けれど最後まで行(嫁)かないと決めたわけじゃない。
何かあるたび、ちょっとは期待してしまうのだった。
茜は、太陽不動産のオヤジにうまく乗せられて管理人になったような気もしないではないが、この不動産屋の、「店子(たなこ)は育てるもの」という言葉には感心した。「大事なのは、入った人を逃さないこと。ちゃんと払って長く居る店子を育てていくことが大家の仕事。」う〜ん、良い!
そうやって店子と一緒に大家も育っていくのだろう。
ワケアリな店子たちも、ウェットな描き方ではなく、なんとなくユーモラスなのが良い。 -
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中島京子さんの著書は、女性の視点からふんわりと社会問題を捉えているものが多いなぁと思う。
この作品は、街の歴史と今に焦点をあてて、変わりゆく土地を守ろうとする人々の姿が描かれていて、これまたほっこりする。
古い伯父の家に住み、庭の植物を愛でつつ食すという暮らしが、私の大好きな梨木香歩さんの「からくりからくさ」の女子達の暮らしを思い出させて、心地よく読み進めた。
今までの中島京子さんの著書には植物や鳥の描写から情景を思い描かせるという表現があまりなくて、勝手に現実社会に真剣に向き合っているのかな…などと思っていた。
私自身、数年前までは子育てに必死で植物や鳥を愛でる心の余裕は全くなかったから…
社会問題に向き合う中島京子さんも素敵だけれど、自分の住む街、人、動植物を愛して街や人々と共に生きていらっしゃることを書き記している姿もとても素敵。
うらはぐさは、風になびいて葉が裏向きになることが前提で、普通の植物の葉とは裏表が逆。裏がツルツルとして風から身を守り表が起毛のようになって水分の蒸発を防いでいると雑草の本で読んだことがある。
武蔵野の地にはほんとうにうらはぐさがたくさん自生していて、細長い笹の様な葉は我が家の近所でもすぐに会える。ちょっと邪魔なくらい。
裏表が逆だからこそ、風に優雅にたなびかれながら、しっかりと大地に根をはりどんどんと増えていつの間にか主になっているのだ。
そして、寒くなるとすぐに枯れていなくなってしまう。
人生なんて、いつも何が起こるかわからない。
表が裏になり、裏が表になりながらその土地に根を張り、いつの間にか邪魔物扱いされながら、消えていく。
そんな風に生きられたらもうそれで満足だな…
などとしみじみと思う、日曜の朝なのでした。