中島京子のレビュー一覧
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これも大阪で買ってきた一冊。
以前から読みたいと思っていた本です。
スカイツリーを見上げる下町のかたすみに、
ひっそりと息づく商店街がありました。
それがー『明日町こんぺいとう商店街』。
明日町こんぺいとう商店街を舞台にした7つの物語。
七人の作家さんのアンソロジー。
大島真寿美 『カフェスルス』
大山敦子 『あずかりやさん』
彩瀬まる 『伊藤米店』
千早茜 『チンドン屋』
松村栄子 『三波呉服店ー2005-』
吉川トリコ 『キッチン田中』
中島京子 『砂糖屋綿貫』
読んだことのある作家さんは、彩瀬まるさん、中島京子さんの二人だけ。
どの物語も心がほんわかします。 -
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完全なるタイトル買い。
ちょっとシニカルで、ぞっとするような場面も時々ある、中島京子ワールド。な、7つの短編集。
表題作は、15年ぶりに自分の部屋に恋人(未満?なりかけ?)の男を招待することになった36歳の女性が主役。
しかもそれは自分の誕生日で、出張終わりの彼が夜に来る手筈なのでそれまで部屋の掃除やら料理やらに張り切るのだけど、時間になっても彼は来ず…。
もう“いい大人”であるはずの主人公の由紀子の奮闘ぶり(と言ってもちょっと醒めてて、だけどどこかが興奮しているようなおかしなテンション)を醒めた視点で描いている。
由紀子の行動を見ていると、少し切なくて愛おしくなる。そしてラストはほっと出来てひと安心。
その他にも、ある相撲部屋の1日を描いた「八十畳」や、婚約者と暮らす部屋に昔の彼女を招いた男の悲喜こもごもを描いた「陶器の靴の片割れ」など、すべて“部屋”にまつわる物語になっている。
少しの物悲しさと、そこはかとなく漂う“客観”の雰囲気が面白い。
人ってけっこうおかしなことやってるんだよなぁ、と思う。自分ではおかしいと思ってなくても他人から見たらおかしかったり、その逆もあったり。
日々色んな人と接していると、“普通”の人も存在しない、と感じる。言ってしまえば世の中の人間はみんなそこそこの変人だ。笑
そういう、よくいるんだけど普通ではない人々が織り成す、日々の悲劇だったり喜劇だったりが詰まっている作品のように思う。
他人から見たら大したことないことでも、その人的には大事件だったりとか。繋がっていてもやっぱり他人は他人よね、と思うこととか。
こういうの書いてみたいな、と久々に思った。大して事件なんて起こらない物語のほうが、難しくて書き甲斐がありそう。 -
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スカイツリーを見上げる下町の片隅にある、架空の商店街。
大山淳子氏の「あずかりやさん」がとても良かったので、"出身地"である、こんぺいとう商店街のことをもっと知りたくなりました。
個人商店が立ち並ぶ商店街は、現代では衰退の傾向にあるけれど、こんぺいとう商店街は、たたむ店あり、新しくできる店ありで細々と続いている。
家業を継いだ若者や、出て行ってまた戻ってきた者、新しい商売の形、幼なじみと小さな恋の話など、懐かしい雰囲気の中で語られる。
後に行くにしたがって、他の商店の名前が登場するようになって、箱庭世界が充実していくのが面白い。
一軒目『カフェ スルス』 大島真寿美
ほぼ還暦世代の演劇仲間が集まって、カフェを開くことになる。
バイトで食いつないで来た者ばかりなので、即戦力!
「スルス」はフランス語で「泉」
ちょっとお洒落なカフェができたと、なかなか繁盛。
二軒目『あずかりやさん』 大山淳子
一日100円で何でもあずかる、あずかりやさん。
開店のきっかけになった男が桐島透にあずけた物と、盲目の店主に本を点訳してくれる女性、少年に託された茶色いかばんの中身。
三件目『伊藤米店』 彩瀬まる
「米屋の息子がいい男になって戻ってきた!」と、桐子の周りで話題になる。
なんと、かつての同級生、「野球部の伊藤くん」だった!
おいしいおにぎりと、ひと時の幻想。
四軒目『チンドン屋』 千早茜
テレビが普及してCMがかかるようになるまでは、「チンドン屋」は貴重な宣伝手段だった。
今毘羅屋清治郎が語る、チンドン屋、今昔。
五軒目『三波呉服店――2005――』 松村栄子
着物を着る人が少なくなって、由緒ある呉服店も、卒中で後遺症が残る店主が帳場を守るばかり。
そこへ吹く新しい風と、人間国宝が染めた辻が花の着物の由来。
六軒目『キッチン田中』 吉川トリコ
「ヒナギク生花店」の娘・ひな菊が胸に秘める、「キッチン田中」のシェフ・修(おさむ)への思いのゆくえ。
七軒目『砂糖屋綿貫』 中島京子
砂糖屋の二階に下宿した、浅木耕太が見る、大家・綿貫徳次郎のシルバー・ライフと、耕太の後輩・キズナの謎の行動(耕太にとって) -
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ネタバレ南部に実在した女性大名・祢々を描いた作品。
正確には領地を幕府から与えられたわけでは無いので大名ではありません。幕府から認められているのは対抗する祢々の八戸南部家はその分家で、藩内の城持ちの(非正式な)支藩です。
史実に沿って描かれる時代小説ですが、語り手が一本角のカモシカの霊だったり河童がちょろちょろ現れたり、伝奇要素がかなり混ざっています。
中島さんの特徴は不思議なユーモア感です。まっとうに南部の藩内抗争を描くと、そういったユーモア感が出しにくいがために伝奇要素を取り入れたのではないかと思います。
しかし、なんとなく中途半端な気もします。思い切って真正面から描くか、妖怪変化の類を使わず祢々の近くに面白い人物を置いてその人の視点で描くとかしたほうが良かった良かったような気がします。 -
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ときは江戸時代、徳川家康が天下統一を成し遂げようとする頃から2代目将軍秀忠の頃、ところは現在の青森、八戸辺りから岩手の遠野周辺を仕切っていた南部藩所縁の年代記。しかし、このお話は一風変わっています。語り手は羚羊(カモシカ)それも一本の角しか持たない鹿の角が死後も「南部の秘宝」と呼ばれて意思を持ち語りだすのです。
かたづのが出会いを語るその人は、後に女性ながら八戸の南部氏の第二十一代当主になった祢々(ねね)。まだ15歳でしたが、第二十代当主となった直政氏のご内儀となっていたのでした。祢々の波乱万丈とも表現されるその後の人生を、かたづのは当に直に側で見聞きして語ることになります。時には人の中に入って降臨し、南部に伝わる小正月の行事の「叱り角」として登場します。祢々は夫や子どもを政略の果てに殺され、叔父の政略を逃れるために尼になり、戦で大切なことはやらないこと、と無駄な血を流さないことを信条に女大名として藩を導いていきます。
遠野の民話で有名な河童の挿話があり、ペリカンや蛇が化身として登場するのも、殺伐とした争いの世の中を描きながら、ほのぼのとした味を醸しだしています。 -
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スカイツリーが「小説」の世界に登場している!単行本が刊行された、2012年前後の東京を実感する短編集。
それぞれの人物を描く小説のテーマとしては統一感がないようにも思える。けれども、ブログ形式だったり誰かに話しかける風で話を展開していったり、書簡形式だったりと、表現形式が面白い。
そしてなんといっても時代性!ちらっと出てくる、スカイツリーに新しくなった羽田空港、地震の津波の話、ゴミ屋敷やLGBTなど、確かに最近話題になってるよ、知ってる、目に浮かぶし、ほんとに都心の片隅にひっそりと開かれているお客のほとんど来ないギャラリーってあるある、などとあまりに身近な東京の姿に嬉しくなってしまう。
冒頭と末尾に、スカイツリーと東京タワーがででーんと安定感を出して締めているのも良い。 -
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初めて読んだ中島京子さんの小説。
読んでいておかしいんだけど、滑稽なんだけど、そこに人間の真理がある…と気づけばとても深い。
ふらりと家を出たまま失踪した内田均(通称均ちゃん)。
彼が不在の間に家に泥棒が入り、この家に出入りしていた元妻(50代高校美術教師)と現恋人の2人(30代重役秘書と20代雑誌編集者)が警察署で鉢合わせ。
均ちゃんへのそれぞれの思いを胸に、ひょんなことから3人揃って箱根の高級温泉旅館に行くことになり…。
殊に恋愛で人が一生懸命になっているときって、どうして他人のことはよく見えるのに自分のことは見えなくなってしまうんだろう。
他人のことなら冷静に観察して馬鹿だなぁと思ったりするのに、自分も似たような馬鹿なことをしてしまっていることに全然気づかなかったりする。
そういうおかしみとか滑稽さを表現するのが本当に巧いなぁと思いながら読んだ。
均ちゃんはちっとも格好良くないし、お金持ちでもないけれど、なぜか女からモテる。それというのもおそらく、人の懐にすいっと入っていくのが上手いからだ。
何となく気づいたら隣にいる、みたいな。淋しいときなぜか連絡してしまう相手、みたいな。
そんなわけで女たちはそれぞれの立場で均ちゃんとの関係を築いているわけだけど、均ちゃんがいない間に女たちがちょっと仲良くなったりわちゃわちゃして、結果的に均ちゃんがいない状況で新たな恋を掴んだり新たな道に踏み出すあたり、女の強かさを感じずにはいられなかった。
女たちはちゃんと人を愛して向き合って苦しんで泣いて、そして吹っ切って新たな切符を手に進んでいく。
でも均ちゃんは誰のことも愛していないのかもしれないから(誰にでも優しい男って結果的に誰にも優しくないのよね)そういう人って何も手に残らなかったりして…ということを思ったりした。
面白いのにちゃんと残る作風。押しつけがましくなく、ふっと気づかされるような。
設定として均ちゃんは津軽地方出身なので、弟と津軽弁で罵り合うシーンなんか、私は分かったけど津軽以外の人は分からなそうだな、と思った。
唐突なそういうシーンもまた滑稽さがあって良かったのであった。 -
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竹取物語・伊勢物語・堤中納言物語・土佐日記・更科日記
どれも学校で古典や歴史で学んだ物語ですが、一度も
読んだことがありませんでした。(絵本とかあらすじみたい
なものを除いて)
初めて読みましたが、現代と異なって違和感のある部分
もありますし、想いのほか現代でも共感できる部分も
多く面白く読めました。現代訳が秀逸であったことも
要因だろうと思います。
中でも、伊勢物語の和歌と話しの内容の奥深さ。単なる
恋愛だけではなく人とのつながりを大事にしてきた文化
が垣間見える部分。
堤中納言物語の短編小説のような、また現代でも共感できる
家族や仲間での何気ないやり取りの記載。
土佐日記の紀行文としての情景の描き方や、昔の船旅の
リアルな様子。
更級日記の現代でも十分に共感できる日記文学と、主人公の
リアルな感情。至極日常的な感情。ドライな感情が
垣間見える部分。
など、面白かったと思います。 -
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森見さんの話が聞きたくて講演会に行って、欲しくなって買った本。森見登美彦さんの「竹取物語」は、確かに森見さんらしい。ファンタジーで、竹林が出てきて、美女も出てきて、そして男たちが片想いをする。川上弘美さんの「伊勢物語」は、授業でやった文章が出てきて懐かしい。在原業平すごい笑 中島京子さんの「堤中納言物語」は、歌の訳も三十一文字にしているのがすごい。こんなに楽しい物語だったんだと驚き。堀江敏幸さんの「土左日記」は、ひらがなで訳して貫之の考えを示すという独特の訳。江國香織さんの「更級日記」は、これも授業でやった文章が懐かしい。歌の訳など工夫されているのが伝わってきました。
古典文学のエキスパートでもない現代の作家たちが訳すというのはどうなんだろうと思ったりもしたけれど、豪華な作家たちの名前から読んでみようと思う人もいるはずだし、その点では素晴らしいこと。平安文学を読むことがないので新鮮な気持ちで読みきりました。思った以上に面白い作品たちでした。