中島京子のレビュー一覧
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中島京子さんへの勝手な信頼感(きっと面白いにちがいない…!)で手に取った本。
せわしない朝の満員電車で読む本ではなかった気がしますが、読みながら段々読み方に慣れてきて(!?)妙な共感や、ふむふむ、と染み込んでくる不思議な空気感に、読み終えた後には大好きな本になっていました。
改めて裏表紙の説明書きを読み、懐かしさと温かな驚きに包まれる喫茶店物語。という記載に、読んだ後だからわかる「うんうん、そうだよね」という読者ならではの共感をもちました(笑)
好みはわかれると思うので万人におすすめはしないですが、中島京子さんの他の本が好きだなと思ったことのある方や、裏表紙の説明書きで興味を引かれた方にはおすすめです! -
Posted by ブクログ
目次
・フェノロサの妻
・隣に座るという運命について
・月下氷人
・切支丹屋敷から出た骨
・シスターフッドと鼠坂
・坂の中のまち
・エピローグ
主人公の坂中真智(まさに坂の中のまち)は大学進学のために上京し、亡き祖母の親友である志桜里さんの家に下宿する。
そこは大学から徒歩15分と通学には便利な場所にあるが、小日向台というめちゃくちゃ坂の多い地域の坂の上にあった。
元ヒッピーだったという志桜里さんは、はきはきとした言葉遣いと行動力を持つ元気なおばあさん。
自分の、いかにも田舎のおばあちゃんだった祖母との違いに驚き戸惑うが、実は彼女とはもっと根源的な縁があったのだった。
というのはまあ、措いておいて。
東京の坂の多さは知っていたけれど、これほど文学作品に坂が登場していたとは思わなかった。
もっとも日本の近代文学はあまり読んでいないのだけど。
冒頭の一編こそ明らかにファンタジーで、現実には起こりえないけれど、『切支丹屋敷の骨』もまあ、不思議系の話だけど、坂マニアの志桜里さんとの交流や、幽霊部員のエイフクさんとの出会いや、学友であるよしんばちゃんや泉さんとのやり取り等、これは高校生くらいの子が読むといいかもしれないね。
PTAはお薦めしないと思うけど。
でも、選ぶのは自分自身。
恋愛も、生き方も。
主人公が夏目漱石の『こころ』について、主人公はお嬢さんであるべきでしょうと憤るところが面白かった。
確かに男性二人が勝手に盛り上がって死んでしまって、お嬢さんは「己の過去に対してもつ記憶を、なるべく純白に保存」って、漱石、女性に夢見過ぎやで。
真智のおばあちゃんがちょっと現実的でないというか、受け入れがたくはあった。
1970年代に地方都市から進学のために上京する女性って、頭がいいとかよりも、世間を説得できるかが大きいと思うのだ。
私はそれ以降の世代だけど、やっぱり「女に学問はいらない」って親戚から言われたし、ましてや上京、4大、共学なんて無理無理無理。
親友に対しても口が重くて、三日も悩み続けるような人が、70年代の東京で女子大生って親は心配で絶対出さないと思うもの。
進学するなら地元の女子大って時代だった。
出ていける人って、頭が良くてお金があってはきはき自分の意見が言える人。
そんな時代でしたよ、私の頃も。
よしんばちゃんは、もっと活躍してほしかったな。
口癖が「よしんば」だから、子どもの頃から「よしんば」というあだ名の彼女は、両親が共働きで書道の先生をしていたおじいちゃんに昼間は面倒見ていてもらったのだという。
だから会話の中で「よしんば」とか「なかんずく」とかちょっと言葉遣いが古めかしくておかしかわいい。好き。 -
Posted by ブクログ
江戸時代の介護看護の小説「銀の猫」を読み終えて没入したまま、現代の認知症を患った父を支える妻と3人の娘を取り巻く家族のストーリーに突入した。
認知症、The Long Goodbyeと言うのか。
時間をかけて記憶や知性、人格が少しずつ失われて、家族だけでなく自身からもゆっくりと遠ざかっていくことなんだな。
儚いと言うしかない。
時間は悲しさ寂しさ辛さを忘れさせてくれる一面もあるが、残酷だな。
娘たちも、それぞれの生活がある中で、妻の献身的な介護看護には頭が下がる思いで、老老でふたりとも倒れないでくれ、と念じながら読み進めたが、最期のシーンは家族で想いをひとつにして看取れたことに、厳かな安堵感を得た。
近い将来の自分の姿を外から見ているような、そんな気持ちにさせてくれるストーリーだった。
はからずも漏らしてしまったウンチを寝ている妻の横に並べることだけは避けたいが、それも叶わないかもしれないな。
•この人が何かを忘れてしまったからといって、この人以外の何者かに変わってしまったわけではない。 -
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中島京子の突拍子もない(褒め言葉)歴史小説です。
主人公はスランプの作家で、スランプ脱出のための旅先で不思議な窯元に出会う。その窯元が語るのは、水神=河童一族で伝わる水神夜話。そしてそれは、ウンビの器と、水神、秀吉朝鮮出兵にまつわる壮大な歴史物語だった。
水神たちは、戦争を止めようとする。戦いを好まない水神たちはどこかおっとりとしていて、戦をしたり、平気で嘘をついたりするヒトのことがいまいち理解できない。
水神さんたちがせっかくおっとりして、良い感じのお話になっているのに、史実のおかげで語られる物語は凄惨である。
史実とファンタジーの境目で、ふわふわした世界観のなか、ラストはけっこう重たいなあと思った。なんで人間ってずっと戦してるんだろうね。なんでだろうね。
斉藤洋の「白狐魔記」のようだな。
あれも、狐は長い日本の中で、戦をするヒトのことが理解できないんだ。 -
Posted by ブクログ
中島京子さんの作品にこんなミステリアスな物語があるなんて知らなかった。
15年も前に書かれたラブレターを受け取ってしまった凪子は、書いた人のことをまったく覚えていなかった。
ようやく謎の手紙を本人に渡せたケイスケは、書いた人を探しに行くことにする。
1989年に「迷子ツアー」という旅行会社の企画があったことを探る。
15年も前からのラブレター!しかも人伝てで届くなんて気味悪さもあるけど、ちょっとワクワクするじゃないですか。
時代はバブル真っ只中。
なるほどな。
だけど、時間が経てば、いろんなものが移り変わる。
バブルは崩壊した。
香港は返還された。
九龍城は壊された。
ボンヤリボーヤと影で言われた目立たない迷子になった青年は、
勝手に【超人】と呼ばれる伝説の人になっていた。
読んでる間、タイムトラベル気分で楽しめた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ注!
内容に触れています
なんだか、「たんに面白いお話(物語)を久しぶりに読んだー!」って感じ(^^)/
たんに面白かったという意味での★5つなんて、エッセイや雑誌を除くと、去年(2025年)の夏の『死んでいない者(滝口悠生著』以来だ。
いや、九段理江の3冊はエキサイティングでよかったし。高山羽根子の2冊もよかった。
ただ、九段理江のそれらは「たんに面白い物語」という意味では、まだ今一つそこに届いていないし。
高山羽根子のそれらは『首里の馬』の良さと比べちゃうとなぁ…、という感じだった。
よかったと言えば、中村文則の辛気臭いお話も「なんでこんな辛気臭く書くかねぇ…w」って、クスッとしちゃうところがよかった(爆)
一方この『ゴースト』は、たんに面白い物語であるところ、そこがいいんだと思う。
ていうか、読んでいて、「この著者って上手いなぁー」とつくづく思いつつ。
間口の広さ? 引き出しの多さ?に、すごく感心させられた。
今風のwパッツンパッツンでない、ちょっと引いた視点で物語っているからこその、クスッと感がいいんだよね(^^ゞ
「第一話:原宿の家」は、原宿+女の子のせいもあって、著者版『4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』みたいなお話w
本家の『4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』も、読んでいて、「そうだよなぁー。原宿って、4月の晴れた朝のイメージがあるよなぁー(ただし、個人的には午前中w)」と納得しちゃうところがあるけど。
この著者版『4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』も(←勝手に決めるなw)、お話の時代設定から「あ、うん。あの頃の原宿って、確かに一歩裏道に入るとこんな感じあった!」と頷けるのがいい。
今もそんな感じがあるけど、原宿って、実は意外とうらぶれたところがあったりするんだよね(^^ゞ
竹下通りや駅前の人の多さはカンベンだけどw、原宿の辺りをブラブラするのは今でも意外と好きだったりする。
お話そのものは、ボーイ・ミーツ・ガールもののガールがユーレイだった……、の?、という、意外とありがちなお話だったりするんだけど、そのユーレイたちが揃いも揃って「あの子は幽霊」と言ってみたり(・・?
お話の語り手がユーレイに出された菓子を食べて「甘すぎる」と思ったり、お茶を飲んだり、はたまたエッチもしちゃったりでw
映画のキャラクターに「マニック・ピクシー・ドリーム・ガール」という一種の定番キャラがあるらしいんだけど、たんにそういうお話として読んでもいいんだろう。
ただ、そこにGHQの接収住宅という史実がからんでくることで、戦争に負けアメリカの占領下にある日本人が感じていたどうしようもなさ、そして想いが切々と伝わってくる。
さらに言えば、語り手がそれを体験したのが80年代半ばというキラッキラした時代だったという、その対比の哀しさ。
戦後の豊かな暮らししか知らないからこそ、当時の日本人がおかれた状況に何とも言葉に詰まってしまう、その余韻がいいんだよなぁー。
「第二話:ミシンの履歴」は、「ミシンでここまで物語れるか!」と著者の才にとにかく感心した。
このお話はある意味、庶民、それも庶民の女性の戦中戦後史にもなっているんだけど。
暮らしが豊かじゃないからこそ、一生懸命働くことで豊かな暮らしを夢見るまっとうさ……、あるいは、一生懸命働くことで豊かな暮らしを夢見ることが出来たまっとうさと、女性ならではの「きれいなものへの憧れ」が生きていく意欲になっていた様を描いているのかな?
描かれているエピソード(ミシンの履歴)には、悲しいことや辛いこともあるんだけど。
最近の小説にありがちな、読者にベチャベチャ共感を媚びるのではなく、著者ならではの一歩引いたユーモアで描かれていたのもよかった。
「第三話:きららの紙飛行機」は、いわゆるジェントル・ゴースト・ストーリー。
ただし、落語風(^^ゞ
終戦後の上野の貧民街で死んだ、ケンタというユーレイが今の世に化けて出てきてw、小さな女の子相手にズレたこと言いまくるみたいなストーリーなんだけど。
例の「三丁目の夕日」の登場人物にユーレイが一人混じってたら、こんなお話になるのかも?←違うからね(爆)
「第四話:亡霊たち」は、なんだか急にタイトルが怖い(^^ゞ
ていうか、主人公は子供の時から大好きだったお祖父ちゃん越しにソレを感じるから、読者は怖さをそんなには感じないけれど。
主人公がバイトの面接で訪れた町で出会ったエピソードなんかは、それまでのエピソードとはちょっと色合いが違う感じで。
最後のおそらくは実際に戦争に行った人だからこそ持っているはずの感覚から出る言葉の「…!?」と合わせて、ちょっとドキッとさせられた。
「第五話:キャンプ」は、第四話のドキッと感をそのまま引きずったような、これまでと全然毛色の違うお話。
時代も場所の設定もよくわからない、たぶん架空の難民キャンプのお話なんだけど、主人公はマツモト夫人という日本語を解する人(日本人なのかもしれない)。
それこそ、日々のニュースでガザの避難民のキャンプでの非人道的な状況は目にするわけだけど、ここではそれに加え、キャンプ内の住民同士の力関係による理不尽さ、さらには難民の弱さにつけこむ卑劣な暴力も描かれている。
平和な国で安穏に暮らしている日本人向けのオブラートで包んだ避難民キャンプのニュースではなく、(フィクションとはいえ)実際に起きているのであろう実態が描かれているので、これまでのお話と違って重い気持ちにさせられる。
ていうか、台湾有事は今年、いや、今起こってもおかしくないわけで、そうなれば今のアメリカは「日本を守る」という大義の下、即座に日本を軍事的に占領するだろうし。
今の日本の政権も、間違いなくそれ(アメリカ軍による占領)を要請するだろう。
そうなった時、日本に住む我々の暮らしはどうなるのか?
タテマエはともかく、実質的には主権は我々日本人ではなく、アメリカ軍になるはずだ。
第五話じゃないけど、「保護」という名目でアメリが軍に収容所生活を強いられるかもしれないし。
第四話のように、戦争に強制的に行かされるだろう(アメリカ人の原則は「自分は自分で守る」だ)。
自分は基本的には日米安保を支持する派だけど、でも今のアメリカ、そして日本の政権を見る限り、台湾有事(台湾に限らず半島でも)が起きれば、間違いなく日本(人)はアメリカから中国との代理戦争を強制させられるはずだ。
国内では駐留軍兵士による犯罪も多々発生するだろうし。
その戦争が終わった後、はたしてアメリカはすんなり日本(人)に主権を返すのか?ということを踏まえても、今年からは我々日本人もそういったことをちゃんと考えておかないと本当にヤバイ。
「第六話:廃墟」はテイストが戻る。
香港のイベントで対談で招かれた日本人の作家(女性)が、九龍城跡地の公園で台湾の旅行作家(女性)と出会って。
その後、日本に来た台湾の旅行作家と、彼女の大叔父がかつて住んでいた学生寮の廃墟に行くというお話。
このお話も戦争がからんでいて(ていうか、全部からんでいるけどw)。
台湾の旅行作家の大叔父は大学生として東京で学んでいた時、学徒兵として強制的に志願させられ出兵。
台湾の旅行作家の女性は、戦地から生きて帰ることが出来なかった大叔父が東京で学生として暮らしていたその学生寮が取り壊される予定と知って、その前に見ようと思っていた。
ただ、香港で九龍城跡地の公園で主人公の日本人作家と知り合ったことで、再開ついでに一緒に行ってみようと誘う。
個人的には、九段下の千代田区役所の向かいにあった竹平寮を思い出した。
ただ、学生寮だっていうんだから違うんだろう。
というか、あの界隈はやっぱりなくなっちゃった九段下アパートをはじめ、古いビルが結構あったから。
それ以外のエリアも含めると、ちょっと前までならいろいろ残っていたんだろう。
ていうか、このお話の最後にあった“すっかり均された空き地(後略)”というところに、何だかミョーに寂寥感を感じてしまって(^^ゞ
思わず、「はぁ…」と溜め息を吐いてしまった。
「第七話:ゴーストライター」は、締めとなるお話。
主人公は神保町の本屋街近くにある、自叙伝の代筆を得意とする編集プロダクションに勤め始めた女性。
編集長によれば、矢川麗吉の『げこくじょう』の本当の著者であるコピーライターの水戸井重里も、山内朋恵の『朱い時』を書いた万座恵理子、松尾聖花の『桃色のタペストリー』を書いた神林真理子、その他提げ提松清もそこの編集プロダクションで育ったということなんだけど、それって、そんなバレバレに書いていいことなのか?(^^ゞ
ていうか、松田聖…、じゃなかった、松尾聖花が本を出してたなんて、全然知らなかったw
もっとも、主人公の教育係として最初につけられた先輩の多千花薫(ペンネーム)によれば、「全部ウソ」だとかで。
ということは、矢沢永…、じゃなかった、矢川麗吉の『げこくじょう』の本当の著者がコピーライターの水戸井重里等々もガセなのか!?w
ま、その辺はよくわからないのだけれどw、その辺りはこのお話にあまり関係ない(^^ゞ
よって、多千花薫は忙しいこともあり、主人公の教育係を編集長に押し付ける。
教育係が編集長に代わると、主人公の会社ライフは大きく変わる。
かくして、やっとストーリーが動き出す。
その日…、というよりその夜も、(書けなくて)パソコンの前で唸ってばかりの主人公。
編集長は打ち合わせで飲みに行き、多千花薫も終電に乗り遅れまいといなくなってしまったオフィス。
“今日は会社に泊まりかなあ”と主人公が溜息を吐いている午前2時20分、ドアが開いて「わ。どうした。まだいた。何してんの?」と編集長が現れるんだけど、読んでいる自分としては、そこで「ある、ある、ある、ある、ある、ある……」と大笑い。
「編集長は、どうして?」と言う主人公に、「携帯、忘れちゃってさ。まあ明日でもいいかなと思ったけど、近所で飲んでたから。あなた、どうしてここにいるの?」と驚いている編集長。そんな編集長に、主人公は(おそらくちょっと憮然としてw)「どうしてって、仕事してます」と答えるのも、「ある、ある、ある、ある、ある、ある……」(爆)
いやぁー、なんか懐かしーw
新人の頃って、ホントそんなだったよなぁーって。
若くて徹夜出来るから、新人の頃って、やるんだよね。それ。みんな(^^ゞ
でも、30を過ぎたくらいのある時、今まで通り徹夜仕事をした次の日、ダルいし眠いし、そもそも目を開けてられないことに気づいて、自分がもはや若くないことを悟る(+_+)
ま、今はどうだか知らないけどw
でも、同僚や上司、先輩、お客さんも大学時代の友だちも、みんな、それを言っていた。
さらに言えば、「20代の頃は徹夜で仕事やっつけたその日、会社終わった後、終電まで遊んでも全然平気だったんだけどなぁー」ともヽ(^o^)丿
いやー、いい時代だったなぁー(爆)
いや、いくら若い時だからって、そんなこと体にいいわけがない。
いいわけないし、そもそも徹夜を覚悟した時の絶望感ときたら……(^_^;)
にも関わらず、な〜んか笑っちゃうのは、やっぱり一つの仕事を終わらせたからこその達成感なんだろうし。
もう一つ言えば、自分を含めて大概の人は主人公の立場と編集長の立場、どちらも経験しているからだろう。
というわけで、つまり、主人公はまだ若い。
よって、主人公は編集長から「だいじょうぶ。それは、もう、それでいい。書けてる。それより、あなた、明日は何か用事があるの?」ということで編集長と飲みに行くことになる。
といっても、“まもなく午前3時になるであろう時間”w
でも、それも「ある、ある、ある、ある、ある、ある……」┐(´д`)┌
タクシーで降りたのは、主人公がまったく知らない場所。
編集長の後をついていく主人公が入ったのは、アーケードの奥の小料理屋風の店。
中は狭いカウンター席のみで、物静かな中年女性が切り盛りしている。
そんな店で編集長は主人公にゴースト(ライター)という「おしごと」について、その「コツ」について語りだすんだけど、その内容が「わかる、わかる、わかる、わかる、わかる、わかる……」で。
なんか、笑っちゃうのだ(^^ゞ
でも、時間は、あと小一時間もすれば始発が動き出すという真夜中。
気づけば、編集長は主人公の横で眠っていて。
主人公が女将に焼きうどんを作ってもらうよう頼んでいると、いつの間にか、先客の2人の内の男の方がすぐ横にいて。
「違うね」、「ゴーストの仕事というのは、そんな甘っちょろいものではないんだ」と言う。
そんな男に、主人公が「もしかして、ゴースト、やってらっしゃるんですか?」と言うと(爆)
実際にゴーストをやってらっしゃる男wは、主人公に「人は誰しも心に闇を抱えている」、「そこには、ゴーストがつけ入る隙があるんだ」等々、実際のゴーストの「おしごと」を語る。
そんな男(?)が女将が呼んだタクシーで帰ってしまうと、今度は先客の女が語りだす。
「あの男の言うことは全部間違っている。わかっていないのは、あいつのほうよ」とw
時間は、“少しずつ、戸外が白み始める時刻”。
そんな時刻にゴーストがいていいんだろうか?と心配してしまうのだけれど、そこは主人公もゴースト(ライター)の修行中の身。
「あの男だよ。さっきの着物の男はほんものの幽霊の話をしてたんだよ」
「ほんものの幽霊?」
「ごめんなさい。ほんものの幽霊って?」
「死んでんのよ、わたしたち」
…と、話が弾む(?)わけだけど、ここも「徹夜あるある」なんだよね。
徹夜仕事してると、ある一定の時刻をすぎると体が省エネモードになるのか、視野がビミョーに狭くなってくる。
一方で、テンションが変に高くなっていて、気分転換のコンビニの買い物で駆け出しちゃったり。
この時の主人公のように徹夜仕事のまま飲みに行ったら、隣に座っていたゴーストが話しかけてきても、全然気づかずにおしゃべりしてそうな感じは確かにある。
そんな女(?)に、女将は「もうねえ、よしなさいよ。若い人からかうの」と言うのだが、外から動物がゴミ箱を倒す音が聞こえたことで、様子を見に行ってしまう。
店の中で続く、ゴースト(ライター)修行中の主人公と女(?)による、ゴーストについての噛み合わないおしゃべり。
結局、女(?)も女将に「おあいそして」と言って店を出ていってしまうのだけれど、そのちょっと前に主人公とこんな会話を交わす。
「覚えていてくれたらうれしいな。思い出してくれたらさ。
あんたがこの先どこかで、誰にも知られずに死んだ女がいたことに気づいたら、
ああ、あいつかって、あいつのことかって、思い出してよ。
そういう女と、この店で飲んだなって。
そんで、ほかにもいっぱい、なんにも話さず死んでしまって、
誰にも思い出されない人がいっぱいいるって、覚えてて」
「思い出したら、なにかした方がいいんですかね? お線香上げるとか、
なにか、こういう人がいましたよって人に知らせるとか(後略)」
「うーんと、そうだな。それは、あんたが考えてよ」
女(?)がふわふわ…、じゃなくって、ふらふらと出ていったあとw、女将はカウンターを片付けながら、呟くように言う。
「悼む、みたいなことかしらね」と。
いっやー、これは上手い!
もう絶品(^^)/
ていうか、ゴーストたちとの会話を「悼む、みたいなことかしらね」という女将の言葉で締めるのは、この著者ならではなんだろうなーって。
すっごく、気持ちのいいしんみり感。 -
Posted by ブクログ
僕は、先の併合植民地化と大震災での虐殺とそれに続く大戦で、その国の人々に大変な災いをもたらしたことを非常に恥じていて、大きな借りを負っていると思って生きてるけど、そのもっと前の出征とその時の振舞いの話しを小説とはいえ改めて読み、さらにもう一つ大きな借りを負ってしまったと感じた
まずは借りを少しずつでも返すことから始めなければいけない
小説はとても悲しかった
上に書いたことを感じたながらよんだからだと思うし、たまたまこの前に読んだ不屈の人とひと続きになってると感じたからというのもありそう
この作家の小説の終わらせ方はいつもとても好きで、でも今回はなぞかけも含めて理解が追いつかなかったと思う