池内紀のレビュー一覧
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20世紀プラハの作家フランツ・カフカ(1883-1924)の短篇集、マックス・ブロート版からの翻訳。
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不可解な物語の意味を読み解こうとして後に残ったのは、意味というものの無意味さの感覚だった。則ち、自分たちの日常が普段依拠しているところの意味なるものが、実はたいした内容物ではなくて、無意味と同じくらい空っぽなものでしかないのではないか、という感覚。意味というのは、無数にある無意味の諸ヴァリエーション(それは言語とその規則の順列組合せだろう)のなかの偶然のひとつ、それ自体のうちには何ら特権的な根拠をもたない偶然のひとつ、でしかないという感覚。意味と無意味の区別自体が無意味なものとなってしまうような、たださまざまな雑多だけがあるというような感覚。
解釈というものが作品の諸要素ならびにそれらの諸関係を世界の既知の諸要素ならびにそれらの諸関係に投影することだとすると、解釈だけでは作品は作品以前に予め与えられている世界の従属物であるということになってしまう。しかし、作品は世界に新たな要素とその関係を付け加えることができるかもしれない、あるいはそうした新たな投影を読み手のなかに芽生えさせることができるかもしれない。作品を読むという行為は、単なる静的な解釈である以前に、ただ言葉の機械的な運用だけに頼っていては沈黙するしかないような、新たな方向に分け入っていくところの体験ではないか。
カフカ作品の意味のわからなさは、日常的な意味以前の、そもそも以前以後というように位相化することができないところの、ある先験的な僕らの前提条件の形式とその規則を、語るのではなく、示そうとしているようにも思われてくる(「橋」「父の気がかり」など)。
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「あやつは、はたして、死ぬことができるのだろうか? 死ぬものはみな、生きているあいだに目的をもち、だからこそあくせくして、いのちをすりへらす。オドラデクはそうではない。いつの日か私の孫子の代に、糸くずをひきずりながら階段をころげたりしているのではなかろうか? 誰の害になるわけでもなさそうだが、しかし、自分が死んだあともあいつが生きていると思うと、胸をしめつけられるここちがする」(p105「父の気がかり」)。
カフカはこの作品において死後に残される自分の作品をオドラデクに重ねている、という解釈があると知り、なるほどと思った。カフカは自らの死が近づいたとき友人の作家マックス・ブロートに草稿を含めた一切の作品を焼却するように依頼したが、ブロートがその遺言に従わなかった。そのおかげで世界はカフカの作品を知ることになる。カフカは友人が自分の遺言どおりにはしないことを予め知っていたのではないか、とボルヘスは書いているという。これも、なるほどと思わせる。
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「掟の門」「流刑地にて」「父の気がかり」「雑種」「橋」「夜に」「町の紋章」が特によかった。
なお、田中純『建築のエロティシズム』によると、カフカは1911年にプラハで開かれた建築家アドルフ・ロースの講演「装飾と犯罪」を聴いており、1914年に書かれた「流刑地にて」にはロースの講演の影響が読み取れるという。 -
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ネットでHeveneseのラストトークを見ていて、本書に言及があったので購入。令和の語源である万葉集をほとんど知らなかったので、とても興味深く読んだ。8人の著者の、改元をきっかけに書かれた万葉集に関するエッセイ集。
鈴木大拙は「日本人の霊性」の中で万葉集を「稚拙」だとか「幼稚だ」とか、あまり良い評価をしていなかった。しかしながら本書から万葉集の他の歌集との違いがわかり、納得した。
曰く、万葉集には中近東的な雰囲気がある、とか、万葉集は文字ではなく大和言葉の響きを口にうたうための歌集である、とかなどと言うように書かれていた。また万葉集には代作という表現があるとの事。これについては日本人が原作を尊重しつつも模倣する、現代のコミケの同人誌の根底にあるものの起源のように感じた。模倣は多文化では真似や盗作だが、万葉の代作からくる日本の「なぞらえる」とか「あやかる」文化は、まねる、まなぶ、につながるのではないかと思った。
星四つ。 -
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今日6月3日はカフカの命日ですね。
カフカ寓話集の題名に成っていますが、他に短編集の題名の作品が有るのであえてこの題名にされたとの事でした。
小品を中心に30話収録されています。
カフカは妹さんの下宿に転がり込んで創作に明け暮れたそうですが、書いては捨てるの繰り返しで、しっかり物の妹さんがカフカの捨てたものを拾っては隠し持っていたそうです。そのお陰で後世の我々がカフカの作品に浸れるからありがたい事ですね。
この本にカフカの絵が紹介されています。カフカは友人にも自分の作品を焼却するように依頼したそうですが、しっかり物の友人にも感謝ですね。
カフカの作品が後世の作家さんにもかなりの影響を与えた事を知るよしも無く世を去ったことは残念ですが、カフカの作品に目を通す機会になれば幸いです。 -
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18歳の時に上京し、大学を卒業した後、東京に本社を持つ会社に就職をした。サラリーマン時代は、25年以上が東京勤務、大学時代の4年間を加えると、何やかやで30年間、自分の活動の中心地は東京ということになる(東京に「居住」したのは、大学時代の4年間だけだけれども)。
私の妻はタイ人だ。タイ勤務時代に結婚し、10年近く前に私の東京転勤と同時に一緒に日本にやってきた。初めての日本であり、東京にも行きたいところが多くあり、外国人が観光するような場所に、一通り、一緒に行った。妻の親せき・友人が日本に遊びに来る時にも、東京案内を多くした。また、2-3年前から私自身が東京中心部を散歩するようになった。毎日ではないが、都心の勤務先への行き帰りに、都内の色々な駅から、駅いくつか分、1回あたり数kmを散歩することが、習慣と言うか趣味と言うか、そんなことになっている。
観光案内にせよ、散歩にせよ、ほとんどが山手線の内側+東側(東側は銀座・日本橋界隈から浅草あたり)だ。であるが、これが意外と広い。山手線は円周が縦長になっている。縦、すなわち南北で一番長そうに見える、大塚駅から大崎駅まで歩くと、距離は14kmで、3時間かかる。東西はどうかと言えば、新宿駅から浅草寺まで歩くと、距離は10kmで、2時間以上かかる。妻や妻の知人との東京観光、あるいは、私自身の東京散歩で、かなりの場所に行ったつもりなのであるが、これだけ(意外と)広く、また、東京は見どころの多い場所なので、まだまだ歩いてみたい場所は沢山ある。
本書は、筆者の池内紀の東京散歩記とでも言うべきもの。「中央公論」に2年間に渡り連絡されていたものに、「東京人」に書いた2編を加えたものである。筆者の自宅からの日帰りの散歩であるが、これは立派な旅行記であると思う。ここに取り上げられている多くの場所は行ったことはあるが、筆者が書いているような歴史的な背景などについては知らないことばかりであった。歴史を知らなければ散歩が面白くない、というわけではないが、こういう、いわゆる「蘊蓄」を知っていると、散歩も別の楽しさがあるようだ。 -
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しっかりとした辞典を選ぶとしたら、「幻獣辞典」(ボルヘス)が河出文庫で出ている。原典に挑むとすれば、「東方見聞録」「山海経」などが手に入りやすい。この薄い文庫本は、それらに向かうための先導役としては打ってつけかもしれない。
黄金の国チパングを広めたマルコ・ポーロは、「私はホントに見たんだ」と主張して、ホラ吹きの異名を取った。しかし、今になってみると「樽のような蛇がのし歩いた」「スマトラに棲む一角獣」「犬の顔を持った人間」の正体は、その描写が詳細なだけに容易に推察がつく、ということを実はこの本で初めて知った(答え合わせは本書の一章目を見て)。
※コレ、ゼッタイクイズ番組のネタになる。
大航海時代が終わって、架空の生き物が「博物誌」から消えるのは18世紀後半らしい。反対に言えば、それまでには、立派な学者が大真面目に架空の生物を論じていたということだ。
日本の日光東照宮には霊獣が、種類にして150余、総数約800体、一つの建物を埋め尽くすように刻まれているという。そうか、そういう処だったんだ!突然行きたくなった。鳳凰、龍、麒麟の他に龍馬、猩猩(しょうじょう)、獏、やがて鳴蛇(めいだ)、蜃、息とかかなりマイナーな幻獣のオンパレードである。
それらの主な原典は「山海経」。もとは中国古代の地理書ではあるが、やがて百科全書になったという。紀元前3世紀の戦国時代に成立、その後何度も手を加えられた。小野不由美「十二国記シリーズ」のもとになっているのは御承知通り。
だから、学者が語らなくなっても語り手はなくならない。幻獣の話は古代の専売特許ではない。現代こそ、うごのたけのこ、の如くウヨウヨと蔓延っている。池内紀さんはロボットもその一つだという。
人間はなぜ幻獣を産み出すのだろうか?
明確な答えの出ない、この問いを、池内紀さんは絶えず発している。
私は、さまざまな答えを用意しながら
イメージを宇宙にまで広げている。 -
購入済み
世間との隔絶
ロビンソンクルーソーにしても、巣穴にしても、断食芸人にしても、世間との隔絶から自己の内面を追求せざるを得ない筆者の苦悩が表れてきているように思った。自分を理解してくれる人に囲まれているなら、これらの作品は生まれるはずがない。
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学生時代ならともかく、社会人となり、結婚して子供でも出来ると、ひとり旅をする機会は、かなり限られる。もちろん出張も、同行者がいなければひとり旅であり、それなりに楽しいのであるが、あらかじめ殆どの予定が決まっていて、ひとり旅の自由気ままさがない。そういうまれな機会なので、家庭を持ってからの、ひとり旅は、よく覚えている。
結婚して子供が出来てからの最初のひとり旅は北海道だった。北海道に出張があり、おそらく札幌で金曜日に仕事から開放されることになり、かつ、夏休みをとってもおかしくない時期だったので、翌週1週間を北海道ひとり旅に使ったはずだ。妻は何故か寛容でまったく文句も言わずにOKと言ってくれた。当時、仕事がとても忙しく、ストレスを溜めていたのを知っていたのだろう。鉄道好きだったので、かなり長時間、鉄道に乗った。釧路周りで知床、そこから旭川。今でもあるのか知らないが、当時は、旭川から稚内、稚内から旭川までの夜行列車があり、旭川から稚内の行き帰りにそれを利用した。稚内から利尻島に渡り、稚内に戻ってから夕陽を見て、市内に戻って銭湯に入ってから夜行で旭川に向かったことをよく覚えている。他人に話しても自分が旅行期間中、どのように感じていたのかを分かってもらうことは出来ないだろうが、まさに、「ひとり旅は楽し」という旅行だった。
筆者の、個人的に楽しい旅行経験が書かれている本。面白い文章もあったので、記録しておきたい。
【引用】
■何を考えているわけではないが、何かしら思いがある。かといってそれが何なのか、当人にもわからない。遠い昔の記憶のようでもあれば、はるかな未来の呼び声のようでもある。母親の胎内にいるとき、胎児もまた、こんなこころもちでいるのではあるまいか。
■過去にこだわらない。それはもう過ぎてしまっているのだから。未来にもこだわらない。それはまだ来ていないのだから。 -
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人生の孤独
筆者の話には、他者の自分に対する無理解が、現れているように思う。それは不平ではなく、あきらめでもない。それを知った上で、あがく人々への応援ともとれる。
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誰も知っている観光地というわけではない、大都市から便利な立地なわけでもない、むしろなんでこんな町へ?というようなところに出かけていき、地元の人との会話や土着の神社などを巡ったり、小説に出てくる場面を追体験したり、出身者の幼少時代に想いを馳せたりする。お金がかかるわけでもないし、実にゆっくりとした時間を楽しんでいる。個人的にはかなり出張が多い方だが、それでも本書に登場する地域にはほとんどいったことがない(斜里、上川、岩内、金山、登米、三春、大多喜、渥美、朝日、木之本、岩美、上関、津和野、佐川、星野、湯前)。こんな楽しみ方もあるのかと眼から鱗な内容で、是非真似して楽しむ大人になりたい。
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文学や編集に携わる8名の手による万葉集エッセイ集、といえばよいか。
出だしから中西進氏による『旧約聖書』と『万葉集』のリンクが展開され、度肝を抜かれる。良き文学とはほかの文学と共鳴するものとはいうが、まさかそんなところと響き合うとは。しかも万葉集の第一人者の一人中西進氏からそんな。おみそれしました。
川合康三氏の「山上憶良と中国の詩」、高橋睦郎氏の「いや重く謎」あたりは若干硬めの印象を受けるかもしれないが、基本的には一流の文化人たちによる平易な万葉集エッセイである。いや平易と言ったが完全に万葉集知りませーん何書いてあるんですかーな人には向かないかもしれない。ちょっとは齧った人向け。だが、ちょっと齧って関心がある人には気軽な万葉集読み物として勧められると思う。個人的にはこの本で松岡正剛氏を少し見直した(?)。
難点があるとすれば取り扱われる歌に多少の偏りが見られる気がすること。ただ明らかなほどではなく、寧ろ私の気のせいかもしれない。総合的にはバランスの取れたよい本です。