池内紀のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
1940年生まれ、独文学者、エッセイスト。タイトルが少しダサいですが、池内さんが、70歳の時、「こういうことはこれまでなかった」「これぞ年寄りの特徴」とか、日々、気がついたことを記録するための、「自分の観察手帳」をつくりそのタイトルがこれだっんだそうです。何歳まで生きるか想定しにくいので、とりあえず77歳として予定をたてる。ただし「満期が来たら3年単位で延長する」としたそうです。
元気、よみがえり、再生なんて言葉に騙されずに、老化を認める。群れずに自立する。
オシャレをする、健康診断は受けない(どこか病気はあるもので、病気、病院に追われる人生になってしまう)、新しいことを始める など彼ならではのスタイルを紹介している。こうしたことは個人個人にあって、参考になったり、ならなかったりだが、参考にならなくてもいろんな生き方をしてるんだと面白く読める。年とることは個人個人違うので、個人個人が異なるスペシャリストである。スペシャリストならではのウンチクが楽しい。
『「心は老けても心は老けていない」といのうは、錯覚で、「心は老けてない」と思うこと自体が、まさしく老化のしるしといえます。心という見えないものを当てにしてるだけ。鏡に映るシワだらけの自分の顔が本当の年齢で、心も当然、シワだらけです。』心も老けるからこそ、これまでと違う人生の局面が見えてきます。「病気にならないと健康がわからない」「飛び上がらないと引力がわからない」と同じで、反語的だけれど、「老いて初めて若さがわかる」ということになります。』
『老いに「抗う」のではなく、老いに対して誠実に付き合うこと。老いの中で起こる面白くないことも、目をそむけたり、すり替えたりしない。個人個人がスペシャリストで、個人個人が自分特有のやり方、方法を持つことになる。その時に初めて楽しみが出てくる。』
『見慣れた自分が、知らない人間になっていく。知らない人間の出現にタジタジとなって、そんな自分と隔たりが出てくる。老いると自分が自分と疎遠になっていく。そういう見知らぬ他人に近くなった自分と、いかに折り合いを付けていくかというのが、老いていく日々の特徴です。』
『「老いとは寄り添え」「病とは連れ添え」「医者は限定利用』 -
購入済み
東京の旅行紀
東京以外の著者の旅行エッセイも読んでいるが、この作品は東京の居住者が一泊して東京を散策するというユニークなもので興味深く読了した。著者は東京大学のドイツ文学の教授という経歴のためか、文章が論理的であり、しかも簡潔な文体で、私自身、氏の文章を参考にさせて頂いている。近年はこれらの新作が発表されておらず、新たな発刊を期待したい。
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Posted by ブクログ
映画「永遠のジャンゴ」を
観てきたばかりです
ジプシージャズの神様とも言われた
ジャンゴ・ラインハルトの
ナチスからの受難の時代を
ジャンゴはギターという武器を携えて
乗り越えた
その足跡を描いた映画です
そして、
この一冊
トーマス・マンさんが
亡命させられた文学者の立場から
ペンという武器を携えて
ナチスの時代を生き抜いた
その苦難の足跡を
膨大な量の日記を読み通す中で
わかりやすく
興味深く
その時代の考証も交えて
博覧強記の文学者
池内紀さんが
トーマス・マンさんが
書き続け
生き抜いてこられた
その足跡を
「日記」から
ひも解いてこられた
その時の
トーマス・マンさんの憤りと苦悩の
息遣いまで
伝わってくるような
一冊です。 -
Posted by ブクログ
「全体主義」への関心から、読んでみる。(最近、アーレントを読んでいるのは、もともと「全体主義」への関心が根っこにあったからで、逆ではなかった。今は、逆転しているかもしれないが。。。)
全10巻あるトーマス・マンの日記(約20年分)が、30年かけて翻訳されるのにあわせて、出版元の季刊誌に書かれたエッセイを集めたもの。(マンの日記が翻訳されているのはなんとなく知っていたけど、30年もコツコツと翻訳し、出版するという努力がなされていたことに驚く)
タイトルで言われるほど、「マン対ナチス」という本ではない。マンの日記を大まかな年代に分けつつも、時系列に沿って記述するのではなく、そこから浮かび上がるテーマをひろって書かれたエッセイからなる。
とはいって、マンの日記のスタートは、1933年ナチスが政権を取ってからなので、サブタイトルにあるように政治的な要素を含む「亡命日記」という感じ。
ナチスや世界の戦争の中でのマンの言動とその背景が伝わってくると同時に、亡命者として、他の亡命者やナチ側について知識人への批判などが、面白いかな?(いろいろあるけど、やっぱり本業は小説家ということか)
アーレントとの関係では、アーレントも1933年に亡命して、アメリカにたどり着き、同じ時代に同じ国にいるわけだが、一方は世界的な大文豪、一方は無名のユダヤ人。
戦後、マッカーシズムが吹き荒れるアメリカにおいて「反共」という名の下に、ナチズムと同じような状況が生じるなかで、マンは再び亡命して、スイスに移住するのに対して、アーレントはアメリカの可能性を信じて、アメリカに踏みとどまり、市民権をえる。1951年、「全体主義の起源」を発表することを通じて、プチ有名人となる。収容所の経験もある亡命ユダヤ人で、反ナチズム、反共産主義の騎手みたいな受けとめだったのかな?
あらためて考えると、「全体主義の起源」って、マッカーシズムの最中に出版されていたんだね。スターリンとヒトラーを合わせて「全体主義」として批判したので、当時の風潮からヒットしたということか?内容的には、相当に難解なので、ちゃんと読んだ人がいるとは思えない。マルクスや共産主義への強い批判はあるものの、歴史認識としては、マルクスに影響されているところも大きい。単純に反マルクスではない感じがする。この辺の微妙な影響関係が難解で当時は誰もわからなかったので、アーレントって、有名になれたんだと思う。
というわけで、この2人の世界は重なりそうで、重ならない。
大戦中のアメリカの亡命者社会みたいなものも面白いテーマかもしれない。
個人的にちょっと切実感を持ったのは、マンが亡命に追い込まれるのは、1933年で、58歳のとき。すでに有名作家とはいえ、そこから、さらに「ヨセフとその兄弟たち」「ファウストゥス博士」など大作を書き上げていく。そのかたわら、膨大な時事的な評論や反ナチの活動、そして講演活動、社交活動をやって、さらに全10巻の本になる日記を書いている。
私もそんな年齢で、このエネルギーにちょっと圧倒される。 -
Posted by ブクログ
『蜘蛛の巣』
1923年に書かれた本作は、既にナチの脅威を的確に予知しています。ロートは予言者であり、シャーマン。アル中ゆえでしょうか。もしくは時代を感じとる神経過敏さがアル中へと繋がったのでしょうか。またこれがウィーンで新聞連載だったというのが凄い。
ヨーゼフ・ロートの何が凄いかまとめると、
・10年後のヒトラー台頭の予言と、ナチというものの原理を的確に描写
・「ユダヤ人に向けられた憎しみの心性」をユダヤ人が的確に描写
・当時の陰惨な世界を渇いた目で描写。ワイマール後は想像以上に地獄だったようで。簡潔な文体で、今でもありありとよみがえらせるところ
・亡命してアル中で死ぬ点
ここには、貧困と格差による鬱屈した人々の感情が、はけ口を求めて秩序の崩壊と胡散臭い扇動家へのコミット。民主主義の危険性。煽動の中心には、政治思想が無く権力欲のみ。それこそが「ヨーロッパの申し子」である。
民主主義というものが永遠に内包しつづける問題が考えられて、現在の見方が少し変わる。戦後の民主主義という虚像への希求がなんともまあ、切実なものとわかる。
「聖なる酔っぱらいの伝説」はそれら全部を踏まえて読むと泣けてしまいそうです。