池内紀のレビュー一覧
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ナチス政権台頭時、動乱の世界情勢に著名人が新たな権力に迎合する。音楽や作家への痛烈な批判。
凡ゆる事物への観察眼はジャーナリストよりも正確無比。
終戦後、晩年の限界を感じた哀切ある感情が印象的だった。
「私のいる所にこそドイツ文化がある」
マン自身の言葉である。
WWⅡ開戦後に国籍の剥奪、大学名誉職も除籍される。心中穏やかではなかった...
新聞の情報を信頼しない。思惑を込めた政府筋から流された報告、ガセネタ、記者の思い込みを避けるためだと云う。作家としてのポリシーが垣間見れる。
彼は終戦後、帰国先を祖国ドイツではなく、スイスを選んだ。愛国者というより、平和主義者ではなかったか。 -
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独文学者でエッセイストの情緒豊かな紀行。
西欧文化に精通したからこそ。
日本古来の風景の魅力を伝える良作。
筆者の紀行文は川本三郎と並んで好きである。小難しい小説などを読む合間、方の力を抜いてのんびり楽しめる。本当はお二方なように旅行に行ければリフレッシュできるのだが、時間も金銭もそんな余裕を与えてはくれない。
本書には16の街が登場する。津和野の他は極めてマイナーな街の感。北から順に、斜里、上川、岩内、金山、登米、三春、大多喜、渥美、朝日、木之本、岩美、上関、佐川、星野、湯前。
筆者の作品は紀行に良くある嫌みがない。豪勢な料理も豪華な宿も登場しない。本数の少ないローカル線か路線バスでふらっと街を訪ねるような、ふんわりとした紀行である。
「ちょっと不便で、現代から少しズレた小さな町は、わずかに残された避難所だ。毎日の暮らしのなかで、つい忘れがちな何かを思い出させてくれる。きまってそんな町には、一徹者がやっている古風な喫茶店があって、のどにしみとおるような珈琲にありつける。」
筆者ののんびり感が読み手にも伝わって穏やかな気持ちになれる素敵な作品です。 -
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散歩とか、町歩きの本は多い。「散歩」とは名付けていなくても、読んで、歩きたくなるエッセイや小説も多い。
著者は、数ある散歩本をお供に、各一箇所ずつ歩いている。基本ひとりで歩いているのだが、(今回は)「散歩本」というお供が、きちんとお相手していてとても楽しい。私自身、手にするのは「散歩本」が多い。というか、最近は「散歩本」ばかり読んでいる。そうした散歩本をこの本のように分類してみるのはいいなと思った。
この本では、「水の都」「江戸の面影」「明治・大正・昭和をたどる」「東京生まれの東京育ち」「味の散歩」などに分けられている。私としては、もう少し細かく「城を見に行く」「銅像を見に行く」「落語を歩く」「暗渠を歩く」「みどり散策」「花を愛でる」「文学散歩」などとテーマ別に本を分類し(読み返しであっても)読んで、この本を真似て、書かれているどこか一箇所は、本を持って歩いてみようと考えている。 -
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ネタバレカフカなどの翻訳で知られるドイツ文学者の池内紀さんが、70歳に書き始めた「すごいトシヨリBOOK」。序文で「77にはこの世にいない」と書いている。今年の8月に78歳で亡くなられた。▼「老い」を笑って私たちに見せてくれる。老いが自然に受け入れられる。▼堀口大学の詩の紹介:〈深海魚光に遠く住むものはつひにまなこも失ふとあり〉▼『尊厳死協会会員』になって延命治療を拒否する意思を明示する。▼「あの映画を見に行こう」と思っていても、億劫になって結局見に行かなかったりするものです。ただ億劫がって出歩かなくなると急速に老いてしまいますから、スケジュールを作るというのは、常に自分を移動させる方法、自立の一つの方法だと僕は考えます。▼「老いとは寄り添え」「病とは連れ添え」「医者は限定利用」▼僕、健康診断を全然受けていなくて、あれは非常に不合理です。健康な若者の基準値を基にしているわけですから、「異常」ということになってしまう。20歳の人が検査しても、80歳が検査しても、同じ数値で判断する。おかしいですよね。・・終末の医療を考えてくれる町医者で十分です。▼考えようによっては孤独死って幸せなんじゃないか。窪田空穂は90歳の死の床で〈まつはただ意志あるのみの今日なれど眼つぶればまぶたの重し〉と詠んだ。詠嘆もせず、哀惜の情も述べず、ただまぶたの重さだけを詠んで・・・。
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ネタバレ歴史の洗礼を受けた場所は、不思議なオーラがあるという。
歴史散歩の仕方にはどうも2種類あるようだ。
著者は事前の下調べもなく、フラッと行くタイプで、変な先入観を持たない方が新しい発見があって面白いという。
この真逆が司馬遼太郎のようだ。司馬は事前に徹底的に調べ上げて、現地ではそこの空気を感じるのみ。
どちらが良いのかは各個人の好み次第であるので、何とも言えないが、私を含めて普通の人は池内流が多いのではないだろうか。
とは、言いながら私は大の司馬ファンで「街道をゆく」は愛読書である。
やはり、読むのと実際に行動するのでは、大きな違いが出るようだ。
本書では歴史の裏側の隠れた面も随所で紹介されてゆく。そこにちょっぴりスパイスが効いているのが魅力でもある。
素人の行商人が日本の旧石器時代の歴史を変えた話や、日本初の高層建築である霞が関ビルの誕生の裏には、「郭茂林」という台湾人なしには語れない等。
本書の中では『大東京の相貌を一変した超高層の幕開けは、「世界のタンゲ」としてひろく知られていた丹下健三でもその弟子筋の磯崎新や黒川紀章や槙文彦でもなかった。初期の超高層ビルを軒並み手がけたのは、東大助手という雑用係を15年務めたのちに、ひっそりと独立した無名の台湾人建築家である』とある。
また「永仁の壺事件」では、日本の骨董品の世界のいかがわしさを痛烈に批判している。
このように歴史の裏側で忘れられた人に温かい視線を送り、逆にいかがわしい権威に一太刀浴びせる池内流が冴えわたる。
著者の「東京ひとり散歩」以来、小気味よい作品にヒットしていなかったが、この本でまた再会を果たした。 -
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ネタバレ凄く面白かった! 老いるということ、自分がその立場にならないとわからないことが読める。また、理解し難かった年寄りの行動あるある、こういうことなのねーとちょっとわかった。
カラダは老けても心は老けてない、というのは錯覚で、心は老けてないと思うこと自体がまさしく老化のしるし。心も老けるからこそこれまでと違う人生の局面が見えてくる、老いて初めて若さがわかるということ。
老いの進行、老人は過去をねつ造する。年配者同士が昔の自分について話していることはかなりフィクション。そうであってほしかった願望をいつの間にか自分で現実とすりかえる。
老いの初期では、失名症や人の話を急に横から取って自分の話に持っていく横取り症、自分が決めたものが決めた場所にないと承知できない同一志向症、せかせか症、過去すり替え症、整理整頓症など。
老いが進むと失語症、べらべら症、年齢執着症、指図分裂症。そしてさらに進むと忘却忘却症 だそう。
眠りは短い死、死は長い眠り。。。この著者の語彙力 おもしろい。 -
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2009年4月1日~2日。
これだよこれ! と思わず大声で叫びたくなるのは、数日前に読んだ「カフカ寓話集」の面白味の無さに呼応してのこと。
この「カフカ短篇集」を読むと「カフカ寓話集」は残りものを集めたんじゃないの? って疑問すら湧いてくる(強ち外れているとも思えないが)。
各作品の面白さから解説に対する力の入れ方まで、なにから何までが雲泥の差としか思えないのだ。
「カフカ寓話集」の冒頭に収録されていた「皇帝の使者」にしても、こうして「カフカ短篇集」の最後を飾る「万里の長城」に収まったこそ、その意図が明確になるのでは、と思ってしまう。
やはりカフカは面白い。