池内紀のレビュー一覧
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読書の楽しみは
居ながらにして 異なる国へ
居ながらにして 異なる時代へ
居ながらにして 異なる思考へ
連れて行ってもらえることです
ドイツ文芸はむろんのこと
この世の出来事に博覧強記の
池内紀さん
その池内さんの「ドイツ紀行」
その風景はむろんのこと
建物、川、町、路地
そこにまつわる
歴史、文芸のあれやこれや
が心地よく語られていく
それぞれの章は「町」の名がつけられている
その「町」で出遭う
その町で暮らしておられる
なんでもない庶民の方とのふれあい
がたまらなく魅力的である
あったこともないのに
その人にあったような気にさせられる
行ったこともない町であるのに
行ったことのあるような気持ちになってしまう
旅は出逢いなのだ! -
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ネタバレ【目次】
Ⅰ 水の都 東京
幸田 文『ふるさと隅田川』
鈴木理生『江戸の橋』
竹内正浩『カラー版 地図と愉しむ東京歴史散歩』
村松 昭『多摩川散策絵図』
陣内秀信+法政大学陣内研究室『水の都市 江戸・東京』
幸田露伴「水の東京」『一国の首都』
Ⅱ 江戸の面影
江戸いろは会『「江戸」を歩く』
池波正太郎『江戸切絵図散歩』
三遊亭圓生『江戸散歩 上・下』➖向島
江國 滋『絵本・落語風土記』
今井金吾『新装版 今昔中山道独案内』
長谷川渓石 画/進士慶幹・花咲一男 注解『江戸東京実見画録』➖一石橋
安藤鶴夫『わが落語鑑賞』➖三光新道
芳賀ひらく『デジタル鳥瞰 江戸の崖 東京の崖』➖愛宕山
岩本素白『東海道品川宿―岩本素白随筆集』
横関英一『江戸の坂 東京の坂(全)』➖麻布
Ⅲ 明治、大正、昭和をたどる
永井荷風『日和下駄 一名 東京散策記』➖神楽坂ほか
井伏鱒二『荻窪風土記』➖善福寺池ほか
内田百閒「東京日記」➖暗闇坂
新井 巌『番町麴町「幻の文人町」を歩く』➖平河町〜本郷
新潮社 編/東京国立博物館 監修『こんなに面白い東京国立博物館』
穂積和夫『絵で見る 明治の東京』
今 和次郎『考現学入門』➖井の頭公園
赤岩州五/原田 弘・井口悦男 監修『銀座 歴史散歩地図 ―明治・大正・昭和』
Ⅳ 東京生まれの東京育ち
木村荘八『新編 東京繁昌記』➖佃島
26-荒俣 宏『大都会隠居術』➖雷門通り
滝田ゆう『下駄の向くまま 新東京百景』
小沢信男『東京の人に送る恋文』
小沢昭一『ぼくの浅草案内』➖千束〜三ノ輪
種村季弘『江戸東京《奇想》徘徊記』➖大塚
秋本 治『両さんと歩く下町』➖亀有
川本三郎『ちょっとそこまで』
Ⅴ 小さな旅
つげ義春『新版 貧困旅行記』➖檜原村、御岳山
若菜晃子『徒歩旅行』➖秩父
財団法人日本ナショナルトラスト 監修『日本近代化遺産を歩く』
今尾恵介『鉄道唱歌と地図でたどる あの駅この街』
ニコラ・ブーヴィエ『ブーヴィエの世界』
長谷川 裕・村上 健『怪しい駅 懐かしい駅 東京近郊駅前旅行』
安西水丸『ちいさな城下町』
Ⅵ 味な散歩
菊地武顕『あのメニューが生まれた店』
太田和彦『銀座の酒場を歩く』
坂崎重盛『東京煮込み横丁評判記』
『東京渋カフェ地図』
辻 征夫「池袋 土曜の午後」
平松洋子『焼き餃子と名画座 わたしの東京 味歩き』 -
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カミュに言わせれば、カフカの作品は極めてファンタジーであると言うが、決して単なるお伽噺に過ぎないというそういう侮蔑ではないと思う。カフカの想像は、人間の想像の限界を超えられないというところで超えてしまっている。
決して近未来や未知のテクノロジーだったりそういう類の想像ではない。いつも等身大の生活の中でふっと生じるものがカフカの想像である。彼の与える空間はいつだって閉塞的で、圧迫されているかのように感じられる。読んでいてとても息苦しい。離れられない、逃れられない、そういうしめつけがどこかまとぁりついてくる。彼が用いるのは「喩え」おそらく閉塞的な機構(システム)というのは喩えだったのだろう。万里の長城を読んでいて、この閉塞感というものは、カフカが求め、そして辿りつけなかった彼岸のことだったのではないかと思う。それを喩えて、ひとつの完結した閉塞システムを彼は書き上げたのではないか。
彼は職業作家では決してなく、書き上げた作品でさえ、焼却を願う人物だったことから、彼の思索や感覚というもののすべてを感じ取ることは大分難しい。しかし、書きかけのノートや断片、メモを見通すと、彼の想像が決して日常をかけ離れた荒唐無稽のものとは決して思えない。むしろ、日常の地に足着いた生活から生じていると思われる。彼のもたらすシステムは彼にとってのある種の楽園だったのではないか。辿りつけないからこそ、求めてやまない、息苦しいものだ。そうした機構をひとは太古の時代からもってしまっている。それゆえに、日常の中で見出したり、出会ってしまったりするのだ。これを不条理と呼ばずになんと呼ぶのか。カミュがカフカに惜しみない賛辞を与えたのは、ふたりとも同じように乾いていたからだ。それを喩えの中で勝ったのがカフカで、賭けに勝って喩えで負けたのがカミュなのだ。いずれにせよ、ふたりとも確かな理想をもって生活していたのだ。
ミロのビーナスのように、書きかけ以外の何ものでもない作品が多いが、作品化することなど考えておらず、ふと思いついたことを書きとめてやがて見返してまた考える、そういうことをしていたような気がする。デュラスのようにじっくりとことばを掘り起こしていくのではなく、モチーフをいくつか並べてみてdetailを増やしていく、そんな感じ。もっと先を読んでみたいが、今書きかけのものも、他のモチーフが並んだらきっとまた、少しずつ書き換えられるだろう、そんな気がする。 -
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同じ訳者の「カフカ短編集」が面白かったので、こちらも読んでみる。
「寓話集」といっても、カフカがこれは寓話でこれは短編と仕分けた訳ではない。タイトルは、「カフカは現代の大人のための楽しい寓話である」という訳者の解釈から来たものだろう。
「短編集」を読んだときは、「そうはいっても、やっぱり暗いよなー」という感じがしたが、こちらは、なるほど寓話と言う感じだな。動物が主人公のものが多いし。
「皇帝の使者」「ジャッカルとアラビア人」「巣穴」「断食芸人」「歌姫ヨゼフィーネ、あるいは二十日鼠族」あたりが、特に面白かった。
きっとどれも昔読んだ事があるはずだけど、印象はかなり違う感じ。自分が変ったのか、訳者の「寓話」としての解釈のせいか。 -
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放浪のユダヤ人作家ロート。5篇の短篇の主人公たちも放浪する。故国を遠く離れて。ナポレオンはヨーロッパをかき混ぜ、第一次大戦はヨーロッパの枠組みをぶっ壊してしまった。民族自決という名の下にバラバラになったオーストリア帝国。行き過ぎた民族主義はユダヤ人に対する憎悪を引き起こす。ヒトラーを予見させる『蜘蛛の巣』と亡き帝国の挽歌である『皇帝の胸像』は鏡像のようだ。せつない愛の物語2篇もいい。表題作は作者そのものらしい。淡々とした筆致で書かれた物語たちは甘さのあとにくるほろ苦さのようなものを含んでいた。
『聖なる酔っ払いの伝説』でもアプサンの代用酒でペルノーを飲んでるけどヨーロッパではアプサンがそんなに飲まれてたのかな?アプサンはたしか毒物だったはず…。 -
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どうしてわれわれは故里をあとにしたのか
これは、万里の長城建設に携わる技術者の独白である、短篇「万里の長城」の一部分です。
父と息子の関係を描き、結末がショッキングな「判決」、特にミステリアスな「田舎医者」、ある流刑地に、ヨーロッパから裁判制度の調査旅行に来た有名な学者が、残酷な死刑装置の説明を受けるところから始まる「流刑地にて」など、ものすごくわかりにくい話から、筋は結構わかりやすいものまで、翻訳した池内紀さんが選んだ短篇集。
「死」のイメージが強い話や、難解な話も多いが、わりと明るい読後感を残す「火夫」、「中年のひとり者ブルームフェルト」などもある。
「火夫」は、女中に誘惑され子供ができてしまい、ドイツ人の16歳の少年が、両親により家を追い出されアメリカへやってくる話。船がアメリカについたとき知り合った一人の火夫が、少年の運命を大きく変えていく。未完に終わった長編「アメリカ」の第一章であり、独立した短篇になっている。
「中年のひとり者ブルームフェルト」は、ある日、白いセルロイドの二つのボールと暮らすことになるサラリーマンのお話。
「バケツの騎士」は、石炭がなくなった「おれ」が、空のバケツにまたがって、宙を飛び、石炭を買いにいくのだが。。これなど、内容は決して明るいわけではないけれど、不思議にメルヘンである。
池内紀さんは、解説に、カフカの作品は、「とびきり楽しい『おはなし』」であり、「大人のためのメルヘン」であると書いている。また、宮沢賢治「やまなし」や内田百?と同じ種類のお話であるとも書いている。よくわからない部分も多かったけど、大好きな宮沢賢治や内田百?と同じように読んでもいいのだと思うと、うれしくなった。
でもやっぱり、
真理をおびて始まるものは、しょせんは不可解なものとして終わらなくてはならないのだ。
「プロメテウス」より -
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著者の池内紀さんがあちこちに書散らしたものを蒐集し一冊にまとめたものらしい。
カフカが恋人に宛てた手紙、散歩してまわったプラハの町並み、複雑な言語感覚、小役人として属した官僚機構、19世紀から20世紀にかけてのヨーロッパ、ユダヤ人、宮沢賢治との共通点…。
「この十年あまりにいろんな場で発表したものから十編を選んだ」だけあって、テーマは多岐にわたり、そのとりとめのなさがいい。
作品を通して想像するカフカは「暗い」「気難しい」というイメージだが、ここに現れるカフカはまた少し違う。
いろんな「ちいさなカフカ」に出会えた気がする。
カフカを読んだことのある人にも、これから読もうかという人にもお勧めの一冊。 -
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池内先生、うまいなぁ。
居酒屋本たくさん出ているけれど、あまり感心しない。
「元祖」と言われている(言われてない?)グラフィックデザイナーの方とか、物書きとしては素人の某重工メーカーにお勤めの方とか、恐ろしく文章が下手くそで、読んでいて胸がイタミまくりの方とか、いろいろと「居酒屋本」が出ているが、やはり違うなぁ、と。
「中央公論」連載の頃から、読んでいました。
なるほど、新書になりましたか。
読んでいて、楽しい。
具体の店は出てこないけれども、文章を読んでいて、行った気になってしまうのは、あるいは、猛烈に行きたくなるのは、作者の筆の技のなせる技なのでしょう。
あまりガツガツと居酒屋のことばかりにこだわらない、その語り口が本作の美質ではないかと。
どこの居酒屋なのか、どうでもいいことで。
大層おもしろうございました。
ちなみに私の一押しの居酒屋は・・・。
やめときましょう。