辻村深月のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
久しぶりに、エンターテイメントとして楽しめつつ自分の内面と向き合える作品と出会えた。架のパート、真実のパート。どちらにも、これって自分のことじゃないか?と思えるような人物たちが出てくる。それは、自分はこの人に似ていて、この登場人物は現実世界でのあの人に似ている、という単純なものではなく。この登場人物のこの部分は私に似ているけど、この部分はあの人と似ている、となる。恋愛小説でもあり、真実の行方を追うミステリっぽさもあり、解説をしていた朝井リョウの作品のような自分の内面を見つめ直せる作品でもある。面白かった。辻村深月の作品は、登場人物の名前ひとつとっても、その人を表す名前が使われてるから楽しい。辻
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Posted by ブクログ
ネタバレまず思ったのは真実の架の気持ちを全く考えない、他者の気持ちを考えることを放棄したその思慮の浅さに反吐が出た。
ストーカー被害にあって、命すらどうなっているかわからない婚約者を何日も何ヶ月も不安な気持ちになりながら探している架を自分の両親や身の周りの人を、自分のことを悲劇のヒロインか何かだと思い、思考から逃げたことにほんとに腹が立った。
架と連絡をとって再会して、謝るまでに時間がかかったことも許せない、第一声はごめんなさいだろうと。
途中までインスタの名前がその歳でそれかとか、色々思うところはあったが、細かいところは全部吹き飛ぶぐらい気持ち悪かった。
あと架の友達に架が70点って言ってたことを信 -
Posted by ブクログ
珍しく二度読んだ。 本を読むことは本当に面白いと思った。
どらえもんの道具がでてくる。子供向きのマンガ、アニメだと思っていたものが次第にそれだけではなくて、物語を意味の深いものにしていた。
ドラえもんの出す道具が、ストーリーにぴったり嵌っていくのは巧みで面白い。
それは、亡くなった父とその娘が親しんできた世界が今も共有されている証にもなっている。
理帆子は父を亡くし、母は治る見込みのない癌に侵されて死を待っている。そんな環境の独り暮らしの高校生で、作者はそれを、題名の示すように氷に閉じ込められて、空気穴を見つけられず苦しんでいるくじらに例えている。
そして彼女に写真のモデルになってく -
Posted by ブクログ
ネタバレ辻村さんの作品は考えさせられることが多い、本の厚みと内容の重量に耐えて読みきると、平凡な生活の中でも考えることがあることに気が付く。辻村作品はリンクしていて、先に読んだ「凍りのくじら」は別コースとか。
可愛がっていたウサギが無惨に殺された。
クラスで交代に餌をやり世話をしていたが、僕が風邪を引いて休んだ日、当番を変わってくれたふみちゃんが手足を切られて死んでいるウサギを最初に発見した。
校門で中の様子を見ていた犯人ともすれ違っていた。犯人は罪の意識などなく、うさぎを殺してもただ一時の気晴らしだと言う20歳の引きこもりの男だった。
うさぎは殺しても器物損壊で軽い刑だという。可愛がっていたウサ -
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「優しさ」とは何かが、わからなくなった時に必ず読み返す一冊だと思う。私は世間一般的に言われる、共感とか寄り添いみたいなものを技術的に身につけてしまった人間で。だからこそ、他者からの優しいねという言葉は、私がその寄り添いを心から多分できているわけではないから、素直にありがとうと思うことができなかったりする。また、この小説のタイトルにもなっている傲慢と善良という言葉が個人的にはとても嬉しい言葉で。物事には何事にも二面性があって、同じ行動をしたとしても人や置かれている環境が違えば、優しさにもなる一方で余計なお世話になったりもすると思う。だからこそ、私は多分優しさとはなんだろうと生涯色々と悩み続けるの
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ネタバレ私はこの作品を読み終わったとき本当にほっとしました。
「婚約者が忽然と姿を消した」というあらすじを見て、ミステリーやサスペンスが苦手な私は、話が重くないといいなと祈ったわけですが、最後まで読んでみて、一つを除いては、誰も嘘をついていなかったことに驚いた。「善良ぶって、実は傲慢だった」のではなかったこと。結末よりも、裏なんてなかったという事実が、とんでもないハッピーエンドでした。
架は素直な人間で、だから「傲慢で善良」だし、真美が言うように、そのどちらにも気づかない「鈍感」がゆえに、「とても優しい」。きっと絶対に2人は幸せになれる。
誰もが自分の中に傲慢と善良を持っていて、片方しかない人間な -
Posted by ブクログ
ネタバレあのとき、噛み合っていなかった会話。噛み合っていなかったけど、噛み合わせたかった会話。そんなことが自分にもあったのだろうか。あったとしても、思い出せないのは、この話を読んだ後の自分としては、残念でならない。
過去にしたことや言ったことが、今の誰かにとってどんな影響を与えているのか。いい影響でも悪い影響でも、一人の人間が誰かに影響を与えていると考えるのは烏滸がましいと思う。だが、自分の覚えていない、無意識の言動が何らかの形で他人に残っているのだとしたら、それがいいものであって欲しいと願うばかりだ。そう思わせるほど、この短編たちは恐ろしい。非現実的でありながら、いつか自分の身に降りかかるのではな