森博嗣のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
名古屋大学の非合理的なところに「つきあってられねぇ」と思っていた(思っている)んだろうなと予想されることが書かれています。多くの点で賛同しますが,「これは屁理屈だろう」と思えるところもあったりします。しかしながら,少なくとも,僕が知っている大学教員よりも数段もまともな考え方の持ち主だろうと思います。
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同じ問題を解かせると,たしかに,昔の学生よりは得点が低いといったデータがあるわけですから,その「学力」に関しては,低下していることは事実でしょう。それは,しかし,「ゆとりのある教育」という謳い文句で,ずっと邁進してきた結果であって,そうしようと皆さんが考えてしたことではないのでしょうか。今さら,低下していると目くじらを立てる方がどうかしているように思います。(p.25)
家庭内暴力という言葉がありますが,子供にとって,家庭とは,もう生まれたときから縛られているもの,それこそ暴力の一種だと考えても間違いではありません。家庭は,存在するだけで,子供にある種の暴力を振るっている,と認識すべきです。子供の自由を奪っているのですからね。もちろん,だから家庭なんて崩壊すれば良い,と言っているのでは全然ありませんよ。ただ,「家庭は無条件に良いものだ。すべてを解決する愛の場だ」と考えることは,もうほとんど宗教の世界だと思います。(pp.37-38)
小学校,中学校,高等学校,にはいずれも「校」の文字が付く。ところが,大学は大学校とはいわない。これはつまり,大学がスクールではないからだ。すなわち,「教えてもらう」あるいは「教育を受ける」場ではない,という意味である。学ぶための知識と方法は,すべて(ほとんど)高校までの教育で身につけられる。もう自力で学ぶ手法を知っている。それが大学生なのだ。大学の教育とは,講義室で行われる授業にあるのではなくて(あれは単なるガイダンスだと思って良いだろう),学びたい学生が,自分からすすんで教官の部屋へ訪ねてくる。そこで議論があり,ともに学ぶことができる。こういった学び手の主体性のうえに成り立っているのが本来の大学のシステムだろう,と森は考えている。この観点からすると,現在の大学(の多く)は,単なるスクールに成り下がってしまった,と思えてしかたがない。ほんの少し,大学の雰囲気を残す唯一の例外は,「卒業研究」だろうか(これさえ廃止してしまったところもあると聞く)。(pp.62-63)
仕事と手法が与えられたとき,それを的確に解決できるのが,学士。仕事を与えられたとき,手法を自分で模索し,方向を見定めながら問題を解決できるのが,修士。そして,そもそも,そのような問題を与えることができるのが博士である。(p.67)
[申請書を作成する時の]研究テーマなんて,もうほとんど架空のものだといっても良くて,SFとまではいいませんけれど,まあ小説を書いているような,つまり創作だと思ってもらってけっこうです。とにかく,研究を遂行することが主目的ではなくて,いかにして審査にパスするか,いかにして資金を獲得するか,ということが最優先課題になるわけです。(pp.91-92)
旧帝大は,それなりに意識していますね,お互いを。もちろん,それは執行部がです。なにかというと,他の旧帝大の動向を調べて,比較をしています。他の大学がやったら,うちもやらなくてはいけないって考えるんです。変ですよね。普通,他でやったら,もううちはやらなくても良い,と考えるのが自然でしょう? 独自性を出せと言っているわりに,同じようにしたがるのは何故でしょうか。(p.131)
私学の先生なんかが,学生が多くて授業が大変だ,という話をされますが,それは,多いから大変なのではなくて,やる気のない学生が沢山いるから,邪魔だ,という意味でしょうね。これに対しては,教員の力ではなんともなりません。目先を変え,講義やカリキュラムの工夫をする,といった教員側の問題ではなく,大学の運営側の問題に帰着します。ようするに,私学だったら,理事会ですね。入れるだけ入れておいて「学生にやる気を出させろ」なんて,そんなことができるのは,ほとんど宗教団体でしょう。(pp.162-163)
大学は基本的に研究を行うところです。そこに,学びにくる学生たちがいる。研究する人の身近で,学問とは何なのか,学ぶということにはどんな楽しみがあるのか,を知る場所なのです。
高校生までの子たちは,学問が楽しいとは絶対に考えていません。また,大学を就職するための通過ポイントだと考えている人にも,学問の楽しさは発見できないでしょう。別に全員が発見しなくても良いと思います。ただ,そういう機会があった,というだけでも,将来の布石となるはずです。
大学のときは全然勉強をしなくても,三十代,四十代になったとき,ああ,あのとき勉強をしていたら良かったな,今からでもできるかしら,と考えられる,それだけでも,大学の価値はあると思います。大学に行っていなければ,それこそ,学問なんて雲の上のもの,まったく自分には無縁のものだと思い込んでしまうでしょうからね。(pp.170-171) -
Posted by ブクログ
ネタバレI say essay everyday第4冊目*゜
森美術館ガイドブック付き♪
私がこのシリーズで一番すきなポイントが、森氏の家族との日常生活の中のエピソードが書かれていることです♪
奥さんのスバル氏は可愛くて素敵だし、二人のお子さんのエピソードは面白くて笑えるものが多くて、森さんファンとしては顔がにやけます。笑
特に、女子校通っている長女M氏の、X'masが近づくと教室の後ろの黒板に「裏切るな!」と書かれているといったエピソードや、X'masにデートに出かける高校生の長男S氏に向かって「金にものを言わせてこい」と言うスバル氏の一言には大笑いしてしまいました。
とっておきはスバル氏の、起こしてもなかなか起きない息子に向かって「起きないと、ここで脱ぐぞ!」の台詞。
そして、それで飛び起きるS氏、というエピソード。笑
素敵すぎます(*´ω`*) -
Posted by ブクログ
嫌いじゃない世界観と書き方ですが、読み手に多分の想像力が求められます。
私には飛行機の知識がないので、「ストール・ターン」とか言われても、まるで未知の言語に接するように、文脈と過去にそれが使われた時のTPOを考えて想像するという手法で読んでいく羽目になりましたが。
でも「スカイ・クロラ」シリーズを読んだ後に、Vシリーズを読むと(刊行はVシリーズのほうがずっと前)そこで単語の説明を紅子さんがしてくれていたのでした。
面白かったです。
「企業」として戦争をする時代、大人にならない異端の子供たちが戦闘機に乗って戦争をする日々。けれどそこには血腥さはなく、淡々とした、それでいて純粋な物語。全てを一人称で語ることで、いろんな境界がぼやかされるような。 -
Posted by ブクログ
『無言の時間が、まるで生命の歴史を思わせるほど、長く切なく流れた。』
『誰だって、自分の損得くらい計算できる。できない人間が犯罪者になるのである。』
『妄想は控えめに、暴走はお一人で。』
『語感 ー 言葉の持つニュアンス、意味、雰囲気、響き。』
『まるで、青春の一ページのようだ。青春って何ページくらいあるのだろうか。』
『そこにはボートに乗れる池があって、「ここでボートに乗ったカップルは必ず別れる」というジンクスで有名だ。もっとも、すべてのカップルは、死別も含めれば必ず別れる運命にあるので、このジンクスは数学的にも真である。』
『合コンというのは、合唱コンクールのことではなくて、合同コンパの略である。』
『それが不思議だと思う、その判断こそが最も不思議である。』
『「太陽が爆発したら人間はみんな死んじゃうの?」の答は「太陽が爆発しなくても、人間はみんな死んじゃうの」である。』 -
Posted by ブクログ
「いや、相変わらず、全然料理していないね…」
「してますよ、ときどき…、まあ、主にトーストことかが多いですけど」
「通常、自殺というのは、本人にとって、最も簡単な手法が選択される」
「どうして、簡単な手法が選ばれるわけ?」
「難しい手続きこそが、生きていくこと、生き続けることの象徴だからだろう」
「うん、やっぱり、宗教なんですよ、これは」
「わからないものは、全部、宗教?」
「命を粗末にしている、と私たちは思いますよね。だけど、彼らにしてみれば、ああいうのが、一番命を粗末にしてない、大切にした結果かもしれないわけですし」
「なんでもできただろう。いつでも、どこでも、真賀田四季に不可能はない」
「希望がありますか?」
「希望? 希望って、何?」
「うーん、楽観的観測」
「データから目を逸らすことかな?」
「まだ得られていないデータに対する期待です」
『まったく、悲しいのだけは、どうしようもない。苛立たしいのも、恐ろしいのも、寂しいのも、なんとかできる。きっと解決ができる。けれども、悲しみだけは、解決がない。悲しいというのは、解決がない、という意味なのだ。』
「わかった。なんか、元気がないね」
「そんなことありません」
「そう?」
「ちょっと、月を見て、悲しくなってしまったの」
「今日は、月は出てないだろう」
「そのようですね。さあ…それじゃあ、行きますからね、覚悟しておいて下さいよ」
「ああ、じゃあね、出しておくよ」
「え、何をです?」
「月を」
『世の中の結びつきとは複雑なものだ。どんどん複雑になっていく。最初は、まるで蜘蛛の巣のように、その構造が成立する最適の形で構築されるのに、未来への不安からなのか、どんどん補強され、それに従って醜く糸が張り巡らされる。そのうち、自分の糸で身動きが取れなくなるのではないか。』
『苦しい夢を見ているときは、早く覚めてほしいと思う。
それは、死を願う気持ちとまったく同類だ。』
『未来の光で過去に影ができる。それだから、過去もいつも変化しているのだ。』
『どんな理由で死んだのか、どんな理由で殺されなくてはいけなかったのか、知りたいです。だって…』
『理由を知って、後悔をしたいの? そんなことだったら、こうしておけば良かった、こうしておけば死なずにすんだのにって、悔しがりたいの?』
『何だろう?
何故、理由を求めるのだ?
理由を知りたい?
知ってどうする?
どんな理由なら満足できる?
否、満足など絶対にない。
どんな理由も、結局は拒否するだろう。
それなのに…
何故?
何故だろう?』
『死ぬことって、それほど特別なことかしら? そうじゃないわ。本当に、身近なことなんですよ。涙を流すことって、特別なこと? ドラマや映画を見たって、すぐに涙が出ます。本当に、日常的なことじゃない? 別れは毎日ある。生命は刻一刻どんどん入れ替わっている。人間よりも、もっともっと短い時間しか生きられないものが沢山あります。今鳴いている虫は、もう明日は死んでいるのよ。それが虚しい? でも、普通のことでしょう? とても平和で、穏やかなことなんです』
『つまり、どうせ一度死ぬのならば、自分で今と決めて死にたい、と考えるのね。そう、たとえばね、立っている場所がもうすぐ崩れ落ちるというとき、崩れるぎりぎりまで待つ人と、自分からジャンプして落ちていく人がいるじゃない? それだけの違いでしょ? どちらも生きたのです。一回生きて、一回死んだのです。同じじゃありませんか?』