折口信夫のレビュー一覧

  • 死者の書

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    ネタバレ

     折口信夫氏の『死者の書』を読み解く際には、作品の物語構造だけでなく、彼自身の思想的背景に目を向けることが重要であるように思われる。折口信夫氏は民俗学者として、古代から日本人の生活や信仰の底流に流れてきた祖霊信仰や鎮魂の観念に深い関心を寄せていた人物である。古代においては、死者は過去へと消え去る存在ではなく、生者の世界と緩やかにつながり続ける存在として捉えられていた。このような死生観は、本作において、郎女が死者の魂に導かれるように曼荼羅を織り上げていく構図の中に反映されているように感じられる。
     本作がモチーフとする中将姫伝説では、奈良県の當麻寺に伝わる當麻曼荼羅が、極楽浄土を現世に可視化する聖なる造形として位置づけられているが、折口信夫氏はこの枠組みを借りながら、より根源的な「鎮魂」の営みを描き出そうとしているように思われる。郎女の織る曼荼羅は、救済の象徴であると同時に、死者の気配や記憶をこの世に留めるための媒体として機能しており、そこには死者と生者の境界を曖昧なものとして捉える折口信夫氏の思想が滲んでいる。こうした思想的背景と深く結びついているのが、本作において多用されるオノマトペである。

    「した した した。」

    「こう こう こう。」

    「ほほき ほほきい ほほほきいーー。」

    本作では、水の滴る音や助けを乞う声、鶯の鳴き声を表現するにあたってオノマトペが用いられており、独特な雰囲気を醸し出している。これらの表現は、論理的に把握できる出来事を描写するためというよりも、むしろ言葉になる以前の感覚や、目に見えない存在の兆しを読者に伝える役割を果たしているように見える。
     折口信夫氏にとって死者や祖霊の世界は、明確な形や言語によって把握できるものではなく、音や気配、身体感覚としてふと立ち現れるものであったと考えられる。そのため、本作におけるオノマトペの多用は、物語の装飾というよりも、生者が死者の存在に触れる瞬間を表現するための方法であったと言えるかもしれない。オノマトペによって描かれる曖昧な感覚は、死者の声が直接言葉として語られることを避けつつ、なお確かにそこにいることを感じさせる効果を生み出している。
     このように『死者の書』は、折口信夫氏の思想と密接に結びつきながら、物語内容だけでなく、言葉の選び方そのものによって死者の存在を描こうとする作品であるように思われる。中将姫伝説をなぞる曼荼羅織りの物語と、オノマトペによって立ち上がる死者の気配とが重なり合うことで、本作は死を静かに受け止め、なお語り継ごうとする文学的試みとして、独特な余韻を残しているように感じられる。

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    2026年01月11日
  • タナトスの蒐集匣 -耽美幻想作品集-(新潮文庫nex)

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    とても豪華な1冊。
    求めていた文豪の短編がビッシリ詰まっていて、不気味!耽美!最高!
    夏目漱石、夢野久作、江戸川乱歩、太宰治が入っていてとても嬉しい。
    どれも面白くて良い。

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    2025年08月14日
  • タナトスの蒐集匣 -耽美幻想作品集-(新潮文庫nex)

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    妖しげな姫様(?)の絵が好みでジャケ買い。近代文学史に名を残す文豪たちによる怪作集。「桜の森の満開の下」「芋虫」「夢十夜」は以前読んだことがありましたが、今回も変わらずおもしろくて好きな作品です。個人的には「白蟻」のいい意味で「何を読まされているんや…?」という気持ちになり印象的でした。

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    2024年11月05日
  • 沖縄文化論集

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    沖縄事前読書週間4冊目。沖縄文化論は個人視点で面白かったが、こちらはこちらで包括的感があってよかった。年代も古いものが多いが、押さえるべき評論や議論の流れの数々なんだろうなと。
    琉球の宗教(折口信夫)をお勧めされてから手に取ったのだけど、柳田邦夫やら伊波普猷やらも読めてよかった。『月と不死』やはり読まないとなあ。

    そのほか「南島の入墨(針突)に就いて」、「尾類考」が面白かった。本当はここら辺も深めたいんだけど、一旦沖縄シリーズはこちらで終わり!

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    2024年11月04日
  • タナトスの蒐集匣 -耽美幻想作品集-(新潮文庫nex)

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    改めて読むと、夏目漱石や江戸川乱歩の文章のなんと読みやすいことか。

    個人的には夢野久作の瓶詰地獄が、短編のなかに、考えさせられる構成の工夫があり、謎解きのようで面白かった。
    わかりやすさや時系列がシンプルな今時には見られない昨日だった。、

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    2024年10月27日
  • 古代研究I 民俗学篇1

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    角川ソフィア文庫 折口信夫 「 古代研究 民俗学篇 」

    日本人の精神生活における古代的要素を研究した本

    神はどこにいて(常世)、祭りの何を目印に来臨し(依代)、どこを通ってくるのか(聖水信仰)を 民俗学的に紐解いた論文集。さらに 聖水信仰を 王権論につなげている。池田弥三郎 安藤礼二 の解説のおかげで 読めた

    面白い論文
    *常世の論文「妣が国へ・常世へ-異郷意識の起伏」
    *依代の論文「ひげこの話」
    *聖水信仰の論文「水の女」
    *王権論へ展開する「高御座」
    *国家神道を否定した「神道の史的価値」

    これだけ「神」を論じているのに「神」を定義していない。序文「わが魂のふるさと〜ノスタルジーのアタイズムとして現れたもの」の「魂」が「神」を意味しているのか?

    神道の史的価値
    *神虜(人間の意志でなく、人間の意志でコントロールできない神の意志)を問うことこそが重要
    *近代国民国家を統べるための「道徳」として組織された「国家神道」を否定し、近代以前の荒々しい神の力を復活させることが、折口学の課題


    「妣が国へ・常世へ-異郷意識の起伏」のアタイズム
    *人間の意識の下には、祖先たちの記憶が遺伝されている
    *過去の記憶と現在の知覚が一つ溶け合ったとき「古代」が現れる

    「妣が国へ・常世へ-異郷意識の起伏」の「妣が国」
    *母権時代の面影
    *異族結婚に見られる悲劇的結末〜其母の帰った異族の村を思いやる心

    ひげこの話
    *主題は、神の来臨の場所〜神をどこに招き寄せるか
    *最初に神がよりつく「物」は、神が肖像として認めている「物」、それを造って、神の目につきやすいところに出しておく

    *祭りの折りに依代を設けるのは、日本の神は常に国土にいないことを意味〜日本の神はどこにいるのか


    来臨する神々の故郷 常世
    *魂のふるさと
    *気候がよく、物資が豊かな、住み良い国を求めて移ろう心
    *わたつみ(神)の国
    *死の国、常暗の恐怖の国

    神=言葉は、人間世界の外に存在する。神=言葉が存在し生成される場所が常世(他界)

    人間にできることは、外の世界から、この世界に「神=言葉」が降りてくるのに耳を傾けるだけ

    まれびとは、2つの世界をつなぐ機能を表す









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    2024年01月24日
  • 死者の書・口ぶえ

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    折口信夫文学忌 1887.2.11〜1953.9.3
    迢空忌 釈迢空(シャクチョウクウ) 歌号よ

    時折、立ち寄る博物館に 折口先生のコーナーが常設されており、再現された仕事部屋等もあり、身近なおじ様と思っていましたが、作品は遥かな感じでした。
    今回は、「死者の書」のみ。「口ぶえ」は、今月、他の作品集に収録されて新刊で出版されるようなので、是非そちらで。コミックにもなっているようです。

    柳田國男の高弟、民俗学の基礎を築き、国文学者で国語学者。

    1939年 日本評論初出
     上代に詳しい方なら、大丈夫かもしれないですが、一読では、理解できず、第一印象は夏目漱石の夢十夜を濃厚にしたような幻想小説でした。

    理解できそうなところまで、紐解いてみました。
    奈良県の當麻寺(たいまでら)に残る「当麻曼荼羅縁起」が、取り込まれているという事です。
    主人公は、中将姫 747~775 藤原鎌足のひ孫で
    藤原豊成の娘。才能ある美女。
    能にも「当麻」という作品があるようです。
    もうひとりの主人公は、大津皇子(亡霊)。663~686 天武天皇の第三皇子。学識、才能あるイケメン。謀反の疑いをかけられて処刑される。

    物語の中で 郎女(いらつめ)、姫と呼ばれるのは、中将姫です。郎女は、若い女性を親しんで呼ぶ時の古語。
    亡霊の皇子と中将姫の間に100年の時差があり、各章が時間の流れの通りに配置されていないので、
    パズルのように各章が収まった時が快感。
    オノマトペ的な音の表現があちこちにでてきます。
    私のイメージでは、語り部が、語りやすいようにするためなのですが、臨場感が上がるのは確かですね。
    以下は、覚書です。






    一.
    二上山に葬られていた大津皇子の目覚め。
    死の際にふと見た耳面刀自(美しさ女性・藤原鎌足の娘)を思い出す。着物は塵となり、裸のままだ。寒い着物を求める。
    したしたした 水の音
    ニ.
    目覚めた皇子の亡霊が見る景色。男達が、藤原南家の郎女を探している。
    こうこうこう 魂呼の声
    三.
    藤原南家の郎女は、結界破りの罪を償う為、万宝蔵院の庵室に匿われる。
    付き人の媼が藤原家の古物語を語り聞かせる。
    四.
    媼の語る大津皇子。耳面刀自への執心。その執心が、やはり美しい郎女をこの地に呼んだのではないかと。郎女は、金色の髪を持つ皇子の亡霊を見る。
    五.
    蘇った大津皇子の魂が記憶を取り戻す。
    妻(山辺皇女)も子も殺された。自分の名さえ残っていないだろうと嘆く。
    六.
    藤原南家の郎女の二上山へのいきさつ。奈良から藤原の里への許されぬ一人旅。
    郎女は写経に取り組む。遂に千部をなす。
    しとしと 雨
    七.
    郎女の神隠し(家出)の様子。
    西へ西へ二上山へ。
    女人禁制の地へ入ってしまう。僧侶に見つかる。
    八.
    奈良の都の様子。大友家持登場。昔を懐かしむ。
    遷都、火災と藤原家にも厳しい社会。
    東大寺四天王像開眼の話題。
    九.
    大友家持が気の向くままに朱雀大路から、五条、右京と都散歩。最後は、三条まで。藤原家の跡地。
    十.
    郎女は書物を得る。大切に育てられた郎女は、御簾の中で書物と出会い外の世界を知る。生きる糧として没頭していく。
    十一.
    ウグイス“法華経 ほけきょう”と鳴く。
    蓮の茎で糸を紡ぐ、付き人達。
    十二.
    女人結界を破り寺の浄域を汚してしまった郎女。その処遇は、本人の意思で、自分の咎は自分で償うとして二上山の麓の寺に。
    十三.
    郎女は、皇子の亡霊の魂の白い玉の幻想を見る。
    つたつたつた 亡霊の足音
    十四.
    大友家持と大師恵美押勝(藤原仲麻呂・姫の父の弟)との 語り。一族の長として気持ちが通じる。
    十五.
    当麻の里の郎女の謹慎生活。夜毎訪れる亡霊を心待ちにする。
    十六.
    当麻の里は春から夏へ。女達は蓮の糸を紡ぐ。
    種々、鳥達の変化。当時の使用人の様子。
    十七.
    秋分の日、嵐の中郎女が居なくなる。
    あっしあっし 弦打ち
    十八.
    蓮の糸で布を織る、郎女。切れては織り、織っては切れて。この布で皇子の素肌を覆いたい。
    十九.
    郎女は布を織り上げる。
    裁っては縫い、ほどいて、布は小さくなってしまう。天竺の僧侶のような衣を作る。
    二十.
    巨大な布に絵を描く。弔いの織物。これが曼荼羅のタペストリーとなる。

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    2023年09月03日
  • 歌の話・歌の円寂する時 他一篇

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    上代から江戸近世まで、短歌の成立と変化を、若い学生向けに解説する『歌の話』。難しい述語は殆ど無いので、読みやすかった。一首ごとに、目を止めてじっくり読むことが、ふだんはなかなかできないのだが、二度、三度、十度と読み返してみると、骨の折れる古文散文よりも、入り込みやすい。

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    2023年03月04日
  • 死者の書(下)

    ネタバレ 購入済み

    久々一気読み

    古文や歴史で習ういろんな人物の姿が
    こうやって物語となり漫画となって浮かび上がるのは
    しみじみと感じ入るなにかがあり。
    美しい絵からじんわりと、
    運命に翻弄される貴人たちの悲しみや無念なんかも、1000年以上の時を超えて思いやられて。

    姫が神代から続く魂の悲恋の連鎖を
    仏への帰依によって昇華し
    その思いとともに天上へ昇ったのかなぁとか、、、
    うーん、解釈はいろいろあるんだろうけど
    なにせ、この物語は
    とにかく美しい

    浮世離れした、かむさびた姫の
    純粋でひたむきな
    恋心なのか、慕う気持ちなのか。

    とにかくただ面影人を求め
    その寒そうな肩に何かお掛けして差し上げたいと
    なんだか、なんだろうなぁ
    美しい思いが心の中のくすぶった
    いろんな感情をさらってくれるような

    しかしまぁ
    天若みこ?も滋賀皇子も隼若?
    名前うる覚えだけど
    なんというか
    横暴でイヤな男たち!
    って思ってしまう。

    魂の悲恋に繋げていたのは彼らで
    おもかげ人への思いが、それを断ち切ったとも思えるなぁ


    なんにせよ
    歴史的に見ると
    これは神代を信仰していた時代から
    中国から輸入された仏教へ信仰が移り変わる時代の話で

    それに当てはめると、この姫が物語上どういう立ち位置かも読み取っていけるんですが。
    なんだろな
    それをやっちゃうと、なんだか興醒めにも感じられちゃうんだな。

    知恵をつけ、手に技術をつけた女性が
    魂の鎖を断ち切って、
    憧れの人への想いを胸に
    ひとり、どこかに旅立つ。

    なんだか
    そうやって読み解くのも
    ちょっとフェミすぎる気もしちゃう。

    あんまり何も考えずに
    姫なんだかめっちゃ美しい!!!
    そう感じた
    それが全て、そういうことにしておきたいな。

    #感動する #癒やされる

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    2022年01月02日
  • 死者の書

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    過去分

    このような文体の本をしっかり読んだのは初めてだったので、読みづらかった!意味もあまり理解できず、、。
    しかし、情景の美しさは目に浮かぶようで、奈良時代の良さ、悪いところが見えた気がした。
    文章は流れるようで美しいと感じた。

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    2021年09月11日
  • 南方熊楠/柳田國男/折口信夫/宮本常一

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    私の好きな池澤夏樹が企画し編集したこの文学全集の中でも、取り上げる対象が南方熊楠、柳田國男、そして宮本常一というこの表紙だけで、購読を決めた。


    宮本常一という人の、日本にかつてあった人々の普通の暮らしを描きとり、描写のみならずそこから俯瞰して、その後の発展との関係を導く巧みさ。

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    2020年07月06日
  • 口訳万葉集/百人一首/新々百人一首

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    いずれの作品は情緒がある。季節の折々と恋の和歌が良かった。『新々百人一首』は訳がないこともあり、読み進めるのが正直につらかった。

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    2019年03月20日
  • 南方熊楠/柳田國男/折口信夫/宮本常一

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    「海上の道」柳田国男
    柳田の最後の著書であり、様々な論議を呼んだこの論文を私は初めて読んだ。「日本人の祖先が、南方海上より流れ着いた人々であった」という論旨そのものは、現在では明確に批判・訂正されているので、改めて読むモチベーションがなかなか持てなかったのである。この全集では、まず「文学」として読もうとしている。「科学」と対立する文学という意味で、私も確かに文学であると思う。構造はほとんど随筆だからである。柳田は、青年の頃拾ったヤシの実からこの論を立てている。私は勘違いしていたが、ヤシの実を沖縄の浜辺で拾ったのかと思いきや、伊勢の浜辺で拾ったのである。そこから、様々な思いと民俗事象を述べた後に、中盤で初めて「宝貝」がキーワードであったと学術的な根拠を述べる構造は、もはや文学であろう。文章は美しい。だから、最後まで読めてしまう。思うに、柳田国男を文学者として読み直す作業は、まだ始まっていないのかもしれない。

    「死者の書」折口信夫
    いろいろとわからない語句や展開もあるけど、詰まりながらも、なんとか最後まで読み通した。誤解していたのは、古代の黄泉の国描写が半分くらいあるのかと思いきや、それはほとんどなかったこと。有名な「した、した、した」という擬音が、もっと全編を覆っているのかと思っていた。むしろ、発表当時としては、非常に先進的、もしかしたら現代でもまだここまでの水準に達していないほど考証のしっかりした奈良時代小説になっていた。
    地の文自体が、古代人の目線になっていて、例えば「片破れ月が、上がってきた。それがかえって、あるいている道の辺の凄さを、照し出した」「月が中天来ぬ前に、もう東の空が、ひいわり白んできた」(218p)というような言葉の選び方は、もう誰も到達できぬ高さである。
    しかしこれは民俗学ではない。純粋に小説だろう。

    「土佐源氏」宮本常一
    (「忘れられた日本人」(1960)より)
    池澤夏樹に「小説よりおもしろい」と言わしめる作品である。私もインタビュー記事を書いたことがあるのでわかるが、これだけの内容を聞き出すとすれば、優に4ー5時間を2回は繰り返さなくてはならない。もちろん信頼関係が出来上がってからの話だから、本当は数日かかる。私は、民俗採取の真似事をしたこともあるが、1時間じっくり話を伺って使えるのは一言二言分しかない事ばっかりだった。ところが、記録によれば、宮本常一の村への滞在はたった1日の数時間だったらしい。信じられない密度である。小説よりおもしろいが、これは明らかに民俗採取である。馬喰や盗人宿、こうぞつくり、夜這い、etc。今は無くなっている豊かな民俗がここにある。それから10数年後に書かれた「生活の記録」の中に、単に男女平等と云うことではなく、生き生きとした女の民俗が記録されているのは、そんな「採取」ができるのは、決して偶然ではない。


    「神社合祀に関する意見」南方熊楠
    我大学在住の折、常民文化研究会に所属し、フォークロワフィールドワークの真似事をす。民俗学は科学か、文学か?講師と論議し、不明に終わる。突如その会話思い出しぬ。それより35年。民俗学は常に脳中不可忘。数年前、和歌山南方熊楠記念館を訪ねる。小字で埋め尽くされたノート、紙、凡ゆる標本、博覧強記、南方曼荼羅我を圧倒す。

    この小文、日本エコロジー論嚆矢也と世に云う。無論、我同意。唯、八割かた神社合祀政策反対論拠を(1)敬神思想を薄くし(2)民の融和を妨げ(3)地方の凋落を来たし(4)人情風俗を害し(5)愛郷心と愛国心を減じ(6)治安・民利を損じ、と論じ、輿論に訴え、政治家を説得す。文中、和歌山県並びに全国の合祀神社事案のみならず、水戸光圀、定家、西行、白石、他多くの日本古典を挙げ、モンステキュー、孔子、その他欧米の様々な地方を引合いにす。正に、博物学そのもの也。

    (7)史蹟・古伝を滅ぼし(8)学術上貴重の天然記念物を滅却す、と論じるに及んで、例えば次のように記す。

    わが国の神林には、その地固有の天然林を千年数百年来残存せるもの多し。これに加うるに、その地に珍しき諸植物は毎度毎度神に献ずるとて植え加えられたれば、珍草木を存すること多く、偉大の老樹や土地に特有の珍生物は必ず多く神林神池に存するなり。(45p)

    この後、怒涛が如く珍草木珍生物の名前出ず。全ては我は知らず。果たして絶滅せしか。

    守護の要は、金でも政策でも無し。敬神思想であり、民の融和であり、地方であり、人情風俗であり、愛郷心と愛国心であり、治安・民利である。蓋し、民俗学の核心也。民俗学は、日本文学か否か、元より日本文学なり。その謂、日本文学とは日本の文なれば也。

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    2018年01月27日
  • 死者の書(上)

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    ネタバレ

    折口信夫『死者の書』未読。魂の飢えが美しいうたの言葉で描かれていると思った。読後すぐに岩波文庫の『死者の書・口ぶえ』を購入。下巻が待たれる。
    近藤ようこさんの描く女の眸と口もとが好き。

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    2015年12月21日
  • 口訳万葉集/百人一首/新々百人一首

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    ・池澤夏樹=個人編集「日本文学全集 02」(河出書房新社)は 池澤が「初学者に向けた和歌入門のつもりで編集した。」(池澤夏樹「解説」419頁)書である。折口信夫「口訳万葉集」、小池昌代訳「百人一首」、丸谷才 一「新々百人一首」の三作を収める。和歌入門といふだけあつて万葉集から勅撰集までといふ、正に和歌といふにふさはしい時代と作品を扱つてゐる。実際に歌 を詠まないのならば、これで十分である。折口のはいささかぶつきらぼうであるが、他は丁寧に解説し、小池はすべてをきちんと訳す。丸谷は必ずしも訳すこと をしないが、その内容は多岐にわたる。そこから自然にその歌の意味も見えてくる仕掛けである。ただし、折口と丸谷は抄本である。丸谷のはその全体を知ることができない。大部の書なのであらうから、ここに収めることができないのであらう。これが残念な点である。
    ・折口「口訳万葉集」の訳を読みながら思つたことがある。助動詞の訳し方である。例へば有名な大伴家持「酒を讃める歌」の「しるしなく物思はずは」の最後 を折口はかう訳す。「飲んだ方がよいにきまっている。」(34頁)この部分は「飲むべかるらし」である。「らし」は(根拠のある)推量の助動詞である。その前に当然の「べし」がある。そこから「きまっている」となつたのであらう。ところが、これも有名な持統天皇「春過ぎて夏来たるらし。」(19頁)は「今夏が来ついたに違いない。」と訳す。ここに「べし」はない。ただし、下の句の「衣乾したり」が「らし」の根拠としてある。これで「違いない」となつたのであらう。同様のは、舒明天皇「夕されば、小倉の山に」(52頁)の最後「寝ねにけらしも」がある。ここでは「今宵は鳴かず」がその根拠としてあるから、 「もう寝てしもうたのに違いない。」となる。他にもあるが、「らし」はすべてこのやうに訳されてゐる。つまり推量であるより、根拠があるゆゑに、当然の物事として確信を持つ意の訳になつてゐるのである。これは文法的にはまちがひと言ふべきであらう。たとへまちがひとしなくとも訳しすぎとは言へる。折口の学者としてよりは、詩人、歌人としての感性の為せる業なのであらう。万葉集に句読点を導入してゐるのも歌人として読んでゐるからであらうか。簡潔、明瞭、いささかの古めかしさが折口らしさを際立たせる。抄出であつてもおもしろい。これに対して丸谷のは丸谷オリジナル選である。「新々」と付される所以である。 解説は長短様々、実に丁寧に説明する歌もある。ここはその5分の1、20首を採る。私はまともに勅撰集を読んだことがないから、これだけでも知らない歌ば かりである。完成に20年かかつた(257頁)といふから、丸谷はよほど読み込んだに違ひない。例へば二条后「雪のうちに春はきにけりうぐひすの氷れる泪いまやとくらむ」(258頁)は20頁以上にわたつて解説が続く。その間に引用された和歌は何首あるのか。これだけでも大変である。最初のこの歌の基本的事項を記す。収められる歌集や使はれてゐる技巧等についてである。これは教科書的な必要事項であらう。そしてその先が長い。延々と続く。勅撰集等をよほど読み込んでこれを書いたに違ひない。「○○のうちに」に始まり、「うぐひすの泪」に移る。これが契沖の説から始まつて、「おそらく鳥の泪は平安初期の歌人たちの発明にかかる。」(262頁)となつたところから更に続いていく。一体どこまで続くのか、限り知られずといふ趣である。それだけにこれもおもしろい。このやうな和歌入門編である。本当の初学者はホントに大変な覚悟で読み進める必要があるかもしれないと思ふ。

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    2015年10月05日
  • 南方熊楠/柳田國男/折口信夫/宮本常一

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    柳田國男
    根の国の話、根の国の意味は地底深くの死の世界を表しているのではない、富士の高嶺の根である。出発点とも中心点とも解すべきもの

    亡き人に逢える 常世の国と根の国
    とこよ 富と長寿 上利浦島の子

    とこよ 常夜経く国 闇かき昏す恐ろしい神の国
    死の国 常暗の恐怖の国

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    2015年08月23日
  • 死者の書・口ぶえ

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    難解で、とりあえず読んだーという感じ。解説を読むと少しわかって面白い。謎解きのような、頭の片隅に置いておいて、少しずつ折に触れて、スッキリしていくといいな。
    口ぶえはどちらかというと読みやすかった。

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    2015年04月18日
  • 死者の書・口ぶえ

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    ネタバレ

    死者の書の続編は際どさを通り過ぎるほどのホモセクシャル小説だが、死者の書本編のイツラメが折口自身であるとは、それだけ読んでいてもわからない。
    口ぶえも濃厚なホモ小説だが、昔の大阪ことばの柔らかさと妙に調和していてこの国の同性愛の伝統みたいなものをなぜか実感させる。

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    2014年03月01日
  • 死者の書・口ぶえ

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    表題作「死者の書」は奈良時代の称徳帝の世を舞台に作られた物語。

    かつて二上山に葬られた滋賀津彦(大津皇子)の魂は、自身の最後に見た耳面刀自(中臣鎌足の娘)の姿のその一点を、死してなお世への執着のように覚えていた。
    一方、藤原南家豊成の娘、郎女は、二上山に沈む夕日に立ちのぼる貴人の面影を追うようになり、とうとうそれを恋うて二上山元の當麻寺に這入ってしまう。
    滋賀津彦を思ううちに、彼の魂が傍へ添うようになり、彼女は蓮糸で衣を織り彼の肌に着せたいと願い始める。そして出来上がった衣に彼女は絵の具で、その姿を描いて見せ…。


    大津を恋う心はその身に流れる藤原の血に、大津が憑いたからなのか、それとも。

    中将姫から得た物語、よく練られていると思います。
    かの當麻曼陀羅を、大津へのラブレターにするとは…畏るべし折口信夫の創造力!

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    2012年09月09日
  • 死者の書・口ぶえ

    Posted by ブクログ

    ●「死者の書」
     妄執と云うには美しすぎ、恋愛と云うにはいびつで、救済と呼ぶにはエロティック。
    ●「死者の書〜続編」
     え?何で未完なんですか?!
     すごく続きが気になるんですけど。
    ●「口ぶえ」
     自叙伝的物語。
     すごく‥‥ホモです。

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    2011年05月17日