折口信夫のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
『男はもはや孤独を怖れる必要がなかったのです』
桜の森の満開の下 坂口安吾
『誰かが後にいて、じっとその視線を彼女の上に集注しているような心もちである』 影 芥川龍之介
『そこの二階の六畳は、二人にとって唯一の世界であった』 芋虫 江戸川乱歩
『那時あの妓ーは緋の長襦袢を着て居ました。月夜のような群青に、秋草を銀で刺繍して』
浮舟 泉鏡花
『この美しい若衆はもて囃されていた』
身毒丸 折口信夫
『落盤に鎖された真暗な隧道の中で、十四郎は恐怖のために変貌を来たしてしまい』白蟻 小栗虫太郎
『この足こそは、やがて男の生血に肥え太り、男のむくろを蹈みつける足であった』
刺青 谷崎潤一郎
『この美しい、楽しい島はもうスッカリ地獄です』
瓶詰地獄 夢野久作
『あの人は、誰のものでもない。私のものだ』
駆け込み訴え 太宰治
『「何がって、知ってるじゃないか」と子供は嘲けるように答えた』 夢十夜 夏目漱石
美しい日本語に触れたくて読み始めましたが、十作のどれも不思議な世界にどっぷり浸かってしまいました -
Posted by ブクログ
ネタバレ総題の漢字よし。
収集箱じゃつまらない、蒐集函なのだ。
カバーイラストも素敵。
新潮文庫nexというレーベルで、ヤングアダルトにこの作品たちを差し出した編集部、GJ!
■坂口安吾 桜の森の満開の下
既読を再読。
■芥川龍之介 影 ★
初読。
芥川といいえばドッペルゲンガーなのでそういうことかと中盤で思わせておいて、ラストなんと映画だった? 夢だった? というオチ!
しかもそれすら真実かどうか不明な放り出し方。凄い。
しかし、「歯車」でも感じたことだが、狂気に飲み込まれそうな感覚を、それでも作品化「しちゃえる」ことが、逆に悲劇だったのかもしれないと考えたりもした。
■江戸川乱歩 芋虫
既読を再読。
■泉鏡花 浮舟 ★
初読。
少年士官、袂の懐中時計が消えたと思いきや、遭遇した赤ん坊が持っている。
赤ん坊は落ちないよう橋に赤い帯で結ばれている。
という、それだけの話。
それだけなのに、耽美で禍々しい予感だけが、際立つ。
■折口信夫 身毒丸
初読。中公文庫で読み切れなかったのだ。
で、実際読んでみても、あまり文意が読み取れず。
俊徳丸伝説をもとにした謡曲や説教はもとより知らず。
中上健次や三島由紀夫文脈で名前を聞いたことがあるくらい。
wikipediaに、
>折口信夫は俊徳丸伝説から仏教的・教義的な要素を取り払い、近世芸能の原始的なかたちを再現することを意図して短編小説「身毒丸」を書いた(大正6年発表)。「身毒丸」は「しんとく丸」にこの字を当てはめたもので、主人公は先祖伝来の病を持つ田楽師の息子として描かれている。折口信夫は「しんとく丸は『俊徳丸』と表記されることが多いが、もともとは『身毒丸』と表記されていたのだろう」と語っている。
とあるが。
なんとなくホモホモしい雰囲気で、いいといえばいいのだが。
■小栗虫太郎 白蟻 ★
初読。
面白……かったかどうかはわからないが、なんだか凄みのある文章だった。
というのも、人里から隔絶された家族は全員狂って、野生に返っていると思いきや、実際は明朗な滝人という女。
明朗というか、小栗式衒学を織り交ぜる形で、木の根っこに対して延々語りかける、その絵面はもう狂人。
しかも子供はフリークスで、足元の草むらをザザザーッと這い進む、それを殺人の道具にしちゃう、という、もうドウカシトル話。
その背後には、夫が入れ替わっているのでは!? という疑念があるわけだが、その犯行理由が凡庸に思えるくらい、クルットル設定で、あー確かに「黒死館殺人事件」でもワケワカランが勢いは凄まじかったなと思い出した。
■谷崎潤一郎 刺青
既読を再読。
■夢野久作 瓶詰地獄
既読を再読。
■太宰治 駈込み訴え
既読を再読。
耽美幻想という函に入れられることで、別の見え方。
■夏目漱石 夢十夜
既読を再読。 -
Posted by ブクログ
折口信夫らしい語り口調(学生向け)だった。
明治の女性短歌が盛り上がった理由についても少し言及していて、山中智恵子が折口信夫に少し執着していた理由が分かった気がした。単に古典の先生というわけでもなく自覚していたかはわからないけれど古代に根差したフェミニズムが入っているような気もした。
歌の話円寂するとき。後書きにも書いてあったけど要は短歌全集を一夏蔵に籠って「玉藻集」が一番良いですよと言いのけた人間が短歌の限界を明治に語り始めていて、今でも説得力があった。
短歌はまたその時代の人の心に戻ろうとしているけれど、一過性の芸術であることから逃げようと思ったら、山中智恵子のような宙から言葉を形作り持ってくる巫女的振る舞いをするしかないのかもしれない。
であれば、文中でもあったように消費者、批評家の方が問題ではある。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ耽美とは何なのか未だ理解できていないが、収録作から思うに愛憎、背徳、情念、倒錯、フェティシズム、幻想、狂気etcが入り混じったものか。そこにタナトス≒死への衝動が加味された、名だたる文豪らによる10編。
「桜の森の満開の下」(坂口安吾)や「瓶詰地獄」(夢野久作)は本書のコンセプトをまさに体現している作品か。作家のフェチ全開「刺青」(谷崎潤一郎)、美しくニューロティックな幻想「夢十夜」(夏目漱石)、サスペンスからの意外な結末「影」(芥川龍之介)もそこに沿ったものかと。
"美"という点では泉鏡花の「浮舟」、折口信夫「身毒丸」なのだろうが、個人的には独特の文体含め作品世界にハマれず味わいきれなかったのが正直なところ。「芋虫」は愛憎や倒錯という点ではそうかもしれないが、乱歩の"耽美"な作品というなら「人でなしの恋」辺りでもよかったのでは。
上州の山間に住む逼塞した一家。落盤事故からの生還後変貌した夫に疑念を抱く妻の執念がやがて……という「白蟻」(小栗虫太郎)は異彩を放つ一編。終始陰鬱な情景描写、狂気を帯びた女性の独白と晦渋で読み辛い地の文が続き(一体何を読まされてるんだ……)という思いを抱えたまま一家の運命を見届けることになる。何となくだが平田弘史氏の画が非常にマッチしそうな気がする。ただし異形の息子だけは日野日出志風かも。
裏切者の代名詞として歴史に名を残す男の訴え「駆込み訴え」(太宰治)。ラストに男が名乗るが大半の読者は前半部で彼、そして"あの人"が誰なのか気付くだろう。敬愛を募らせた余りの独占欲からの憎悪。2000年前の裏切りの真相は最早知るべくもないが、収録作中で"愛憎"を明確に最も描いているのはこれかもしれない。
レーベルはライトノベル、YA向け中心の新潮文庫nexではあるが、「桜の森の満開の下」「芋虫」「瓶詰地獄」ら有名作品と共に「影」「白蟻」「駆込み訴え」などややマイナー?な作品も収録する凝った構成。10代のそれも早い内にこんなのを読んだらその後の人格形成に影響が出そうな気がしないでもない、が。 -
Posted by ブクログ
死者の書は何度も読み返し、その度に魂を奮わされてきた。初稿も読み、人形劇の映画も観たし、近藤よう子の漫画も読んでいる。大坂に単身赴任時に当麻寺や二上山には何度も足を運んだ。
口ぶえも既読。
死者の書の続篇について知ったのは、中沢新一さんの本からだったかな。
概要を知って、それほど食指が動いた訳ではなかったんだけど、本屋の棚に見付け、読んでみた。
従って、このレビューは続篇についてのみ。
左大臣の名が明かにされないのは、本編(?)で亡霊の名が伏せられているのと共通している。読み始めて、あっさり折口の文章に絡め獲られる。
住吉から堺の古墳群を望み、学文路(かむろ)の寺に逗留する。高野山に行く南海電車にそんな駅あったなと思うが、そんな立派な寺あるんかな。当麻寺との繋がりも示唆されて、おっという気持ちになる。
房主と左大臣との対話の占いの話から日京卜からキリスト教らしき唐の不思議の術に話が及ぶ。初稿でも郎女の観想する阿弥陀の姿がキリストを彷彿としていたことを思い出す。このあと、どういう展開だったんだろう。知る術もないんだけどね。 -
Posted by ブクログ
昨年購入して、途中挫折していた本。
読み飛ばしつつなので、レビューは参考にならないと思います。
「詞章の伝承」
本歌取りについて、「単に他の歌を、新しい歌の上に重複させるという目的から離れて、ただ技術のための技術として、ある歌の一部に示されるのは、先行歌の一部に止るに過ぎないことも、多くなって来た。ただし、どの場合にも、先行歌は、文学としての取り扱いを受けるのでなしに、知識としてとりこまれているに過ぎない。
しかも古代の歌にある知識は、単なる知識ではなかった。いわば神から授った神の知恵であったのだ。……歌は、諺と同様のものと見なされる要素を十分に持っているために、忘れまいとし、記憶から放すまいとしたのである。」
「小説戯曲文学における物語要素」
「私の語ろうとする叙事物語の要素の第一項は、中世から近代へかけて、物語文学の上に、最も人気の久しかった源義経の話で、筆をおくことになった。なぜ、あれほどの英雄が、義経記では、その幼い時代と、若くしてふたたび京に上り、鬼一法眼の兵法を盗む件と、そうして後、兄の憎しみを受けて奥秀衡の許に下り、ついにかしこに落命する、三箇の点を重心としたのであろうか。どうして、一代の晴れ、平家追討の軍記にはまったく、触れるには及ばなかったのか。」
幼神信仰の形、若い姿の貴い流離者譚。
幼神と育み人の関係。
「日本文学発想法の一面」
「『話す』という語の意義はわからぬが、ともかく『話す』と『語る』は別のことである。話すということが始まってからも、語の意義は幾変遷しているのである。また『おとぎ』という語の意義もわからない。だが少なくともこれに『伽』という字を当てる理由だけは推測出来る。『ぎや』という声は呪文の短いもので、これを唱えることによって、闇黒を打払うことが出来ると考えた。」
どうでもいいけど、驚いた時に出る「ぎゃー!」って言葉は、ここに関わりが?(笑) -
Posted by ブクログ
折口信夫の「死者の書」は何度も読み返している。思い入れのある作品。
漫画になっていることは知っていたけれど、本屋の棚で見つけ購入。
近藤版の死者の書は、郎女の物語。僕は最初、原作を読んだ時から、亡霊の声に心が囚われていたので、虚を突かれた。
郎女が幻視する阿弥陀は、「死者の書」の初稿版に依っていると思う。キリストに似ている印象。漫画として近藤さんの解釈のシーンも加えられて、判り易くなっている。
亡霊の訪れを郎女は、どう捉えていたんだろうか。漫画からの印象は原作を読んだ時と違ったので、暫し考える。
語部の媼が郎女に語る「滋賀津彦は隼別でもおざりました。天若日子でもおざりました」。なぜ、終盤にこの台詞があったんだろう。読み間違いや読み落としがあったような気がしてきた。
原作をまた、読み返そうかな。 -
Posted by ブクログ
読まなくてはならない本が沢山溜まっているのに、手を出してしまった……。
私は、折口信夫という名より釈迢空の方がやや慣れているように思う。
全論文を完全収録しているとのこと。
この巻では、琉球信仰と髯籠の話が中心。
個人的には「よばい」と真名の関係。
「おめでとう」は目下の者が目上の者に使う言葉で、反対はなかったということなんかは面白い。
「いわゆる「異教」の国人の私どもには、何の掛り合いもないクリスマスの宵の燈に胸の躍るのを感じるのは、古風な生活の誘惑に過ぎまい。
くりすますの木も、さんた・くろうすも、実はやはり、昔の耶蘇教徒が異教の人々の「生活の古典」のみやびやかさを見棄てる気になれないで、とり込んだものであったのである。」
しきたりとして正月の国旗掲揚、門松と対比して述べている文なのだが、思わず笑ってしまった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「彼の人の眠りは、徐かに覚めて行った。まっ黒い夜の中に、更に冷え圧するものの澱んでいるなかに、目のあいて来るのを、覚えたのである。
した した した。耳に伝うように来るのは、水の垂れる音か。ただ凍りつくような暗闇の中で、おのずと睫と睫とが離れて来る。」
『死者の書』の冒頭。「彼の人」とは誰か? 謎めいた出だしにぐっと引き込まれる。次に、「した した した」という擬音音が、雫の落ちる音だと知って驚く。闇の中に、生者とも死者ともつかぬものが身を起こす不気味さ。第一章が魅力的だ。
他の章でも、独特な擬音語が登場する。「のくっと」身を起こす様、「こう こう こう」と魂を呼ぶ声、「つた つた つた」また「あっし あっし あっし」という足音、「はた はた ゆら ゆら」という機織りの音。異世界に連れて行かれるような心地がする。
ただ、筋立てが難解。ネタバレになるが、本来の筋立ては、「当麻寺を訪れた少女(郎女)からはじまり、「当麻のみ寺のありの姿」を模した曼陀羅を織り上げ、描ききることで、自身が目覚めさせてしまったこの世に「執心」を残して死んだ死者の想いを昇華させる少女(郎女)で終わる」(解説より)。
私には、「自身が目覚めさせてしまった」「死者の想いを昇華させる」の部分が読み取れなかった。丁寧な解説抜きでは、ほとんど理解できなかったと思う。
筋立ては理解できなくとも、郎女の見た俤人の神々しさ、一心に仕上げた衣の輝きが、胸に残った。また読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
折口信夫の「万葉集」と小池昌代訳の「百人一首」
はどちらも、少し難解というか、その良さがすべて理解
できたわけではありませんが豪華な内容だったと
思います。万葉集や百人一首をここまで深く読んだ
ことは初めてかと思います。
百人一首は、昔覚えた記憶があるのですが、割と
忘れているもので、半分以下しか覚えていません。
でも、かけ言葉や謎、背景、意味がここまで
詳しく読めたのは初めてかもしれません。
『新々百人一首』は中にはいい句もあるのでしょうが
個人的に丸谷氏の旧態のかなづかいがどうしても
気持ち悪くて、読む気になりません。
なんで旧かなづかいをわざわざする必要があるので
しょうか???
現代の人に伝えよう、聞いてもらおうという思いが
どうしても感じられないし、それをわざわざ読む
ことがどうしても気持ち悪くて私にとっては
耐えられません。 -
Posted by ブクログ
日本民族学の大家の4人の作品集
南方熊楠・柳田國男・折口信夫・宮本常一
南方熊楠は、『神社合祀に関する意見』
各地の神社が廃止されていくことに強い危機感を
もって意見書として書いてあるもの。神社をはじめ
日本における宗教的施設の役割や重要さ、もしくは
それが亡くなってしまう場合の民族として失う
ものを体系だてて整理して書かれてある。
少し難解ではありますが、とても趣のある内容で
あると思います。
柳田國男は民族史や古代からの日本の成り立ちに
ついての考え方や意見、考察がのべられている。
『海上の道』『根の国の話』『何をきていたか』
『酒ののみようの変遷』
折口信夫は、『死者の書』貴族の生活と仏教感
日本人がとらえる宗教感や死生観が美しく
語られているのですが、少し難解。
『我が子・我が母』『声澄む春』『神 やぶれたまふ』
は鬼気迫った感じで戦争に対しての憎悪が語られている。
宮本常一は、対馬や九州。日本各地の漁村・や寒村
の老人から語られる話をもとに、日本の原風景
や生活風景を克明に語られている内容。
私が子どもだったころ、うっすらとそういうこと
などがあったようなことを覚えていることが
何点かありましたが、もうなくなってしまった
日本の原風景・風俗・生活なのであろうと思います。