あらすじ
水の音と共に闇の中で目覚めた死者、滋賀津彦(大津皇子)。
一方、藤原南家豊成の娘・郎女は写経中のある日、二上山に見た俤に誘われ女人禁制の万法蔵院に足を踏み入れる。
罪を贖う間、山に葬られた滋賀津彦と彼が恋う耳面刀自の物語を聞かされた郎女の元に、「つた つた つた」滋賀津彦の亡霊が訪れ――。
ふたつの魂の神秘的な交感を描く、折口の代表的小説。
折口信夫の弟子で折口学の研究者として著名な故・池田弥三郎氏による詳細な補注、さらには作品執筆のきっかけとなった『山越阿弥陀図』および『當麻曼陀羅』をカラー口絵に収録。『死者の書』の決定版。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
巡り巡ってやっとこの本の順番に至った
そんで、見たぞ、景色を
自分の生半な知識ではあえて描きたくなかった景色を、折口信夫を頼って見たぞ
松岡正剛が、僕の中に蟠っただけのことを、千歩くらい先回りして見事に言葉に言ってくれてるので、そこはパス
日本の古代が、ヌーベルバーグのように描かれる
これを混乱と読むか、あるべくままと読むか
Posted by ブクログ
民俗学者である折口信夫の文学作品としての代表作。
奈良の二上山に伝わる大津皇子、中将姫伝説を下敷きとした、奈良時代を舞台とした幻想小説。
非業の死を遂げた大津皇子が墓の中で目覚めるところから物語は始まる。
同じくして、中将姫は當麻寺に導かれる。
意図的に時系列を前後させているため、しばらく物語の輪郭は掴めない。
蒙昧とした死者の意識が、次第に明らかになるように物語は進む。
Posted by ブクログ
折口信夫氏の『死者の書』を読み解く際には、作品の物語構造だけでなく、彼自身の思想的背景に目を向けることが重要であるように思われる。折口信夫氏は民俗学者として、古代から日本人の生活や信仰の底流に流れてきた祖霊信仰や鎮魂の観念に深い関心を寄せていた人物である。古代においては、死者は過去へと消え去る存在ではなく、生者の世界と緩やかにつながり続ける存在として捉えられていた。このような死生観は、本作において、郎女が死者の魂に導かれるように曼荼羅を織り上げていく構図の中に反映されているように感じられる。
本作がモチーフとする中将姫伝説では、奈良県の當麻寺に伝わる當麻曼荼羅が、極楽浄土を現世に可視化する聖なる造形として位置づけられているが、折口信夫氏はこの枠組みを借りながら、より根源的な「鎮魂」の営みを描き出そうとしているように思われる。郎女の織る曼荼羅は、救済の象徴であると同時に、死者の気配や記憶をこの世に留めるための媒体として機能しており、そこには死者と生者の境界を曖昧なものとして捉える折口信夫氏の思想が滲んでいる。こうした思想的背景と深く結びついているのが、本作において多用されるオノマトペである。
「した した した。」
「こう こう こう。」
「ほほき ほほきい ほほほきいーー。」
本作では、水の滴る音や助けを乞う声、鶯の鳴き声を表現するにあたってオノマトペが用いられており、独特な雰囲気を醸し出している。これらの表現は、論理的に把握できる出来事を描写するためというよりも、むしろ言葉になる以前の感覚や、目に見えない存在の兆しを読者に伝える役割を果たしているように見える。
折口信夫氏にとって死者や祖霊の世界は、明確な形や言語によって把握できるものではなく、音や気配、身体感覚としてふと立ち現れるものであったと考えられる。そのため、本作におけるオノマトペの多用は、物語の装飾というよりも、生者が死者の存在に触れる瞬間を表現するための方法であったと言えるかもしれない。オノマトペによって描かれる曖昧な感覚は、死者の声が直接言葉として語られることを避けつつ、なお確かにそこにいることを感じさせる効果を生み出している。
このように『死者の書』は、折口信夫氏の思想と密接に結びつきながら、物語内容だけでなく、言葉の選び方そのものによって死者の存在を描こうとする作品であるように思われる。中将姫伝説をなぞる曼荼羅織りの物語と、オノマトペによって立ち上がる死者の気配とが重なり合うことで、本作は死を静かに受け止め、なお語り継ごうとする文学的試みとして、独特な余韻を残しているように感じられる。
Posted by ブクログ
過去分
このような文体の本をしっかり読んだのは初めてだったので、読みづらかった!意味もあまり理解できず、、。
しかし、情景の美しさは目に浮かぶようで、奈良時代の良さ、悪いところが見えた気がした。
文章は流れるようで美しいと感じた。