日暮雅通のレビュー一覧
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古代シュメール人は、ミーと呼ばれる神経言語学的なプログラムによってパンを焼き家を建てていた。それは、脳のうち現在の言語を理解する部分のさらに深層の基盤に作用する人間の脳のためのプログラムであり、要するにそれがスノウクラッシュであった。
古代に、エンキという初めて意識を持つ人間が現れ、ミーではなく自由意思と理性を実装させる新たな神経言語を開発し、人間達は共通のプログラムではなく意思を持った宗教をいただくようになった。
しかし、人間の脳の構造が変わったわけではなく、古代のミーは密かに語り継がれ、そしてヒロの時代に、これを拡散させて人類を支配しようと考えた者が現れた。L•ボブ•ライフである。その一味にはアウレト人のレイヴンもいた。彼らはストリートとリアル世界の両方で、ミーを拡散しようとした。リアル世界では薬物に混ぜて、ストリートではバイナリ言語を理解するハッカー達に向けてバイナリ記号を読ませる形で、これを成し遂げようとするが、ヒロとY•Tとジャニータの連携によって、リアル世界ではミーに犯された者達にエンキの言語を聞かせることによって、ストリートではバイナリ言語の爆発寸前にバーチャル爆弾のコードを書き換えることによってこれを阻止する。
インターネットの本格普及前にここまでメタヴァースの概念とモデルをリアルに描けたことに素直に驚いた。
もっというと、メタヴァースは2023年の人間は実現イメージができているが、この物語のもう一つの(メタヴァースよりもメインの)テーマであるウイルスについて、脳の基盤に影響する神経言語学的ウイルスという発想は、まさにSFならではの発想で、これまで考えたこともなかった発想であった。エンキ以前の社会を共通言語による人格のない社会として描き、ここから多様な言語と自由意思を持つ社会へと移行した様を、バベルの物語として描くあたり、秀逸であった。 -
Posted by ブクログ
本書は1992年に書かれたもので、舞台となる時代設定ははっきりわからないが、主人公の親父が第二次大戦帰りであることや、マフィアのドンがベトナム戦争経験者であることなどから、だいたい2000年代くらいのイメージか。
アメリカは国家としての力をなくし、無数のフランチャイズと呼ばれる勢力がそれぞれ独立して地域を自治している。主人公のヒロはマフィアの経営するピザ屋の配達人で、配達が遅れれば実質的に死が待っている状況で配達していたが、ヒロインのY•Tという特急便屋にプーン(特急便屋はスケートボードに乗って移動体にワイヤーをくっつけて移動する)されてミスをし、配達人をやめる(ピザは気まぐれなY•Tが配達してくれて命は失わなかった)。この時代には、いわゆるメタヴァースとしての「ストリート」というサイバー空間が存在しており、ヒロはその初期開発者で、ブラックサンという高度にコーディングされたコミュニティ空間を開発した凄腕のハッカーであるとともにストリート最強の剣士でもある。
ある時、ヒロとともにブラックサンを開発したDa5idの下にあるデータの入ったカードが渡され、それを開いたDa5idはアヴァターがクラッシュするだけでなく、リアル世界でも昏睡状態に陥ってしまう。それはスノウクラッシュと呼ばれ、ただのコンピュータウイルスではない。
ヒロの元パートナーであるジャニータはある確信の下、その鍵を探りに「ラフト」に行く。
Y•Tはマフィアのボスであるアンクル•エンゾと懇意になり、ヒロもまた、スノウクラッシュの謎を解くため、古代のシュメール人の文化に鍵があることに迫る。 -
Posted by ブクログ
著者と相性が良いのか、ここまで読んだ長編3冊はいずれも意外なほど期待値を上回る読後感(そもそも期待値があまり高くないということもあるかもしれないが)。ファイロ・ヴァンスとDAマーカム、ヒース部長刑事などの丁々発止ながら品位を保とうとする掛け合いの好感度が高いのは、透明人間スマート・セット(笑)ヴァン・ダインがちょこちょこ挟む個人的感想によるところが大きい気がする。あまりに黒子すぎて不自然という感想ももっともだがが、ワトソン役が2人以上いる中でさらにもう1人となると収拾つかなさそうなのでこの異様な沈黙が都合良いのでは。後日談で、ちょい役の気の良いミセス・バニングを「私はなぜか、いつ見てもあの女性を好ましいと思う。」と評し裁判に巻き込まれなかったことを喜ぶ優しい性格が好き。ファイロ・ヴァンスについては、1990年代頃の有名なミステリ評「夜明けの睡魔」で、あからさまにやっかみながら一回転して作品は褒めていたようだが自分は結構この衒学キャラクターを楽しんでいる。「高潔な人物てのは、いわば自分の欠陥をさらけ出す勇気がない人間のことだ。」(P123)など、強引だし当然異論はあろうが、見落としがちな真理の一部を突いていて感心させられる。またマーカムの概ね大人エレガントなツッコミや受け答えは勉強になり、真似してみたいと思う。容疑者や刑事の姓名が変化に富んで面白い。
本文の引用が長いが思い入れが感じられるあとがきの充実度に星を1つ増やした。ガーデン殺人事件を読んで、今まで古い翻訳は敬遠していたけれど味があっていいなと思っていたところで「全長編を個人全訳された井上勇氏」の経歴にじんと来るものがある。この新訳も可読性向上させつつ、カジュアルになりすぎず一世紀前の雰囲気を損なわないようで好感が持てる。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ苦手そうと思いつつ手に取ってみたのがちょうど4月で、小説の舞台と一致する時期に読むのが好きなのでページをめくり始めたら意外にすらすら進めて一気に終わった。推理力がないのに、それなりに古典ミステリーを読み溜めてしまったために、第一の殺人の時点で犯人と動機が思い浮かんでしまい(一番連想したのは映画のローラ殺人事件だったが)、怪しい人物が出てくるたびにやっぱり自分間違ってたのかな、と揺さぶられつつ結果は予定調和…まっさらな気分で堪能できないのは残念だが雰囲気が好きで楽しめた。
後輩エラリークイーンよりもっとペダンティックな探偵と言われるので腰が引けてたけれど、初期EQで免疫ができていた+蘊蓄の内容に必然性があるというかストーリーに馴染んでいる(端折ってしまうと「数学者は殺人に抵抗を持たなくなる」とか現実的には荒唐無稽な暴論ながら小説の中で説得力のある意見として機能させるために一見冗長な学識データが生きているところなど)。衝撃の結末?も、こちらを本歌取りしたようなYの悲劇では「え… (だめじゃない?)」だったけど、元祖は(犯人の年齢もあるかもしれない)ワイングラス入れ替え時のとってつけた「チェリーニの飾り板」発言が、探偵の衒学キャラクターの効果で妙に鮮やかに決まっていて、種明かし時に不謹慎ながら笑ってしまった。法の執行者に咎められる場面から直接最後の1ページで大人の判断になったんだなとわかる終わり方自体大人な感じ。透明人間なナレーターとその原注もなんだか斬新。 -
Posted by ブクログ
ネタバレまだ上巻なので作品のできについての判断はできないけれど、あまりにも衒学過ぎてとっつきにくいにもほどがあると最初はうんざりした。
何しろ17世紀のイギリスの話で、第一章の語り手はイギリスに着いたばかりのヴェネツィアの若者。
多分本人による手記よりも会話は困難を極めただろうし、それに伴う勘違いのようなボタンの掛け違いもあっただろうし、文化の違いによるバイアスもかかっただろう。
何よりも、宗教の違いは大きい。
語り手は敬虔なカトリック教徒であり、英国は英国国教会を国教としている国。
日本人から見ると同じ神を信じているはずなのに、神に対する姿勢は全く違う。
”プロテスタントがよく聖書の引用をして競い合うのはどう考えても馬鹿ばかしいことだったし、場合によっては神への冒瀆に当たるのではないか、とさえ思っている。”
これと同じことをモンテーニュも『エセー』の中で書いていましたね。
さて、多少世間知らずなところがあるとはいえ、医学生として病人を見ると治療せずにはいられない好青年のマルコ・ダ・コーラの手記が第一章に当たる。
実家は裕福ではあるものの、信頼していた人にイギリスでの財産を横領され、それを取り返すべく野蛮な国イギリスにやってきたわけだけど、どこで誰に訴えていいのかもわからないし、手持ちの金も不如意の状態。
それでも、イギリス人の文化程度の低さも不衛生も我慢し、極力プライドを抑えてオックスフォードの学生としての人脈を広げようと努力を怠らない。
たとえ空回りをしようとも。
ふとしたことで一人の老女の治療をすることになるが、どう見ても手の施しようがない。
看病している娘のサラは顔はきれいでも性格は粗暴で、これ以上関わりたくないという思いと、輸血という新しい治療法を試してみたい気持ちとの間で揺れたコーラは、結局治療をすることで否応なく事件に巻き込まれていく。
オックスフォードの教師グローヴが、自宅の室内で誰かに毒殺された。
どういうわけか最初からサラが犯人であるといううわさが流れ、証拠も提出される。
サラは罪を認め絞首刑となり、一度は持ち直したサラの母も結局は命を喪ってしまう。
コーラはサラを火葬してやり、その母親の埋葬費も払ってイギリスを去り国へ帰ることにした。
そして二章に入ると、今度はコーラと何度か交流のあったジャック・プレストコットの手記となる。
なるほど、この本に4人の訳者がいるというのは、そういうことか。(全体が四章ある)
プレストコットは第一章では、オックスフォード大学の法学徒であり恩人を殺害しようとした罪で死刑を待つ囚人だった。
しかし、プレストコットはまず、コーラの手記には嘘があることを記す。
また、恣意的に記載されていないことのあることを指摘する。
自身の生い立ちを延々と書き連ね、それはそれで興味深いが、いったい私は何を読まされているのだ?と思った頃、プレストコットとサラの繫がりも明らかになる。
21世紀では考えられない関係性というしかない二人の因縁は、第一章でコーラが書いたようにサラの刑死という形で幕を下ろすのだけど、それで本当にいいのか?プレストコットよ。
グローヴの死の瞬間を立ち会ったプレストコットは、それについてあまり衝撃を受けていないようにも見え、少々メンタルが普通じゃないのかもしれないと思ったり。
この二人の手記は、それぞれに自分は善人であると思い、正しい行いをし、神に対して恥じることがないように書いていあるが、書かれている内容は必ずしも同じではない。
信用できる語り手なんて存在はない、というのがこのタイトル『指差す標識の事例』ってことなんだろうか。 -
Posted by ブクログ
緋色の研究から続いて四つの署名を読みましたが、2作品読み終え何となく思ったのですが、シャーロック・ホームズシリーズはミステリーというよりかは、ホームズという天才の活躍をワトソンの視点から魅力的に描かれている冒険譚、という印象です。
謎解きの要素もありますが、それ以上に熱い展開が多く、犯人もミステリーにおける犯人像というよりかは、それこそ少年漫画に出てくるヴィランの様な、一種美学や教示を感じさせる人物が多く、彼らとの戦いの熱量も読んでてワクワクさせてくれます。
次はいよいよホームズの冒険を読もうと思いますが、人気の原点との事で、今から楽しみです。