Posted by ブクログ
2015年08月05日
歌謡曲の名作「襟裳岬」の歌詞で、
通りすぎた 夏のにおい
想い出して なつかしいね
という一節があります。
若い頃から、詩がステキやなあ、と思っていたんですが。
オジサンになるにつけ、この一節。
特に、「通りすぎた 夏のにおい」というのは凄い日本語だなあ、と。
北海道と沖縄の人には申し訳ない...続きを読むですが、春夏秋冬の四季のリズムに体が慣れている日本の風土ならではの、言葉ですね。
「過ぎ去った」でも「終わった」でもなく、「通りすぎた」というのもステキ。橋の上から川の流れを見ているような。
無論、何より「夏のにおい」。
なんかこう、あの暑苦しくて無駄に強烈で、意味も無くエネルギッシュな感じが…。
と、猛暑な2015年八月にしみじみと。
「シャーロック・ホームズの事件簿」を読んで思いました。
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光文社文庫さんで、ほぼ順番に読んできたシャーロック・ホームズ・シリーズ。
第1作「緋色の研究」を読んだのが2013年3月。
足掛け2年半で、全8冊読破、ということになりました。
ちょっと感無量。
シャーロック・ホームズ・シリーズの第1作、
長編「緋色の研究」は、1887年に発表されました。
当然イギリスで。
日本ではまだ、夏目漱石が二十歳の学生でした。
コナン・ドイルさんはまだ28歳くらい。
今いち流行らない若い開業医。
暇な時間に小説を書いては投稿していました。
「緋色の研究」は左程、売れませんでした。
2年後1889年の第2作の長編「四つの署名」も、そこそこ。
コナン・ドイルさんは、実は歴史小説家志望だったようですね。というか、歴史小説はホームズ以前も以後も、ずっと書いていたそうです。
そして、ホームズがヒットする前に、初めに職業作家として売れたのも、歴史小説だったそうです。
歴史小説を書く一方で。
1891年に、雑誌でホームズ・シリーズの連載を始めます。
雑誌の都合で短編連作のカタチを取ります。
これが、当初から大ヒットになったそうです。
それからは、1927年の短編「ショスコム荘」まで。第1作から足掛け、なんと40年!。
ドイルさん、28歳から67歳くらいまで!
40年間、同じ主人公の小説を商業的に書き続けるっていうのは、ギネスブックじゃないでしょうかね…。
日本では1899年に、もう翻訳が出ているそうです。英語圏以外では、相当に早いみたいですね。
「シャーロック・ホームズの事件簿」。
最後のホームズ本です。短編が12篇入っています。
1921年~1927年に発表された短編をまとめたもの。
つまりドイルさん60代の晩年です。
どうやら、ホームズ好きの人たちの中では、
「晩年の作、つまり"事件簿"は、いまいちだ」
という評価が定番のようですね。
それは、僕も同感です。
ですが、もうここまで長々と読んできてしまった付き合いっていうものがあります(笑)。
ルパン三世だって、1話1話は面白くないかもしれないけど、ついつい見ちゃうし、ルパン一味のキャラクターを見るだけで楽しめちゃう。
それから、この短編集は、
●引退してロンドンを離れて養蜂家になったホームズが描かれる短編がある。
●ホームズが一人称で語る短編がある。
という、ホームズファンからするとちょっと見逃せないイロモノが含まれています。
(どれも、小説としてシリーズ屈指か、と言われるとそんなことは無いんですけど)
なんだか悪口を言うようですが、そうでもないんです。
やっぱり面白かったんです。
なんていうか…老いてるんですよね。作者が。
ホームズとワトソンを産んだのは、40年前なわけです。
それからというもの、時代は変わりました。
馬車が自動車になり。電話が普及して。何よりも第1次世界大戦があり。戦争は騎士道から即物的な残酷さへと変わりました。
大英帝国は新たな勢力に押されてきています。
そして、燃えるアマチュア青年作家だったドイルさんは、サーの称号を持つ世界の人気作家な訳です。
なんかこう…ホームズとワトソンの物語にも、どこかしら、
「ああ、僕たちが若かった頃は過ぎてしまったね。
無軌道に、自由で、独身で、しがらみの無かった、あの危なっかしくて輝かしい日々は、もう戻ってこないよね」
というような感傷が。
つまり、「通りすぎた 夏のにおい」ってヤツが。
それがささやかに、かすかに、見え隠れするんです。
と、僕は思いました。
そんな薄い苦みが入り込む、
いつもながらのエンターテイメントな犯罪人間ドラマ、
ヒーロー物語。
弾むような才気やキレは薄まっていると思いますが、
ドイルさん60代の郷愁ただようホームズも、なかなかどうして。
そして、「ああ、読み終わっちゃったなあ」という、この感覚。この感傷(笑)。
これがまた、やっぱり読書の愉しみですねえ。
思わずこのまま、モーリス・ルブラン「ルパンvs.ホームズ」を再読するか…!
そのままルパンシリーズ再読?!
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もともと思い出したら。2年半前にたまたまテレビで、現代に置き換えた海外ドラマ「シャーロック」を観たんですね。
それがきっかけで、ホームズを読みだしたんでした。
「考えたらあんまり読んでないなあ。原作を読んでから見ようかな」と。
そのきっかけを忘れてました(笑)
ぼちぼち見てみようかな…。
実は「事件簿」の解説で知ったのが。
ドイルさんは「事件簿」の前の短編集、1917年出版の「最後の挨拶」で、ホームズ・シリーズは終わらしたつもりだったんですって。
ところが、1920年に制作された、ホームズの映画を見て、その出来に感激して、「事件簿」の短編たちを書いたんだそうです。
映画・ドラマと小説っていうのも、そう考えるとちょっと、愉快な関係な気もしますね。
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以下、各編の備忘録
①マザリンの宝石
もともとは戯曲だったそうです。
何故か三人称。
悪党がいて、ホームズが追い詰める。
だが、ホームズは、マザリンの宝石を取り返したい。
その場所が分からない。
悪党と部下がホームズの部屋を訪問。
ホームズは隣室でバイオリンを弾いている。その間に悪党は部下と密談。
ところが、実は最新の「蓄音機」だった。騙したホームズは密談が聞こえていて、宝石を取り戻す。
②ソア橋の難問
これは印象に残っています。
愛情の冷めた夫婦。だが妻は嫉妬深い。
夫は別の女に走った。(その女は、純粋な、良い人)
嫉妬に狂った妻は、その女が、自分を殺したように見えるように、自殺する、という。
どうみても、女が妻を殺した、と見える事件を、ホームズが見破る。
③這う男
今でいうとバイアグラみたいな若返りの薬を飲んだ学者が、正気を失っていく。
正直、「?」という一篇。この頃の感覚で、最新医学SFみたいなことだったんだろうか。
④サセックスの吸血鬼
「妻が赤ん坊の次男の首から血を吸った」と訴える男。
でも実は、嫉妬した長男が入れた毒を吸い出していた、という落ち。
長男は養子で、まあいろいろ愛情のねじれの背景があった、という。
⑤三人のガリデブ
「赤毛同盟」的なオハナシ。
悪い男が「ガリデブさんがもう一人いたら財産が入ってくる」、という騙しで、引きこもっている男を家から出そうとする。
その家の床下に、高価な偽札マシンがあるからだった。
「地下に偽札マシン」っていう設定が、「ルパン三世・カリオストロの城」と同じだ!
⑥高名な依頼人
悪人、殺人も辞さない高級犯罪者がいます。色男で女ったらし。
社交界で、名誉ある女性が、この男にたらしこまれてしまって、ぞっこんに。結婚するぞ!と。
周りはみんな、酷い目に合わされる、と反対。でも悪行過去を聴いても、恋は盲目あばたもえくぼ、その女性は動じない。
さて、これを恐らく王室筋の依頼で、ホームズがなんとかする。
最終的には、この男の、変態色恋の備忘メモを手に入れて、それを見せることで万事めでたし。
途中でぼこぼこにされて動けなくなるホームズ、というのが珍しい。
そして、ホームズに言われて中国陶器に詳しいふりをするために頑張って勉強するワトソン。
そして、悪人と対決して、その知識をもとに芝居を打つワトソン。
でも、すぐに見破られて、大失敗のワトソン。
でも、その裏でワトソンを囮に目的を達するホームズ。
でも、中国陶器の知識は要らなかったワトソン…。
いったいワトソンの無駄な努力って…かわいそう…。
⑦三破風館
破風=つまり切り妻屋根ということだと思われます。
そういう切り妻屋根の家に住んでいる女性。息子が異国で死んでしまった。
その遺品から何かの草稿が盗まれる。
ホームズがその大元は、スペイン系?の社交界のプレイガールだと看過。
自分との色んなことを小説に書かれたから。違法行為もばれてしまうから。
見逃す代わりに切り妻屋根の女性への慰謝料を払わせる。
⑧白面の兵士
珍しい「ホームズ一人称」。ワトソンが出てこない。
異国で病気になった男性が、ハンセン病なのかな?世間体を恐れて自宅で逼塞している。
それが誤解を生んで犯罪と思われた事件を、ホームズが看破する。
特段な大きなトリックは無いです。
⑨ライオンのたてがみ
これも、「ホームズ一人称」。そして、引退して郊外で養蜂家をしているホームズ!。
その田舎で起こった事件。
殺人かと思ったら、クラゲだった、というお話。
⑩隠居した画材屋
妻が有価証券を持って男とかけおちした、と主張する男。
でも実は、男が地下金庫を密室にしてガスでふたりを殺していた。
それをホームズが暴く。
始めに忙しいホームズに代わって、ワトソンが単独で探偵にいく。
戻ってきて報告して、ホームズにけちょんけちょんに言われるのが可哀そうで面白い。
⑪ヴェールの下宿人
巡業サーカスのボスがいる。ひどい男で、奥さんを苛めている。奥さんは団員の男と愛し合い、夫を殺す。
その際にライオンに顔をめちゃくちゃにされる…
という過去を、ホームズに語る。
⑫ショスコム荘
あるお屋敷で、ある男が、妹を殺したのではないか?という疑惑。
生きていると思える妹はニセモノで、実は死んでいる、というところまでホームズが暴く。
なんだけど、その後は「実は事故死だった。財産の関係でしばらく生きていることにしたかった」という腰砕けな落ち。
以上