宇江佐真理のレビュー一覧

  • 斬られ権佐

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    惚れた女を救うため夢中になって負った刀傷が八十八。相手がよほど鈍らのへたくそだったんだねぇ。秋山小兵衛みたいだったらもうそれでお話が終わってます。深川八丁堀が舞台のはずなのに、そんな風にぼろぼろになってしまった体はちゃきちゃきとはいかず、人間健康が一番だと妙に納得してしまう色を持っている。そんな「江戸っ子でい!」とはとても言えない薄暗い雰囲気が最後に生きてきて、死をもって終わっても読後感はさわやかである。

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    2011年09月11日
  • 室の梅 おろく医者覚え帖

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    江戸に専門の検死医がいたかどうかは不明だそうだが、検死ばかりしている医者一家の三男坊とお産婆の妻の話である。彼女の作品の女性主人公はみな職業持ちで、内助の功を誇ってばかりではない。勝手に作り上げられた大和撫子の型にはまらない主人公たちを見ているのはいい気分だ。夫婦としてのバランスもとてもいい。武家や大店はいざ知らず、一般庶民はほとんど共働きだったというし、こちらが本当の江戸の生活かもしれない。獣の肉を食べると出るものが臭いと笑わせて始まる山くじらは寄生虫で終わる悲しい話だった。表題になっている室の梅も暗さやつらさを乗り越え明るく、常套でもいい終わり方だった。

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    2011年09月11日
  • 黒く塗れ 髪結い伊三次捕物余話

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    表題はなんとローリング・ストーンズのPaint it Blackからだとか。作家さんというのはいろんなところからアイデアを探し出すものね。独り者同士飄々と暮らしていた伊三次と文だけど、一緒になって、ややが出来てなぜか伊三次が一気に男前になった。文は赤ん坊に振り回されている気ままに生きてきた初心者母という意外だけど、やたらにできた母親になるより現実感があっていい。彼女の年まで一人で生きてきて、そうそう他人に合わせられるものでもなく、ましてやNoは受け付けない子供の世話は大変。
    まだまだ続きそうなこのシリーズ、緑川や不破も子供の世代が顔を出してきていい感じ。あとね、カバーの絵がいいね。というか少女マンガに和服を持ってくる漫画家さんにはぜひこれで勉強してもらいたい。

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    2011年09月11日
  • 我、言挙げす 髪結い伊三次捕物余話

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    第八弾
    発刊ペースは知らないが、展開、構成は本当に変化ない。
    段々と登場人物が年をとっていき、若者の成長がメインになっていくのか?

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    2011年09月05日
  • 君を乗せる舟 髪結い伊三次捕物余話

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    第六弾
    伊三次の仕える同心の息子、龍之進がメイン
    相変わらず内容の変わらないが、短編の持って来かた、内容も変化なし
    最近は必ず、理屈で理解できない事柄が必ず書かれている。

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    2011年09月05日
  • さんだらぼっち 髪結い伊三次捕物余話

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    第四弾
    相も変わらず、登場人物の織りなす人生模様
    今回はお文に子供ができるまで、途中に色々な出来事が進行する。
    事件そのものは大した事件でなくても、それぞれの人々にとっては重要か

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    2011年08月21日
  • 紫紺のつばめ 髪結い伊三次捕物余話

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    第二弾
    1巻は読んでないが、連続した話の展開、1巻を読む必要を感じる。
    5編の短編だが登場人物にとってはすべて連続した流れ。
    深川芸者のお文と同心の手先の髪結い伊三次の話

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    2011年08月20日
  • 深川恋物語

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    江戸、深川が舞台の短編が6つ。出てくる娘さんがリアルで目に浮かんでくるようです。それからいろんな職人さんが出てきてとても面白い。下駄職人、花火職人、凧職人、大工、板前。江戸のゆとりや庶民の生活を身近に感じた。登場人物の人柄、しぐさ、思いやりにじんとする。「下駄屋おけい」「凧、凧、揚がれ」「狐拳」が特に良かった。いつの世も人のやさしさがあればこそ生きていけるのだと思う。どうしても泣けてきてしまう。

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    2011年09月18日
  • 聞き屋与平 江戸夜咄草

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    大店の薬種問屋の隠居である与平が始めた、ただ客の話を聞くだけの商売「聞き屋」。そこに訪れる客や、ご近所さんに身内、そして自分の過去なども織り交ぜた連作短編集。またミョーな商売を考えましたな。ま、でも、意外としっくりきています。需要はけっこうあるようです。支店(?)もできました。後継者もいます。以上!・・・・・・・・・なんのこっちゃ。

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    2011年09月26日
  • 斬られ権佐

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    身体に八十八か所の刀傷を持つ、本業は仕立て屋で裏では小者を務める「斬られの権佐」が主人公の、連作短編集っぽい長編。いきなり傷だらけで登場。小者稼業で活躍しつつも、後遺症ですでにあっちこっち弱まってます。んで、後半はほとんどヨレヨレ。ある意味、斬新なキャラの主人公ではあります。

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    2011年09月26日
  • 雨を見たか 髪結い伊三次捕物余話

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    ネタバレ

    今回は、不破龍之進とその見習い同心仲間の「八丁堀純情派」と、最近江戸を騒がしている「本所無頼派」の対立が軸になっています。緑川平八郎の息子鉈五郎は親譲りの皮肉なやつだけど、勉強というか調べ物が得意な西尾左内が良い味出してますね。龍之進が、伊三次を尊敬してた少年から、伊三次を同心の手下として見るように変わっていくのが、伊三次には寂しかったのね。

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    2011年06月08日
  • 君を乗せる舟 髪結い伊三次捕物余話

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    ネタバレ

    シリーズ6作目。同心・不和友之進の息子で、見習い同心になった龍之進の話を中心に進む。伊三次の出番が少なくなったのはちょっと寂しいけど、龍之進とあぐりの話は良かったです。あぐり、騙されてるぞ!お嬢様だからなあ・・・って。龍之進、強くなれ!

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    2011年06月08日
  • さんだらぼっち 髪結い伊三次捕物余話

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    ネタバレ

    お文は激しい気性だなあ・・・と再認識させられたこの巻。でも、折檻された子供を前におんどりゃああ!って気持ちも、後に引けない気持ちも良く分かる。今回の離れ離れは前と違って、読者もちょっとだけ安心して見てられるのが、2人の関係性を丁寧に積み上げて来た著者の力量かな。直次郎もなんだか切ないよね。良い方向にいきかけたのに・・・。ここには人生がつまってる。そんな一冊。

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    2011年06月08日
  • 余寒の雪

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    短編集。
    平成7年にデビュー後、3年間連載したという初期のもの。
    作者の地元・函館に近い松前藩の記録を元にしたものなど、かっちり描かれています。
    松前藩は日本最北の藩だそう。
    松前藩に忠誠を誓うアイヌ12人の「夷酋列像」という絵があり、見事な絵だが、実像とは違うという説もあり、いつか取り上げたいと思っていたとのこと。「蝦夷松前藩異聞」という作品にまとめた。

    「藤尾の局」は商家の後妻になって、なさぬ仲の息子達の狼藉に悩まされる女性。
    末娘がなぜ怒らないのかと話を聞くと、大奥奉公で苦労した経験があり、それに比べれば大したことはないから、と。その時一度だけやり返したが、実は後悔が残ったのだという。
    妹に話を聞いた息子達は‥

    表題作の雪は、富士山の雪。
    男装で、剣の腕を磨いてきた娘・知佐。
    剣の指導者としてお城に上がる夢を抱いていたが、なかなかそれは難しいこと。心配した両親や伯父が一計を案じ、縁談をまとめてしまう。
    江戸見物に同行したら、明日は祝言と言われるのだ。
    相手は一回り年上で、3年前に妻を亡くし、幼い子がある鶴見俵四郎。
    驚愕して断る娘に、相手方もそれは無理があると同意、帰る算段がつくまで逗留するようにと言ってくれる。
    俵四郎は仕事で帰りが遅く、約束した手合わせも出来ないまま日が過ぎる。
    寂しげにしている子供・松之丞と遊んでやって懐かれて、男親ともいつしか惹かれ合うように。
    落ちつく所は見えるが、心地良く引っ張っていってくれます。

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    2011年06月19日
  • 泣きの銀次

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    妹の死をきっかけに、江戸の大店の跡取りの地位を捨て岡っ引きになった「泣きの銀次」が主役の長編。あまり厚くない本でもあり、さらさらり〜っと読めました。捕り物を中心とした人情噺ですが、市井のいろんな職業のヒトビトが登場して、いつものようにとても面白いお話でした。「伊三次シリーズ」とはまた少し趣の異なるカンジで、なかなか良いです。「続」もすでに手元にあるので、楽しみであります。むひひ。

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    2011年09月26日
  • さんだらぼっち 髪結い伊三次捕物余話

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    人気の「髪結い伊三次捕物余話」4作目。
    流れるような文体で、時代色たっぷりなのに、わかりやすい。

    前作でお文の家が火事になって焼け出され、やっと夫婦になった伊三次とお文。
    深川芸者の文吉として鳴らしたお文に長屋暮らしは無理があったが、お文のほうも、すぐ引っ越したいとは言わなかった。
    長屋のおかみさん連中は皆よってたかって、炊事の面倒まで見てくれたのだ。
    ところが、思いがけない事件の余波で、お文は長屋を飛び出すことに…
    これっきりになってしまう仲ではないけれど、ここは自分の居場所でなかったと道に立ち尽くすお文の心情が哀しい。

    伊三次が手伝いをしている奉行所の不破が「お文に無理をさせたんじゃないか」というのは優しいですね。
    伊三次もくわしく事情を知って反省し、ようやく家を構えることにする。

    「鬼の通る道」は不破の一人息子、龍之介が論語を習いに私塾に通うようになる。
    当時、素読吟味は侍の大事な教養で、試験もあり、不破の妻いなみが受けさせたがったのだ。
    伊三次がいなみのことをいつも褒めるので少し悋気したこともあるお文だったが、いなみと知り合うようになって、深く納得しているお文。
    しかし、どちらかというと剣術の方が得意な龍之介は熱を出してしまう…?

    「さんだらぼっち」とは、米俵の両端に当てる藁の蓋のこと。
    桟俵法師がなまったもの。
    大切なお米を入れる物だから、使い終わった後にも拝む物を乗せるのに使ったりする。
    木戸番の夫婦が、疱瘡が流行ったときに、このさんだらぼっちを家の棚に載せて拝んでいたのが外から丸見えで、夫婦に懐いて通う子供達がこの店のことをさんだらぼっちと言うようになり、挨拶するにも使ったのだ。
    木戸番では木戸の開け閉てや夜回りの他に、日用品も置いて売っていて、お文も馴染みになる。

    お文の女中だったおこなはお文の家が焼けて居場所をなくし、水茶屋へ勤めに出ている。
    正吉がおこなに気があって通ってくるので、正吉の親や番頭が心配して釘を刺しに来る。
    正吉もいささかぼんやりした若者なので、世間を知るようにと岡っ引きの増蔵親方の所に見習いに来ているのだったが。少し大きな米搗き屋の一人息子なのだ。
    おこなは、もともと水商売でそこの主人と結婚したこともある女だから、かたぎの店の女主人に迎えられることはまずあり得ない…

    湯屋に嫁いだもう一人の女中おみつは、妊娠。幸せになっていると思われたが?

    所帯を持ったものの、波乱の続く時期になっていたんですね。

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    2011年05月25日
  • おはぐろとんぼ 江戸人情堀物語

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    かつて江戸の街のあっちこっちにあった「堀」にまつわる人情噺の短編集。宇江佐センセはホントは江戸のヒトに違いない!と思うほどの、相変わらずの風景描写の濃さ。こういうモノを書かせたら、まず間違いないですね。キーワードは、血はつながってないけどそれ以上のつながりを感じさせる家族。かな?

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    2011年09月26日
  • あやめ横丁の人々

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    あやめ横丁に匿われた旗本の三男坊。徐々に町の暮らしに馴染む姿は微笑ましいが、あやめ横丁に住む人々の過去はとても悲しい。「あやめ」の云われもショッキングだが、プロローグに人生の儚さを感じる。宇江佐さんの巧さにはいつも感服します。

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    2011年04月13日
  • 我、言挙げす 髪結い伊三次捕物余話

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    シリーズの・・・・・何作目だったっけ?今回もジュニア世代の活躍が目立ちますが、従来のシニア(?)世代もまだまだ主役で頑張っています。そんなこんなで読み進めたところ、最後の最後で・・・、なんとゆうことでしょう!そりゃーヒドイよ、宇江佐センセ!とゆうラストで今回は幕を閉じます。コレを読んでる今のご時世と照らし合わせ、何ともフクザツな思いがします。まあ、これをお書きになっている頃には、2011年の日本がこんなことになってるとは思いもしなかったのでしょうが。でも、そんな中でも強く生きようとする人々の姿もあり、ちょっと救われました。また続編をお待ちしております。

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    2011年09月26日
  • 三日月が円くなるまで 小十郎始末記

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    江戸時代を選んで書いているのは、名もない一人の庶民と自分が繋がっているかも知れない、という思いからだと著者の宇江佐さんは語っているそうです。また、今の時代の便利さやスピードに対する疑問からともおっしゃっているそうです。

    今の時代、スマートフォンなどが登場し、どんどん便利になり、さまざまなものの流れが速くなっています。

    人と人との関係も、TwitterやFacebookなどのソーシャルメディアがコミュニケーションに欠かせなくなりつつあります。情報の伝播力はすさまじく、中東では革命に一役買っていたという。

    ネットを中核にしたコミュニケーションの領域には、もはや国境は見当たりません。

    今回の東日本大震災では、安否確認や被災地の状況などでネットも大活躍したようです。

    私も故郷の母が心配で、電話は不通、停電で、通常のコミュニケーション網は役に立たなくて、地元のブログにコメントを書き込んで、安否と状況を確認できました。見も知らぬ人々に助けられました。

    しかし、どこまでこの拡張・拡大の波動は続くのでしょうか。

    日々の生活に潤いが感じられなくなってきたように思っています。

    江戸時代は夜は暗く、夏は暑く、冬は寒かった。
    電話もない、電気もない、メールもない。

    その時代をいまは決して望んではいませんが、少し不便になり、少し速度を落としてもいいではないかと思うことが多くなりました。

    この物語の中で、恋するものたちは、「待つ」ことを強いられます。待つことに耐えなければなりません。待つことで、しかるべき時を創らなければなりません。

    江戸から東北盛岡までの距離を歩いて往来していた。その道中では何を考え、何を思って歩き続けたのでしょう。

    私に必要なのは、そうした時間をしっかりとることだと最近しみじみと感じています。

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    2011年03月25日