福沢諭吉のレビュー一覧
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ネタバレ本書で興味をもった点は3点。
①目的なしの勉強
ここでは目的を持たずして勉強したことこそ仕合せであったと述べている。何々を成し遂げたいが故に勉強に励んでしまうと却って身構えてしまい修学することができないとのことで、身軽な状態で学ぶからこそ結果が出たとこの時は述べているようだ。
②一国の独立は国民の独立心から
別の本で「国を支えて、国に頼らず」という言葉を福沢伝に付け加えていたが、まさにそのことを福沢自信が述べている。こういった心持を持っていたからこそ、教育者という身分であり続け、政治社会に足を突っ込まなかったようである。
③海臨丸での米国航海から
米国渡航、欧州渡航についての感想を述べており、自分自身はこの点がとても興味深く読めた。当時の日本人がアメリカでのもてなしや風情に驚いている姿が見て取れが、これが後々の英語教育を推し進める源流になったのかと思うと、その経験たるや想像を超えたものなのだろうと。 -
Posted by ブクログ
あの「学問のすすめ」を著した福沢諭吉が、晩年に自身の人生を振り返った自伝である。
しかし注意しなければならないのは、語られるべきだが触れられていない人々が数多いるそうだ。例えば福沢に実学を重視するという思想を植えたのは「海防学」で有名な野本真城だが語られていない。
また、故郷中津藩にあった改革党は実学派と尊皇派の二派閥があり、福沢は後に学友から命を狙われた。そういう過去を隠したかったのか、中津の友人たちについては黙している。そういう意味で自伝とは言いながらも語っていない部分も多いのだということを頭の片隅においておかなければならない。
それにしても福沢諭吉という人は偉大な人物だから、どんなに素晴らしい人生を送ったのかと思ったら、意外にもとんでもないことを種々やらかしている。大坂の緒方洪庵の適塾では、大酒を飲んで暴れたり、喧嘩を仕掛けたり、ひどいことをよほどやったようだ。
そのかわり勉強もした。儒学、朱子学の系統を嫌い、蘭学を志した。そのうち蘭語があまり役に立たないと知ると、あっさり英語に転じ、米国へ何度も行って知識や情報を吸収してくる。帰国後、翻訳や著作を多くしたのは知られているとおりである。
終始一貫しているのが「貧乏や身分制度など、一身の独立を阻害する敵を、品位を損なうことをせずにいかにして打ち破ったか」という一点に収斂されている。
あの一万円札で有名な福沢さんがどんな一生を送ったのかを知るのに大変良い一冊である。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ『学問のすすめ』を読む前に、と思って読んでみたけれど、なかなか面白かった。
学者の人なのかと思ったけれど、というか学者なのだけれど、どこか英雄的だった。三国志の武将や幕末の革命家や武士たちのような、武力的な強さを持った英雄が好きな俺からすれば、少し「ムッ」と感じた部分もないではないけれど、学びながらも奔放に遊び、政府からいくら声をかけられても平民で通した彼も、わかりやすく英雄だろう。
幕末の小説や資料はいくらか読んだが、彼らを見る福沢諭吉の視点は新鮮であり、それ以上に幕末という時代を見る福沢諭吉の視線が、とても面白かった。教養のためにと頭を固くして読むのでなく、ただの幕末小説が好きな人間として読んでみても楽しめる。 -
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言わずと知れた福沢諭吉の代表作。
本書の内容は多岐に渡るが、彼がもっとも言いたかったことは「国体を保持するために、国民一人ひとりが合理的な思考(文明)を獲得しなければならない」というシンプルなものであるように思う。
すでに効用(実)がなくなっているのに古い習慣(名)に囚われ、思考停止に陥っている(=惑溺)例として、儒学者・漢学者・国学者が批判の槍玉に挙げられる。中でも孔子・孟子は相変わらず目の敵にされており、「そこまで言わなくても」と思ってしまうほど。読み進めている際、ふと「白猫であれ黒猫であれ、鼠を捕るのが良い猫である」という鄧小平の言葉を思い出した。
もちろん、本書は素朴な文明礼賛ではない。福沢も「国の独立が目的であり、国民の文明はその手段である」と言い切っており、ここが意外とポイントのような気がする。
占いやスピリチュアルがいまだに流行る現代の日本。我々の精神は未だ文明からは程遠いと言うことができそうだ。
ところで、135ページに「巧言令色、銭を貪る者は、論語を講ずる人の内にあり」という件があるが、今をときめく経営者が何人も浮かんでしまうのは私だけだろうか。 -
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「学問のすすめ」よりも内容的にも若干難しいが、それよりも文章がぐっと難しい。なぜか「べからず」という語尾が頻発し、「その権威なかるべからず」などと、我々にあまりなじみのない言い回しなだけに、ぱっと見て肯定なのか否定なのか戸惑ったり。
しかし内容はなかなか豊かで、当時の日本人にしてはよく先まで見通して考えていたもんだなあ、と感心するしかない。
丸山真男が指摘していたように、確かに相対主義的な思考法が随所にあらわれているのも、面白い。
儒教の被支配者的な限界など、興味深い指摘が豊富だ。
日本(やアジア)は西洋に遅れている、という当時の切迫した思いは、しかし現在人類学的な観点から見ると、必ずしもそうとは言い切れないのだが、単に西洋を真似するのではなく、その本質に学んでさらに未来の文明にまで進もう、という意気込みはさすがだと思う。 -
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1872年という明治初期に書かれた書物にも関わらず、現代にも通じる-なんて紋切り型の言葉に違和感を覚えずにいられないのは、先に『福翁自伝』を読んだ為か。そもそも、福沢諭吉は権威や立身出世とやらに無頓着で、旧態依然とした体制や大衆とやらにとにかく「渇だ渇っ!」と言いたかっただけなのだ。
しかし、こうやって誰もが名前ぐらいは知るこの書物を読み解くと、実体は学問論というよりは当時の社会全般にたいする考察と提言といった面に主が置かれているのは意外だった。種々洋楽書物を参照しつつ、冴えた/醒めた目線で古き習慣を奮いにかけ、平易にアイロニーをまぶして語るその口調は、「学問は実学であり、実用されてなんぼのもん」という主張を見事に体言している。
個人的に圧巻なのは第八篇/第十一篇。前編では男尊女卑や一夫多妻の習慣を禽獣もので畜類の小屋だと断罪し、家父長制の理不尽さを挙げていけば、返す刀で後編では社会における人間関係というものがこのような親子の間柄のように扱われている事を看過し、そのような上下に甘んじる構造こそが専制を生み出す温床なのだ、決して権力者の悪意から生まれているものではないと喝破する。相手が親の仇の儒教道徳とだけあって、流石の切れ味でその欠点を鮮やかに論じています。
しかし…この本は今ではきっと、「自己啓発書」として読まれてしまうんだろうな。衒学的な思想/哲学を翁が無駄と切り捨てたのは、時代がそれを要請し、実学それ自体が思想として成立していたから有効なのであって、現代でそれを体言したら資本のシステムに内面を毒されて唯自分が儲ける為の手段としてしか見られないとしたら、それはそれで悲しい事だ。ここまで書いて表紙をふと眺めたら、すました顔してやがって凄い腹が立ってきた。 -
Posted by ブクログ
「学問のすすめ」があったので、相当カタイ人なのかと思っていた。
無鉄砲と言ってもいいくらいエネルギッシュでまっすぐ、潔くてある意味頑固だが、お茶目なところもあるとても魅力的な人だった。
ただ、当時はかなりの変わりものと思われていたであろうことが容易に推察される…。
解説に、あえて触れてない自分の身辺の事柄がある、自伝の内容がベンジャミン・フランクリンのそれの示唆を受けている感があるなど書かれているが、それを差し引いても、福沢の考え方身の処し方、緒方洪庵塾や渡米時のこと、幕府・政府とのやりとり、翻訳業、慶応義塾を開くまでなど、生き生きとしたエピソード満載で非常に面白い!
中でも、福沢が自分の子どもたちを留学させるときに、子どもたちとかわした約束というのが素晴らしく、一番印象的だった。
自分の信を大切に、しっかり学び、公正を常とし、健康に留意、家族への思いやりなど、現代でも重んずべきことを、彼の実体験からまとめられた本書(口述筆記だったようだが)、読んでみて損はない本だ。
ただひとつ、時代を考えると致し方ないのであろうが、身分差に違和感を持ち、時代の最先端で日本の文明開化を引っ張った福沢でさえ、ごく一部に差別的な内容があったのはちょっと気になった。