福沢諭吉のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
『天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず』は有名すぎる書き出しだけど、本当に福沢諭吉が言いたかったのはそのすぐ後にある、『人は生まれながらにして貴賤の別なし。ただ、学問を務めて物事をよく知るものは貴人となり、無学なるものは下人となるなり』っていうフレーズだと思う。日本の近代化を目指した明治維新の時期に、国の独立とは、軍事力が高まったり経済力が高まったりするということがその本質ではなく、個人の独立を通じた国の独立って事なんだと思う。なんか色々勉強してて、やる気がなくなったときに諭吉先生の教え聞くと身が引き締まって頑張らなきゃってなるので愛用しています
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Posted by ブクログ
福沢諭吉はおもしろいよってよく聞いたきたけれど、いやホントに面白いわ。
これが今から150年近くも前に書かれたことが信じられない。
本当に現在でも十分にリーダブル。
夏目漱石もそうなんだけれど、「いま」の僕たちのことを語っているようにしか思えない、そんなエキサイティングさがある。
まあ、逆に言うと、一世紀以上、日本(人)は本質的な問題を改善できていないということなんだろうけれど。
しかしそれとは別に、福沢諭吉を(それほど難解ではないとはいえ、それなりの文語文を)ある程度それなりに読みこなし、面白いと思えるようになった自分に、多少の成長を感じる。
やっぱり亀の甲より年の劫、だなあ(笑) -
Posted by ブクログ
口述筆記に加筆したものなので、非常に読みやすい。
幼いころから60歳までを振り返る。
こうして読むと、福沢諭吉という人は、過去国内に存在しなかった西洋の理念や文化を完全消化して国内に紹介する学者・文筆家・啓蒙家としての才能、慶応義塾の創設者としての実業家としての才能、社会のなかでやりたいことをやるためにうまく立ち回る実践者としての才能、そのいずれも兼ね備えた傑物だったことがわかる。
うまく立ち回るというと言葉は悪いけれども、それがなければ、ろくな資格もないのに幕府の一員として渡米も渡欧もできなかったはずで、それに、あまり本人は語っていないけれども、維新後は在野の大物として、当時の政界と全く無関係というわけにはいかなかっただろうから、政治的な手腕や影響力も相当のものだったにちがいない。
こういう人物が、実際にいたということを知るだけで、本書を読む価値がある。
しかも近くの大分県中津市出身なので、より身近に感じた。 -
Posted by ブクログ
晩年の福沢諭吉が自分の人生を振り返って語ったことを文章にしたもの。ずっと積読本になっていたのを山から引っ張り出してきた。古文のような読みにくいものだと思っていたけれど、意外なほど読みやすい。
慶應義塾を創った以外に何をした人か今ひとつ分かってなかったけれど、緒方洪庵の適塾にいて、オランダ語をマスターした後、横浜でオランダ語は通用しない、世界は英語だと知り、今度は苦労して英語をマスターする。咸臨丸に乗ってアメリカに行く。政治には関わらず、塾を通した教育の人だった。
若い頃の恥ずかしい話なども惜しげもなく披露してくれており、何というか気持ちのいい読書ができた。時代の雰囲気もよく伝わってきた。 -
Posted by ブクログ
私が近現代日本における経済政策思想史の研究を志したのは、かれこれ四半世紀以上前のことである。以来、折に触れ福沢の著作には親しんできた。しかし、修士論文のテーマとしたのが、まさに福沢諭吉と田口卯吉の経済政策思想の比較というものであったので、福沢のテキストを研究の対象として読んだことはあっても、幸か不幸か、好き嫌いという観点から、あるいは自らの人生の指針という観点から考えるという機会はあまりなかった。
もちろん、福沢や田口をテーマに取り上げることとなった契機は、今から思えば単純に好き嫌いの範疇に属するものであったかもしれない。研究者として福沢の厖大なテキストと格闘する前、学部学生の頃には『福翁自伝』や『学問のすゝめ』を読み、また大学院に進学した直後(1985年)には当時出たばかりの丸山真男の『「文明論之概略」を読む(上・中・下)』(岩波新書、1986年)を手引きとしながら、『文明論之概略』を読み、福沢の自由主義思想に大いに共感したことは否定できないからである。
しかし、実際の政策論議の場でも原理原則を全面に出し、これでもかこれでもかというように持説を展開してくる田口と比較すると、福沢が主張する政策論は、よく言えば変幻自在、悪くいえば一貫性に乏しく「無残な矛盾の体系」(杉山忠平)とも言えるものであり、人生経験に乏しく「大人の議論」に慣れていない駆け出しの研究者を大いに悩ませたのである。たとえば、『学問のすゝめ 十五編』の中に、次のような一節がある。
「英国の経済家に自由法を悦ぶ者多くして、これを信ずる輩はあたかももって世界普通の定法の如くに認むれども、アメリカの学者は保護法を唱えて自国一種の経済論を主張する者あり。一議随って出れば一説随ってこれを駁し、異説争論その極まる所を知るべからず。」(岩波文庫版、156ページ)
福沢自身、「一議随って出れば一説随ってこれを駁し、異説争論」することを自らの著作等で実践した学者であった。それがどんなに正しそうな説に見えても、福沢にとって、そのことに「惑溺」することは文明の進度の遅れを示すものであったからである。
研究対象としてはこのように厄介な福沢なのであるが、上述部分に続く以下の一節は、「自由の気風は唯多事争論の間に在て存するものと知る可し」という『文明論之概略』のもっとも有名な言葉とともに、研究者として我々後進が胸に刻んでおきたい一節であると私には思われる。
「異説争論の際に事物の真理を求むるは、なお逆風に向かって舟を行るが如し。その舟路を右にしまたこれを左にし、浪に激し風に逆らい、数十百里の海を経過するも、その直達の路を計れば進むこと僅に三、五里に過ぎず。航海にはしばしば順風の便ありと雖ども、人事においては決してこれなし。人事の進歩して真理に達するの路は、ただ異説争論の際にまぎるの一法あるのみ。而してその説論の生ずる源は、疑の一点に在りて存するものなり。疑の世界に真理多しとは、蓋しこれの謂なり」(同上)
初出:『三田評論』2012年4月号 -
Posted by ブクログ
冒頭が有名な本。とても読みやすかった。明治一桁台に書かれたとは思えないほど現代の万人に通じ、学問の大事さを啓蒙する。
学問をするのは実生活で使うため、それがないのは「飯を食う字引」と同じ、働き生活を独立させ家族を持つのは月並みで、世のため人のためになってこそ初めて人様に褒められるべき、疑いを持ってこそ発展あり、人の権利と幸せの尊厳は親子男女職業の貴賎なし、、、
福沢諭吉は政府の存在意義、人々の平等などかなり先進的な考えを持っていたことに驚いた。当時の人々は自分の仕事の役割や姿勢に疑いを持って客観的に考えたことなんてなかったんじゃないだろうか。