福沢諭吉のレビュー一覧
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福沢諭吉の『西洋旅行案内』の現代語訳と著者の解説。
日本には牛車があったのだから馬車も驚かないと思ったが、馬車には驚いたとか、ひとつひとつ当時の日本人の常識に「へー」と思う。
そして、日本がこのとき外国では……?と世界史と結びつけて考えるのは難しいのだが、日本人の西洋旅行記なので、当時の日本の様子と、当時の外国の様子がわかるのも本書の特徴かと思う。
そうか、幕末の動乱期はアメリカの南北戦争前後になるのか。福沢諭吉が南北戦争の直前にアメリカに行って、さらにその6年後にアメリカに行ったので、その前後の様子の描写が楽しく読める。
西洋では日本で働くことはできるか、行くことはできるか、と話しかけられたが、ロシアではロシアに住まないか、ロシア人になれ、と話しかけられたのが、またロシアと欧米の違いがまた興味深い。
自分は高校生のときに、実は福沢諭吉はアジアやアフリカなど経済的に発展していない国を見下していた、と聞き、かなりショックを受けたのだが、この本では、福沢諭吉の欧州贔屓と途上国の見下しが読み取れ残念な気持ちにもなる。今の物差しで当時の思考をはかるのは間違っていると思いつつも。
そういう脱亜入欧の考え方の実際のところを知れたのも、本書を読んで良かったと思うところである。 -
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日本に足りないのは実学。数理学や近代科学。人は生まれながらの貴賎の差はないが、実学を学べば地位の高い人・裕福な人になる。実学を学ばなければ、地位の低い人・貧しい人になる▼国を守る。国のために命を捨てる。自由独立を守る。国民のわずかがこうした気概を持っているだけでは独立は守れない。国民ひとりひとりが独立自尊の精神を持たねばならない。「日本人は日本国をもってわが本国と思い、その本国の土地は他人の土地にあらず、わが国人の土地なれば、本国のためを思うことわが家を思うがごとし。国のためには財を失うのみならず、一命をも抛(なげう)ちて惜しむに足らず。これすなわち報国の大義なり」『学問のすすめ』1872
日本では被治者は治者の奴隷だという発想がある。政府に任せきり、国の事に関与しない態度。日本には政府はあるが、国民(ネーション)がまだない。まず精神的な態度を身に着けるべき▼儒教は徳による統治ばかりで、体制の維持に利用されてきた。停滞の原因だ。違う意見を持つ多くの人が、さまざまな事柄に関して議論する自由の気風を制限してきた。また、儒教は能力のある者を抑圧する身分制度を正当化してきた▼明治維新が起こったのは人民に、知恵の力が育ってきていたからだ。ペリー来航はきっかけに過ぎない。中国と違い、武士が天皇から権力を奪ったことも、自由の気風が生まれる遠因になった。『文明論之概略』1875
祭祀(まつり)と政治(まつりごと)を明確に分けるべき。政治は損得勘定にかかわるものであり政党がすべきこと。天皇は自ら政治に当たるべきではなく、民心融和の中心にならねばならぬ。天皇は党派によらない権威であるからこそ、危機に際して国民の一体化を容易にする。天皇は国民統合、歴史伝統の象徴であり、直接に政治権力を行使しないことにこそ意味がある。『帝室論』1882
(以前から支援していた金玉均による朝鮮近代化が西太后に潰された甲申政変1884の翌年) 中国や朝鮮は儒教思想に染まったままだ。日本はこれらの地域と共にアジアを興そうと考えることなく、西洋文明国と行動を共にすべきだ。『脱亜論』1885
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※大坂(堂島)生まれ。適塾(現大阪大学, 緒方洪庵)に学ぶ。 -
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チコちゃんは聞きます。
「学問のすゝめ」は何を書いている?
「学問のすゝめ?知ってるよ。天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず、というヤツでしょ?明治の四民平等を広めた人だよね」
そんな風にドヤ顔で答えてくる一般人のなんと多いことか。
ボヤーっと生きてるんじゃねーよ!
その人に聞きます。「貴方は学問のすゝめを最初から最後まで読んだことがありますか?」
おそらくほとんどの人は読んでいない。私も、大学のゼミで、半年かけて読むまでは、福沢は四民平等を訴え、自由民権運動を理論面から支えた人だと思っていた。ところが、最後まで読むと福沢は自由民権運動にほとんど関心を持っていないことがわかる。何故こんなことになったのか?
理由はある。福沢諭吉は、話しこどばで学術書を書いた先駆けであり、本書は明治のベストセラーになったので、簡単に読めるとみんな勘違いしているのだ。いざ紐解くと、かなり高度で幅広い問題を論じているので、ほとんどの人が途中で挫折するのである。或いは最初だけ読んで理解した気になっている。それは「読んだ」とは言わない。
「四民平等」の「権理」(権利)を述べたのは、ほぼ最初のみ。
そのあと、「自由」と「わがまま」の違い、や「政府が産業を起こすべきか」「民間が産業を起こすべきか」とか、国民はこれから「実業」を学ぶべきだとか、「人と人との付き合い」は「国と国との付き合い」につながるし、「一身独立」してこそ「一国独立」する、というような、現代でも「意見の分かれる事案」ではあるが「重要なこと」をつらつら、ほぼ4年間(1872-76)かけて書いている。全17巻の啓蒙書集である。明治時代初めてのベストセラーだった。一巻20万部も発行された。全て合わされば340万部も国内に出回ったという。当時の出版事情、識字率を考えれば、ものすごい影響力を持っていたとは言えよう。
結果的に明治時代のブルジョワ資本主義を理論面から支えたのかもしれない。その方向が正しいのかどうか、そもそも日本は福沢の思った方向に行ったのか、その辺りを検証しようとすると、物凄く難しい学術書にならざるを得ない。
福沢は「もし、国民が全員学問に志して物事の道理を知り、文明の風潮に進むならば、政府の法もいっそう寛大で情け深いものとなるでしょう。法が過酷になるか寛大になるかは、国民の品性によってどちらかの傾向が強まるのです」(佐藤訳)という。
だから富国強兵は、福沢の当然の帰結であったし、イギリスの属国に成り下がったインドなどは絶対避けたい国の姿でした。
この方向に、第二次世界大戦の日本の悲劇があると思っている私には、やはり漢文調の本を書き続けていた中江兆民の「小国主義」を対置してしまう。
「学問のすゝめ」は何を書いている?
一言では表せない、明治時代初めての国のグランドデザインを書いていた。 -
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なんとさわやかな読後感だろう。その弁快活にして虚飾なく、精神が自由闊達なことがよくわかる。人となりを知るにあたって自伝というものはだいぶ差っ引かねばならぬ形式だが、福沢さんはこのままの人だろうと思える。まことに人間として嘘がなく、信頼ができる。本でもその誠実が伝わるのだから、講義ならなおさらだ。あれだけの門下生が集まったのもうなずける。その人となりと人生が率直さで貫かれた稀有な人だったのだろう。
福沢は現実家だ。神仏を振り返らぬのも、洋学を学んだのも、子供の教育で学より頑健が先んじるのも、現実の実相をよく見よう見てもらおうと努めただけだ。怨念や嫉妬というものとはもっとも遠い存在だ。
現実主義者は、観念=イデオロギーを最も嫌う。彼が攘夷佐幕の両主義を軽蔑するのも当然のことで、彼らはまったくめくらの妄想をしている点で同根にある。この点は、いつの世も変わらない。一言放てばイデオロギーに組み込まれてしまう時代で、福沢は頑なに沈黙を守り、西洋について書いた。福沢は、西洋は妄信したのでなく、現実を考えるに具合がよい素材だったのだ。
西洋文明の普及に努めた福沢を、西洋文明を日本で最初に公に紹介した新井白石と比べるのも面白い。彼は極めて冷静な官僚であり政治家だったから、西洋人と接した際、一義的にはこの異教と文明が日本にどのような影響を与えるかを分析していた。だが、その奥底で、人間白石としてこの科学という学問にいかに心が躍動したかが、「西洋紀聞」には描かれている。彼は漢学者の大家ではあるが、決して漢学のイデオロギーに囚われていた人ではない。あらゆる当時の学問に手をつけていたことから分かるように、彼が興味を持ったのは「現実」という一点のみだ。「紀聞」のなかでキリスト教についてわずか数行で精緻な論理で論破しながら、一方で科学については己に言い聞かせるような長い叙述をしていることからも、その白石の原理を知れる。
人間としては圧倒的に福沢の方が魅力的だが、現実を唯一の原理として考えるため、信頼できることには変わらない。
このあと小林秀雄「福沢諭吉」を読んで、そのあまりの精度、ずいぶん考えさせられた。
「「福翁自伝」が、日本人が書いた自伝中の傑作であるのは、強い己れを持ちながら、己れを現わせんとする虚栄が、まるでないところからきていると思う」。まさに。 -
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言わずとしれた福沢諭吉の代表的な著作。
この本が書かれた頃、明治時代が始まったばかりの日本では、外国との国交が開け、文明開化の華々しい道筋を歩んでいるものの、まだまだ西洋列強諸国との力の差は歴然だった。このままでは他のアジア諸国同様、植民地化の恐れもある。それを西洋遍歴の経験から痛切に感じていた福沢は、当時の日本にとっての最大の課題を「人民の未熟さ」に見出していた。
「日本には唯政府ありて、未だ国民あらず」
そういった切実な状況にあった福沢が、人民の「独立精神」と「学問」の重要性を様々な切り口から、時には激しい言葉遣いで説く。その言葉は、時代は違えど現代の人々にも多くの示唆を与えてくれること間違いなしで候。 -
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福沢諭吉が、最晩年の64~65歳頃(1897~98年)に書いたと言われる自伝。
文字通り、全体としては、豊前中津藩の貧しい武士の家に生まれた福沢諭吉が、他人からの資金援助を受けずに勉学をして、一身の経済的独立を果たし、更に一国の独立を唱導する立場にまでなった自らの経験が記されているが、教育面で文明開化をリードした福沢諭吉の「自伝」らしい特徴をもっている。
ひとつは、福沢諭吉には、本自伝を書くにあたり、「独立自尊への道を示す」という明確な主題があり、そのためには健康な身体が何よりも大事であるということや、権威や伝統、迷信を嫌うエピソードが、その主題に沿って語られていると思われる。それは、アメリカ合衆国建国の父の一人として讃えられるベンジャミン・フランクリンが、「成功者への道はいかにして開かれたか」というテーマをもって記した、アメリカのロング・ベストセラーの一つである『フランクリン自伝』の影響を受けているという。
もうひとつは、「一身の独立」を果たすために、「身体の健康のためには、食事に注意し、適度な運動が必要」、「勉強は、理論の為ではなく、現実社会での実践が目的である」、「商売をして豊かになることは否定すべきものではない」、「子どもの教育には手間暇を惜しむべきではない」などの、実践的な人生訓が散りばめられているという点である。
また、福沢諭吉の性格であろうが、基本的なトーンが明るく、楽観的に感じられる点も、本書を馴染みやすいものにしている。
社会人になって読んでも十分に楽しめるが、望らくは学生時代に読んでおきたい作品であろう。
(2010年6月了) -
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つい先日、ちくま新書から出ている「現代語訳 学問のすゝめ」を読み、福沢諭吉という人物に興味を持った。
そこで現代風の解説ではなく、当時日本の動乱の時勢とともに生きた「リアルな諭吉さん」を知りたいと思い、この本を読むことにした次第。
馴染みのある現代語ではないので若干読みにくかったものの、「現代語訳 学問のすゝめ」では味わえない雰囲気、緊張感があった。
そしてその緊張感の中でこそ、真剣に日本という国を心配する福沢諭吉の姿、想いが、実感となって理解できた気がした。
これは歴史の教科書や、現代人向けに書かれた解説本ではできない読書体験だと思う。
さてまた、福沢諭吉はただ西洋文化を重んじて、徳を好み不徳を嫌い、学問の大切さを説いた偉人としての立派な一面もあるけれど、その一方で、酒に溺れたりチキンハートだったりと、かなり人間らしい側面も持っている。
この本にはそういった「ダメダメじゃん諭吉さん」と笑ってしまうようなエピソードも沢山あって、面白かった。