浅田次郎のレビュー一覧
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購入済み
中国近代戦国史
清朝末期から中華民国建国までを描いた戦国史とも言える作品です。
史実と異なる点は色々ありますが、スケールの大きな時代小説と言えます。
作中ではどうも中国人というものを過大評価しているようですが、その辺はフィクションということで、日本人の好みに合う中国人像が描かれているのでしょう。
昔の日本人は中国に幻想を抱いてますからね。 -
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シリーズ4作目。
張作霖の爆殺事件の真相を語る物語。
その語り部は、天皇から調査を命じられた主人公の天皇への報告書(マンチュリアンレポート)と爆破された機関車(擬人化された機関車)が交互にストーリを語っていきます。
擬人化された機関車が語り部とはさすが浅田次郎と思いました。(でもかなり違和感あり)
さらには、最後に真相を語る吉永中佐。
そして、マンチュリアンレポートの第7信。
正直、技巧に走りすぎでは?って思います。
そうはいいながらも、今までの背景を知っていると、じんわりと悲しみが押し寄せます。さらには張作霖の覚悟と生き様に心揺さぶられます。
これは、本作だけを読んでもきっとつまらない -
Posted by ブクログ
ネタバレ浅田次郎は長編が好きだなあ。
浅田次郎は短編とはいえ、その世界を描きだすのが上手いのだ。
だからすぐに情景が目に浮かんで、「で?」ってなってしまう。
もう一段の上を期待してしまう。
本来なら短い文章でその世界を描き切ること、できれば余韻をもたせることが短編小説に求められる部分なのかもしれないけれど、「蒼穹の昴」や「壬生義士伝」などの、圧倒的な描写の巧。
畳み掛けるように押し寄せる感情のうねり。
または「地下鉄に乗って」のように、視点によって見えているものが違い、事実が必ずしも真実ではないことを突き付ける一瞬。
そのようなものを、短編で期待してはいけないのだけど、期待してしまうのだ。
上 -
- カート
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試し読み
Posted by ブクログ
戦後の混乱の最中に財をなした父に反目して家を出た『真次』は、兄の命日の夜地下鉄から階段を上って出て行くと、そこには懐かしい風景が広がっていた。ちょうど兄の死んだ日に辿りついた彼は、兄の自殺を止めるべく行動したのだが戻った先は変わっていなかった。
その日を境に、どんどん古い時代へと地下鉄は彼を運んでいく。その先で出会ったのは、若かりし日の父の姿だった。
メトロというの言葉は、なんとなく哀愁のある響きをしている。
そしてこの物語で紡がれる時代も、直に知ってはいないけれど何故か郷愁を感じさせてくれる。貧しく苦しい時代だったはずなのに、活気というか生そのものが息づいているような、今は失われてしまった -
Posted by ブクログ
記憶しておきたい言葉
力を蓄え、技を身につけるために最も肝要なるものとは何じゃ。そう訊ぬれば百人が百人、努力精進にほかならぬと答えるであろう。しかし、わしはそうとは思わぬ。
努力精進よりも肝要なるものがある。それは、渇えじゃ。いつかかくありたしと願いながらも、努力精進すらままならぬ貧乏人はひたすら飢え渇するほかはあるまい。その拠るところも捉むものもない飢渇こそが、やがて実力となり技となる。
持たざる者ほど、持っておるのだ。
水も肥も与えられずに、それでも咲かんと欲する花は、雨を力とし、風すらも肥とする。そうしてついに咲いた花は美しい。
人殺しの剣すらも、舞うがごとく見ゆるほどにの。
わしは鉄 -
Posted by ブクログ
本屋で目にした「ドラマ化」の文字につられ
まだ読んでない浅田次郎作品だったので、買ってみた。
元自衛官と、元財務官僚の二人が「新任」となった天下り先。
そこにいた、年齢不詳の美しい女。
ことのほか、息が合ってしまった二人の男は
失うものは、もう何もないという共通点。
3人が自ら「仕事」として働き出した内容。
それこそが、プロローグで著書本人が、この二人の男からの訪問があったことを挙げているのが
なんとも、浅田次郎っぽい。
ところどころ、浮世離れした視点からの描写も
これぞ浅田次郎!
初めて読む人には、意味不明かも。
で????
答えは、自分だけが知っている。
なんでしょうね。
これま