河合隼雄のレビュー一覧
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ユング心理学をベースとした心理療法家の河合隼雄先生と、シェークスピアの翻訳第一人者の松岡和子さんの対談本。
対談で取り上げられたシェークスピアの作品は、『ロミオとジュリエット』『間違いの喜劇』『夏の夜の夢』『十二夜』『ハムレット』『リチャード三世』。この6作品での対談が、当初新潮社から出版されたそうで、ここでお二方は意気投合されたようだ。その事は、対談を読んでいても読者に伝わってくる。
その後、更に『マクベス』『ウィンザーの陽気な女房たち』『お気に召すまま』『リア王』で、対談が繰り広げられ、電子書籍で私が読んだものでは、その内容も収められていた。
さらには、河合先生が亡くなる前に編まれた最後で、松岡さんが絶賛される『タイタス・アンドロニカス』についての対談も収められている。
シェークスピアの作品は、37あるそうなので、そのほぼ1/3について語りあわれたと言うことだ。
自分はいま、最初の6作品までの対談を読み終えたところだ。そのうち『夏の夜の夢』と『ハムレット』はにわか勉強で読んでから、この対談を読んでみた。
松岡和子さんのシェークスピアに関する豊富な知識と情報提供があり、そこにユング心理学に基づく、登場人物に対する河合先生の分析が絡む。その分析から、更に松岡さんの閃きや新発見が加わるといった具合だ。
登場人物の行動の分析から、そのようなストーリーを考えたシェークスピアの分析につながったりする。また、松岡さんの、劇を演じる役者のセリフからも新しい発見があるなどの話も非常に興味深く読んだ。
『リチャード三世』はまだ原作を読んでいないが、お二方の対談を読んでいるだけで、逆に原作を読んでみたい気持ちになった。松岡さんが絶賛された『タイタス・アンドロニカス』については、なおさら興味がそそられている。 -
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家族のあり方が変わってきているということを認識した。
家族を持つことは苦労が増えることもあるが苦労をしていないと幸福にはなれない。という意味は実感している。
親は子どもの苦労を見ていられるだけの強さが必要。
父親は的確な判断力と強力な決断力、不要なものはどんどん切り捨てていく実行力が必要。
子どもにとっていい家庭とは何か。をよく考える。
子どもの言うことを常に聞くのはよくないことは分かる。
ユングの言葉"旅行に出て行く先が分からない時はとても不安になる。我々の人生の旅において、終着駅がどうなっているか分からないのだから、人間が不安になるのは当然だろう。"
今は何でもお金や機械で手っ取り早く出来ることが多い為の弊害が出ている。面倒なことが大切であったりするのはよく分かる。
また問題の犯人探しをするのではなく問題解決が大切である。
慣れない分野の本であったので読むのに思った以上に時間がかかった。 -
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さて、明恵。学ぶほどに好ましく、そこに感じるのは全く違う存在への憧れ、というものではなく、日常の自分は妥協してしまっているが本来ならこうありたい姿、というものをそこに見出す。
ストイックさ、潔癖さ、合理性、自己への客観視などなど、、、「そういう考えもあるのか」ということではなく、「ちゃんとそこまで徹底して実践できた人があるのか」という驚きになる。
だから、あまりに徹底した他力本願のありように、そんな考え方もあるのか、、、と感動した親鸞や、どこから共感していいのかわからないほど膨大な道元、天才過ぎてついていけない空海。そういったものとは違う。
「釈迦」に憧れ、自制し、自惚れず、死を側においておける。そういうのは、「こうありたいけど、そこまではやり過ぎかな」とか、「ちょっとキツいよね」みたいな安易さで妥協しているが、自分のなかに守れていない教義としてあるものである。
なので、ひたすら、自省への道を発見させられる。
畏敬の念はあるが、親しみを感じずにはいられないものもある。
あるべきようは。
これは問いかけなのだ。
在るべき様は、どういうものだ?と。それを考え、実践するのだ。
How should I be ?
ということか。
本書は、明恵の夢を、夢記を通してユング心理学者の河合隼雄氏が夢分析していく。
何せ遠い800年も昔のことを夢分析するので、過剰な分析をしていないあたりが良心的。
また、そのなかでも、夢の変遷と、時代背景や明恵の伝記をあわせみることで、明恵の個性化を見出していくとともに、そういったことにある程度自覚的ですらあった明恵に驚いていく。
取り敢えずまずは僕も夢記をしてみようと思う。
「我、戒を護る中より来たる」そんな最期の言葉を言えるほど堂々と生きるべきなのだ。それが、あるべきようは、を問い続け、実践していくことなのだろう。 -
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ネタバレ「中空構造」「揺り戻し」など、なるほどなぁと頷かされる部分がかなりある。すべて納得! とはいかないけれど、他文化に対するときは(ことに、中核のまったく異なるものをみるときは)命がけの姿勢で学ばねばならないという部分は、個人同士の理解においても適応されるように思うし、他の国の神話との対比も面白い。
また、『民話が、普遍的な心のありようを示すものであるのに対し、神話が、土地と国、つまり民族のありようを決定するもの(うろ覚えですが)』という、著者のほかの本のの文を、いま連想的に思い出した。
『命がけで学ぶ』、『民話と神話』。ここに、私がまだ掴みきれてはいないなにかのとっかかりがあるような気がしている。 -
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ネタバレ河合先生の本を少々深堀りしてみようと思い読んだ。
冒頭いきなり、著者は「この宇宙の中に子どもがいるということは誰でも知っていることだが、一人ひとりの子どもの中に宇宙があるということを知っているか?」と読者に呼びかける。
また著者は、大人がそのことに無知であると、子どもの中の宇宙を歪曲してしまったり、破壊してしまうことさえあると警告する。それも教育とか、指導とか、善意とかの名のもとに!
自身は失敗者の大人の一人であり反省とフォローアップを目的にいま読んでいるところだが、できれば多くの方には予防の位置づけで読んで頂きたい本であると思う。
子どもの中の宇宙の存在について、実際の子どもの事例を通じ、あるいは児童書の中での登場人物を通じて、著者は示してくださる。
従って、本書に紹介されている数々の児童文学は、読者が大人になって忘れかけている宇宙をも一度思い出すのに有効な書ばかりだと思われる。
個人的には、カニグズバーグの「ジョコンダ夫人の肖像」という児童書に非常に興味がわいた(ダビンチのモナ・リザに関する話らしい)。その本質は、子どもが大人の導者となるという話であり、ダビンチの導者となった子どもの話のようである。児童書でなく一般書にしても面白そうである。
章立ては次のようになっている。
Ⅰ 子どもと家族
Ⅱ 子どもと秘密
Ⅲ 子どもと動物
Ⅳ 子どもと時空
Ⅴ 子どもと老人
Ⅵ 子どもと死
Ⅶ 子どもと異性
子どもと老人、、、それぞれの共通点が述べられていたがその視点が面白い。子どもは死の世界から来たばかり、老人はもうすぐ死の世界へ向かう。従って、どちらも死の世界と隣接していると。これは、宇宙から生まれ、宇宙に帰っていくというイメージだろうか。
そんなこともあって子どもと老人の関係性は強いというのが第Ⅴ章であり、その一例が上記のダビンチの話だ。
機会をみつけて、カニグズバーグの「ジョコンダ夫人の肖像」他、紹介されているいつくかの書にも触れてみたいと思った。 -
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上巻が良かったので、下巻も。
とにかく読みやすい。
カウンセリング、特に教育分野のカウンセリングが気になっている人にはオススメ。
読んでいると、自分に思い当たる部分があって、納得したり恥ずかしくなったりする。
母的役割を求められているのか、でも、何でも無制限できるわけでなし。
一方で、理不尽に怒る父的役割を求められている場合もある。
なるほど。
「講師を疲れさせようと思ったら、非常に簡単でして、私が必死になって冗談言ったときに全然笑わなくて(笑)、私がまじめなことを言うたときに、へへへと笑われたら(笑)、ぼくはフラフラになって、まいると思うんです。」
いやあ、これを河合隼雄が言うのかと思って。
ちょっと自分の中でストンときた一文。
「ずっと頭にあったのは、「牛に引かれて善光寺まいり」だから、こんなばかなことをしているんだけど、ひょっとしたら何かあるのかもしれんという、その「ひょっとしたら」ということを種に、この人はずっと来られました。そして私は感心したんですが、確かにだんだん宗教的な世界に目が開かれていきました。
私はそのお嫁さんの悪口をずっと聞いておりまして、一回めに直感したのは、この人は死ぬための準備に来られたなと思いました。というのは、結局年寄りの方は、お嫁さんなんていうのはどんなに立派な人が来ても、要するに腹の立つときがあります。もう、相手が若いというだけで腹が立ちますよね。この気持ち、私はよくわかります。」 -
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学校の先生向け?の講演をまとめたもの。
カウンセリングとは、どういう姿勢でのぞむものなのかが、非常に分かりやすく、時に面白く語られている。
これを読むと、カウンセリングなんてただ聴くだけのものだ、とも一概に言えないし、絶対に効果が出るものだ、とも言えないのだなと思う。
当たり前だけど、ひと一人と向き合うには、覚悟が必要で、限界もあるんだと。
まずは、自分の知る世界を増やしていくこと、知識も知恵も広がりを持たせることを大切にしなさいとある。
自分がコントロール出来るんじゃないか、解決出来るんじゃないか、と自惚れると、相手は来なくなったりする。
その人との関わりは、そのひと時から次に会う時までずっと生きていて、続いている。
こうしたことを読んでいると、なんとなく自分の中に落ちるものがあって、ホッとする。 -
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日本における分析心理学の第一人者である、河合隼雄さんと、谷川俊太郎さんの対談集。
内面を探るための様々な手法「夢」、「箱庭」、「ロールシャッハテスト」等、それは、自我コントロール下にある覚醒時ではなく、自我コントロールが弱まってい状態時に本来の内面を探ろうとする取り組み。アルコールや麻薬、脳の機能の一部が失われることに伴う幻覚で夢とは仕組みが違う。
日本人は西洋人にくらべ、みんな依存するのが好きであり、依存と独立のバランスが重要。
『病気は個人の問題なんだけれども、ほとんどみんな社会的なひずみをせおっていると思うんです。』p236
『ぼくが憂鬱になっているということは、ぼくの心の中で何かのうごきが止まって動かねばならないところが動いていないわけです。』p240
ところで、今日昼寝をしている時、「デパートで素っ裸、慌ててトイレでシャツとパンツをはく」という夢を見たワタクシ。その深層心理がキニナル -
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日本は、アジアの端の島
アイルランドは、ヨーロッパの端の島
…ということでキリスト教の影響が少なかったってこと
キリスト教って、文化を生み出した宗教だと思う
音楽にしろ絵画にしろホント素晴らしい
それでも見方を変えると神は一人でそれの存在しか認めない
と、いうことは今まであった伝説や昔話は、どこかに追いやられてしまう
しかし、現代の人間がどうにもならない心の動きを知るために
キリスト以前の事を調べる必要があると河合先生は考えていらっしゃるみたいです
日本は、妖怪
アイルランドは、妖精
ハッピーエンドでない昔話、浦島太郎に似た話がケルトにあるとの事
自然にいる沢山の神々の事
科学では、説明のできないいろんな事
昔からある事を非科学的と捨ててしまってはいけないんだなぁ
ドルイドや、アメリカのナバホ、日本だったらユタとかイタコかな?
みんなどこかでつながっているのかも