小池龍之介のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
仏教は疎いですが、全体を通してブッダからの思想の概要が分かる点が良かったです。
心を穏やかにする事について学べる、マインドセットとしても良いです。
こちらの作品はブッダが口伝し弟子たちに引き継いでいかれた古文を、作者が現代的に"超訳"したものです。
2次創作に近い、現代の物や理解しやすいものに比喩されており、ブッダの教えのエッセンスを持ちながら造られた物だと考えて、本作者の作品と一つ割り切って読むのが大事だと思います。
それが出来るとこの本の内容が上手く取り込めるかなと思います。
150近くある詩集に、全てではなく、ブッダの思想を理解しながら自分に合う物をピックアップしていくのがいいかなと思います。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ著者の「もう、怒らない」を読んだ後、こちらも気になり読んでみた。
「もう、怒らない」に比べては、満足度は低いが、仏教の視点から学ぶものがあった。ただ、現代用の言葉に直しているというのもあって、心に響きにくい言葉選びもあった。ただ、分かり易い文体かつ簡潔にまとめられているので、非常に読み進めやすい。
人にはカルマ(業)が存在し、善い業を貯めるのか、悪い業を貯めるのか、それによって私を私たらしめる集合体が変わる。
あらゆるものに執着せず、手放すことで真の自由を手に入れられることができ、自分の心の主人となることが大切である。
勝ち負けにこだわらず、「引き分け」「勝ち」「負け」という3種類の思考に支配されないこと、相手や過去の自分と比べないこと、これにより平穏が訪れる。
家族を大切にすること、親族を大切できる心の余裕こそ幸福である。
尊敬に値する心の整った人を尊敬し、偉そうになることもなく誰に対しても丁寧であること。「今、ここではないどこか」「今、ここにはない何か」を求めていつも、「もっと、もっと」と落ち着かず術い歩くのをやめて、「今、ここにあるごくふつうの物や人」に満足して、心が温かく充足していられること。これが最高の幸福。
自分の内面を見つめることは、ぼんやりした意識をしゃんと覚醒させる。「あ、今、サボって遊びたい欲望が生まれた」「あ、今、上司への怒りが生まれた」「おや、怒りが消えていった」「あれ、今度は甘えが生まれたみたい」「今は、漠然と不安になっているようだ」こうやって意識が自分の内面に向かい、それに君がいつも気づいていられるのなら、混乱した心が整理され、明晰になる。
ぜひ、心に影が見えたら、この本を読んで落ち着くと良い -
Posted by ブクログ
ネタバレ超訳 ブッダの言葉
一昔結構流行った”超訳”本のひとつ。
目次は以下の通り。
一 怒らない
二 比べない
三 求めない
四 業を変える
五 友を選ぶ
六 幸せを知る
七 自分を知る
八 身体を見つめる
九 自由になる
十 慈悲を習う
十一 悟る
十二 死と向き合う
この目次の項目にあたる話をいろいろな経典、説話などから持って来て、”超訳”してます。
昔、シドニーシェルダンの超訳シリーズがありましたが、あちらは分かり易いというメリットがあったかと思いますが、この超訳シリーズは訳者の考えや人柄がもろに出てしまうので、相性もあると思いますがすんなりと入って来ませんでした。
まあ、良いことが書いてあることは間違いないので、本よりも「格言日捲りカレンダー」にした方が良かったかもしれません。
ちなみに我が家ではトイレに置いて、拾い読みしていました。(失礼)
竹蔵 -
Posted by ブクログ
十年くらい前に購入し、再読。
ということは、私の場合、読んで「考えない」ようにならなかった、ということ。
今回も…やっぱり考えてしまうかな。
まぁここで書かれている通りに出来たら、もう少しマシだったかもしれないけど、やっぱり世俗では難しい。
脳学者の池谷氏との対談は面白い。
「前頭葉のある部分にダメージを受けた人は危機感・恐怖感が無くなるので、確かに幸せそうで知能も正常だが、料理ができない。危機感がないから、包丁で何度も手を切ってしまう。だから生物が先に苦悩を感じるようになったというのは、不幸でもあり幸福でもある」
「人間の行動のほとんどが脳の反射によるもので、本当は自由意志なんてない」
「チベット僧の瞑想中の脳波測定は今は受け入れられていない。なぜなら高僧は、実は瞑想下手だったことがばれてしまったから」
といったような、池谷氏のコメントがよかった。
著者はその後、破門されているが、そこらへん宗教はビミョーだな、って思ってしまう。 -
Posted by ブクログ
最初は人づきあいについて。
他人に無条件に受け入れられようなどと徒労に終わる執着を持たずに、他人は一定の割合で自分を非難してくるものと弁えて、家族にすら無条件の愛を求めずに自立し、親孝行やパートナー孝行に励んで周囲を安らがせ、友は自分に気付きをもたらしてくれる者を慎重に選んで愚か者とは距離を置き、別れの悲しさをドーパミンの作用と割りきって囚われず、自分の内にある欲や不満や渇愛やエゴを見抜いてこれから身を離すことが必要。
次に心。
自分の弱く悪い流されやすい心を治め、善い心がけを大事にし、嘘をつかず、楽に流される逃避は自分に害をもたらす業と見定め、自分の心も意思も思いどおりにはならないアンコントローラブルなものという正しい気付きの下でその不自由さを受け入れ、過去に執着せず未来を妄想せず、今この瞬間の自分に全力で集中するべき。
最後に自分。
肉体は内蔵や体液を伴う美しくないものであることを根っこから自覚し、そのような身体の生の状態を感じ、外見へのこだわりを捨て、呼吸を見つめて自らを把握し、欲望への思念は一時の思考的快楽であって痒いところを掻いているだけであると悟り、反射的に出てくる自分可愛さゆえの意見から距離をとり、プライドを捨て、自分も他人も全て死ぬものであると理解し受け入れる姿勢が必要。
ということ。
自分の知る原始仏教の本質と通じるものがあり、(「~であーる」や「いやはや、」などの文体はともかくとして)非常に読みやすく意味が入ってきやすい書籍だった。執着を捨てることは解きつつ、親や配偶者への親切を解くなど、 純利論的にどうかと思うところもあったが、概ね納得できた。