重松清のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
女子中学生が主人公。いろいろ人生に大切な事が書かれていて、さすが重松さん!是非子供にも読んでもらいたいと思うが、大人目線からの感想だろうか、中学生くらいの人はどう思うか興味深い。
催事場前の「峠うどん」をやっている祖父母のお店を手伝う中学生が主人公。死の話を暗くなりすぎず、女学生の目から立ち合い、話が進む。
じいさんのいぶし銀さは、そもそもいぶし銀じいさんがいなくなった今良さがわかるのかと心配になるが、私世代としては「人に大切な何か」が沢山つまった物語。
言葉に出さない言葉。裏の意味を読み取って気遣う心も良いな。人が人を思う心を感じる。
この著者の作品の中では一番好きかも。 -
Posted by ブクログ
市営斎場の前に建つ峠うどん。(斎場が後から出来た)
不愛想で不器用な職人気質の祖父と口が達者で愛想の良い祖母。仲の良い夫婦が営むうどん一本の店。両親から文句を言われながらも店の手伝いに勤しむ中学生の孫の淑子。
店に現れるのは通夜や葬儀帰りの人々。終わればさっさと帰るほどの「義理」でもなく、かと言って泣き腫らすほど親くもない人達。「ちょっとしか知らない人が亡くなったときは、うまく泣けないから陽気に騒ぐしかない」そんな人々を丹念に描いた重松さんらしい暖かな連作短編。
死という題材。重松さんならそれを正面から重く描くこともできたはずですが、この作品では当事者では無い中学生の娘の目を通すことによりサラリと描いています。その分、大きな感動には繋がらないのですが、まあそれも著者の狙いのような気がします。 -
Posted by ブクログ
再会をテーマにした、6篇収録の短編集です。
重松さんらしく、子どもや子ども時代のことを深く見つめたその成果で
作られた物語という感じがします。
子どもの頃にわかっていたことが、大人になってわからないから、
子どもの力になってあげられないことがしばしばだったりするし、
その顕著な例は子どものいじめがなくならないということにもあるのかもしれない。
いや、集団ができた時点でいじめというものを発生させてしまうのが、
人類の習性でもあるようだというニュース記事を読んだこともあるので、
一概にはそう言い切れない。
だけれど、子どもの気持ちを、自分が子どもだった時くらいの確かさでわかってあげられたら、
きっと、子どものなかの余計な孤独感は減じるのだとは思う。
逆に、子どものころにはよくわからなかったことが、
大人になってわかるようになったりもする。
大人の論理で考えてみれば、無駄ないじめはなくなったかもしれない、
というケースだってありそう。
だから、「大は小を兼ねる」というけれども、
子どもの部分を、大人は兼ねることはできないことがあるので、
子どもを甘く見たり、大人の論理でいいくるめたりはしないほうがいいし、
そうかといって、すべてを子どもにゆだねてしまってアドバイスもできないようでは、
子どもの苦しみを減らしてあげることはできない。
大人、親、教師は、みんなそういうところで苦労するんだと思う。
年の近い兄弟がいれば、年長のほうでも年下のほうでも、
わかってあげられるような、二人三脚ではないけれど、
お互いがお互いの力になってあげることや、
本当に近くで寄り添ってあげることってできるでしょう。
一人っ子の僕には、そういうところがうらやましく感じられる部分です。
割り算の余りがどんどんたまっていくのが人生だ、
というような言葉が本書の中にありました。
わりきれないことが、大人になって増えていく。
それをどんどん抱えていくものだ、ということ。
別の短編では、心の大きさのことが挙げられていた。
子どものころの小さな心では抱えきれなかったことが、
大人の大きくなった心では抱えられるし、
それについて考えることもできるようになった、と。
子どもが成長するのは、自分の世界に順位をつけるようになること。
たとえば、あの子は僕よりも下だとか、公立より私立だとか。
そう重松さんは書いている。
順位をつけていく人生が、都会的というか真っ当なものだとされて、
そこからこぼれおちる人々は残念な人々とされてしまう。
そういう価値基準がこの国を覆っていて、それは強固だったりする。
だから子どもはまず、そういう価値観の中で育てられるのがスタンダードなんだと思う。
十把一絡げに、「教育」だとしてそういう価値観に、
「個別に個性を考えて」などはなしに投げ込まれるわけだから、
子どもって大変な子にしてみればすごく大変で。
その大変さが一生続いたりもするし、顔色の悪い大人とか暗い顔の大人とかは、
そういう大変さのなかから抜け出せないで成長した人々なのかもしれない。
つまり、社会的排除ってものは、そういう最初期からありますっていうことになる。
順位や比較がもっと希薄になって、人と人が認めあうような、
それでいて強すぎない連帯感がある社会がもしもできたら、
そこは社会的に人々を包摂する世の中だと思うんですが。
子どもが成長していくことなかでの順位や比較がそもそもの社会的排除のはじまりなんですよね。
そういうのって、生物学的な、人間というものが社会的動物だということに原因のある
事象なんだろうかって、考えましたが、なかなか答えは出ませんね。
重松さんは、そういう社会的排除すら包みこんでいるような深い心持ちで、
でも精一杯生きていこうとするべきなんだと言っているかのよう。
だから、ほろ苦いんだよねえ。
あぁ、ほろ苦ぇ、ほろ苦ぇ。
人が生きていくうえで味わうほろ苦さって、
でも、それがないと生きている気がしないものでもある。
本書を「妹」だとして、「兄」にあたる短編集が『せんせい。』という作品だそうです。
こちらも気になりますね。
面白かったです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ最初は重松さんにしてはイマイチかな~と思い、上巻を読み終わったところでしばし放置してたのですが、一念発起(というほどのことでもないですが)して下巻を買い読んだところ、終盤は中々よく、読後感は結構いいんです、これが。
そもそもあり得ない設定で、かつ「古くて男臭くて、根性至上主義のエンダン」VS「今どきの若者、フェミニズム」というベタベタな二項対立に始まり、どうして重松さんがこんな設定の小説を書いたのか、よくわからないなーと思いながら読んでいたのですが、そして、最後まで浪花節臭さが抜けないのですが、、、
何か泣けるんですよね~。最初の陳腐な設定を超えた何かを訴えかけ、それが厭味なく心に入ってくるというか。
まあよかったら読んでみてください。 -
Posted by ブクログ
それぞれ一人娘を抱えて再婚した夫婦。新たな家庭を築いてゆく姿を末娘を主人公に描いた作品です。
とっても素直でいじましい末娘、ちょっと偏屈で無愛想だが一本筋の通った姉。表現方法は異なってもどちらも優しくて、そして彼女たちを取り巻く大人たちも優しく。如何にも重松さんらしい話です。
しかし、どこかインパクトには欠けるかな。
私が読み終えた後、月一回の半日がかりの通院に持って行った家内。朝から読み始め、夕食後もわたしの目に前で読み続け、どうやら今日中に読み終えそうです。
実は、会社の女性がもうすぐ寿退社。ご相手は二人のお子さんがいるそうで、初婚でいきなり二人のお母さんです。この物語の様に心が通じ合うことを祈って。。。
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