坂口安吾のレビュー一覧
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「堕落論」などのエッセイを読んでから小説を読んだ。坂口安吾がどんな考え方をする人なのか大体分かった状態で読んだので面白く感じた。どの話も彼自身の哲学が反映されていて、ここまで一貫に徹して己を曝け出している人も珍しいんじゃないかと思う。何か一つのゴールを見据えている感じがすごく伝わる。
また、文体も肌に合っていた。純文学の抒情的表現や、…みたいな感じ、分かるでしょ…??といったような文体に馴染めない(私自身が鈍感だからだと思うが…)人間なので、坂口安吾の文体が心地よかった。特に心地よかったのは「青鬼の褌を洗う女」で、サチ子目線から語る心の機微の言語化や考え方がすごく面白かった。
どの話でも語り -
Posted by ブクログ
もともと人間は長く生きれば、光り輝いていた頃から徐々に堕落してくものなのだ。赤穂浪士の志士を処刑したのは、長く生きながらえて生き恥をさらないようにしたため。軍人の妻で未亡人となった者の結婚をしばらく禁じ得たのは、時期がたてば不倫をしてしまうため。もともと二人の君主に仕えるな、それなら潔く死なば諸共、一つの君主に仕えよという武士道の教えは、こういう規律でも作らない限り、やすやすと他の君主に願えることを見越していたため。こんな元々の人間の行動・思考特性にそぐわない旧来の価値観に縛られるな一度人間の本性というものに立ち返って堕落してみよ、というのがこの本で述べている堕落の意味。とても面白い。
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Posted by ブクログ
文学史で戦後文学に「無頼派」がある。「無頼」とは、辞書によれば「正業に就かず、無法な行いをする者、またはその行為」とある。つまり、きわめて反社会的な価値観である。
しかし、「青年期」は、ゲーテが「疾風怒濤の時代」と呼んだように、内面の葛藤の時期。その時期に、善良で社会規範に合う人間像だけを求めるのは、大人の側の身勝手だ。青年を成長させるのは、無数の宿題よりも、全き一人旅であり、燃える恋であり、慣れぬ社会での労働だ。「無頼」の精神は、自己を模索する青年期にこそふさわしい。
坂口安吾は、新潟市出身。私は以前、同地の海浜にある彼の文学碑を訪れた。そこは、彼が中学校時代に学校をさぼって空を眺めた場所。 -
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悪と美は横溢するが…
現代普通桜は怖くない。
しかし、孤独な山中の
無限の森の中で
美しいものも不気味だと
思わせられる筆力。
女の美しさがむごい要求を
通させる。
山賊単独の悪が翳むほどだ。
女の飽くことのない我儘を
許し続け、そしてやがて
山賊は自分自身と女を
同一視する。
ついには女を魔物と感じるが
滅ぼした相手は自分自身
だったかもしれない。
長く連れ添った者でも
どんな者たちでも
一瞬にして刀の露になり
何のためらいも悔悟もない。
無意味で奇怪なママゴトが
行われるだけだ。
読者はそれにつき合わされ
山賊の自意識にはむしろ
悪の意識がなく普通人のようだ -
Posted by ブクログ
ネタバレ坂口安吾の女性像はどこか観念的で、愛情と不信感のアンビバレントがすごいなぁ…などと思いながら読んでいたら、『青鬼の褌を洗う女』の中で作家自らそれを告白していた。
“彼のような魂の孤独な人は人生を観念の上で見ており、自分の今いる現実すらも、観念的にしか把握できず、私を愛しながらも、私をでなく、何か最愛の女、そういう観念を立てて、それから私を現実をとらえているようなものであった”
女を畏怖するのは孤独な彼の生い立ちからきているのだろうか?
坂口安吾を『夜長姫と耳男』の耳男と重ねてみると、夜長姫のことばにぐっとくるものがある。
“好きなものは呪うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロ