坂口安吾のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
文学史で戦後文学に「無頼派」がある。「無頼」とは、辞書によれば「正業に就かず、無法な行いをする者、またはその行為」とある。つまり、きわめて反社会的な価値観である。
しかし、「青年期」は、ゲーテが「疾風怒濤の時代」と呼んだように、内面の葛藤の時期。その時期に、善良で社会規範に合う人間像だけを求めるのは、大人の側の身勝手だ。青年を成長させるのは、無数の宿題よりも、全き一人旅であり、燃える恋であり、慣れぬ社会での労働だ。「無頼」の精神は、自己を模索する青年期にこそふさわしい。
坂口安吾は、新潟市出身。私は以前、同地の海浜にある彼の文学碑を訪れた。そこは、彼が中学校時代に学校をさぼって空を眺めた場所。 -
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悪と美は横溢するが…
現代普通桜は怖くない。
しかし、孤独な山中の
無限の森の中で
美しいものも不気味だと
思わせられる筆力。
女の美しさがむごい要求を
通させる。
山賊単独の悪が翳むほどだ。
女の飽くことのない我儘を
許し続け、そしてやがて
山賊は自分自身と女を
同一視する。
ついには女を魔物と感じるが
滅ぼした相手は自分自身
だったかもしれない。
長く連れ添った者でも
どんな者たちでも
一瞬にして刀の露になり
何のためらいも悔悟もない。
無意味で奇怪なママゴトが
行われるだけだ。
読者はそれにつき合わされ
山賊の自意識にはむしろ
悪の意識がなく普通人のようだ -
Posted by ブクログ
ネタバレ坂口安吾の女性像はどこか観念的で、愛情と不信感のアンビバレントがすごいなぁ…などと思いながら読んでいたら、『青鬼の褌を洗う女』の中で作家自らそれを告白していた。
“彼のような魂の孤独な人は人生を観念の上で見ており、自分の今いる現実すらも、観念的にしか把握できず、私を愛しながらも、私をでなく、何か最愛の女、そういう観念を立てて、それから私を現実をとらえているようなものであった”
女を畏怖するのは孤独な彼の生い立ちからきているのだろうか?
坂口安吾を『夜長姫と耳男』の耳男と重ねてみると、夜長姫のことばにぐっとくるものがある。
“好きなものは呪うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロ -
Posted by ブクログ
ネタバレ戦後まもなくに出版された日本の推理小説の傑作。坂口安吾作。
犯人のトリックや動機は、アガサ・クリスティーの「ナイルに死す」をかなり参考にしている。ただし、事件の背後を取り囲む登場人物は、焼け野原になった日本の戦後の退廃的な雰囲気、投げやりな雰囲気を反映していて、アガサ・クリスティーの小説に出てくる人物像とはかなり異なる。
この本で最も印象的な点は、戦後まもなくという世相も反映してか、人が死んだときに他の人物が受けるショックの薄さである。
(それがあるから8人も人が死んでしまうのであろう。1人1人の死にその都度衝撃を受けていたら8人の死までは、なかなか到達しない。)
素晴らしい名作だが、もう