三宅香帆のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を読みました。
本書では、読書を「今の自分にはない外部のノイズや、コントロールできない存在に触れること」と捉えています。現代の読書離れは単なる時間不足ではなく、自分好みの情報空間に比べ、予期せぬノイズに溢れた読書体験が選ばれにくくなっているからだ……という考察には、深く共感させられました。(意識しないと居心地の良い情報ばかりに飛びつきがちです)
特に考えさせられたのが、終盤で紹介されている「疲労社会」と「トータルワーク」という概念です。疲れを無視して仕事に没頭し余裕を失うと、仕事の本筋とは直接関係のない、けれど大切な視点や文脈を受け入れられなくなってしまいます。また、そうして一つのことに全力投球する陰には、その活動を支える自己犠牲や誰かの献身的なケアがあることを忘れてはならないと痛感しました。
だからこそ「あえて半身で向き合う」という姿勢が胸に刺さります。もちろん、決して仕事を手抜きの適当にするという意味ではありません。仕事だって豊かなものにしたいからこそ、仕事でもそれ以外でも新しいものを取り入れる余裕を持つべきだというメッセージを受け止めました。
まずは闇雲に全身全霊で取り組むこと自体を疑い、さまざまなことにあえて「半身」で向き合う。そうして身体を整えて心に余裕を作り、仕事に限らず多様な価値観をしなやかに取り入れていける自分でありたいと思いました。
読書がそのバロメーターの一つだとすれば、「最近本が読めていないな」と気づけた時こそが、自分をチューニングする良いタイミングですね。その大切な気づきを与えてくれた三宅香帆さんに感謝です。 -
Posted by ブクログ
大まかな“近現代日本の読書と労働の歴史”が学べる。読書と労働は両立できないのか。
確かに働いた日の後は集中力が弱っている。自分ではそれほど疲れていないと思っても、体力的にも精神的にもきっとダメージを受けているんだろう。つまり、、読書の余裕はない。
余暇を楽しむ。ただそれだけの事が日々の疲労で奪われる現代社会なのだなとちょっと寂しく思った。
基本的に私は紙の新聞や紙の本が好きだ。自分では検索しないだろう情報が実はたくさん載っているから。その偶然性と時間とをいつも天秤に掛けてきた気がする。
筆者提案の“全身全霊”よりも“半身”で働くことに私も賛成したい。
これからの自分の働き方の選択肢が増えた。
最終章が1番筆者らしくて面白かった。
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Posted by ブクログ
普段小説を読んだり映画を観ていて考えもしなかった「夫婦」の存在感。シングルマザーの話は数あれど、それと比べ夫婦間を描く創作はあまりない。たしかに…。
夫婦でいることって世の中の大半の人が経験しているのに、あまりドラマにならないのは何故だろう。日常的過ぎてつまらないからか?だとしたら親子愛を描いた物語だってありふれてるけれど、世の中には好意的に受け入れられている気がする。
ちなみに私の好きな映画のジャンルのひとつは「家族愛」をテーマにしたものなのだが、これも夫婦のことというより"夫婦+子ども"が多いなぁ。
本書を読んでいて感じたのは、「夫婦はこうあるべき」論は捨て去った方が良いということ。互いに愛し合い、一緒にいて成長できる等と理想論を語れば語るほど、現実との差に自分が苦しくなってしまう(世の中本当に素晴らしい夫婦もたくさんいると思うが)。
社会構造的に理想の夫婦像を作り上げることは難しいのだから。
1回じっくり読んでもう1回流し読みしたけど、本書は感想を書くのが難しい。村上春樹の小説を引用して著者がその意味を考えるスタイルなので、私はただただ納得することしかできなかった。
それでも「夫婦」に焦点を当てているのが目新しかったし、好きな作品(『ファーストキス 1st kiss』)も取り上げられていて新発見があったので満足。 -
Posted by ブクログ
うーん、なるほど。と思いつつ自分が同じように読めるかっていうと「どうでしょうね?」という。
著者がこういう視点で本を読んでいます・紹介していますっていう本なのかな。
著者の評を読んで「あ、この本おもしろそうですね」っていうのを探すのにはいい。
自分の楽しみのために読む、で終わりそうな気がする。自分は。
本を読んでいると「あ、これはあれと似ていますね、元ネタですか?」みたいなことはあるので、インプットが多ければ楽しめる要素も増えますしね。
しかし、あのペースで本を読んでいて、どうやってこんなに深く読めるんだろうなぁ。じっくり読むだけが全てではないってことだろうか。訓練すればいけるんだろうか -
Posted by ブクログ
ネタバレ流行りの本や漫画をベースに、社会学的な視点で世の中を分析する三宅香帆のもはや論文。
なぜ考察するのか?
若者は、とにかく正解が欲しい、らしい。
考察には正解があるけど、
批評には正解がない。
だから批評ではなく考察を求める、とな。
そして、ずっとアルゴリズムにオススメされるものを「最適解」として選んできた結果、自分の本当に欲しいものが分からなくなった、と。
早く正解がほしいのも、タイパを重視するからだろうか。
本を読みたいのに、なぜスマホばかりしてしまうのか、というのも実体験からよく分かった。
本を読むよりスマホでXやコミックを見ている方が、簡単に手軽にドーパミンを摂取できる。
だから疲れているとそちらに流れてしまう。
でもここ何年も、そうやってスマホばかり見てきたら、同じ時間を費やしても何も残ってないなって気づいたので、最近は意識してちゃんと本や漫画を読むようにしている。
短いスカッとは、一瞬でドーパミン浴びれるけど、結局何も憶えてなくて、また同じのを読んでしまい、「あ、これ読んだ」てなるので。
ちゃんとした物語を摂取したときのような深いカタルシスはスマホからは得られない。