三宅香帆のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
現代人は働いていると本が読めなくなるのではなく、時間的な制約はあるにより、効率を求め、無駄(ノイズ)を排除した結果、「情報」のみを求めるため、本を読まなくなった。
それは、ノイズが今の自分には役に立たないと思い込んでいるからだ。
三宅夏帆さんは、本書を通じて、「知識はすべてつながっているから、役に立たない知識などない。ノイズを受けて入れる余裕がある社会こそ、本来あるべき社会の形だ。」と説いている。
学ぶ意欲が湧く1冊だった。自分の挑戦をチ後押ししてくれる1冊だった。
疲れた時は休むのがいい。受け入れる余裕が無い時は誰にもやってくる。そんな時は私の今のこの思いを読み返そうと思う。 -
Posted by ブクログ
見る、読むなど得ること自体をもちろん楽しみつつも、それをいち経験として、得たいのかもしれない。
音楽もランキングから知る時代から、ショート動画で出会う時代に変化した。その影響で、現代の音楽はいかに短く、キャッチーで刺激的かを求めている。サビしか知らなくて、サビしかおもろしくなかったり、転調ばっかりで飽きさせないようしたり、曲調をガラッと変えて刺激を入れたり。
オンリーワンという孤立というよりも、ラベリングされて、界隈があって、何かに属していたい。何かに寄りかかっていたいという感じかな。孤独は嫌だもんね。
この感想を書いている時点で、わたしはマジョリティ的な考察する人間とは少し違っているの -
Posted by ブクログ
読んでいる中盤辺りから読み終わった今も、
推しへの好きを言語化して自分の思い、好きをたくさん残して、充実した人生を送っていると実感したい!
という気持ちが溢れています。
著者の推し活に対する温度感も好感を持てましたし、読んでいてワクワクしてきました。
そこそこ生きてきて、文章も添削しながら展開している身としては知っている方法も多かったですが、それをプライベートに使おうとはしなくなってたなと気付きもありました。
私の場合は推しに対してのモヤモヤはあまりないですが、可愛くてたまらないこの気持ちをどうしたら!と思うことはあります。
そんなたまらない気持ちを言語化して、自分でも思い出しやすくなるよ -
Posted by ブクログ
「推し」に限らず、自分が好きなものを言語化する上で思考を深めていくためのコツが得られる本だなぁと感じました。中高生にもオススメできる一冊です。
"言語化とは、細分化のこと"
よく語彙力がないと自分を卑下してしまいがちですが、「言語化に語彙力は必要ない」「言語化とはいかに細分化するか」。
なるほどと思いました。そして細分化した先にオリジナリティ、自分らしさが宿るのだと。自分がどんな時にどうしてそんな感情を抱いたのか、自分の感情を見つめて言語化していく力は、「推しの良さを伝える」以外でも自分自身を豊かにするものとなるのではないでしょうか。
プロの書く推し語り文、とても面白かった -
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Posted by ブクログ
インプットしたものをどのように解釈し、どのように面白さとしてパッケージして伝えるのか。そのための5つの技術が、具体的な作品と筆者自身の読み方を通して紹介されており、とてもわかりやすかった。
印象的だったのは、「何となく読む」ことを頭ごなしに否定しないところである。自由に読むことの面白さを認めたうえで、「こういう読み方もある」とそっと手ほどきしてくれる。その距離感が心地よかった。
「読む」という行為は、本来とても自由で、どこまでも広がっていく営みだと思う。本書は、その自由さを狭めるのではなく、むしろ楽しみ方を可視化してくれるガイドマップのような役割を果たしていた。
面白く話す、面白く伝える -
Posted by ブクログ
古典文学ど素人の自分でも楽しく読めた。というか知識ない人の方が楽しめる。特に徒然草の大根の話は笑った。笑ったし、徒然草ってもっと厳かで伝統的な読み物と勝手に思ってただけに、凄く意外な内容だった。
あと、印象に残ったのは平賀源内の『根南志具佐』と森鴎外の『舞姫』。
根南志具佐は大まかな話は知っていたが、それが政治に対する風刺とは知らなくてためになった。
舞姫は著者の方の独自の解釈があり、そういった解釈があるんだなぁと感心した。仕事と女性を天秤にかけて、女性を捨てたクズ野郎の話という認識だったので、違う解釈を知れるのは新鮮だった。
こういった雑学も楽しめるので、古典文学初学者にはおすすめの一冊。 -
Posted by ブクログ
三宅香帆さんによる考察文化についての批評。考察、萌えと推し、AI、世界に一つだけの花という自分らしさから生きにくさを弱めるMBTIなどのラベリング。こうしたテーマを漫画やアニメなどのエンタメ作品を題材として読み解く。
映画やアニメで考察を楽しむのも感覚としてはわかるけど、個人的には三宅さんよりちょい年上の批評の時代を生きてきたおじさんなので、その時代の変化の整理はわかりやすかった。特に前半の萌えから推しへの変遷はなるほどと感じると同時に色々と考えどころのある話だなと感じた。
考察という唯一絶対の正解が求められる時代においては「萌え」ではなく「推し」となる。なぜなら「推し」には追いかける理想像が