あらすじ
【人類の永遠の悩みに挑む!】
「大人になってから、読書を楽しめなくなった」「仕事に追われて、趣味が楽しめない」「疲れていると、スマホを見て時間をつぶしてしまう」……そのような悩みを抱えている人は少なくないのではないか。
「仕事と趣味が両立できない」という苦しみは、いかにして生まれたのか。
自らも兼業での執筆活動をおこなってきた著者が、労働と読書の歴史をひもとき、日本人の「仕事と読書」のあり方の変遷を辿る。
そこから明らかになる、日本の労働の問題点とは?
すべての本好き・趣味人に向けた渾身の作。
【目次】
まえがき 本が読めなかったから、会社をやめました
序章 労働と読書は両立しない?
第一章 労働を煽る自己啓発書の誕生――明治時代
第二章 「教養」が隔てたサラリーマン階級と労働者階級――大正時代
第三章 戦前サラリーマンはなぜ「円本」を買ったのか?――昭和戦前・戦中
第四章 「ビジネスマン」に読まれたベストセラー――1950~60年代
第五章 司馬遼太郎の文庫本を読むサラリーマン――1970年代
第六章 女たちのカルチャーセンターとミリオンセラー――1980年代
第七章 行動と経済の時代への転換点――1990年代
第八章 仕事がアイデンティティになる社会――2000年代
第九章 読書は人生の「ノイズ」なのか?――2010年代
最終章 「全身全霊」をやめませんか
あとがき 働きながら本を読むコツをお伝えします
感情タグBEST3
平成あたりからすっごく話がイメージしやすくなって、めちゃくちゃ面白かった、、、!!
もちろん昔の日本の読書習慣や仕事への見方、階級などなど勉強になったけどやっぱり時代が遠すぎて「へぇそうなのかあ」と表面でしか理解できなかったような部分がたくさんあったけど、読み進めていくとどんどん話が自分の中で繋がってきて、分かりやすかった。
昔の日本は読書はエリート向けのものであったり、教養を身に着けるためのものであったが、今では読書=ノイズ(自分にとってシャットアウトしたい、必要ないと感じているもの、体力精力を精力を無駄に消費するもの、頭をつかうもの、、、)と考えられている節があり、人々のなかでの「読書」の立ち位置が今と昔で全く違うのがとても興味深かった。
読書するというのは他人の文脈を受け入れ、触れ、関わりあっていくこと。
仕事へ自分の100%を注ぐのではなく、半分余力を残しておいて別のこと(趣味、家事など)に充てること。
無理して働くことを美化しないということ、などなど。
どれもすごく大事なことだと思いました。
また時間をおいてから読み返したいと思った1冊でした。
何を買うか決めてない状態で本屋に行って目についたものを買うのが大好きだからまた早く行きたいな~という気持ち!
積読ばんざい!!!
Posted by ブクログ
オーディオブックにて。
時代の流れから本を読めなくなる人の納得のいく理由が裏付けられていた。
本を読む際にノイズが必ずあり、現代の人々はすぐ答えを求める。その背景にはTikTokなどのショート動画が流行し、短時間で得られる情報量が多いから。
またチャッピーも含めすぐ答えが得られる媒体も登場した。
しかしながら読書は自分が得たい情報以外も入力され、なにせ時間がかかる。
タイパは悪い。
このタイトルの答えもこの本では過去の時代から遡り考察しているためすぐには得られない。
しかし読書はそれがイイ。
現代社会ではすぐに得られる答えが多いため、
時間をかけて答えを探すことの大切さもあるのでは。
また半身という考え方も深く共感した。
Posted by ブクログ
労働と読書の変遷から、「全身全霊」で労働にコミットメントする現代の働き方に疑問を呈し、「半身(=働きながら本を読める)」で働ける社会の実現を訴えていた。
現代において働きながら本を読めなくなった原因は、ネットやSNSでの情報取得が主流になった、あるいは労働時間が長いといったことだけではない。読書で得る知識は情報にはない「ノイズ(=他者や歴史や社会の文脈)」が含まれており、情報社会に生きる社会人にとってノイズは必要のないものと見なされていることも大きく影響している。
自分が社会人になり、自分のスキル向上やキャリア形成に関係のないものをノイズとして見なし、無意味に読書を遠ざけていたことに気づかされた。また、行き過ぎた新自由主義に対し警笛をならしており、自身が持つ個人主義的な思想をメタ的に俯瞰する機会にもなった。
Posted by ブクログ
半身社会で生きていく。
全身全霊でがむしゃらに生きるのを美徳としてきた自分の考え方にメスを入れてくれる本だった。
働いていると疲労で、時間がなくて読めないのだと思っていた。
でも、疲れていても時間がなくてもスマホは見ている。
そうか。なかったのは、ノイズを受け入れる余裕、か。
Posted by ブクログ
「花束みたいな恋をした」から始まる。自分も当時見に行った。恋愛映画だと思ってたら現代ホラーだった。
本書は大正時代から現代まで時代を進めていくスタイル。
前半はあんまり馴染みがない話で飛ばし読み気味になった。
2000年代くらいからは、馴染みのある書名が並ぶ、自身も読んだ「夢をかなえるゾウ」「ポトスライムの舟」「コンビニ人間」「何者」「推し、燃ゆ」などベストセラーを眺めつつ、その背景を分析していくのにワクワクした。
結論としては、読者にはノイズが多いため、必要な情報だけ端的に得たいという需要がある(そして得られてしまう)情報社会では、必然的に読者が手段から外れるというもの。
これはかなり納得がいった。
そしてこれを踏まえて、著者はノイズを受け入れられる体勢を作ろうという話へ進む。「なぜ私たちは燃え尽きてしまうのか」っぽい話きたな〜と思っていたら、がっつり引用されていてニヤニヤした。
著者の語りはこれで終わらない。
なんと仕事に全身全霊を捧げることを「楽」な道であると説く。ここまで言い切ってくれて嬉しくなった。
自分が好きな小説「私定時で帰ります」でも同じような言説があったことを思い出す。
実際に今働いていても同じような気持ちになる。残業をしまくる先輩後輩を置き去りに息を殺して職場を出る。いっそ、その空気に染まってしまった方が楽になれるのかもしれない。でも、そうすればもう自分の時間は返ってこないかもしれないと思い、毎日決死の思いで席を立つ。
働きながら本を読むための戦いは、簡単なものではないという結論は、著者も同じであった。
ただ、少なくとも1人いっしょに戦おうと言ってくれる人物がいるということ、そして本書を読んだ方々が(仮に同じ職場にいなくとも)きっと一緒に戦ってくれるだろうということは、明日からの希望になるものであった。
Posted by ブクログ
今は動画がたくさんあり、手軽に自分に合った内容を楽しめる。わざわざ、今本を読む意味あるのか、と以前まで思ってた。
一年前本を読むようになって、そこから毎日読む習慣がつき、わざわざ本を読むか?とは思わなくなっていたが。
本書で、昔の人は今みたいに動画も無いので代わりに本をたくさん読んでいるのかと思いきや、
意外とそうでもないんだな、と思った。
Posted by ブクログ
自分は、いまはバス通勤で読書してますが、自家用車通勤の時はほとんど本を読みませんでした。
色々な視点から検証されており、それぞれがとても面白かったです。
Posted by ブクログ
タイトルの通り、「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」をテーマに、明治以降の労働と本の歴史を辿る本。内容あまり調べずに読んだが、勉強になるし楽しく読めた。
Posted by ブクログ
途中で読書と労働の歴史が長く続き、
ここ本当にいる?働くと本が読めなくなる理由を早く説明してよ。
と感じた私は、筆者の指摘する自分に関係ない情報をノイズと捉え、他の文脈をシャットアウトする「働いていると本が読めない』状態の人間なのだと気づいた。
じっくり読書や映画、音楽の世界観全体を
楽しんでいた学生時代の頃のように
仕事を半身にし、文化的に豊かな生活を送りたいと思った。(これだけAIが進化しているのだから、労働の半分を任せられたらいいのに)
Posted by ブクログ
歴史を振り返りながらタイトルの問いを追っていて、各時代の読書のあり方を感じとることができた。現代の読書のあり方については納得したし、自分事でもあった。立ち止まる余裕がないとノイズは受け入れられない。ノイズになりうるものもたくさん受容したいと本当はみんな思っているのに、社会がそうはさせてくれていないのかなと思った。なんにせよ、ノイズは日々の仕事と直結しないところから生まれてほしい。ノイズから近づいてくるようにはならないでね。
Posted by ブクログ
半身で働くことを提唱している本。読書は明治〜大正ではエリートの教養だったけど、だんだんと大衆の修養になる。 本を読むことは自分が求めてない歴史や文脈があるからそれがノイズで読んでいられない。インターネットの情報は、ノイズがないから働いていても読める。 でもノイズだと思っていることもいずれ働くことの教養になる可能性もある。
Posted by ブクログ
最初は日本の働き方の歴史から始まってタイトルの話はどこ?となったけど、その遠回りこそがこの本の核心だった。興味のある情報だけを効率よく摂取することが読書をできなくしているという指摘にはっとさせられた。
Posted by ブクログ
著者が文学部出身なだけあり、それぞれの時代に出版された本とその時代の働き方を絡めながら、働き方と本の関係を解りやすく解説している。
最終的な結論として、「半身で働く」社会にする事が、読書をできる社会につながると結論づけている。
また、それだけでなく少子化や日本経済の発展に繋がるともしており自分もその考えに賛同した。
日本の長時間労働により、労働以外にエネルギーを割く事がむずかしくなっているのは自分も当てはまっている。「半身で働く」、そんな社会にするために自分に出来ることは?と考えていこうと思う。
資本主義社会の中での一労働者の自分が変えれることでは無いが、日本人全員がその様な考えを持てたら日本社会を変えていく事ができると思った。
Posted by ブクログ
半身で仕事をしよう!半身で仕事することが当たり前の社会をつくろう!
読書は他者の文脈を取り入れること。ひとつの文脈にどっぷり浸かって生きていくことは危険。色んな人の文脈を知りながら、豊かに生きていこう!
前半は思ったより5倍以上難しい内容だった!
頑張って読んでよかったぁ
Posted by ブクログ
読み始めは難しく感じて、ここからどう終着していくのかな?と参考文献の引用も多くて眠くなり、なかなか読み進まなかったです。読み進むにつれ、今自分が選ぶどの本ともリンクしてるような感覚を覚えました。なぜ、の問いに対する著者の考察、今後の解決方法も提示されており、私的には成程なぁという読後感を得ました。
働くための人生でなく、人生のための労働、頑張り過ぎは良くないです。
自分も頑張り過ぎてしまう気質なので、心身ともに疲れてまさしく読めなくなってたのかも、と気付かされました。
私は本をもっと読みたくなりました。
Posted by ブクログ
新書をあまり読まないので、最後まで読み終えられるか不安だったのだが、読みやすい構成とわかりやすい文章で最後までスラスラと読めた。自分の趣味のひとつである、読書と、人間誰もが携わる労働の歴史について関連付けながら知ることのできる著書だった。私はそれほど忙しい仕事ではないので、働いていても読書は出来ているが、そうではない人が、忙しい仕事をして読書をしなくなった友人がいるので、こういう人は多いんだろうなと考えた。読書という文化と人生について考え直させてくれる本。
Posted by ブクログ
思わず近代労働文化論でしたね。半身、分かる気もします。そして、何でも全力で行かないといけない。。。でも、ずーっとそう思っていました。ほう!そうじゃないんだっ!てのも新たな気づき。これがノイズなんでしょうね。ノイズは他者の文脈。視野が広がる、ということ。それも仕事のためではなく、自分が満たされた人生を贈るために。私もこれからの人生を考える上で気づきをもらいました。それから、三宅さんの文章って上手いですね。語りかけられている気がします。書評と違う著者の姿を見れたのも良かったです。
Posted by ブクログ
◯読書ができないだけではない?!日本のこれまでの仕事事情
「読書ができないのは、時間がないからでは?」と思って本を手に取った。自分と同じような気持ちで本を手に取る人が多いかもしれない。しかし、本を読んでみると、「時間がない」なんていう簡単な話ではなかった。著者は、働いていると本が読めない原因は、今の時代は「仕事以外の文脈を、取り入れる余裕がなくなるから」だという。
仕事以外の文脈、つまり読書で得られる「知識」は、人にとって「ノイズ」になり、仕事で余裕のない人たちにとっては「重い」。だから、読書をするのではなく、自分の欲しい「情報」だけが手に入るインターネットなどを使う人が多いのだという。
確かに、今の時代、インターネットやSNSでは、アルゴリズムによって自分のみたい、よく見る情報をコンピュータがピックアップして私たちに提示してくる。これは、まさにノイズのない「情報」である。それが今の時代の流れだと。
しかし、著者は、そんな時代に本を読めるようになるために「半身社会」という提案をしている。それはつまり、全てのエネルギーや時間を仕事に注ぐのではなくて、人生に余裕を持って読書や趣味、家事、育児などに時間を使っていく社会のことだ。そんな社会を作るために、読者1人1人が試行錯誤していくことが大切だろう。自分も、仕事と家庭とを分けて、それぞれその時できることに全力を注ぎながら生きていきたいと思った。すると、仕事でも家庭でも充実した日々を送れるのではないか。
三宅さんの切り口はけっこうおもしろい。批判をただするのではなく、現実をその目で分析して、それを変えていく提案をしているところがいいなぁ。
◯好きな言葉
「いつか死ぬ自分のことを思いながら、私たちは自分の人生を生きる必要がある」
Posted by ブクログ
絶対に『花束みたいな恋をした』を見たあとで読んだほうがいい
著者の三宅さんとは同じ高校の出身だということもあって、話題になったこの本を手に取りました。
就職してから大好きだった読書ができなくなった自身の経験をもとに、明治以降・近代化してからの日本人の働き方と、読書のあり方(読書に限らず、文化・教養の受け取り方)の変遷という2本の線を並行をさせて比較し、労働と文化を両立できるはたらき方とは?を追求する1冊です。想像してたよりもフランクでやさしい文体で、はつらつとした女性の軽やかさと情熱にグイグイと引き込まれます。
「本が読めないのは仕事に時間が取られるから、労働で気力が奪われるからじゃないの?それと時間の使い方の選択肢が増えたからじゃん?時間の潰し方を無限に用意してくれるスマホがあるからじゃん?」だれもが読む前に予想するところでしょう。もちろんそれはそうだけど、かなり深堀りされた解像度の高い答えが著者によって提示されます。
なにより2021年の映画「花束みたいな恋をした」の主人公カップルの社会的な位置づけの違いに注目し、労働と文化のあいだには常に「社会的な格差」が影響しているという文脈を見立てた著者の着眼点がおもしろい。一見関係のなさそうなものがつながってしまう作用、これこそが教養のなせる技であって、この本のメッセージのひとつだと思います。哲学者ブルデューの『ディスタンクシオン』にも通じるものを感じました。これ映画見てたらもっと味わい深く読めたなあ。今後この映画を見る機会に、この本で提示された文脈でしか見られなそうなのがちょっと残念かも(自分のせい)。見てから読めばよかった!
明治時代、海外から自己啓発の概念が輸入され、立身出世を焚き付けられる労働者男性と、それを他人事のように眺めるエリート階級の構図が生まれたと見て取れ、明治すでに『花束みたいな恋をした』のカップルのような構図はすでにあったということが面白かったです。
その他、紙の価格高騰から円本(=全集)や文庫が誕生したエピソードなど、本そのものの変遷も興味深かったです。昭和のころ、中流以上の家庭の戸建てなら玄関からすぐの部屋には洋式の応接間があって、そこの本棚にはかならず日本文学全集、世界文学全集の背表紙がズラリ、教養も誇示できるインテリアとして鎮座していたものです。いまではそんな応接間なんて余裕も必要もなくなったうえに、オンラインで世界中の文学作品が読める。世は遺品整理や終活ブームで、無用の長物は処分したい。”全集インテリア”はもう見られなくなった光景ですよね。
「読書はノイズをはらむ」と著者は言います。2020年代に現れた効率的に手っ取り早く教養を得る『ファスト教養』という言葉。お金と時間をかけて1冊のビジネス書に向き合うより、同じ内容を数分に要約したYouTube動画を無料で見るほうがコスパ・タイパが良いという風潮を表したものです。ファスト教養によってバッサリ切り落とされた贅肉こそが『ノイズ』、言ってみればムダな部分ということ。著者のお気持ち、付随するエピソードといった余談や、なんなら本屋に行く手間、買う手間、自分でページをめくる手間、、、コスパ・タイパという俎上のうえで切り落とされるそれらを『ノイズ』という概念に集約させているのが分かりやすいです。詩的で抽象的な部分を含んだメッセージを能動的に受け取りにいくより、具体的な情報をのみを流し込まれるほうがハードルが格段に低い。だから本は読めなくてもスマホは見られるという現象が起こるのだと思います。”読書”は他者の文脈を汲み取りつつ読み進めなければいけないけど、”情報”は答えに一本道でたどり着けるルートが用意されているから。
タイトルである『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』。この問いへの著者の答えは”仕事以外の文脈を取り入れる余裕がなくなるから”。そして大切なのは他者の文脈を遮断せず、一見ムダな知識『ノイズ』をあえて受け入れること、それが働きながら本を読む一歩だと著者は言います。これには本当に同意するところで、わたしも風が吹けば桶屋がもうかるように、一見役に立たない本(や映画、音楽、美術、etc)がじんわり漢方薬のように自分の人生に効いていたと、後になって気づくことがありました。
いまの働き方の元凶とも言える「新自由主義」について触れた章も面白く読むことができました。新自由主義への懸念、前田裕二著『人生の勝算』への批評的な目線など、著者の論調のギアがグッと上がってドライブしてくるあたりがアツい!「ルールを疑うことと、他人ではなく自分の決めた人生を生きることは、決して両立できないものではないはず」という著者の熱いメッセージは胸に響きました。正直、ところどころ強引なこじつけに感じる部分もあるけれど、ある程度クセがある方が味がしてメッセージとして面白いと私は思います。ファスト教養的観点からすれば、クセや味なんてそれこそノイズなんでしょうけどね。
本も読めない(=趣味を心底楽しめない)社会を改善するには、美徳とされているストイックなオーバーワークを褒めないこと、そこからはじめようと著者は提示します。そして仕事も趣味も家事も、全身全霊でなく”半身”でこなすことだと。ストイックという幻想に縛られない生き方については最近自分も考えていました。私は若い頃、ストイックに求道的に生きて名を挙げて、「自分は何者である」という勲章を手に入れないとこの世にいてはいけない、とすら思っていたかもしれません。でも今は違います。自分が自分であるだけでいい、勲章は必要ない。”生きてることそれだけをもって、生きててOKという許可証だ”と思っています。SNSのタイムラインにならべられた勲章の博覧会に心揺さぶられないよう意識しています。
最後に思わず「そう!」と声が出た、私が大共感した文を引用します。
"好きなことを活かせる仕事── 麦(※映画『花束みたいな〜』の主人公)の言うとおり、それは夢物語で、モラトリアムの時期だけに描くことのできる夢なのかもしれない。しかし問題は、それが夢物語であること、ではない。むしろ好きなことを仕事にする必要はあるのか?趣味で好きなことをすれば、充分それも自己実現になるではないか?そのような考え方が、麦にとってすっぽり抜け落ちていることこそが問題なのだ"
Posted by ブクログ
全身全霊で働くと本は読めなくなる。
そんな社会になった歴史的経緯を可視化し、それを変えて、半身で働くことができる社会に変えていこうよ、というメッセージ。
そういうふうにしていきたい。
Posted by ブクログ
本を読むこと、働くことについて、歴史を紐解きながら意味づけを行い、最終的には、仕事一筋をやめよう(何かに全身全霊向かうのはよくないという言い方をしている)、本を読む余裕を作ろう、といった結論付けをしている。
うーん。どうなんでしょ。ワークライフバランスや働き方改革と同様に、違和感があります。
モデル化と結論付けの主観が強めです。
読書をどう定義づけるかにもよるけど、結局は自分がそれによって充実できるかということが大事なのではないでしょうか。仕事が生きがいで、本は仕事の糧になるもの以外読まないなんて人もいるでしょうし、ほかの趣味が楽しくて本はいらないなんて人もいるでしょう。つまり、なぜ××すると○○できないのか(××は義務でやっていること、〇〇は好きでやること)に言い換えられる。著者は文芸評論家ということですが、仕事で本をたくさん読むはずですが、評論する本は半身でしか読んでいないのでしょうか。
ところで、序章でパズドラのエピソードに激しく共感してしまいました。自分もスマホを持ってから読書量が2割ほど減りました。何も考えずにニュース見たりゲームしたりポイ活するのは楽ですもんね。でも惰性でやっているだけでなんの充実感もない。これが問題ですね。あと、加齢により集中力が低下したのと、老眼が始まったことも理由の一つなのは否めません。どちらにせよ、現代は本以外のコンテンツが多すぎます。読書量は減るに決まっています。
Posted by ブクログ
タイトル見て、「これ読める人は働いてても本、読めるんじゃない?いやこれを本という媒体でやるの?強気すぎどんなこと書いてんの?」という期待から読んだ。
本と労働の関係を歴史から読めて、勉強になった。「その時その人たちは何を求めているか、それらが本となり書店に並んでいる」ということは、知っていたはずなのに、改めて理解できたし、なぜ読めないかをくわしく言語化してくれたのは助かった。
でも結局、最初に抱いた「これ読める人は働いてても本読める」、それ以上はないかも。彼女の出した結論は、ああ、まあねえ、そういうのも悪くないねえ、というか…本と労働者の歴史が知りたい人におすすめ、今現状働いていることによって本が読めなくなっちゃった人には特に勧めないかもなぁ。そもそもどんなすばらしい本も人に勧めたことはないけど⭐︎
Posted by ブクログ
読書の歴史について知れました。題名に惹かれて手に取りましたが、そこに着地するかーって感じでした。半身労働者社会、とても魅力的ですが仕事と読書を両立するための即効性のある方法を求めている人には物足りないかと。
ノイズ大切だと思います。でも私は情報を求めてこの本を手に取っていたんだなと気付かされました。
Posted by ブクログ
現在、題名の通りに本が読めなくなってる人にはお薦めしたくない本No.1。
結論は読まなくても分かる通り、働いていると余暇がなく、読書時間が作れないから。
全身全霊で働いている日本社会が、半身で働き、余暇で時間つくれるような社会になっていけたら良いねという本。
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題名でだいぶ注目された本だと思うけど、
内容的には【日本の労働社会と読書論】といったまじめな感じで、前半は"読書"という位置付けが時代ごとに変わっていったこと。後半は"労働"の中で必要な情報と知識がわかれていった背景。
情報ではなく、知識(ノイズ)が多く、読み進めるのに時間がかかった。参考文献、多すぎる…。
誰にでも分かるように簡単に書いてくれ。
他の小説はすぐ読めたのに、
なぜこの本を開くと眠くなるのか。
(1ヶ月くらいかかりました)
Posted by ブクログ
現代の日本人の読書離れを考察する一冊。
序盤から延々と続く労働と読書の関係性についての考察はとても面白く読み進めることができたものの、終盤は少しだれてしまった。「半身社会」を提唱する著者のメッセージには、とても共感した。
ノイズではなく結論を求める人が多かったのか、「序盤が不必要、口説い」などの批判が見られたものの、本当の読書好きはむしろ序盤のノイズの方が楽しめたのでは?
最も共感できたのは、読書を「他者を理解するためのツール」としていた点。夥しいほどのノイズに触れることで、読書好きは無意識のうちに多様な価値観を受容できる人間になると僕は信じている。
以前勤めていた職場の上司が、「仕事第一、本は自己啓発本しか読まない」人間で、部下にパワハラをしまくる前時代の遺物のような存在だった。
そんな人間たちは、本書を1ミリも理解できないのだろう。
おそらく日本の津々浦々にこうしたパワハラ脳筋人間は多数存在するものの、そうした存在を社会的に淘汰できるにはまだまだ時間がかかりそうだ。
完全に自論だが、自己啓発本ばかり読む人間は他者に対する期待が大きく、尊大に振る舞う傾向があるように感じる。やはり、ノイズまみれの趣味(読書)に触れておくことは必要だと考える。
まぁ、ここまで書いている時点で、自分自身がパワハラする人間の価値観を受容できていないのだが…。
もっともっと読書をする必要があると再認識。
Posted by ブクログ
基本的には文系脳による論文で組み立てたバルサ材の楼閣的な考察なんで文系臭が激強。他人のふんどしで相撲を取る文系としての営み=他人の著作物や世の中を解釈、解説して論を展開するという営み。これが基本のエッセー風批評。
自分で過去を調べて思考するのではなくて、先人論文をいっぱい引用して、それらを土台にして論を展開している。そもそも、その手の論文の信憑性はどうなんだろうとか気になってしまった。文系なんちゅうもんは、結論ありきの適当胡散臭論文だらけなんだから。
「本を読めなくなる理由」はあくまで著者の考察なので、本を読まなくなったという実態の切り口は本書の意見以外にも存在する。提言に関しては月並みで、無理矢理感があった。問題設定と題名で大いに売れた本なんだろう、そこはうまくやった。
著者は、本の主張に対していちゃもんつけられたら案外に理屈っぽく数字を挙げて反論してた。理屈や論理力にかなり自信を持ってるらしい。ちょっと驚いた。お気持ちエッセー批評のつもりじゃなかったんだと。この本はお気持ちエッセー批評であるというのが実態なのだが、本人はちゃんとした論を提示しているつもりのようだ。
Posted by ブクログ
とても良い本だった。
中盤は「労働史から見る読書史」といった体でやや硬めの内容ではあるが、タイトルの「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」という身近でキャッチーな問いが頭にあるので関心を持って読み進められる。
自分の著者の年代が近いからか、全体を通して漂う「働きたくねぇ」という労働に対する姿勢に親近感を覚えた。
終盤に語られる労働も趣味も全身でコミットメントすることを求める社会への疑念は、自分も以前から感じていたことで関心が高く、読者と結びつけて語ってくれたので自分の心の靄が晴れたような気分になった。
Posted by ブクログ
本好きなら読んでみたくなるタイトル。ネットでもよく取り上げられていたので読んでみた。
結論、本を読むために100%で働くのをやめようと著者は言っている。結局余裕が無ければ本なんか読めないということなのだが、ではなぜスマホゲームは出来るのか それはノイズがないからだそうだ。
本にはノイズがある。自分が欲しい情報だけでなく、参考文献とか引用とか知らないことがたくさん出てくる。しかしそれを知ることが教養を得ることにもなるのだが、今の時代はためになる情報しかいらない、学びではなく情報が欲しいだけ。
そもそも読書できないのは今始まったことではなく昔から“積読“というものはあった。高度成長期には今よりもっと働いていたのだから。
なぜの答えはスッキリしないけど、時代を追って読書について考察しているところは良かった。また読書を社会階級で見ているところも面白かった。
勝手な思い込みだけど、昔の人は学校に行ってなくても物知りな人はいたように感じる。いわゆる教養を自分で身につけていた人たち。
今は違うんだな、「ファスト教養」も読まなくては〜
Posted by ブクログ
読みたい本はどんどん溜まる。積読本が家を占拠。働いてる時間が長く、会食や観劇や映画鑑賞、展覧会など期日が限られていることを少ない時間をやりくりしてこなすと、読書は後回しとなるからだ。
タイトルについて深掘りされているかというとそうでもない。最後にタイトルに沿ったコツ伝授があるか、この本を買う、読む人であればほぼやってる、知ってることで、コツというほどでもないかな、と思う。本書はタイトルがこうなっているが内容は労働の変遷と労働者と読書の関係、環境やマーケティング、社会背景との関わり、つまり賃労働やサラリーマンの出現と彼彼女らの読書への意識とニーズに適った出版業界や作家の戦略といった内容。花束みたいな恋をした という映画の主人公の二人、恋人同士の二人のエピソード、心境を用いてさまざまな時代の読書環境や読書のモチベを解き明かすところは著者独自の視点だなと思う。
ほんと、隙間時間にバシバシ本読んでこなしてる人もいるのになんでスマホ見ちゃうのかな、、、