【感想・ネタバレ】なぜ働いていると本が読めなくなるのかのレビュー

あらすじ

【人類の永遠の悩みに挑む!】
「大人になってから、読書を楽しめなくなった」「仕事に追われて、趣味が楽しめない」「疲れていると、スマホを見て時間をつぶしてしまう」……そのような悩みを抱えている人は少なくないのではないか。
「仕事と趣味が両立できない」という苦しみは、いかにして生まれたのか。
自らも兼業での執筆活動をおこなってきた著者が、労働と読書の歴史をひもとき、日本人の「仕事と読書」のあり方の変遷を辿る。
そこから明らかになる、日本の労働の問題点とは?
すべての本好き・趣味人に向けた渾身の作。

【目次】
まえがき 本が読めなかったから、会社をやめました
序章 労働と読書は両立しない?
第一章 労働を煽る自己啓発書の誕生――明治時代
第二章 「教養」が隔てたサラリーマン階級と労働者階級――大正時代
第三章 戦前サラリーマンはなぜ「円本」を買ったのか?――昭和戦前・戦中
第四章 「ビジネスマン」に読まれたベストセラー――1950~60年代
第五章 司馬遼太郎の文庫本を読むサラリーマン――1970年代
第六章 女たちのカルチャーセンターとミリオンセラー――1980年代
第七章 行動と経済の時代への転換点――1990年代
第八章 仕事がアイデンティティになる社会――2000年代
第九章 読書は人生の「ノイズ」なのか?――2010年代
最終章 「全身全霊」をやめませんか
あとがき 働きながら本を読むコツをお伝えします

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QM

購入済み

平成あたりからすっごく話がイメージしやすくなって、めちゃくちゃ面白かった、、、!!
もちろん昔の日本の読書習慣や仕事への見方、階級などなど勉強になったけどやっぱり時代が遠すぎて「へぇそうなのかあ」と表面でしか理解できなかったような部分がたくさんあったけど、読み進めていくとどんどん話が自分の中で繋がってきて、分かりやすかった。

昔の日本は読書はエリート向けのものであったり、教養を身に着けるためのものであったが、今では読書=ノイズ(自分にとってシャットアウトしたい、必要ないと感じているもの、体力精力を精力を無駄に消費するもの、頭をつかうもの、、、)と考えられている節があり、人々のなかでの「読書」の立ち位置が今と昔で全く違うのがとても興味深かった。

読書するというのは他人の文脈を受け入れ、触れ、関わりあっていくこと。
仕事へ自分の100%を注ぐのではなく、半分余力を残しておいて別のこと(趣味、家事など)に充てること。
無理して働くことを美化しないということ、などなど。

どれもすごく大事なことだと思いました。
また時間をおいてから読み返したいと思った1冊でした。

何を買うか決めてない状態で本屋に行って目についたものを買うのが大好きだからまた早く行きたいな~という気持ち!
積読ばんざい!!!

1
2024年11月28日

Posted by ブクログ

読書が時代によって意味が変わっていることを俯瞰して学ぶことができた。ゆるく余白をもってノイズを楽しむ人生でありたい。

0
2026年08月30日

Posted by ブクログ

思った以上に面白かった!著者のどうやったら、働く人が本を読みたくなる社会になるのか、その結論がよい。
それまでの歴史と社会と本の考察も面白く、さすがだと唸る本。
自分の人生と立ち位置を改めて見直した一冊。

0
2026年08月22日

Posted by ブクログ

情報と知識
半身で働くこと
全身全霊は良いように感じていたが、周囲のサポートがあってこそ。その周囲にも目を向けるため半身。

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2026年08月18日

Posted by ブクログ

ネタバレ

著者のいう他者の文脈を取り入れた、まさにその本となった。新自由主義社会が全身全霊を求めるフルコミットメント社会であったことは自分自身が仕事人生を歩んでいたことからも理解できた。
これからは著者と共に半身で働いて生きていくことになるだろう。それは半身で働いていた時期に、仕事以外の文脈で様々な仕事に関係ない趣味を謳歌して毎日が幸せだったことを経験していて身に染みるからである。仕事に全振りするのは楽だが、やはり有限な時間を仕事やお金儲けだけに使ってしまうのはなんか味気ないと感じてしまう歳になったのもあるかもしれない。

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2026年08月04日

Posted by ブクログ

ネタバレ

元々学生の時は読書家では無かったものの、本を読むということが好きであったのに、いつの間にか活字離れをしている。そんな気持ちを抱いていたところに、このタイトル。思わず惹かれました。
もちろん全部読めるなら読んでほしいけど、せめて第八章から読んでみてほしい。そんな作品だった。
何よりも、この作者が様々な文脈に触れているからこそのこの歴史を振り返りながら日本と読書の関係を描いていて、読みやすかった。

半身の生活ができるようにすることも心がけたいし、「自分から遠く離れた文脈に触れること──それが読書なのである。」を胸に刻みたいですね。

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2026年08月03日

Posted by ブクログ

本が読めないのは近年の労働時間の多さが原因となってるらしい。ただ心のどこかで何事も全力でやらなくちゃならない風潮になってる中で、もう少しゆるく今を生きて本が読めるくらいになるように自分の中で体も心も整えていけたらなと思う。

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2026年08月27日

Posted by ブクログ

半身で働く。
なるほどなと思った。

全身全霊で仕事をしていた時には
親にサポートしてもらっていた。

全身全霊で家事育児をしていた時には
夫が朝から晩まで仕事をして稼いできてくれていた。

誰かのサポートがあったから
全身全霊でやってこれたということに納得。
確かに全身で浸ると考えなくてもいいからラクな部分もあって、浸りすぎて心を壊すこともあっなぁ。。。なんて思いながら読んだ。

労働の歴史と読書を関連づける視点がとても興味深い。

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2026年08月24日

Posted by ブクログ

本を読みたい自分と読めてない自分の理由に気づけました。そしてもっと余裕のある生き方を目指したい。
読書の歴史、背景から現代の難しさまでスッと読める内容です。

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2026年08月23日

Posted by ブクログ

ネタバレ

立身出世主義からはじまる階級向上に向けた「知識(ノイズ+情報)を得るための読書」、新自由主義以降の自己実現を達成するための「ノイズを省いた情報」、後者を促進してしまうのは全身で働く日本の仕事感にあるのでは?過去の歴史から半身で働く主義を唱えた傑作

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2026年08月22日

Posted by ブクログ

今、私はやりたいことがパンパンにあって若干迷走ぎみなので、このタイミングでこの本を読んで、その全てに全力投球じゃなくていいか!と心が楽になった。
私が前職場で働いていたとき、読書をしなきゃと自分にノルマを課すように読書をして、きっちり読書ノートを書いて挫折することを繰り返していたのを思い出した。読書に夢中になっていた小学生の頃はそんな焦りはなかったよなと思う。今こうして読書が楽しめているのは、転職して時間や体力に余裕があること、社会人生活にも慣れてきて仕事が人生の全てじゃないなと肩の荷を下ろせたからだと思う。三宅さんの言語化で、「やっぱりそうだったんだ!」と背中を押してもらったような感じ。
もし自分に子供ができたら、その子供が大人になったら、読書の楽しさや充実感を同じように味わってほしい。だからこそ、半身で働く社会になってほしい。

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2026年08月18日

Posted by ブクログ

ネタバレ

タイトルの「なぜ~」からして、購入時は「どのようにして労働が読書に対して悪影響を及ぼすのか?」を密度高く書いている本なのだろうかと考えていました。もちろんそれに対する答えも述べていましたが、何よりもこの本を面白いと感じたのは、ある種の歴史書として読めるという点です。各時代(明治・大正・昭和・平成以降)において、読書と日本社会においてどのような価値があり、労働・労働者とはどのような関係性を築いていたのか。この本は明治時代までタイムスリップし、時代の流れを事細かに教えてくれました。

さらにこの本の特筆すべき点は、三宅香帆さんの本に対する圧倒的な知識力です。年代毎に流行った小説や小説家を余すことなく具体的に提示してくださったおかげで、時代背景ひとつひとつの輪郭がくっきりと見えました。その一方で、まだまだ本に対する情報量が足りない状態でこの本を読み始めた自分が、少し不甲斐なかったです。

この本は必ず再読すると決めたので、より「本への知識」という筋肉を鍛えようと思います。

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2026年08月18日

Posted by ブクログ

日本人の読書と労働の歴史を明治時代から振り返る内容が主であり、想像していたより学術的で、読書の位置づけが時代とともに変容する様は知的好奇心を刺激しました

ただ、早く結論を知りたかった自分は途中で何度かネットで結論を調べそうになりました
自分から遠い文脈という名の「ノイズ」を受け入れられなくなっている自分の存在を発見できました


社会が新しい、若い、魅力的なものを次々生み出し消費することで利益を追求する資本主義社会である限り、"半身"で働くことは少なからず経済の停滞を招くかもしれません
実際現代はAIの台頭により世界的に一層"全身"で働かないと雇用はないと脅すような様相を見せています
一方でうつ等の精神疾患や「静かな退職」のような適応行動をする人が話題となるように、組織と個人の間の分断がより深刻になっていると感じます

筆者が願うような社会を自分も望みます

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2026年08月11日

Posted by ブクログ

タイトルにある結論には納得していない。
(読解力不足かもしれないが)
全体的には時代に応じて『本を読むこと』
の意味付けがどのようにされてきたかについて
ページをめくる手が進んだ。
三宅さんは非常に多くの本からデータを集めて
おられることと文章がわかりやすい。

結論の事さえ納得できれば5つ星だけれど。

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2026年08月09日

Posted by ブクログ

ネタバレ

タイトルから、現代日本の働き方に対するアンチテーゼの本なのだと思ったが、本当に読書が好きな著者が、近代における読書の歴史を紐解きながら、日本人がどう読書に向き合ってきたのか、という流れでアプローチするという、やや論文的な内容だった。
そこまで読書論に興味がないこともあり、やや間延びしてしまったが、語っている内容は半分程度共感。現代において実用書や自己啓発書が読まれる理由などは興味深かった。
半身で働くことの推奨については、激しく同意。

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2026年07月31日

Posted by ブクログ

 京大在学中に書いた書店ウェブサイトの名著紹介「人生狂っちゃうよね、と思う本」が大人気となり増補して単行本となったほど読書が生き甲斐の著者でさえ、就職するとスマホばかり見てしまい「本が読めない」という事態に直面したという(仕事はふつうに面白くやりがいある)
 考察は「積ん読」の原点の昭和初期「円本ブーム」〜戦争体験〜週刊誌ブーム…読書で得られる「知識」は、「情報」が勝敗を分かつ情報化社会では余計なノイズが混じったものと認識される。生果実よりスイーツ、はてはサプリメントのように。創作は純然とした絵空事のエンタメでなければならず『教養』は時代錯誤となっているから、旧来の世界名作を読む人は希少。
 著者は「仕事は生活の半分」と捉える「半身」を提唱する。

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2026年07月30日

Posted by ブクログ

半身で働く
ってことですね。
確かにふつーに会社で働いてたら、時間全然ないよね。

時代ごとのベストセラーなどみていて、私の読書傾向のミーハーっぷりに笑ってしまった。
今は読んだ端から内容を忘れているので、何のための読書かわけわかんないけど、ネットでの情報ゲットとは違う形で私の中に入って来る読書はやめられないと思う。

とりあえず、三宅香帆さんが「毎日一冊」くらいのペースで本を読む、とどこかで見たか聞いた気がしたが、そんなこと出来ない私がくやしい。

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2026年07月29日

Posted by ブクログ

2025/04/15読破
20260823
もう一回読みました
黙読は明治時代に生まれた、一般国民たちの教養向上のために生まれた文化。当たり前を疑うと言うことがいかに大切かと言うことに気づきました。
自己啓発書は、エリート層から見ると、冷ややかなものに見えている。
書評を年代ごとに共通項を例にして、読み手への読書難易度を下げている。
花束みたいな恋をした

教育の歴史的背景からみた読書について

読書の歴史的背景や、未知と既知の違いによる読書の大変さについて勉強になりました。
以下まとめと、感じた点です

歴史的背景

明治時代から戦後にかけて、読書は教養を深め、社会的地位を向上させる手段とされてきました。しかし、1990年代以降、インターネットの普及により、必要な情報を即座に得られるようになり、読書の価値が相対的に低下しました。これにより、読書は「今すぐ役立たないノイズ」と見なされるようになったのです。



「全身社会」から「半身社会」へ

著者は、仕事に全てを捧げる「全身社会」から、仕事と個人の時間をバランスよく配分する「半身社会」への転換を提案します。「半身社会」では、週4勤務やフレキシブルな働き方を通じて、読書や趣味、家族との時間を大切にすることが可能になります。 



読書の再評価

読書は、即効性のある情報収集とは異なり、多様な価値観や思考に触れることで、想像力や創造性を育む行為です。著者は、読書を通じて「ノイズ」に触れることの重要性を強調し、それが新たな発見や視野の拡大につながると述べています

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2026年08月24日

Posted by ブクログ

著者の本は3冊目。今回は題名通り働いているとなぜ本を読まなくなるのか、明治から現代に至る本の在り方と読書事情から考察した硬派な内容。
仕事が忙しくて時間がない、新自由主義の世界では今必要な情報が全てで読書による教養はノイズである、など興味ある切り口でなるほどと思う部分も多かったが、結構賛否が分かれるのではないだろうか。この本の中ではあえて啓発本や小説などを分けて考えていないが、ここを分けると結論も変わってくる気がする。小説などでは完全に趣味、娯楽の分野に傾いた作品も多いので時間とかは関係がなく読みたければどんなに忙しくても隙間時間を見つけて読むし、情報が目的でもないのでノイズとも感じない。

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2026年08月29日

Posted by ブクログ

全体的には面白かった。
特に、1~8章の途中までの、日本の労働形態の変化と合わせて、本がどのように売れてきたのかってところは良かった。
物事を考える上でやはり歴史は一つの重要な部分になりますね。
終盤の全身社会も共感できる部分が多かった。
実際僕もそういう、期日までに結果を出さないということがあった時に全身を浸らせるし、それが他者の協力を必要とする場面なら他者にもそんな態度を求めていた。
前者が楽だからってわけではないけどね。
後者はまあそうね。
別に楽やけではないわ。
そんな感じで共感できたりできなかったりな本でした。
こんなとこで自分の考えを述べても仕方がないし何なら自分の考えを述べること自体が仕方のないことだと思っている節があるためやはりどうしてもこのような、新書?ってやつは好きにならねえな。
あでも色んなとこでほー確かにって思わせる問題提起とか言葉があって面白かったよマジで。結論がどうしても提案みたいになるけ好まないってだけね。
キャラクターが送ってきた人生の中でこんな考え方になって、それを自分の中だけで完結させとるけああいうのは大丈夫なんだ。
言うてますね言うとるだけですけどねってなっちゃう。
だいたいこういう本の結論って自分を愛せよって感じのとこに落ち着くよね。
好みではない。
僕はやはり真ん中を好みますね。
社会人になってから読むとどう思うんだろーなーこれそこが一番気になるぜ。
以上、社会を知らない生意気な一大学生の感想でした。

最後のコツの部分いいね、好き。
筆者の素の感じが出てて。
だから今んとこ大嫌いなビジネス書でも読んでみようかな。
まあ、ビジネス書が嫌いなんじゃなくて急にこういうの読みだして偉そうにするやつが嫌いなだけなんだが。
何事も食わず嫌いは良くないね。

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2026年08月22日

Posted by ブクログ

明治とか大正の頃から現代まで、人が読書というものをどう捉えてきたかを、その時代の働き方の空気感とからめながら考える、という感じの本だったけど、
読書する人が減っているのは、現代人が働きすぎというよりは、スマホやサブスクの登場で選択肢が増えたからじゃないかと私は思いました。
三宅さんは本を読みまくっている人で、本の愉しさをみんなに勧めたくて、働き方を見直してもっと本を読みましょうと言いたいのだろうけど、SNSやドラマや動画も観たい人が読書もするのは難しいだろうなと思う。
もともとの本好きは頑張って時間を作るし、
本の中に何度も登場した「花束みたいな恋をした」の麦は、正直キャラ設定おかしいと思う。就職を機にあんなに人が変わるのが信じられない。

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2026年08月22日

Posted by ブクログ

ネタバレ

よかったところ

日本の労働と読書の歴史を、明治から現代まで丁寧に追っていた点が面白かったです。現在の問題をいきなり分析するのではなく、歴史的な流れから捉えているので、単純に読み物としても楽しめました。

また、
・情報=自分が知りたいこと
・知識=知りたいこと+ノイズ
という整理は分かりやすく、特に「読書とは、自分の関心だけでなく、他者や社会、歴史、文脈などにも触れる行為」という考え方は面白いと思いました。

腑に落ちなかったところ

一方で、時代ごとのラベリングはやや強引に感じました。特に現代に近づくほど、SNS、YouTube、電子書籍など情報環境が多様化しており、「現代」を一括りにするのは難しいのではないかと思います。社会やメディアが個人化・ロングテール化していることも関係していそうです。

また、「知識=ノイズ+知りたいこと」という整理に対して、SNSはむしろノイズだらけでは?という疑問も残りました。SNSはノイズがないのではなく、アルゴリズムによって「自分にとって心地よいノイズ」に最適化されていると考えたほうが近い気がします。

「なぜスマホには触れられるのに本は読めないのか」という点も、「忙しくて新しい文脈に触れるのがしんどいから」という説明だけでは少し雑に感じました。スマホは短時間で区切れる、受動的に消費できるなど、読書とは異なる認知的コストもあるはずです。これは帯やタイトルの煽りが悪いかもしれませんが。

学術書ではないので仕方ない部分もありますが、根拠やデータが十分でない箇所もあり、社会現象の説明としてはやや粗さを感じました。

問題設定や視点は面白い一方、現代社会への当てはめや説明には少し粗さがある、というのが全体的な感想です。

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2026年08月18日

Posted by ブクログ

3,5!
最も心に響いたのはあとがき。「仕事に全身全霊のことを美徳としないこと。なぜならそのために自身の代わりに家庭や福祉に時間や労力を費やしてくれてる人がいて、仕事に頑張ることだけを美徳とすると、その人たちは頑張ってないの?となってしまう。」わたしは仕事を頑張る=美徳のように思っていたため、このあとがきが心に響いた。そして実感する。確かに。わたしは仕事に全振りする代わりに私生活は終わってる。一方、仕事もプライベートもバランスよくやっている人もいる。私もそんなバランス感覚を身に付けたい

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2026年08月15日

Posted by ブクログ

「情報」と「読書」の最も大きな差異は、知識ノイズ性である。読書しててる知識にはノイズ、偶然性が含まれる。読者が予想していなかった展開や知識が登場する。読者が予期しなかった偶然出会う情報を、私たちは知識と呼ぶ。
ここに読書の興奮の一つがあるなぁと思った。

自分の目の前にある仕事に関係のない文脈はノイズとして読めないほどの余裕の無さ、改めて言葉にされると寂しい状況。読書を起点にしているけど、これは、新たな知識との出会いすら奪う現代の余裕のなさを突いている本。

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2026年08月11日

Posted by ブクログ

タイトルに期待して読むと、少しあてがはずれになるかもしれない。

 前半は本がどのように読まれてきたのか、日本人はどのように働いてきたのか、を明治時代からさかのぼって述べられていて、思っていた内容とは違ったが、その辺りも興味深く読むことができた。

 そして、最終的には、働くことを頑張りすぎないこと、半身で働く社会の実現が大切だ、ということを結論として述べている。

 タイトルのこと以外にも、著者は読書や本にについて色々と言いたいことがあるためか、少し短絡的で論点がまとまっていなかったようにも感じたが、読書はノイズを含むもので、そのノイズを楽しむことが大事であり(現代はノイズのない情報だけを求める傾向にある)、ノイズを受け入れる余裕を持った働き方を追求していくべきだと、現代の働き方に警鐘をならしている点は、この本によって改めて認識することができた所だった。

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2026年08月10日

Posted by ブクログ

本を読むことの非効率さ、
情報だけでなくノイズも得れることの重要性。

合理的にいくことが幸せに直結するわけじゃないと思った。
所詮仕事。熱中して自分を委ねないようにしたい

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2026年08月03日

Posted by ブクログ

明治時代にまで遡って読書と労働についての関係性を書いた本。「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」という問いについての答えを求めて読むと、なかなか答えが出てこずにもどかしくなるが、現代において読書の役割とはなんなのか?どのようなことを目的に人は本を読んでいるのか?などを知ることができ良かった

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2026年08月03日

Posted by ブクログ

現代の働き方や、デジタルデバイスと本のあり方について書かれているのかなぁ?
なんて軽い気持ちで読んだら、しっかり明治時代からの読書の歴史が書かれていました。

自分の好きな仕事をして、欲しい情報だけを得て、
個人にカスタマイズされた世界を生きる現代では、
読書は偶発性に満ちたノイズとなる。

本が読めないのは、新しい文脈を作る余裕がないから。
自分から遠く離れた文脈をノイズと思ってしまうから。

というのが、印象的だった。

結論として、読書をしながら働くにはどうすればよいか?の答えが「半身で働く」なのですが、
そこがあまりに理想的に感じてしまった。
けれど、
本当にそんな未来が来たら本が読めるどころの騒ぎじゃなく、豊かな人生が送れる人が増える気がする。

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2026年08月01日

Posted by ブクログ

若手文芸評論家である著者による「働いていると本を読む気力がなくなる」原因と対策について述べた本。
2024年刊行。

著者は冒頭で「本が読めなくなったから働くのをやめた」という自己体験を述べ、「働いているだけで本が読めなくなるのはおかしくないですか?」と問いを投げかける。

そしてこの問いに答えるため、本書ではまず明治以降の「労働と読書」の関係を整理していく。
その上で終盤に、冒頭の問いに対して原因と解決策を展開するという構成になっている。

明治維新後、文明国として成熟するために日本政府が国民に読書を推奨した。
さらに、印刷技術の発展により本が手に入りやすくなり、「黙読」の文化が生まれた。同時期に句読点が普及したこともあり、気軽に国民が本を読めるようになったことで日本人の近代的な読書習慣が確立した。

この頃、読書はエリート層の教養としてだけではなく、諸般の事情で進学を諦めた労働者層の学歴コンプレックスを解消するための手段としても用いられるようになった。
スマイルズ『西国立志編』がベストセラーとなり、この本をきっかけに「修養」という概念が生まれ、自己啓発書ブームを引き起こしたのがこの典型例だ。

大正時代末期になると、『キング』『平凡』などの大衆向け雑誌が人気になった。
「エンタメ小説」が誕生し、読書が娯楽のひとつとして確立した。サラリーマンたちは、年々長くなる通勤時間の電車の中で本を読んでいた。

一方、同時期に「円本」がブームになった。
これは今でいう「〇〇全集」のような、「これさえ読めば簡単に知識が手に入る」というものであり、当時のサラリーマンのニーズを満たすものだったのだ。
ここで、「行動を重視する修養」と「知識を重視する教養」が分離し、現代の「教養」のニュアンスに近づいていくことになった。

WW2後、読書習慣がサラリーマン・労働者層にも定着し、「教養を伸ばせる娯楽」の地位を確立した。
「読書術」「ハウツー本」という新しいジャンルが生まれ、バブル期に「1世帯あたりの年間書籍購入額」はピークを迎える。

しかし、バブル崩壊後は不況と娯楽の多様化により読書量は減少。特に2000年代のインターネット普及以降、その傾向は加速する。
一方、自己啓発書は反比例するように売れ続けた。

著者はここに「働いていると本が読めなくなる」理由があると主張する。

「労働強度と情報量の増加により、人は小説の"ノイズ"を受け入れる余裕を失ったため」と説明するのだ。
対して、やるべきことを明確に指示してくれる「自己啓発本」「ハウツー本」はノイズが少なく、思考を整理するツールとして機能するため、多くの人の欲求を満たす。

上記が本書における著者の結論だ。

この指摘には一定の説得力があるが、現象の一面に過ぎないと感じた。
日本人が本を読まないのは「読めなくなった」のではなく、「読む必要がなくなった」からではないか。

そもそも、「なぜ働いていると、(読みたいのに)本が読めなくなるのだろう」と考えているのは、現代の日本人ではマイノリティなのである。
著者はこの点を勘違いしている。

この理由としては、第一に娯楽の増加、第二に読書によって得られる価値の低下が挙げられる。

手軽で刺激的な娯楽が増え、読書以外で余暇を消費できるようになった。小説が売れなくなる一方で、漫画は売れ続けているのだから、「ノイズが〜」の指摘は妥当性が低い。

また、日本人の多くの労働者は自らのタスクをこなすことだけしか求められず、故に視野を広げることも創造性も必要ない。だから、本を読まない。

実際、日本人の成人の7割が、1ヶ月に1冊も本を読まないという。(欧米では読まない人が3割)

私は、本を「読める」側の人間なので、彼らの気持ちは理解できない。
私は、世界のことを知らずに死んでいくなら犬と同じだと考えるが、そうは思わない人が多いらしい。

だが、私はもっと多くの人が本を読めば良いのにとは思わない。
彼らはこの甘えと諦めに満ちた世界で、自らの凡庸を噛み潰して生きていくのだろうが、そんなことは私には関係ないからだ。

ただし、能力のある人間は読書によって視野と創造性を広げ、社会に還元すべきだとは考える。

なお、「情報過多の状況では他者のノイズを受け入れにくくなる」という著者の感覚には共感できる。忙しい時に読書が負担になる経験は自分にもある。
その原因のひとつが言語化できた気がする。

なので、本書の主張の大部分には賛同できないが、得るものがある本でもあった。

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2026年08月29日

Posted by ブクログ

かつてラッセルが『怠惰への讃歌』で説いたことを、労働史と読書史から令和版アプデしたような、してないような、って感じの本。
8ページに及ぶ参考文献一覧には狂気すら感じる。

著者の言う「読書とは自分から遠く離れた文脈(ノイズ)に触れること」という定義はまあまあしっくりきた。仕事に「全身」を捧げるあまり、未知のノイズを身体が拒絶し、手軽な情報やスマホゲームに逃げてしまう。
読書ができないのは時間の問題ではなく、脳の「バッファ」の問題なのかもなー、と。

提示される「半身で働く社会」は、資本主義に全てを差し出したくない身には、なんかよさげである。

ちなみに著者は働くのが大好きらしいが、私は大嫌いだ。体力のバッファが全然違うし、こういう人がデカい声でピーピー言ってるのは、「あー、また肩肘界隈の人か…」と若干うんざりしてしまう。

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2026年08月29日

Posted by ブクログ

最初このタイトルを見て、「なんで読めないの?空き時間に読めば?」と思った。
まさに、『花束みたいな恋をした』の絹ちゃん寄りの思考。

だが、この本には、単に「忙しいから読めない」という表面的な問題ではなく、仕事によって心身が摩耗し、集中力や好奇心そのものが奪われていく過程や、読書に関する歴史が丁寧に描かれていた。
特に印象に残ったのは、「本を読むことは時間の確保だけではなく、心の余白を必要とする」という指摘。
まさに、麦くんが失ったもの。
確かに、わずかな隙間時間があっても、頭の中が仕事のことでいっぱいであれば、文字を追っても内容は頭に入ってこない。
つまり読書は、単なる娯楽や知識の蓄積ではなく、自分を取り戻す行為でもあるのだ。
また、働くことによって「効率」や「成果」にとらわれる生活が染みつくと、読書のように即座に役立つとは限らないことが後回しにされてしまう。
だからこそ本を読むことは、社会の論理から少し距離をとり、自分の内面と対話する貴重な時間なのだと感じた。
これからは短い時間でも、本を開く習慣を続けていきたい。

『花束みたいな恋をした』ノベライズ本を再読したくなった。

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2026年07月28日

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