三宅香帆のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
推し活って、「今」幸せなだけじゃない。
好きな対象…アイドル、アニメ、ドラマなど、「今」生きる元気、少し先の未来まで頑張るためのものだと思っていた。
世の中は諸行無常で変わらないものはない、とよく言うけど、推し活や好きなものもまさにそう。相手の変化、自分の気持ちや環境に変化があった、理由や背景は様々でも「好きじゃなくなった(推しじゃなくなった)」そういう日は残念ながらいつか訪れる。
けれども、過去好きだった事実まで消えることはない。そんな時、しっかりと文章に残しておくことで、その時の気持ちや思い出を思い出すことができる。
好きを言葉で残しておくことは、過去の自分を語る上でも必要なことなんだと、印象に残った。
可愛い、面白い、勉強になる、そんな凡庸な言葉で終わらせずに、自分の気持ちや感じたことを、将来の自分のためにも記していこう。そんな気持ちになれる良書だった! -
Posted by ブクログ
自分の好きなものをうまく説明できず、微妙な空気になってしまう私にとって、実践してみたいことがたくさんあった。
以下、実践してみようと思ったこと。
1.自分の感情、自分の言葉を大切にする
・自分の言葉で自分の好きなものを語ることによって、自分の好きの信頼度も上がる
・他人の言語化に頼らない
2.良かった箇所の具体例をあげる
・感情を言語化するには、いかに細分化できるか。語彙力ではない。
・忘れないように記憶があるうち、人の感想を見る前にメモする。
・文章は修正すればよい。そのためにまずは書き始める。
3.面白さは共感か驚き
・自分の体験に近いもの、またはどこが新しいと感じたのかを掘り下げる。 -
Posted by ブクログ
勉強になる事が多くて、「私だけの好き嫌ノート理由を添えて」でも作ろうと思いました。
推しのミーグリに行く為に、どこが好きなのか、どうして好きになったのかをチャッピーを通して整理していたのですが、この本に出会ってからミーグリがあるから自分の好きについて考えるのではなく、普段から自分が好きだなと感じたらそれを忘れないようにマメに記録していきたいなと思いました。
ポジティブ感想だけでなく、ネガティブ感想を書く事も自分の価値観を知る為に必要だと思うし、より自己理解が深まるなと思ったので、どちらも書きたいです!
一番鮮明に残る「好き」は言葉ですという文章が好きでした。
もう好きじゃなくなってからグッズを目にすると、あ〜好きだったな〜とシンプルな気持ちで終わります。
なぜこんなに好きだったのか分からなくなってしまい、思い出そうとしてもグチャグチャになるのですが、言葉として残すとタイムリーで好きだった感情を記録できるので一番鮮明に残せる手段だなと思いました。
言語化があれば自分の好きを信頼できる!まさにそうだ!
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Posted by ブクログ
これはいい。文学部を出たりしていなくても十分楽しめながら読めた。古典ってつい難しそうで敬遠しがちだけど、本書を読み終わった後だと、今と感覚や思考力が大差ない1000年前の個人が古典文学を作り上げてきたのだとわかる。浪漫でしかない。
本書がおもしろく読めるのは三宅氏の文章の飾らなさの功績が大きい。徒然草へのツッコミはつい顔がゆるんだ。現代語訳とは違う、「現代でいうと」の解釈が絶妙で、急に室町時代や江戸時代の作家がいまも生きるエッセイストのように近く感じられる。
高尚であるからこそ価値を感じる、強気原文オタクを否定はもちろんしないけど、これでもかと噛み砕かれた内容だからこそ興味を持てた。読みたいリストが増えました。
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Posted by ブクログ
ネタバレずっと気になっていた本書。
私自身働いてから本を読めなくなっていて、理由を考えた時に一番最初に出てくるのは疲れているからだった。
思えば、本を読もうと思えばちょくちょく時間はある。通勤中や家で一息つく時間。
ただ、本を読み始めるには一踏ん張りいるのだ。
スマホは手軽に見れるのに…
ただ、はたして本当にそれだけなのだろうか。
本書では、明治期からの日本人の読書の歴史を振り返りながら、現在の日本でなぜ働きながら読書ができないのかの答えを提示している。
実は、労働時間だけを見てみれば昔の方が長かったりする。
ただ、その時代時代により読書の位置付けは変わっているのだ。
読書をすることが修養や教養となり、仕事の評価に直結していた時代。
娯楽として楽しまれた時代。
そして、ノイズとして手が出されにくくなってしまった現在。
読書はノイズという言葉になるほどと思った。
情報は自ら取捨選択することが求められる現在、溢れた情報の中で、いかに自分の求める情報のみを仕入れるかが重要となっている。
それ自体は便利なことではあるが、自分が知りたい情報以外の情報はノイズとなってしまうのだ。
ただ、三宅さんも言っている通り、ノイズの中にこそ、自分とは遠い他者と繋がる情報があったりする。
自分の知りたい情報のみを摂取し始めると、視野が狭くなってしまったり、それが差別や偏見に繋がっていく恐れもある。
全身全霊が求められる時代、誰もが疲れ、ノイズを受け入れる余裕がなくなっている。
私もものすごく思い当たるところがある。
だけど、やはりノイズを受け取る余裕を持ち続けたい。
だから読書を続けていきたい。
本書では、そんな現代の日本で働きながら本を読む方法として「半身」の働き方を推奨している。
なかなか難しいことではあるけど、全身全霊で働かなければという自分自身への追い込みをやめるところから始めてみたいと思う。
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Posted by ブクログ
「読書と労働」について、読前は、「働き始めたら、読書時間が減ったなぁ」「今までと読む本のジャンルが変わって自己啓発本に偏っているなぁ」と漠然と頭に浮かんでいました。
読後は、「なぜはたらいていると本が読めなくなるのか」その理由が腹落ちした。
現代の自己啓発本は、ノイズ(歴史や他作品の文脈、想定していない展開)を排除して、労働にとって必要な情報を与える本が売れていると筆者は述べている。
→引用(「ファスト教養」はまさに【ノイズを除去した情報】としての教養のこと)P224
しかし筆者は、読書の意義を(自分から遠く離れた文脈に触れること)P234と述べていて、私も強く共感した。
新しい文脈を受け入れる「余白」が働いている自分に無かったのだと気付かされた。
また自己啓発本の源流が,明治〜大正〜昭和と変遷していき、ベストセラーになった訳を筆者が解説する章を読むと、自分も親の影響で大学の通学電車で、司馬遼太郎を手に取っていた一人で、過去の読書体験を回想することもできた。まさにこのような過去の文脈を想起してくれる心地良い読後感の良書でした。