三宅香帆のレビュー一覧
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最近本のちょっとした感想でもなんだかうまく書けないなあ、と思っていたので気になって読んでみました。自分が普段気をつけている点も挙げられていて、ふむふむという感じで読み進めていたのですが、あとがきでちょっと泣きそうになってしまいました(笑)
「自分の言葉をつくること」を大切にすること、は推し語りに限ったことではないと思います。
別になんとも思っていなかったニュース。それなのにどこかのコメント欄で見た言葉がいつの間にか自分の中に入り込んできて、それとは反対の意見に反発心を抱く、ってことあります。大げさかもですが、これを続けていたら自分がなくなってしまうのかも、気をつけなくちゃ、とほかの人の言葉と -
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ネタバレ「読書」の歴史を紐解きながら、なぜ私達が本を読めなくなったのかという答えに行き着く。納得。
最後の章で三宅さんが仰る主張はまさに私もずっと思っていた事で、とにかく長時間労働をなくしたい。
私自身は短時間勤務ではあるけれど、パートナーが長時間労働せざるを得ない状況。
それに家事育児も「働く」に含まれる、と書いてあったことも好印象笑
本を読む余裕がある、つまりノイズも取り入れる余裕がある。そんな社会がいい。
全身全霊で没頭することが良いこととされる風潮も無くしたい。そんな状況になるとドーパミンが出るのか、もっともっと仕事をしたくなるけれど、それって本当に豊かなの?他人のこと考えてなくない?他 -
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報われたいからにコンテンツに触れてる人がいると知って驚き。
プラットフォームの台頭によってなんでも数値化されちゃうから報われたい気持ちは分からんでもないけど、そんなコンテンツ摂取の仕方で楽しいか?と思ってしまった。
悩みの相談先として友だちが占める割合が減っているデータを示しながら異国日記とスキップとローファーで「正解」をくれそうな疑似親が出てくるという考えは非常に納得してしまった。本の中で唯一元ネタ知っている題材だったというのもあるだろうけど。
正解を求めず自分の好きなことを見つける。
それについて自由に感想を書くことは本当に大事だなと思った。
別に報われなくたっていい。自分の好きこそが -
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何をどう読んでいるのかに対する解として、"比較、抽象、発見、流行、不易"の観点から著者の実際の内容にて解説してくれている本でした。
もちろん面白かった、という楽しみ方ももちろんあるがそこには技術もあってそれが新たな面白さや深みを出してくれるんだな、と感じました。
実際にこの技術で紹介されている本はとても興味深いものが多く、
実際に読んでみたい本がいっぱい出てきました。
読みたい本を探している人にとってもいい本だと思います。
実際私は以下の本が特に気になっており成瀬シリーズはその足で買いに行きました。
成瀬シリーズ、水車小屋のネネ、女の国会 -
Posted by ブクログ
示唆深い本だと思う。特に、マスメディアがランキングを作りヒエラルキーを作っていた時代から、インターネットが世界をフラットにした時代を経て、現代はパーソナライズとリコメンドを通してフラット化がオートに作動するプラットフォームの時代なのだという指摘には頷く所がある。
しかし肝心の「報われる」とはどのような状態なのか、判然としない。もちろん私が見逃している可能性は高い。報われない消費が何かというと、例えば正解のない批評や感想であり、そういうものは前より求められていないのだそうだが、では他に何か無いのかという気もする。ガラス細工を写真に撮らずに鑑賞することも報われない消費として挙がっていた。
うー -
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学生時代、アニメオタクだった時期がある。当時は「布教」と称して、周囲に推しの尊さをどうにか伝えようと必死になっていた。しかし手応えはなく、「この良さが分からないならもういい!」と、八つ当たりのような気持ちで、いつの間にか自分の“好き”を共有することを諦めてしまっていた。
この本を読んだ今では、あの頃の伝え方が本当に良くなかったのだと反省している。相手の興味の範囲、情報の取捨選択、話すスピード──どれをとっても、相手の興味を引く話し方ができていなかったのだと気づかされた。
人が興味を持つ話題には、大きく「共感できること」と「新しい視点であること」の2つがあるという。自分がなぜその推しを好きなのか -
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自分の感想を持つことの大切さと尊さについて三浦さんが改めて伝えてくれた一冊。
令和の若者は正解を欲しがるわけについて、
流行のアニメやYouTube動画から多面的に評論しているため想像しやすく読み進めることができた。
また、安定を求める時代背景は、現代において仕方のない選択であるかもしれないと感じた上で、自分の意見を持って批評できる感性を大切にして生きたいと感じた。
「もっと得したい!」
「得られるものなら一つの体験でもさらに充足感が欲しい!」
と考えるせっかちな心理状態は、
私にもある事なので風呂キャン(どうせ洗うなら汚れたと実感できる時がいい)も現代人の考え方としていえるものだと感じた -
Posted by ブクログ
大変興味深い内容が多い。
考察という言葉では意識していなかったが、最近の作品に対し「正解の解釈」というものが求められている事は肌間で感じていた。
例えば本作でも参考資料として登場する「君たちはどう生きるのか」なんかにおいても、ジブリから発信される“公式の意見“であったり、考察なるものを参考に感想を持つという人を周りで多く見かけた気がする。
個人的にはそれに対する理由はSNSの影響かと思っていた。何故なら人の意見を聞くという事は自分の意見と擦り合わせることを伴うからだ。20年くらい前ここの映画の感想なんて精々身の回りの10人程度のものしか聞かなかっただろう。今は見ようと思えば無限に他者の意見